裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十一章

9   復讐   子宮を奪った娘

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 真竹家に長男が生まれたのは、今年の4月の事だった。

 日中の仕事も止めて、風俗1本に仕事を変えた私が朝帰りをしたら、元夫の信司が大喜びをしていた。

 午前中に産気づいて夜中に生まれたと、聞きもしないのに教えてきた。

 信司への愛情は既になくなっている。

 私は借金をただ返すために、家賃のいらないこの家に住んでいるだけだ。



「私の借金は幾らなの?」

「80万円だ」

「そろそろ返済できたのではありませんか?」

「まだだろう?どんな計算をしている。13年以上かかるだろう?それに、食費と家賃は、まさか払うつもりはないのか?」



 今まで家賃は取られないと思っていたが、どうやら違うようだ。

 毎日の稼ぎの殆どを家に入れている。

 一晩で稼げるのは、6万程度だ。日中に出会い系で数万円、日中の稼ぎは自分の貯金にしている。


「私、いつまで支払いしなくてはならないの?」


 一夜のうちに何人も男と寝て、金を稼いでいる。身を売っているのだ。



「由美は行くとこがあるのか?」

「ないわ」



 この家を出ようと思った事は一度や二度ではない。

 時間を見つけて、不動産屋を訪ねて、ワンルームでもいいので、家を出て行こうと考えている。

 80万を返そうと思うと、確かに13年はかかりそうだ。

 13年も働けるだろうか?

 年齢もそれほど若くはない。


「家に金を入れなければ、家政婦として雇ってやろう」


 無限ループのような生活に、疲れてきた。

 今日も6万支払って、お風呂に入る。



「湯は溜めるな、水道代がかかる」

「分かったわよ」



 シャワーを浴びて、パジャマに着替えて眠る。

 救いは子宮がないから、妊娠しないことだ。そのお陰で、ピルを飲む必要がない。

 けれど、風邪を引けば、病院にかかる。その病院代は、日中の出会い系で貯めたお金で支払っている。

 保険料も年金も、食べるためのお金は、殆ど残らない。



…………………………*…………………………



 1週間後、信司は美佳を迎えに行った。

 真っ白なベビードレスを着た赤ちゃんだった。

 近くでは見せてはもらえない。

 美佳は、私を嫌っている。



「ねえ、信司。あの人、いつまで、ここにいるの?」

「家政婦だと思えばいい」

「真白に触って欲しくないの」


 赤ちゃんの名前は真白だと知った。

 あいにく、私には母性はない。

 生まれたばかりの美緒も抱いたことがない。 

 初乳さえあげてはいない。

 母乳も一度も飲ませたことはない。

 私の子宮を奪った憎い赤ん坊だ。

 男の子なら愛せたかもしれないけれど、それもどうか分からない。

 静美を産んだときは、とても愛おしいと感じたけれど、美緒が女の子だと知った瞬間、スッと母性は消えた。

 名前はお婆さまが決めた。

 名無しという名でも、不満がないほど愛情が湧かない。

 切られた腹の痛みで、余計に愛情が失せたのかもしれない。

 家政婦が美緒の世話をして、育てていた。初めて美緒に手を挙げたのは、1歳の誕生日だったような気がする。

「ママ」と呼ばれて、腹が立った。

 頬を打ったら、転がっていった。やっと立って歩けるようになったばかりだった。家政婦が、慌てて抱き上げて、傷がないか確認していた。

 その様子を静美が見ていた。
 



…………………………*…………………………





 美佳には母性があるのか、真白の世話をきちんと見ている。

 自宅に帰ってきて仮眠をする時に泣かれると、部屋に乗り込んで赤ん坊を張り倒したくなる。

 食事の支度は信司がしている。

 ただし、二人分だ。

 私には愛情の欠片もないようだ。

 信司に料理が作れることを、最近知った。

 ままごとのような生活を信司と美佳は送っている。

 クーハンに寝かせて、作業場に連れて行き、美佳も作業をしているようだ。

 新作の浴衣は、既に市場へと出ている。

 真竹流の新作に、世間で話題になっているようで、人気も売り上げも出てきている。

 今は既に秋冬物のデザイン画を描いている。

 美佳は絵が好きなのか、風景画も動物画も描く。美佳が描く猫の絵は人気があり、収入に繋がっているようだ。

『招き猫』と名付けられたシリーズは、注文が殺到しているという。

 私は覗いていた作業場から出て、今日も男あさりをする。

 派手な化粧より、日中は清楚な化粧が、好まれる。



《今日もどうだ?》

〈もちろん、いいわよ〉

《いつものホテルで》

〈分かったわ〉



 常連のこの男性はジョンと名乗っている。私はゆーみんと名乗っている。

 金払いのいい客は、できるだけ逃さないようにしている。

 私は清楚なワンピースに着替えて、出かけていった。




…………………………*…………………………



 
 日にちが過ぎるのはあっという間だ。

 季節は巡って、もう冬になっている。

 家には今までなかったクリスマスツリーが、居間に飾られている。

 真白もハイハイが上手くなり、つかまり立ちをするようになってきた。

 信司と美佳は、真白の成長を日々楽しそうに話している。

 私には家の中に居場所がなくなりつつある。

 台所は美佳が買いそろえた物に変わって、「勝手に触らないで」と文句を言われるようになった。信司はもう庇ってはくれない。遠回しに出て行けという態度をされることもある。

 仕方なく家政婦が使っていた部屋にある小さなコンロで簡単な食事を作る。食べる物はうどんやカップ麺のようなあまり手のかからない物ばかりだ。

 部屋を移動するのが面倒になって、最近は家政婦部屋で過ごしている。

 広い日本家屋なので、家の中でも顔を合わせない日もあるほどだ。

 クリスマスのイルミネーションを見ると、一年の終わりを感じる。

 今日の客は、オプションをたっぷり付けてくれた。オプションはフルバックされるために、手取りが増える。身体的負担は増えるが、私はお客の要望を拒むことはない。

 家に入れる6万以外は、別の財布に入れて、鞄のファスナーの中に隠す。

 次の客と待ち合わせをしている間、イルミネーションを見ていた。

 黒いダウンコートを着た若い男が、目に付いた。

(いい男ね。ハンサムだし、金持ちそう)

 襟巻きも靴もセンスがいい。

 イルミネーションを見ているのなら、デートだろうと思った。

 ハンサムな男が動き出した時に、男の影から背の低い女が見えた。

 お揃いのような黒のダウンコートを着て、白っぽいワンピースを着ているようだ。

 その笑顔を見て、私の感情が沸々と湧き上がっていくようだ。

 怒りや憎しみ、嫌悪、その他にも言葉にできない恨みの数々が脳裏に浮かぶ。


(あれは、美緒)



 幸せそうな顔で笑っているのが許せない。

 イルミネーションを見に来たのだろう。

 ハンサムな男と写真を撮っている。

 生意気な娘だ。

 私よりいい物を着て、私よりも幸せそうに笑っている。

 あの女のせいで、私の人生が変わってしまった。

 私の子宮を奪わなければ、まだ信司に失望されずに済んだかもしれない。

 熱望されていた男の子を産むことができたかもしれない。

 美緒が私の子宮と一緒に生まれてしまった。美緒が私の子宮を壊してしまった。

 麻酔が覚めた後に、私に子宮がなくなった事を聞いたとき、私は絶望したのだ。信司は「もう男の子は産めないな」と残念そうに口にした。

 私のせいじゃない。美緒が子宮を壊して生まれてきたのだ。

 望んではいなかった女の子の姿で。

 美緒が家出をしなければ、刑事事件にもならずに、幸せに暮らせたはずだ。

 減刑にもしてくれずに、親を犯罪者にした。

 20歳まで育ててもらったのに、恩知らずな娘だ。


「ゆーみん、どうしたん?」


 ふと声をかけられて、私は正気に戻って行った。


「ジョン」

「待たせたか?」

「ううん」


 ふと見ると、もう美緒の姿は消えていた。

 今度、見つけたら金を巻き上げてやろう。そして、きついお仕置きをしなくては。


「行くよ、さみいな~」


 ジョンに肩を抱かれて、美しいイルミネーションを見てから、ホテル街に入って行った。



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