裸足のシンデレラ

綾月百花   

文字の大きさ
115 / 184
第十三章(後半)

2   妊娠   妊娠悪阻

しおりを挟む
 仕事を辞めて退屈するかと思ったら、わたしは信じられないほど体調が悪くなった。

 匂いに敏感になって、すぐに吐いてしまう。

 水を飲んでも吐いてしまうから、食事も食べられない。体も怠くて、ベッドから起きられない。すごく眠くて、起きていられない。

 仕事をしていたら、職場に迷惑をかけてしまったと思う。


「少しは食べないと体に悪いだろう?」

「無理」


 部屋に運ばれてくる料理の匂いで、まず吐き気が来て、吐いてしまうからトイレから出られない。

 飲み物は経口補水液に変わって、ほんの少しずつ口に含んで、ゆっくり飲む。


「冷たい物が食べやすいそうだ。プリンを作ってもらった。食べられそうか?」

「試してみる」


 なんとか食べられた。けれど、すぐに吐いてしまった。

 ホテルの専属栄養士がわたし専用のメニューを考えてくれる。けれど、どうしても食べられない。


「空腹にしすぎると、余計に気分が悪くなるらしい」


 光輝さんも調べて、色々考えてくれる。

 部屋には、絶えず食べ物が置かれるようになった。

 冷蔵庫の中にはプリンやゼリー、パンやサブレ。

 気分転換にDVDが流されている。せっかくなので英語で見ている。

 ソファーに横になって、映画を見ながら寝ていると、光輝さんがブランケットを掛けてくれる。

 体重はどんどん減って行く。

 38㎏だった体重が33㎏になった時に、光輝さんは円城寺先生に連絡して相談していた。


『すぐに連れて来い。つわりは妊娠悪阻という立派な病気だ。入院の準備をしてこい』

「分かった」

 光輝さんは、素早く入院の準備を始めた。


「わたし、入院するの?」

「まだ分からんが、真希さんが言うのだから、必要になるかもしれない」

「光輝さんは円城寺先生と仲がいいの?」

「俺の大学の先輩だ。同じ円城寺家で昔から顔見知りだ」

「そうなんだ」

「着替えられそうなら、普段着に着替えなさい。ゆったりした物がいいだろう」

「はい」


 わたしはソファーから起き上がった。

 フラリと目眩がして、パタリとソファーに横になった。


(動けない)


「やっぱり自分で動くな。転んだら大変だ」

「はい」


 わたしにも光輝さんにも母親はいない。

 互いに頼れる相手がいないので、わたしの世話をすると光輝さんは仕事が溜まっていく。

 わたしの具合が悪いと、気になって仕事にならないらしい。


「もう少し経つと、スイカが食べられるぞ」

「スイカの解体ショー見たいな。スイカなら食べられそう」


 メロンは食べられたけれど、やはり吐いてしまった。

 わたしは光輝さんに支えられながら、久しぶりに自分の部屋に入った。



「下着はタンクトップとパンティーを入れたよ。タオルは叔母さんとこで準備された物。歯ブラシと歯磨き粉は旅行用のやつね。櫛も入れた。化粧ポーチ。プラのコップとスプーンと割り箸。前の物が残っていたから。シャンプーとボディーソープは入院が決まったら買ってくる」

「ありがとう」


 わたしはクローゼットを開けると、肋骨骨折していた時に着ていた洋服を出した。


「これ、大きいから」


 お腹も膨らんでいないので、何でも着られそうな気がするが、大きい物と言われたら、その洋服が一番大きい。リボンを外して着ると、その上から部屋着のカーディガンを着た。


「これでいい?」


 手首には髪ゴム。

 指輪は外して、光輝さんに手渡しした。


「なくさないでね」

「ああ、金庫にしまってくる」


 光輝さんはいったん部屋から出て行った。

 お出かけ用の鞄には、母子手帳とお財布と部屋の鍵が入っている。

 その中に、スマホと充電器、タブレットも入れた。

 お財布の中には診察券や保険証、免許証、クレジットカード、キャッシュカードが入っている。

 お金も5万ほど入っている。

 わたしは妊娠が分かった日から、ブログで日記を書いている。非表示だけれど、赤ちゃんの写真も載せている。

 光輝さんはすぐに戻って来た。

「少し待っていろ」と言うと、わたしをベッドに寝かせて、先に荷物を運んでいく。

 暫くすると光輝さんが部屋に戻って来た。



「おいで」

「歩けるよ」

「いいから」


 靴を履いたわたしを抱き上げて、駐車場の車まで運んでくれた。

「ゆっくり車に乗って」

「うん」


 わたしが車に乗り込む様子をじっと見ている。椅子にちゃんと座ると、ドアを閉めた。

 光輝さんは運転席に乗り込んで、病院までゆっくり走っていった。

 その間も、ずっと気持ちが悪くて、持たされたビニールに何度も吐いた。





 …………………………*…………………………






 円城寺先生が手配してくれていたようで、すぐに婦人科病棟に案内された。

 診察の後に、そのまま入院になった。

 個室が空いていたので、個室に入院した。名札は今回も外されている。

 すぐに点滴が始まって、気分が悪いのが治ってきた。


「体重減少と脱水を起こしていますので、暫くゆったりと過ごしましょう」

「はい」


 吐き気が治まってくると、今度は眠くなってくる。

 わたしが眠ると、光輝さんは車まで荷物を取りに行って、足りない物を買いに行ってくれたようだ。

 目を覚ました時には、光輝さんの姿はなかった。

 仕事が溜まっているので、仕方が無い。

 指輪のなくなった指を撫でて、枕元に置かれたスマホを見た。

 スマホの通知に、《起きたら連絡しろ》と出ていた。

 ラインを開いて、光輝さんに〈おはよう〉と書いた。

 すぐに既読になった。


 《具合はどうだ?》

 〈今は気持ち悪くない〉

 《安定するまで入院だと言われた。しっかり休んでくれ。仕事が溜まっているから、あまり傍にいられないが、1日一度は顔を見に行くから》

 〈無理しなくてもいいよ。いっぱい迷惑かけてごめんね。早めに元気になるね〉

 《それじゃ、またな。仕事を早めに終わらせる》

 〈頑張ってね〉


 その日から、わたしは病院暮らしになった。

 吐き気で食べ物が食べられないので、わたしの栄養は点滴で、後はベッドで安静にすることだった。

 日記を書いて、タブレットに入れてある映画を見る。

 英語で聞いて、発音も覚えていく。

 時間がある今だから、できることだ。

 そのうち会話も覚えて、セリフも一緒に言えてくる。

 光輝さんは、相当忙しいのか、夜に少し来てくれた。



「映画を見ているのか?」

「なんだか見尽くした感じ、セリフも覚えてきたよ」

「新しいのをダウンロードしてこようか?」

「お願いしてもいい?」

「どんなのがいい?」

「英会話の練習になりそうな面白くて日常会話が多いのがいいな」

「明日、持ってくる」

「ありがとう」


 わたしは二ヶ月も入院した。

 入院中にいつの間にか、妊娠中期に入っていた。

 季節はいつの間にか初夏になっていた。

 退院祝いは、スイカの解体ショーになった。

 ホテルの部屋でシェフは、丸いスイカを器用に切って、大口を開けたパンダに作り上げた。

 その様子をスマホの動画で映した。

 大量に出てきたスイカは、翌日にフルーツポンチとシャーベットにされた。

 お腹の中で、赤ちゃんが動くのが分かる。

 光輝さんは、わたしのお腹を抱きしめて、一緒に胎動を感じて、お腹の赤ちゃんに話しかける。


「パパだよ。もっと大きくなりなさい」


 食事が食べられなかったわたしは、まだ妊婦に見えないほど痩せていた。

 けれど、胎内の赤ちゃんは小さめながら、順調に成長をしている。

 戌の日に安産祈願に出かけて、光輝さん御用達のデパートで、妊婦のガードルやブラジャーを買ってもらった。

 ゆったりとしたマタニティーウエアーもお洒落な物を何着も買ってくれた。

 夏の親睦会にも着られるような物だ。

 スマホには、和真さんやティファさんからお祝いのメッセージが送られてきた。

 運動不足になるので、昼食後に光輝さんと散歩をするようになった。

 ホテルの周りに公園はないけれど、駅まで行ってそのまま歩いて帰ってくる。

 休みの日にはドライブをして、景色の良い場所でデートをする。

 二人の時間を大切に過ごした。




しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...