裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十章

6   新年親睦会   火傷

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 シャワーを止められて、わたしは震える体を抱きしめた。

「寒かったな」

 わたしは頷く。

「スカートを捲るよ」

「うん」



 バスチェアーに座っていたわたしの下半身はすっかり水浸しだ。

 スカートを捲られて、太股を見ると、僅かに桃色になっていた。



「病院に行って薬をもらってこよう」

「これくらい平気だよ。見えない場所だし」

「綺麗な足に傷は残したくはない」

「やっと病院から退院したばかりなのに、また病院に行くの?」

「ここの支配人に緊急で診てくれそうな病院を調べてもらっている。カウントダウンまでには戻れるだろう」



 わたしは頷いた。



「きっと光輝さんの事が大好きだったのね。だから、わたしが気に入らなかったのね?」

「まあ、そうだろうな。俺は玲奈のことは妹のように思っていた。だが、玲奈は俺に関係を求めていた。断った数は覚えてはいない。まさか、和真と結ばれていたとは思わなかった」


 光輝さんはわたしを立たせると、わたしのワンピースのファスナーを下ろした。

 濡れたワンピースが足元に落ちる。



「下着も脱がせてもいいか?」

「自分で……っていうか、自分で着られます。後ろを向いていて下さい」

「恥ずかしがり屋だな」



 光輝さんはわたしにバスタオルを渡すと、風呂場から出て、ミニキッチンのある場所で、お湯を沸かし始めた。

 その姿を見てから、わたしは下着を脱いで体を拭った。

 新しく用意された下着を身につけると、用意されたワンピースを着た。

 髪は濡れていないので、今回は乾かさなくても大丈夫そうだ。

 わたしはクロークルームに寄って、ストッキングの代わりに靴下を出した。

 手にクリームを塗ると白い手袋をした。

 もうクリームも塗らなくても良さそうなほど綺麗になってきたが、今日くらいは手袋をしていた方が、光輝さんが心配しなさそうだ。

 身支度を調えて、髪を左右に緩く三つ編みをして、雰囲気を変えた。

 多少幼く見えるかもしれないけれど、緊張していた顔をしていた光輝さんを笑顔にしたかった。

 カーディガンもはおって、冷えた体を温める。

 薄めのカーディガンでも、カシミヤが入っていて、温かくなるはずだ。限界値を超えるほど、体が冷えてしまったので、少々の事では温まらないと思う。ダウンコートも着て、靴も履くと、ダイニングテーブルに向かった。

 テーブルの上は片付けられていた。

 わたしが足を冷やしている間に、片付けもしてくれたのだと思う。


「寒いだろう?緑茶を淹れてみた。慌てずに飲みなさい」

「うん」



 光輝さんは、わたしを背後から抱き上げた。ぎゅっと抱きしめて、体温を分けてくれる。



「背中だけ、温かい」

「それなら、逆にするか?」


 光輝さんはわたしを抱き上げて、向かい合わせるように抱きしめた。

 光輝さんの足を跨いでいるので、恥ずかしいけれど、この方が温かい。

 背後から毛布を掛けられた。



「風邪を引くなよ。また熱を出したら大変だ」

「ずいぶん、寝込んでいたから、もう寝込みたくない」

「そうだろうな?温泉に来て温泉に入れないのも苦痛だぞ」

「少しピンク色に変わったくらいでも火傷なの?」

「水疱まではできていないから、軽いと思うが、火傷は色素沈着を残す」

「分かった。光輝さんの指示に従います」

「いい子だ」



 光輝さんはキスをくれた。

 戯れるようなキスは、本当に久しぶりだった。



「そろそろお茶が飲み頃ではないか?」



 光輝さんは湯飲みを持つと、わたしに持たせた。

 湯飲みを口に付けると、確かに飲み頃だ。熱すぎず、温かさもちょうどいい。

 光輝さんも一緒にお茶を飲む。

 湯飲みを置いた後に、光輝さんのスマホが鳴った。



「円城寺」

『フロントです。病院ですが、受け入れてくれる病院が決まりました……』

「ありがとう」


 電話は要件のみで切れた。スマホをジャケットの内ポケットに入れる。



「出かけよう」

「外、寒そうよ」

「毛布を被って行きなさい」

「うん」



 光輝さんは、わたしを膝から下ろすと、上着を取りに出かけた。

 ダウンコートを着て、やって来た。



「歩いて、擦れるか?」

「不快感はあるけど、痛くはないよ」

「では、歩いて行けるか?」



 わたしは微笑んだ。

 歩けないと言ったら抱き上げそうな顔をしている。



「光輝さんは過保護ね。わたし、こんなに大切に育てられていないから、とてもくすぐったいわ」

「美緒を甘やかすのは、俺の特権だからな」


 車は移動させられて、ホテルの前に止められていた。

 鍵を受け取ると、わたしを助手席に乗せて、自分も車に乗り込んだ。

 ナビに病院のナンバーを打ち込むと、表示された病院は比較的近くにあった。




 …………………………*…………………………




 診察を終えて、塗り薬と包帯を巻かれた。

 せっかく温泉に来たのに、シャワーしか浴びられないのだと言われた。

 それでも、火傷の赤みが落ち着けばそれで終わりでもいいと言われた。

 早く治ったら、温泉にも入れるかもしれない。

 ホテルに戻る途中で、光輝さんは綺麗な景色の場所に連れて行ってくれた。

 遠くに温泉街があるが、木々に包まれ、木々の間から海が見える。

 展望台もあるから、季節が良ければ、外に出て散策もできそうだ。

 駐車場で車を止めて、アイドリング状態だ。

 温風が出ていて、冷えていたわたしの体も温かくなってきた。



「美緒、指を見せてくれるか?」

「うん」



 わたしは手袋を外して、光輝さんの前に手を差しだした。

 光輝さんはわたしの手首を握ると、手の向きを変えながら、指先の傷跡を見ている。


「痛いか?」

「もう、痛くない。クリームも寝る前だけでいいかと思えるほど、綺麗に治ったと思う」



 あかぎれもなくなり、腫れもない。

 和服を着るときは、手袋を外して帯を締めたい。

 綺麗に着付けなければ、着崩れを起こして光輝さんに恥をかかせてしまう。それだけは絶対にしたくない。



「色々ケチが付いたから、新しく指輪を作り直したんだ」

「どんな指輪を?」



 わたしは光輝さんの左手を見た。そこには、指輪がなかった。



「結婚指輪だ。これは俺がデザインして、デザイナーに委託した」



 光輝さんはポケットの中から楕円形の指輪ケースを出した。

 蓋を開けると、サイズの違う結婚指輪が並んでいた。以前より高価な物だと分かる。

 どちらの指輪にも一粒ダイヤモンドが埋め込まれている。

 石は大きすぎずシンプルだ。けれど、石の輝きがとても美しい。

 デザインが以前の物よりシャープで、綺麗なのに格好いい。



「もう一度、誓い合おう」

「前の指輪でも良かったのに」



 記念日が刻印されてなかったのは、さすがに寂しかったけれど、刻印を刻んでもらうだけでも十分だと思った。

 それなのに、全く違う指輪を出されてしまった。



「前の指輪はどうするの?」

「あれは、あれで持っていればいい」


 わたしは頷いた。


「記念日は実はクリスマスイヴにした。イベント的にもいいかと思って」

「わたしが家出してしまったから?」

「原因を作ったのは、俺だから自業自得だ。記念日に渡せなくてすまない」



 わたしは首を左右に振った。

 きちんと話せば解決できたかもしれないのに、家出をしてしまった。

 軽率だったのかもしれない。

 それでも、あの時は、どうしても悲しくて傍にいられなかった。

 わたしより葵さんを選んだと思ってしまったから身を引いた。


 光輝さんは、指輪を置いて、わたしの両手を繋いだ。

 真っ直ぐにわたしを見つめている。わたしも光輝さんを見つめた。



「愛している。ずっと一緒に生きて欲しい」

「わたしも愛しています。一緒にいさせてください」



 光輝さんは、わたしに触れるだけの誓いのキスをくれた。

 そうして、指輪をわたしに見せた。

 指輪の中に、確かに日付と『美緒へ光輝より』と英字で刻まれていた。

 その指輪をわたしの左手薬指にそっと入れてくれた。

 指のサイズが変わっていたら、きっと入らなかったと思うのに、きちんと治って良かった。

 わたしも指輪のケースに残った指輪を掴んで、指輪の中を覗く。

 記念日と『光輝へ美緒より』と英字で書かれていた。



「光輝さん、大好きです」



 以前、光輝さんに指輪を贈った時と同じ言葉を告げて、指輪を光輝さんの指に入れた。

 以前より美しくて、光輝さんにもとても似合った。



「あと、もう一つ。これはクリスマスプレゼントも兼ねているけれど、嵌めてくれるか?」



 光輝さんはもう一つの箱を取り出した。

 蓋を開けると、高そうな指輪が入っていた。



「以前デザインした物とは違う物を考えた。美緒に似合う物を作れたと思う」



 最初にもらって、葵さんに盗まれた指輪とは違うけれど、大粒のピンクダイヤを囲むように美しいダイヤモンドがまるで花を包むように光っている。水に濡れた花のような美しさがある。

 ちゃんと刻印もあった。


『永遠に愛することを誓う 光輝から美緒へ』と英字で書かれていた。


「読めたか?」

「はい」

「本当にわたしでいいのですか?」

「何を今更言っているんだ?俺と結婚したら、美緒を狙う奴が出てくる。玲奈の様な嫌がらせも受けるかもしれない。俺の方が美緒にお願いしているんだ。一緒に家庭を作って欲しい」

「はい、どんな暴言を吐かれても、意地悪されても大丈夫です。わたし、虐められる事に慣れていますから。光輝さんに捨てられるまで、一緒にいさせてください」

「捨てるわけがないだろう?」



 こんな時なのに、デコピンされてしまった。

 痛いけれど、痛いのは、ほんのちょっとだ。

 ちゃんと加減されていると分かる。

 光輝さんは、結婚指輪に並ぶように指輪を入れてくれた。



「珍しいカットをしてもらった。16世紀のヨーロッパの王族貴族に人気があったカットで、ローズカットと言われるそうだ。この指輪は美緒だけの指輪だ」

「ありがとうございます」



 きっと以前と同じように、高額な指輪だと思う。けれど、値段は聞かなかった。

 わたしは、どんな嫌がらせを受けても、光輝さんの隣にいようと心に誓った。

 光輝さんがわたしを守るように、わたしも光輝さんを守りたい。

 そっと唇が重なる。優しくなぞるように。

 背中を抱き寄せられて、このままここで抱かれてもいいと思えた。

 けれど、光輝さんはそうはしなかった。



「続きは今夜だ。時間が押している。戻ろう」



 中途半端に熱くなった体が、疼く。わたしは光輝さんを少し睨んで、唇にキスをして、シートベルトを嵌めた。



「怒ったのか?」

「いつも中途半端で放り出されるわたしの気持ちも考えて」



 まるで抱いてくれと言っているようだけれど、その通りなので、訂正はしない。

 光輝さんは嬉しそうに笑うと、わたしの頬にキスをした。

 まだ殴られたせいで、ちょっと痛みの残る頬には、ずっと触れなかったのに、痛みの残るそこにキスをして、シートベルトを嵌めた。



「もう殴らせないからな」

「うん」


 もう殴られない。もう誰にもこの体を触れさせたりしない。わたしは光輝さんと誓い合ったのだから。

 車は親睦会が行われるホテルに向かって走り出した。



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