90 / 184
第十章
6 新年親睦会 火傷
しおりを挟む
シャワーを止められて、わたしは震える体を抱きしめた。
「寒かったな」
わたしは頷く。
「スカートを捲るよ」
「うん」
バスチェアーに座っていたわたしの下半身はすっかり水浸しだ。
スカートを捲られて、太股を見ると、僅かに桃色になっていた。
「病院に行って薬をもらってこよう」
「これくらい平気だよ。見えない場所だし」
「綺麗な足に傷は残したくはない」
「やっと病院から退院したばかりなのに、また病院に行くの?」
「ここの支配人に緊急で診てくれそうな病院を調べてもらっている。カウントダウンまでには戻れるだろう」
わたしは頷いた。
「きっと光輝さんの事が大好きだったのね。だから、わたしが気に入らなかったのね?」
「まあ、そうだろうな。俺は玲奈のことは妹のように思っていた。だが、玲奈は俺に関係を求めていた。断った数は覚えてはいない。まさか、和真と結ばれていたとは思わなかった」
光輝さんはわたしを立たせると、わたしのワンピースのファスナーを下ろした。
濡れたワンピースが足元に落ちる。
「下着も脱がせてもいいか?」
「自分で……っていうか、自分で着られます。後ろを向いていて下さい」
「恥ずかしがり屋だな」
光輝さんはわたしにバスタオルを渡すと、風呂場から出て、ミニキッチンのある場所で、お湯を沸かし始めた。
その姿を見てから、わたしは下着を脱いで体を拭った。
新しく用意された下着を身につけると、用意されたワンピースを着た。
髪は濡れていないので、今回は乾かさなくても大丈夫そうだ。
わたしはクロークルームに寄って、ストッキングの代わりに靴下を出した。
手にクリームを塗ると白い手袋をした。
もうクリームも塗らなくても良さそうなほど綺麗になってきたが、今日くらいは手袋をしていた方が、光輝さんが心配しなさそうだ。
身支度を調えて、髪を左右に緩く三つ編みをして、雰囲気を変えた。
多少幼く見えるかもしれないけれど、緊張していた顔をしていた光輝さんを笑顔にしたかった。
カーディガンもはおって、冷えた体を温める。
薄めのカーディガンでも、カシミヤが入っていて、温かくなるはずだ。限界値を超えるほど、体が冷えてしまったので、少々の事では温まらないと思う。ダウンコートも着て、靴も履くと、ダイニングテーブルに向かった。
テーブルの上は片付けられていた。
わたしが足を冷やしている間に、片付けもしてくれたのだと思う。
「寒いだろう?緑茶を淹れてみた。慌てずに飲みなさい」
「うん」
光輝さんは、わたしを背後から抱き上げた。ぎゅっと抱きしめて、体温を分けてくれる。
「背中だけ、温かい」
「それなら、逆にするか?」
光輝さんはわたしを抱き上げて、向かい合わせるように抱きしめた。
光輝さんの足を跨いでいるので、恥ずかしいけれど、この方が温かい。
背後から毛布を掛けられた。
「風邪を引くなよ。また熱を出したら大変だ」
「ずいぶん、寝込んでいたから、もう寝込みたくない」
「そうだろうな?温泉に来て温泉に入れないのも苦痛だぞ」
「少しピンク色に変わったくらいでも火傷なの?」
「水疱まではできていないから、軽いと思うが、火傷は色素沈着を残す」
「分かった。光輝さんの指示に従います」
「いい子だ」
光輝さんはキスをくれた。
戯れるようなキスは、本当に久しぶりだった。
「そろそろお茶が飲み頃ではないか?」
光輝さんは湯飲みを持つと、わたしに持たせた。
湯飲みを口に付けると、確かに飲み頃だ。熱すぎず、温かさもちょうどいい。
光輝さんも一緒にお茶を飲む。
湯飲みを置いた後に、光輝さんのスマホが鳴った。
「円城寺」
『フロントです。病院ですが、受け入れてくれる病院が決まりました……』
「ありがとう」
電話は要件のみで切れた。スマホをジャケットの内ポケットに入れる。
「出かけよう」
「外、寒そうよ」
「毛布を被って行きなさい」
「うん」
光輝さんは、わたしを膝から下ろすと、上着を取りに出かけた。
ダウンコートを着て、やって来た。
「歩いて、擦れるか?」
「不快感はあるけど、痛くはないよ」
「では、歩いて行けるか?」
わたしは微笑んだ。
歩けないと言ったら抱き上げそうな顔をしている。
「光輝さんは過保護ね。わたし、こんなに大切に育てられていないから、とてもくすぐったいわ」
「美緒を甘やかすのは、俺の特権だからな」
車は移動させられて、ホテルの前に止められていた。
鍵を受け取ると、わたしを助手席に乗せて、自分も車に乗り込んだ。
ナビに病院のナンバーを打ち込むと、表示された病院は比較的近くにあった。
…………………………*…………………………
診察を終えて、塗り薬と包帯を巻かれた。
せっかく温泉に来たのに、シャワーしか浴びられないのだと言われた。
それでも、火傷の赤みが落ち着けばそれで終わりでもいいと言われた。
早く治ったら、温泉にも入れるかもしれない。
ホテルに戻る途中で、光輝さんは綺麗な景色の場所に連れて行ってくれた。
遠くに温泉街があるが、木々に包まれ、木々の間から海が見える。
展望台もあるから、季節が良ければ、外に出て散策もできそうだ。
駐車場で車を止めて、アイドリング状態だ。
温風が出ていて、冷えていたわたしの体も温かくなってきた。
「美緒、指を見せてくれるか?」
「うん」
わたしは手袋を外して、光輝さんの前に手を差しだした。
光輝さんはわたしの手首を握ると、手の向きを変えながら、指先の傷跡を見ている。
「痛いか?」
「もう、痛くない。クリームも寝る前だけでいいかと思えるほど、綺麗に治ったと思う」
あかぎれもなくなり、腫れもない。
和服を着るときは、手袋を外して帯を締めたい。
綺麗に着付けなければ、着崩れを起こして光輝さんに恥をかかせてしまう。それだけは絶対にしたくない。
「色々ケチが付いたから、新しく指輪を作り直したんだ」
「どんな指輪を?」
わたしは光輝さんの左手を見た。そこには、指輪がなかった。
「結婚指輪だ。これは俺がデザインして、デザイナーに委託した」
光輝さんはポケットの中から楕円形の指輪ケースを出した。
蓋を開けると、サイズの違う結婚指輪が並んでいた。以前より高価な物だと分かる。
どちらの指輪にも一粒ダイヤモンドが埋め込まれている。
石は大きすぎずシンプルだ。けれど、石の輝きがとても美しい。
デザインが以前の物よりシャープで、綺麗なのに格好いい。
「もう一度、誓い合おう」
「前の指輪でも良かったのに」
記念日が刻印されてなかったのは、さすがに寂しかったけれど、刻印を刻んでもらうだけでも十分だと思った。
それなのに、全く違う指輪を出されてしまった。
「前の指輪はどうするの?」
「あれは、あれで持っていればいい」
わたしは頷いた。
「記念日は実はクリスマスイヴにした。イベント的にもいいかと思って」
「わたしが家出してしまったから?」
「原因を作ったのは、俺だから自業自得だ。記念日に渡せなくてすまない」
わたしは首を左右に振った。
きちんと話せば解決できたかもしれないのに、家出をしてしまった。
軽率だったのかもしれない。
それでも、あの時は、どうしても悲しくて傍にいられなかった。
わたしより葵さんを選んだと思ってしまったから身を引いた。
光輝さんは、指輪を置いて、わたしの両手を繋いだ。
真っ直ぐにわたしを見つめている。わたしも光輝さんを見つめた。
「愛している。ずっと一緒に生きて欲しい」
「わたしも愛しています。一緒にいさせてください」
光輝さんは、わたしに触れるだけの誓いのキスをくれた。
そうして、指輪をわたしに見せた。
指輪の中に、確かに日付と『美緒へ光輝より』と英字で刻まれていた。
その指輪をわたしの左手薬指にそっと入れてくれた。
指のサイズが変わっていたら、きっと入らなかったと思うのに、きちんと治って良かった。
わたしも指輪のケースに残った指輪を掴んで、指輪の中を覗く。
記念日と『光輝へ美緒より』と英字で書かれていた。
「光輝さん、大好きです」
以前、光輝さんに指輪を贈った時と同じ言葉を告げて、指輪を光輝さんの指に入れた。
以前より美しくて、光輝さんにもとても似合った。
「あと、もう一つ。これはクリスマスプレゼントも兼ねているけれど、嵌めてくれるか?」
光輝さんはもう一つの箱を取り出した。
蓋を開けると、高そうな指輪が入っていた。
「以前デザインした物とは違う物を考えた。美緒に似合う物を作れたと思う」
最初にもらって、葵さんに盗まれた指輪とは違うけれど、大粒のピンクダイヤを囲むように美しいダイヤモンドがまるで花を包むように光っている。水に濡れた花のような美しさがある。
ちゃんと刻印もあった。
『永遠に愛することを誓う 光輝から美緒へ』と英字で書かれていた。
「読めたか?」
「はい」
「本当にわたしでいいのですか?」
「何を今更言っているんだ?俺と結婚したら、美緒を狙う奴が出てくる。玲奈の様な嫌がらせも受けるかもしれない。俺の方が美緒にお願いしているんだ。一緒に家庭を作って欲しい」
「はい、どんな暴言を吐かれても、意地悪されても大丈夫です。わたし、虐められる事に慣れていますから。光輝さんに捨てられるまで、一緒にいさせてください」
「捨てるわけがないだろう?」
こんな時なのに、デコピンされてしまった。
痛いけれど、痛いのは、ほんのちょっとだ。
ちゃんと加減されていると分かる。
光輝さんは、結婚指輪に並ぶように指輪を入れてくれた。
「珍しいカットをしてもらった。16世紀のヨーロッパの王族貴族に人気があったカットで、ローズカットと言われるそうだ。この指輪は美緒だけの指輪だ」
「ありがとうございます」
きっと以前と同じように、高額な指輪だと思う。けれど、値段は聞かなかった。
わたしは、どんな嫌がらせを受けても、光輝さんの隣にいようと心に誓った。
光輝さんがわたしを守るように、わたしも光輝さんを守りたい。
そっと唇が重なる。優しくなぞるように。
背中を抱き寄せられて、このままここで抱かれてもいいと思えた。
けれど、光輝さんはそうはしなかった。
「続きは今夜だ。時間が押している。戻ろう」
中途半端に熱くなった体が、疼く。わたしは光輝さんを少し睨んで、唇にキスをして、シートベルトを嵌めた。
「怒ったのか?」
「いつも中途半端で放り出されるわたしの気持ちも考えて」
まるで抱いてくれと言っているようだけれど、その通りなので、訂正はしない。
光輝さんは嬉しそうに笑うと、わたしの頬にキスをした。
まだ殴られたせいで、ちょっと痛みの残る頬には、ずっと触れなかったのに、痛みの残るそこにキスをして、シートベルトを嵌めた。
「もう殴らせないからな」
「うん」
もう殴られない。もう誰にもこの体を触れさせたりしない。わたしは光輝さんと誓い合ったのだから。
車は親睦会が行われるホテルに向かって走り出した。
「寒かったな」
わたしは頷く。
「スカートを捲るよ」
「うん」
バスチェアーに座っていたわたしの下半身はすっかり水浸しだ。
スカートを捲られて、太股を見ると、僅かに桃色になっていた。
「病院に行って薬をもらってこよう」
「これくらい平気だよ。見えない場所だし」
「綺麗な足に傷は残したくはない」
「やっと病院から退院したばかりなのに、また病院に行くの?」
「ここの支配人に緊急で診てくれそうな病院を調べてもらっている。カウントダウンまでには戻れるだろう」
わたしは頷いた。
「きっと光輝さんの事が大好きだったのね。だから、わたしが気に入らなかったのね?」
「まあ、そうだろうな。俺は玲奈のことは妹のように思っていた。だが、玲奈は俺に関係を求めていた。断った数は覚えてはいない。まさか、和真と結ばれていたとは思わなかった」
光輝さんはわたしを立たせると、わたしのワンピースのファスナーを下ろした。
濡れたワンピースが足元に落ちる。
「下着も脱がせてもいいか?」
「自分で……っていうか、自分で着られます。後ろを向いていて下さい」
「恥ずかしがり屋だな」
光輝さんはわたしにバスタオルを渡すと、風呂場から出て、ミニキッチンのある場所で、お湯を沸かし始めた。
その姿を見てから、わたしは下着を脱いで体を拭った。
新しく用意された下着を身につけると、用意されたワンピースを着た。
髪は濡れていないので、今回は乾かさなくても大丈夫そうだ。
わたしはクロークルームに寄って、ストッキングの代わりに靴下を出した。
手にクリームを塗ると白い手袋をした。
もうクリームも塗らなくても良さそうなほど綺麗になってきたが、今日くらいは手袋をしていた方が、光輝さんが心配しなさそうだ。
身支度を調えて、髪を左右に緩く三つ編みをして、雰囲気を変えた。
多少幼く見えるかもしれないけれど、緊張していた顔をしていた光輝さんを笑顔にしたかった。
カーディガンもはおって、冷えた体を温める。
薄めのカーディガンでも、カシミヤが入っていて、温かくなるはずだ。限界値を超えるほど、体が冷えてしまったので、少々の事では温まらないと思う。ダウンコートも着て、靴も履くと、ダイニングテーブルに向かった。
テーブルの上は片付けられていた。
わたしが足を冷やしている間に、片付けもしてくれたのだと思う。
「寒いだろう?緑茶を淹れてみた。慌てずに飲みなさい」
「うん」
光輝さんは、わたしを背後から抱き上げた。ぎゅっと抱きしめて、体温を分けてくれる。
「背中だけ、温かい」
「それなら、逆にするか?」
光輝さんはわたしを抱き上げて、向かい合わせるように抱きしめた。
光輝さんの足を跨いでいるので、恥ずかしいけれど、この方が温かい。
背後から毛布を掛けられた。
「風邪を引くなよ。また熱を出したら大変だ」
「ずいぶん、寝込んでいたから、もう寝込みたくない」
「そうだろうな?温泉に来て温泉に入れないのも苦痛だぞ」
「少しピンク色に変わったくらいでも火傷なの?」
「水疱まではできていないから、軽いと思うが、火傷は色素沈着を残す」
「分かった。光輝さんの指示に従います」
「いい子だ」
光輝さんはキスをくれた。
戯れるようなキスは、本当に久しぶりだった。
「そろそろお茶が飲み頃ではないか?」
光輝さんは湯飲みを持つと、わたしに持たせた。
湯飲みを口に付けると、確かに飲み頃だ。熱すぎず、温かさもちょうどいい。
光輝さんも一緒にお茶を飲む。
湯飲みを置いた後に、光輝さんのスマホが鳴った。
「円城寺」
『フロントです。病院ですが、受け入れてくれる病院が決まりました……』
「ありがとう」
電話は要件のみで切れた。スマホをジャケットの内ポケットに入れる。
「出かけよう」
「外、寒そうよ」
「毛布を被って行きなさい」
「うん」
光輝さんは、わたしを膝から下ろすと、上着を取りに出かけた。
ダウンコートを着て、やって来た。
「歩いて、擦れるか?」
「不快感はあるけど、痛くはないよ」
「では、歩いて行けるか?」
わたしは微笑んだ。
歩けないと言ったら抱き上げそうな顔をしている。
「光輝さんは過保護ね。わたし、こんなに大切に育てられていないから、とてもくすぐったいわ」
「美緒を甘やかすのは、俺の特権だからな」
車は移動させられて、ホテルの前に止められていた。
鍵を受け取ると、わたしを助手席に乗せて、自分も車に乗り込んだ。
ナビに病院のナンバーを打ち込むと、表示された病院は比較的近くにあった。
…………………………*…………………………
診察を終えて、塗り薬と包帯を巻かれた。
せっかく温泉に来たのに、シャワーしか浴びられないのだと言われた。
それでも、火傷の赤みが落ち着けばそれで終わりでもいいと言われた。
早く治ったら、温泉にも入れるかもしれない。
ホテルに戻る途中で、光輝さんは綺麗な景色の場所に連れて行ってくれた。
遠くに温泉街があるが、木々に包まれ、木々の間から海が見える。
展望台もあるから、季節が良ければ、外に出て散策もできそうだ。
駐車場で車を止めて、アイドリング状態だ。
温風が出ていて、冷えていたわたしの体も温かくなってきた。
「美緒、指を見せてくれるか?」
「うん」
わたしは手袋を外して、光輝さんの前に手を差しだした。
光輝さんはわたしの手首を握ると、手の向きを変えながら、指先の傷跡を見ている。
「痛いか?」
「もう、痛くない。クリームも寝る前だけでいいかと思えるほど、綺麗に治ったと思う」
あかぎれもなくなり、腫れもない。
和服を着るときは、手袋を外して帯を締めたい。
綺麗に着付けなければ、着崩れを起こして光輝さんに恥をかかせてしまう。それだけは絶対にしたくない。
「色々ケチが付いたから、新しく指輪を作り直したんだ」
「どんな指輪を?」
わたしは光輝さんの左手を見た。そこには、指輪がなかった。
「結婚指輪だ。これは俺がデザインして、デザイナーに委託した」
光輝さんはポケットの中から楕円形の指輪ケースを出した。
蓋を開けると、サイズの違う結婚指輪が並んでいた。以前より高価な物だと分かる。
どちらの指輪にも一粒ダイヤモンドが埋め込まれている。
石は大きすぎずシンプルだ。けれど、石の輝きがとても美しい。
デザインが以前の物よりシャープで、綺麗なのに格好いい。
「もう一度、誓い合おう」
「前の指輪でも良かったのに」
記念日が刻印されてなかったのは、さすがに寂しかったけれど、刻印を刻んでもらうだけでも十分だと思った。
それなのに、全く違う指輪を出されてしまった。
「前の指輪はどうするの?」
「あれは、あれで持っていればいい」
わたしは頷いた。
「記念日は実はクリスマスイヴにした。イベント的にもいいかと思って」
「わたしが家出してしまったから?」
「原因を作ったのは、俺だから自業自得だ。記念日に渡せなくてすまない」
わたしは首を左右に振った。
きちんと話せば解決できたかもしれないのに、家出をしてしまった。
軽率だったのかもしれない。
それでも、あの時は、どうしても悲しくて傍にいられなかった。
わたしより葵さんを選んだと思ってしまったから身を引いた。
光輝さんは、指輪を置いて、わたしの両手を繋いだ。
真っ直ぐにわたしを見つめている。わたしも光輝さんを見つめた。
「愛している。ずっと一緒に生きて欲しい」
「わたしも愛しています。一緒にいさせてください」
光輝さんは、わたしに触れるだけの誓いのキスをくれた。
そうして、指輪をわたしに見せた。
指輪の中に、確かに日付と『美緒へ光輝より』と英字で刻まれていた。
その指輪をわたしの左手薬指にそっと入れてくれた。
指のサイズが変わっていたら、きっと入らなかったと思うのに、きちんと治って良かった。
わたしも指輪のケースに残った指輪を掴んで、指輪の中を覗く。
記念日と『光輝へ美緒より』と英字で書かれていた。
「光輝さん、大好きです」
以前、光輝さんに指輪を贈った時と同じ言葉を告げて、指輪を光輝さんの指に入れた。
以前より美しくて、光輝さんにもとても似合った。
「あと、もう一つ。これはクリスマスプレゼントも兼ねているけれど、嵌めてくれるか?」
光輝さんはもう一つの箱を取り出した。
蓋を開けると、高そうな指輪が入っていた。
「以前デザインした物とは違う物を考えた。美緒に似合う物を作れたと思う」
最初にもらって、葵さんに盗まれた指輪とは違うけれど、大粒のピンクダイヤを囲むように美しいダイヤモンドがまるで花を包むように光っている。水に濡れた花のような美しさがある。
ちゃんと刻印もあった。
『永遠に愛することを誓う 光輝から美緒へ』と英字で書かれていた。
「読めたか?」
「はい」
「本当にわたしでいいのですか?」
「何を今更言っているんだ?俺と結婚したら、美緒を狙う奴が出てくる。玲奈の様な嫌がらせも受けるかもしれない。俺の方が美緒にお願いしているんだ。一緒に家庭を作って欲しい」
「はい、どんな暴言を吐かれても、意地悪されても大丈夫です。わたし、虐められる事に慣れていますから。光輝さんに捨てられるまで、一緒にいさせてください」
「捨てるわけがないだろう?」
こんな時なのに、デコピンされてしまった。
痛いけれど、痛いのは、ほんのちょっとだ。
ちゃんと加減されていると分かる。
光輝さんは、結婚指輪に並ぶように指輪を入れてくれた。
「珍しいカットをしてもらった。16世紀のヨーロッパの王族貴族に人気があったカットで、ローズカットと言われるそうだ。この指輪は美緒だけの指輪だ」
「ありがとうございます」
きっと以前と同じように、高額な指輪だと思う。けれど、値段は聞かなかった。
わたしは、どんな嫌がらせを受けても、光輝さんの隣にいようと心に誓った。
光輝さんがわたしを守るように、わたしも光輝さんを守りたい。
そっと唇が重なる。優しくなぞるように。
背中を抱き寄せられて、このままここで抱かれてもいいと思えた。
けれど、光輝さんはそうはしなかった。
「続きは今夜だ。時間が押している。戻ろう」
中途半端に熱くなった体が、疼く。わたしは光輝さんを少し睨んで、唇にキスをして、シートベルトを嵌めた。
「怒ったのか?」
「いつも中途半端で放り出されるわたしの気持ちも考えて」
まるで抱いてくれと言っているようだけれど、その通りなので、訂正はしない。
光輝さんは嬉しそうに笑うと、わたしの頬にキスをした。
まだ殴られたせいで、ちょっと痛みの残る頬には、ずっと触れなかったのに、痛みの残るそこにキスをして、シートベルトを嵌めた。
「もう殴らせないからな」
「うん」
もう殴られない。もう誰にもこの体を触れさせたりしない。わたしは光輝さんと誓い合ったのだから。
車は親睦会が行われるホテルに向かって走り出した。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる