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5 一人の視察
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新しくできあがったダムと堤防の具合を見るための視察が予定されていた。
国王陛下は、ペリオドス様に必ず視察に行くように命じたが、出発間際に急な腹痛を起こしたと報せが来た。
またか……と内心で溜息を漏らし、わたしは一人で馬車に乗り込んだ。
一人で行くのならば、馬車で行くのではなく、馬で走った方が早く済む。
もっと早くに仮病を使ってくれたらよかったのに、面倒ばかりだ。
護衛の騎士が護る中、馬車が走り出した。
ダムの工事も堤防の工事も王太子は視察に来なかった。
国王陛下とわたしが交互に見守り、完成した物だ。
わたしは結婚する前から公務をしていたので、着工から完成まで見守る事ができた。
国王陛下には、第二夫人がいる。
第二夫人の子は、まだ10歳と幼いが第二王子がいる。
第一夫人は、政略結婚で侯爵令嬢であったらしい。
父親は議会の議長を務める程、皆の支持を集めた者だったと国王陛下から聞いた事があった。
第二夫人は国王陛下の思い人で、同じ侯爵令嬢だったらしい。
どちらも侯爵家ならば、思い人でいいではないかと前王に掛け合ったらしいが、許可は下りなかったと言う。
第一夫人は我が儘で、王子を産むと、後は好き勝手に贅沢をしているという。
第二夫人は、美しく淑やかな女性だと噂で聞いた。
同じ王宮の敷地内に離宮があり、そこで王女二人と王子と暮らしているという。
国王陛下は、ペリオドス様がきちんと公務をこなしてくれるならば、引退してペリオドス様に、国王の座を任せるつもりだったと、わたしに愚痴を零した。
いっこうに仕事をしない息子に腹を立てて、国王陛下は今、迷っていると思う。
ペリオドス様を王座に置くのか、第二夫人の第二王子を王座に置くのか……。
密かに、第二王子には王子教育がなされている。
その事は、第一夫人もペリオドス王太子も知らない。
第一夫人のアネール王妃様は、ペリオドス様を王座に置くことを疑ってもいない。
ペリオドス様も自分が次期国王陛下だと思っているのだ。
仕事を一切しないのに、説得力もありはしない。
わたしは密かに、ペリオドス様が見限られるのを願っている。
そうしたら、わたしが公務に追われる日は終わるかもしれない。
もし、毒杯を賜れば、快く飲むと思う。
わたしは、生への執着はあまりない。
何かあれば、この身は、ペリオドス様の楯になるのだから。
なんと軽い命だろう。
いつものように、視察を一人で続けて、不備はないか尋ねる。
実際に現場に入り、直接、ダムの管理棟も見に行く。
堤防も歩いて、確認する。
この地を見たがっている帝国の皇太子殿下に、完璧な形のダムも堤防も見てもらいたい。
初夏の日差しが、寝不足と疲労で弱ったわたしを、容赦なく照らす。
目眩がしたが、その体を支えてくれる人はいない。
それを寂しく思いながら、額に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭い、関係者と話をする。
「王太子妃様、お体の具合が悪いのでは?」
「いいえ、大丈夫ですわ」
係の男性は、わたしの顔をじっと見ている。
もしかしたら蒼白な顔色をしているのかしら?
目の下に隈を作り、顔面蒼白なら、暗がりで見たらさぞかし恐ろしい顔をしているだろう。
しかし、この顔しかわたしは持ち合わせてはいない。
帝国から視察が来ることを伝えて、帰路につく。
ダムと堤防の資料も作っておかなくてはならない。
お弁当は、戦の時の非常食だ。
堅いパンの様な物。水気はない。味もない。カチカチのそれを口にする。
二個もらったが、一個食べただけで、顎が疲れる。一個は残した。
後で騎士団長に返しておこう。
初夏の暑さに、食事が傷むので、お弁当もない。
飲み物は、水が用意されている。
竹を切った水筒に水が入れられている。
水筒から直接、水を飲む。
淑女として、その飲み方はどうなんだろうといつも思う。
だから、人のいない馬車の中で隠れるように一人で飲食するのだ。
馬車の中で、ぬるい水を飲んで、帝国から皇太子殿下が視察に来たときは、食事の手配もしなくては……と思う。
まさか、客人に戦の時の非常食をお出しするわけにはいかない。
飲み物も水というわけにはいかない。
せめて、茶器に入った紅茶などを出すべきだろう。
王宮に戻ったら、国王陛下と相談しなくては。
もはや、ペリオドス様に期待をするだけ無駄なのだ。
役立たずの王子。
わたしを愛することはしなくても、国の為に働かない者に先はない。
一人、馬車に乗り、一人で考える。
そのうちに、眠りがやってくる。
馬車に座ったまま、深く眠る。
眠れる時に眠っておきたい。
帰ったら、仕事が山積みになっているに違いない。
あのペリオドス様が、仕事をしてくれるはずもない。
ないない尽くしで、本当に呆れる。
国王陛下は、ペリオドス様に必ず視察に行くように命じたが、出発間際に急な腹痛を起こしたと報せが来た。
またか……と内心で溜息を漏らし、わたしは一人で馬車に乗り込んだ。
一人で行くのならば、馬車で行くのではなく、馬で走った方が早く済む。
もっと早くに仮病を使ってくれたらよかったのに、面倒ばかりだ。
護衛の騎士が護る中、馬車が走り出した。
ダムの工事も堤防の工事も王太子は視察に来なかった。
国王陛下とわたしが交互に見守り、完成した物だ。
わたしは結婚する前から公務をしていたので、着工から完成まで見守る事ができた。
国王陛下には、第二夫人がいる。
第二夫人の子は、まだ10歳と幼いが第二王子がいる。
第一夫人は、政略結婚で侯爵令嬢であったらしい。
父親は議会の議長を務める程、皆の支持を集めた者だったと国王陛下から聞いた事があった。
第二夫人は国王陛下の思い人で、同じ侯爵令嬢だったらしい。
どちらも侯爵家ならば、思い人でいいではないかと前王に掛け合ったらしいが、許可は下りなかったと言う。
第一夫人は我が儘で、王子を産むと、後は好き勝手に贅沢をしているという。
第二夫人は、美しく淑やかな女性だと噂で聞いた。
同じ王宮の敷地内に離宮があり、そこで王女二人と王子と暮らしているという。
国王陛下は、ペリオドス様がきちんと公務をこなしてくれるならば、引退してペリオドス様に、国王の座を任せるつもりだったと、わたしに愚痴を零した。
いっこうに仕事をしない息子に腹を立てて、国王陛下は今、迷っていると思う。
ペリオドス様を王座に置くのか、第二夫人の第二王子を王座に置くのか……。
密かに、第二王子には王子教育がなされている。
その事は、第一夫人もペリオドス王太子も知らない。
第一夫人のアネール王妃様は、ペリオドス様を王座に置くことを疑ってもいない。
ペリオドス様も自分が次期国王陛下だと思っているのだ。
仕事を一切しないのに、説得力もありはしない。
わたしは密かに、ペリオドス様が見限られるのを願っている。
そうしたら、わたしが公務に追われる日は終わるかもしれない。
もし、毒杯を賜れば、快く飲むと思う。
わたしは、生への執着はあまりない。
何かあれば、この身は、ペリオドス様の楯になるのだから。
なんと軽い命だろう。
いつものように、視察を一人で続けて、不備はないか尋ねる。
実際に現場に入り、直接、ダムの管理棟も見に行く。
堤防も歩いて、確認する。
この地を見たがっている帝国の皇太子殿下に、完璧な形のダムも堤防も見てもらいたい。
初夏の日差しが、寝不足と疲労で弱ったわたしを、容赦なく照らす。
目眩がしたが、その体を支えてくれる人はいない。
それを寂しく思いながら、額に浮かんだ冷や汗をハンカチで拭い、関係者と話をする。
「王太子妃様、お体の具合が悪いのでは?」
「いいえ、大丈夫ですわ」
係の男性は、わたしの顔をじっと見ている。
もしかしたら蒼白な顔色をしているのかしら?
目の下に隈を作り、顔面蒼白なら、暗がりで見たらさぞかし恐ろしい顔をしているだろう。
しかし、この顔しかわたしは持ち合わせてはいない。
帝国から視察が来ることを伝えて、帰路につく。
ダムと堤防の資料も作っておかなくてはならない。
お弁当は、戦の時の非常食だ。
堅いパンの様な物。水気はない。味もない。カチカチのそれを口にする。
二個もらったが、一個食べただけで、顎が疲れる。一個は残した。
後で騎士団長に返しておこう。
初夏の暑さに、食事が傷むので、お弁当もない。
飲み物は、水が用意されている。
竹を切った水筒に水が入れられている。
水筒から直接、水を飲む。
淑女として、その飲み方はどうなんだろうといつも思う。
だから、人のいない馬車の中で隠れるように一人で飲食するのだ。
馬車の中で、ぬるい水を飲んで、帝国から皇太子殿下が視察に来たときは、食事の手配もしなくては……と思う。
まさか、客人に戦の時の非常食をお出しするわけにはいかない。
飲み物も水というわけにはいかない。
せめて、茶器に入った紅茶などを出すべきだろう。
王宮に戻ったら、国王陛下と相談しなくては。
もはや、ペリオドス様に期待をするだけ無駄なのだ。
役立たずの王子。
わたしを愛することはしなくても、国の為に働かない者に先はない。
一人、馬車に乗り、一人で考える。
そのうちに、眠りがやってくる。
馬車に座ったまま、深く眠る。
眠れる時に眠っておきたい。
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