裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十一章

4   復讐   転院

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 朝一番に真希さんに連絡をした。

 事情を話したら、まず怒鳴られた。そして叱られた。

 今回は負傷者が3人いる。

 連れ帰りたいのは美緒だけではない。卓也君と恵麻君のご両親の為にも設備の整った病院に転院させたい。

 無理を承知で頼み込んだ。

 真希さんはベッドの確保ができるか工面してから連絡すると言って、一度電話を切った。

 それから、美緒の担当医に相談した。


「こちらから、都内の病院に転院を勧めるつもりでした。この病院ではできることもしれていますので、設備の整った病院で診てもらった方が予後は良いでしょう」


 主治医に聞くと、卓也君と恵麻君は美緒ほど悪くないらしいが、かなり殴られているので、安静が必要だと言われた。

 真希さんから連絡が来て、真希さんから美緒の主治医に連絡をしてくれると言ってくれた。


「円城寺さん、転院が決まりました。ドクターヘリが往復することになりました」

「ありがとうございました」


 真希さんがベッドを開けてくれたのだろう。

 卓也君と恵麻君は隣同士の部屋で一人ずつ寝ていた。

 まず、卓也君の部屋に行って、頭を下げる。


「美緒さんは無事ですか?」

「全く無事ではないが、取り戻した。迷惑をかけた」

「守れなくてすみませんでした」

「いや、よく戦ってくれた。知らせてくれたお陰で、犯人は最短で逮捕できたと思う」

「そうですか」

「今日、卓也君と恵麻君と美緒を都内の病院に移す手配をした」

「ありがとうございます」



 卓也君の顔は、殴られなかったのか、見た目は元気そうだ。

 受け身がきちんとできるのだろう。



「美緒と同じ病院に入院になるが、美緒は面会謝絶になると思う」



 卓也君は、それ以上、何も聞かずに頷いた。

 その後に、恵麻君の部屋にも顔を出した。

 恵麻君も元気そうだ。

 恵麻君も卓也君と同じ事を聞いてきた。返す言葉も同じだ。

 謝罪もされてしまった。

 俺は卓也君に話した事と同じ事を話して、恵麻君にもきちんと謝罪をした。

 美緒の部屋に戻ると、美緒はひたすら素数を数えている。



「美緒、ドクターヘリが来るそうだ。真希さんの所に転院することになった」

「うん」

「ここで、美緒を見送るのがいいのか、それとも、向こうで待っていて欲しいか?」

「一緒に行けないの?」

「ああ、一緒に行くことはできない。ヘリには医者が乗ることになっている」

「……怖い」



 美緒は俺のスーツの裾を握った。



「それなら、ここで見送って、ヘリを追いかけていくよ」



 美緒の手を握って、ベッドの横に座る。


「向こうの病院には和真とティファにいてもらうか?あの二人も強いから、美緒を傷つける者は近づけない」

「……誰にもわたしがレイプされた事は言わないで」

「和真とティファ以外は知らせていない」

「他の誰にも言わないで。汚れちゃったわたしを誰にも見せたくない」



 震えながら、美緒が泣きだしてしまった。



「ガーゼが濡れちゃうよ」

 髪を撫でても、美緒の涙が止まらない。

 タオルを持ってきて、涙を拭うと、自分でタオルを持って、ひたすら泣きだしてしまう。

 精神が不安定になりすぎて、一度泣き出すと涙が止まらない。

 俺はナースコールを押すと、看護師が来て点滴を新たに繋ぐと、頬の消毒をしてガーゼを張り替えた。

 手を握って涙を拭うと、美緒がぼんやりしてきた。



「……ごめんなさい」


 美緒は小さく呟くと、手の力も抜けてきた。


 薬に酔っている感じだ。瞼が閉じて、涙がこぼれた。

 タオルで拭って、美緒の手を両手で握る。 

 どうにかして立ち直って欲しい。

 ずっと手を握っていたいけれど、退院の準備をしなくてはならない。

 卓也君と恵麻君の分も。

 何着目になるのか、病院の売店で浴衣の寝間着等を準備して、病室に戻ると、主治医が部屋に来ていた。


「痛み止めと精神安定剤で眠っているので、先に都内の病院に向かってください」

「いいのですか?」

「ヘリではあっという間ですから、安心して、事故など起こさないように、ゆっくり移動してください」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、三人分の着替えを渡す。

 看護師さんが受け取り、俺は三人の病院代の精算をすると美緒の荷物を持って病院を出た。

 ホテルに戻ると、和真とティファは既に荷物を纏めていた。



「美緒ちゃん、置いて来て良かったのか?」

「ああ、今、眠っている。今のうちに都内に戻ることにする」

「俺たちも一緒に行ってもいいか?」

「ああ、いいとも」



 俺は最低限にした荷物を持って、車に移動する。

 和真とティファは、二人で後部座席に座った。

 パーティー用の荷物は国際便で送ったようだ。今あるのは、最低限の物だけだ。

 車を走らせながら、最短ルートで戻って行く。



「美緒に護衛を付けた方がいいのか?卓也君と恵麻君もかなり腕の立つ男だが」

「今回のように大勢で襲われたら、どんなに強い男が付いていても、数で負ける」



 和真もティファも俺を責めない。

 美緒には、きちんと護衛は付けていた。



「オレが護衛に入っていても、今回はミオを奪われていたと思うぞ!」


 ティファは、今回、容疑者を逮捕するときに、加害者と手合わせしている。


「俺がいても数で負ける」


 ティファも和真も腕は立つ。二人が言うのなら、俺は間違っていなかったのだろうか?


「兄さん、今回は相手が悪かったと思う。玲奈は美緒ちゃんに危害を与えるつもりで、ごろつきのオルビスを呼び出している。オルビス達は、俺等よりも体格もいいし、喧嘩慣れしている。いろんな犯罪に手を染めて、あっちでも目を付けられていた奴だ。幾ら、卓也君と恵麻君が腕に覚えがあっても、美緒ちゃんを守りながら5人で攻撃されたら負けてしまう。日本では拳銃だって使えないだろ?」

「ああ、そうだな」



 美緒の傷だらけで腫れた顔を思い出すと、どうにかならないかと思う。幸いなのは、顔面骨折は起こしてなかった事だろう。

 時間と共に傷は癒えていくと思う。いや、俺が美緒を支える。





 …………………………*…………………………





 自宅のホテルに戻った。

 今回は和真とティファは、別の部屋を取ってくれた。

 運ばれた荷物を部屋に運んでもらい、先に美緒の物を揃えていく。

 病院に運び入れる物はできれば、熱海で準備した物ではない方がいいと思った。

 以前に入院していた頃に使っていた物を出して、小さなスーツケースに詰め直して、コップやスプーンも揃えていく。

 着替えの洋服も温かな物に替えた。

 スリッパに靴も忘れないように揃えると、思い出したように勉強道具と美緒のバックも持って行く事にした。

 勉強道具があれば精神が落ち着くかもしれないし、スマホがあれば、連絡も取れる。

 準備を整えて、そろそろ搬送されていそうな病院に向かった。





 …………………………*…………………………





 卓也君と恵麻君が先に運ばれたようで、検査後二人の希望で二人部屋に入ったと知らされた。

 次のフライトで美緒が運ばれてくる。

 俺はヘリポートで美緒を待った。

 荷物は部屋に運んである。

 風を巻き上げながら、ヘリが下りてきた。

 美緒がヘリから下ろされて、ストレッチャーが交換された。

 まだ薬が効いているのか、美緒は眠ったままだ。

 すぐに美緒は移動させられた。

 俺は医師や看護師の後を追う。

 真希さんはヘリに乗ってきた医師から引き継ぎを受けている。

 部屋に戻る前に、検査室に運ばれて、傷ついた場所の撮影が行われた。

 痩せた美緒は事件後から絶食になっている。

 これ以上痩せたら、体力も戻らなくなりそうで心配だ。

 一通り検査を終えると、美緒は部屋に運ばれた。

 特別室で名前は出されていない。

 目を覚ました美緒は、キョロキョロと部屋を見ている。


「都内に戻ってきた」


 声を掛けると、吃驚したように俺を見た。


「円城寺先生がいるところ?」

「そうだよ」


 俺はベッドに腰掛けて、美緒の手を握った。


「この部屋は立派すぎよ。普通の個室にしてもらって」

「部屋の事は心配するな。俺もここなら泊まれるだろう?」

「光輝さんが、ここに泊まるの?」

「まだ正月休みだからね。美緒と一緒に過ごしたいんだよ」

「……うん」


 反対されるかと思ったが、美緒は俺の手を握り返してきた。



「わたしを嫌いにならないで」

「なるわけがない。愛している、美緒」

「……うん。愛しているから捨てないで」

「怖いのか?」

「怖い」



 美緒にキスをしようと思ったが、まだできる状態ではなかった。

 髪を撫でて額にキスをすると、少し安心したのか目を閉じた。

 まだ完全に覚醒したわけではなさそうだ。

 眠りに落ちて、手から力が落ちていく。




 …………………………*…………………………





 深夜の会議室で、真希さんと向かい合った。


「卓也君と恵麻君は、安静にしていれば来週には退院できるだろう」


 二人のカルテを横にずらして、美緒のカルテを開いた。

「美緒さんは、まず精神的な治療が必要だ。専門医に頼んだ。内臓の腫れは、卓也君達よりも重傷だ。腎臓からの出血がまだ止まっていない。まだ2日目だからもう少し様子を見よう。最悪摘出になる可能性があるが、最善は尽くすつもりだ。脳出血は顔面を殴打された事による物だと思う。昨日よりマシになっている状態だ。向こうの病院で処置した治療法で継続する。顔面痛を訴えているようだね。まだしばらくは痛むだろう。痛み止めを点滴から入れて様子観察する。レイプに関することだが、性感染症に感染しているか、こちらの病院でして欲しいとの事なので、明日にでも行う予定だ。HIV感染症と梅毒の検査は、3ヶ月後も再度行う。検査するときに錯乱する可能性もあるから、付き添ってもらえると助かる」

「分かりました」

「相手は外国人だったね?」

「アメリカ人で性犯罪歴もある者達らしい」

「性感染症の結果が出るまでに、時間がかかるから、早めの治療を行うこともできるが、どうする?1日でも早く治療を行う事で、防げる物もある。例えばB型肝炎等は先にワクチンで抗体を付ける事で防ぐ効果がある。梅毒などの多くの細菌に対して効果のある抗生物質もある。他にも抗菌薬、抗生物質、抗生剤を先に用いる事で、気をつけなければならない性病を治療できる」



(なんで、美緒が!悔しい)



 拳を固めて、考える。

 レイプされたことは俺もショックだが、美緒は俺の何十倍も何千倍もショックを受けているはずだ。

 美緒に考えさせると、更に精神的に不安定になる可能性がある。決めるなら夫である俺が決めるべきだ。


「早期に治療を始めてくれ」



 病気が発覚すれば、美緒はまた悩む。これ以上、泣かせたくはない。

 真希さんは、同意書を俺の前に置いた。

 俺はその紙に署名した。



「明日の検査後から処置を行う。検査は外来が始まる前にする予定だ」

「分かりました」

「今回は心の傷が、一番大きいはずだ。支えてやって欲しい」

「そのつもりでいる」

「おまえも参っているだろう?妻を穢されて」

「ああ、かなり参っている。だが、美緒が狙われた理由は、俺にある」

「あまり思い詰めるな」


 真希さんは、テーブルの同意書をカルテに挟んで、カルテを閉じた。


「俺が総帥でなければ、美緒は襲われなかったかもしれない」

「おまえは、昔から良くやっているよ。自信を失うなよ」



 真希さんは立ち上がると、俺の肩を叩いた。



「今日は泊まるのか?着替えがあれば、あの部屋なら泊まれるだろう」

「今夜は帰って、泊まれる準備をして、今夜か明日の朝に来るつもりだ」

「美緒さんは朝まで起きないだろう。ゆっくりしてくるといい」

「真希さん、頼んだ」



 真希さんは微笑して、俺の肩を叩いた。

 会議室を二人で出ると、真希さんは会議室の電気を消して俺をエレベーターホールに送った。



「おやすみ」

「おやすみ」



 真希さんは俺をエレベーターに乗せると、病棟の方に戻って行った。



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