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第七章
9 それぞれの立場・お留守番3
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目を覚ますと、隣に桜子さんが眠っていた。
昨晩はここで眠ってくれたのだと思うと、とても嬉しかった。
桜子さんが目覚めるまで、じっと桜子さんを見つめる。
スッピンの桜子さんの顔は、熱海でも見ているけれど、スッピンでも美しい。
寝間着はわたしがホテルで着ているようなタオル地のモコモコした物だった。
ピンクのストライプで襟は丸首で、ズボンは膝丈だった。
お洒落をしていなくても、とても魅力的だ。
睫が長くて、唇の色も血色が良くて、健康的で形もいい。
じっと見ていると、桜子さんが目を覚ました。
パチリと視線が合うと、桜子さんは頬を染めた。
「おはようございます」
「おはよう。起きたのなら、起こしてくれてもいいのよ」
「一緒に寝てくれてありがとうございます。よく眠れました」
「良かったわ」
桜子さんは起き上がって、手櫛で髪を整える。
わたしも布団に座って髪を梳く。
ストレートの髪は、それほど乱れない。
「着替えてくるわね。後で迎えに来るわ」
「はい」
桜子さんは部屋から出て行った。
わたしも起き上がって、布団を畳むと、内襖を開けてスーツケースから着替えを出した。
着替えて、洗面を済ませると、お化粧をした。
毎日、顔色の悪い姿でダイニングに行っていたことに、今更気付いた。
準備が整った後も、桜子さんが迎えに来てくれるまで、畳んだ布団に凭れ掛かって、横になっていた。
体調はあまり良くない。
掌の痛みや吐き気はないけれど、最近、毎晩吐いていたので、少し貧血気味かもしれない。
けれど、音の正体が分かったので、もう音の恐怖はないと思う。
家も同じように見えていたけれど、ずいぶん違うことも分かった。後は慣れだと思う。
この家は似ているけれど、実家ではない。
「美緒、お待たせ。食事に行きましょう」
桜子さんが声をかけてから襖を開けた。
わたしは急いで起き上がると、手櫛で髪を整えながら、立ち上がった。
「今日は朝からお化粧をしたのね?」
「顔色が悪いと思われたら、叔母さんにも迷惑をかけてしまうから」
「迷惑だとは思わないわ。ただ心配なだけよ」
並んでダイニングルームに向かう。つい、足を止めていた襖の前も通り過ぎる事ができるようになった。
「今日は中華粥を頼んだのよ」
「パンでなくてもいいの?」
「母がお昼はパンを食べるのよ。サンドイッチとか、テーブルロールとか色々ね。今、我が家にはわたくしと母しかいないから、コックも簡単な物しか作る機会がなくて、パン作りに精を出しているのよ」
この家には使用人の数の方が多い事に気付いた。
「昔は食べ盛りの兄や弟がいたから、豪華な料理がたくさん並んでいたけれど、出て行っちゃったからね」
「桜子さんがお嫁に行ってしまったら、叔母さんだけになってしまうのね?」
「そうなの。心配でお嫁にも行けないのよ」
あはは……と笑うと、ダイニングルームから咳払いが聞こえた。
ダイニングルームの中に入ると、ワンピース姿の叔母さんが「おはよう」の挨拶もなく、マシンガントークを始めた。
「いつお嫁に行っても構わないのよ。行き遅れる前にさっさと嫁ぎなさい」
「あら、始まっちゃったわ」
桜子さんは、あっけらかんとした顔をして、席に座った。
「お嬢様、中華粥の準備はできております」
「ありがとう」
コックがテーブルにお粥とおかずを数品置いて、スープも並べてくれた。
「桜子、聞いているの?」
「聞いているわ」
桜子さんは、叔母さんの話を聞き流しながら、朝食を食べ始めた。
わたしも中華粥を食べ始めた。
昨日は海鮮だったけれど、今日の粥は鶏肉とショウガの粥だった。弱っている胃に優しい食べ物で、無理なく食事を食べる事ができた。
午前中は桜子さんの部屋で、過ごした。
桜子さんが好きだと言っていた声優さんの声を聞かせてもらったり、コミックを借りて読んだりして過ごした。
お昼ご飯は、ローストビーフが挟まれたサンドイッチが出てきた。けれど、わたしの食事は中華粥だった。
中華粥は朝と同じ味がした。
隣では、薄くスライスされたローストビーフに甘辛いソースが塗られたサンドイッチを桜子さんと叔母さんは食べている。
とても美味しそうで、わたしもそのサンドイッチが食べたかった。
けれど、わたしのためだけに作られた中華粥を食べなければならない。
おかずは、海老焼売2個と豆腐料理だった。
空腹は満たされない。
食事を食べたら、ネイルサロンに出かけることになった。
午後の1時からの予約で、車でお店まで送ってもらった。
「美緒はどんな物が似合うかしら?」
「想像もつかないわ」
いろんな見本を見せてもらいながら、桜子さんもわたしの初めてを一緒に選んでくれた。
ネイルリストさんは、わたしの腕時計を見て、お揃いを勧めた。
季節は違うけれど、桜が咲いて、花びらが散る様子を描いたらどうかと言った。
桜子さんは秋らしくチェック柄も可愛いという。
わたしは迷って、結局、普通のシンプルなピンクを塗ってもらって、左右2本ずつ桜の花を描いてもらうことにした。
ただ散る桜ではなく、満開の桜がいいと注文した。
二本ずつのベースの色は白っぽい淡いピンク色になる。
まだ残暑の残る季節なので、真夏仕様でもおかしくないと言われた。
先に絵柄が決まったので、わたしは先に爪のお手入れから始まった。
桜子さんは、ゴージャスな指先から、今度は白をベースにしたカラーにしたようだ。
ストーンもパールもゴールドの物も使って、リボンのような物ができるそうだ。
指をマッサージされて、甘皮やささくれの処置をすると、爪を削り始めた。
わたしはいつも100均の爪切りで切っているが、爪が割れやすくなるので、ヤスリで削った方がいいらしい。
爪用のオイルでしっかり保湿をすると、爪の付け根をスティックで押して、ネイル映えする指先にする。
ただ塗ればいいと思っていたのに、とても手間がかかる作業だった。
ひたすら爪を削って、形良くしていく。
これには理由があるらしい。
二枚爪を防いでいるらしい。
隣に並んだ桜子さんも指先の手入れをしてもらっている。
まずシンプルなピンクのネイルを塗ってもらった。
ワンカラーなので簡単だと思っていたが、ワンカラーは難しいのだという。
ピンクでもオレンジに近いビタミンカラーで、わたしの血色の悪い爪が明るくなった。
花を描かなくてもワントーンだけで栄える。
「美緒、いい色ね?」
「はい。このままでだけでも良さそうです」
「せっかくだから描いてもらいなさいね。きっと可愛くなるわ」
そういう桜子さんは、最初は透明のマニキュアを塗られている。
どんな物ができるのか楽しみだ。
左右三本ずつピンクを塗ると、指を青いランプの出る器械の中に入れた。
「UVランプなので、あまり覗かないようにお願いしますね」
「あ、はい」
青いランプの先を見ていると、隣で桜子さんが笑っている。
「美緒は好奇心が旺盛だもの」
「桜子さんほどではないわ」
「どうかしらね?」
桜子さんも青いランプの中に指を入れている。
時間的に2~3分くらいだろう?
すぐにランプが消されて、一旦ランプは片付けられた。
わたしはもう一色の色を塗ってもらう。
淡いピンク色をした白っぽい色合いだ。左右に4本塗るとまたランプの中に指を入れた。
手間のかかる作業だと知った。
キャンパスができあがったので、これから絵が描かれる。
筆にマニキュアを付けると、躊躇わずに、描いていく。画力がなければ、描けないだろう。
濃いピンクでまず描くと、今度は少し薄めの綺麗なピンク色で桜を描いた。
そこで一端青い光りの中に入れて、固める。
固まった所で、今度は透明なマニキュアを塗って、飾りを付けていく。
黄金やシルバー、輝くストーンも入れて硬化して、また透明なマニキュアで重ねていく。
「美緒、とても可愛いわね」
「桜子さんも、白いワンピースが似合いそうね」
「そうね」
わたしはもう透明なマニキュアで仕上げに入っているけれど、桜子さんは、全ての手に繊細なラインとパールと輝くストーンで飾られている。
黄金のラインや白いドットも可愛らしい。リボンと名付けられていたけれど、爪が一足ずつサンダルを履いているような、お洒落な仕上がりだ。
「如何でしょうか?」
「ありがとうございます。とても可愛いです」
両手を開くと、爪がとても華やかだ。自分ではないみたいに見える。
わたしが仕上がったとき、桜子さんはやっと透明なマニキュアを塗り始めた。
「飾りは落ちないのですか?」
「そうね、家事をしたら落ちるかもしれないけれど、わたくし、家事をしていないので、今まで落ちたことはないわ」
わたしは二度ほど頷いた。
奥様かお嬢様しかできない物だと理解した。
「これを外すときはどうしたらいいの?」
「除光液を使うのよ。そうね、外した後はキューティクルオイルを塗っておくといいわね。爪が痛んでしまうから」
隣から桜子さんが教えてくれる。
「それなら、今日はそちらもいただいていきます」
「畏まりました」
店員さんが、お店の中を案内してくれる。
一般的な物を紹介されて、自分でもマニキュアが塗れるように、マニキュアを勧められた。
「お肌の色から選ぶとピンク色がベストだと思います」
「学校に着けていけるような物がいいかな?」
「大学生なら、皆さん、どんな色でも使われていますよ。今回塗ったお色はこちらですが、こちらの明るいピンクも お似合いになると思います、白とグラデーションを着けるととてもお洒落になりますよ」
「グラデーションはまだ難しいかも」
一色を塗るだけでも難しそうなのに、グラデーションなんてどうやって塗るのか分からないし、困ってしまう。
「あまり色の付かない物はないですか?」
「それなら、こちらは如何ですか?殆どクリアーです」
「それにします」
できあがったのか、桜子さんが近づいてきた。
「全て練習よ。シールの物もあるから、それを張ったら簡単だし、形を整えて硬化するだけの物もあるのよ。美緒は女子力も学ばなくちゃ」
桜子さんは今日塗った色と可愛いピンクを選んでクリアーに見えるピンクの物も選んだ。
「これはジェルネイルかしら?」
「はい、そうです」
「それなら……」
桜子さんはいったん全ての色を置いた。
くるりとお店を回って、桜子さんがマニキュアを選び出した。
「今日はこれだけにしなさいな。そのうち、また教えて差し上げるわ」
手渡された物は、シンプルなピンクのマニキュアだった。
「これはUVライトもいらないし、色はクリアーになるはずだから、抵抗なく使えるはずよ」
「はい」
小さな物だから、そんなに値段も高くない。
今日、描いてもらったマニキュアを落とすための除光液とケア用品を一緒に清算した。
(うわー、さすがに高いわ)
軽く1万超えて、正直にビビる。
カードが使えそうなので、カードで清算した。
(光輝さん、今日もごめんなさい)
桜子さんは2週間に一度来ているようなので、その事にも驚いてしまう。
桜子さんも清算すると、一緒にお店を出る。
「帰る?」
「市役所に寄ってもいいですか?」
「いいわよ」
「ここはどこでしょう?」
「着いていらっしゃい」
桜子さんは、歩道を歩き出した。
「久しぶりに地下鉄でも乗りましょうか?」
そう言って、地下鉄乗り場に案内される。
桜子さんは、切符売り場でじっと立っている。路線図を見て、切符売り場を何度も見ている。
場所は知っていても、きっと地下鉄を使ったことがないのだと思う。
わたしは小銭で切符を2枚買うと、桜子さんに渡した。
「お礼です」
桜子さんは微笑む。
「助かったわ、地下鉄なんて、小学校の時に校外学習で一度使っただけですもの」
幸い、地下鉄は空いていた。
夕方には、まだ早い。
「市役所に何があるの?」
「パスポートがやっとできるの」
「そうなのね」
桜子さんは納得した顔した。
すぐに市役所に着いて、パスポートを受け取る。
これからは、光輝さんに置いて行かれないと思うと、このパスポートは宝のような気がしてくる。
「ここに迎えを呼ぶわ。ちょうど涼しいし」
「すみません」
「これもわたし達の仕事よ」
「はい」
名家だからこそ、気をつけなければならない事が多くある事を、桜子さんと一緒に過ごす事で学べたと思う。
「美緒、写真を撮ってあげるわ」
「それなら、桜子さんも」
わたしはスマホを桜子さんに手渡して、わたしの初めてのネイルを写してもらった。それから、桜子さんの指も撮った。桜子さんのスマホでも桜子さんの指先を映した。
「とても綺麗ね」
「わたくしね、近々、ウエディングドレスを作ってもらうの。そのために白にしたの」
「有喜さんに?」
「ええ、彼も焦っているようなの。もう30歳も越えてしまったから。わたくしも28歳ですものね。子供を産むには高齢になってきたから、早めに結婚をと望まれているのだけれど、母のことがやはり心配で。弟が戻ってきてくれるといいのだけれど」
「有喜さんなら、桜子さんのお宅にでも住みそうですね?」
「あ、そうね、相談してみようかしら?」
わたしの提案に桜子さんは、パッと笑顔を浮かべる。
結婚を嫌がっている風でもないので、安心した。
有喜さんは桜子さんを大切にしているし、桜子さんも有喜さんの事を、きっと好きだ。
オーダーメイドのウエディングドレスは、きっと桜子さんに似合うだろう。
二人の結婚式を見てみたいと思う。
昨晩はここで眠ってくれたのだと思うと、とても嬉しかった。
桜子さんが目覚めるまで、じっと桜子さんを見つめる。
スッピンの桜子さんの顔は、熱海でも見ているけれど、スッピンでも美しい。
寝間着はわたしがホテルで着ているようなタオル地のモコモコした物だった。
ピンクのストライプで襟は丸首で、ズボンは膝丈だった。
お洒落をしていなくても、とても魅力的だ。
睫が長くて、唇の色も血色が良くて、健康的で形もいい。
じっと見ていると、桜子さんが目を覚ました。
パチリと視線が合うと、桜子さんは頬を染めた。
「おはようございます」
「おはよう。起きたのなら、起こしてくれてもいいのよ」
「一緒に寝てくれてありがとうございます。よく眠れました」
「良かったわ」
桜子さんは起き上がって、手櫛で髪を整える。
わたしも布団に座って髪を梳く。
ストレートの髪は、それほど乱れない。
「着替えてくるわね。後で迎えに来るわ」
「はい」
桜子さんは部屋から出て行った。
わたしも起き上がって、布団を畳むと、内襖を開けてスーツケースから着替えを出した。
着替えて、洗面を済ませると、お化粧をした。
毎日、顔色の悪い姿でダイニングに行っていたことに、今更気付いた。
準備が整った後も、桜子さんが迎えに来てくれるまで、畳んだ布団に凭れ掛かって、横になっていた。
体調はあまり良くない。
掌の痛みや吐き気はないけれど、最近、毎晩吐いていたので、少し貧血気味かもしれない。
けれど、音の正体が分かったので、もう音の恐怖はないと思う。
家も同じように見えていたけれど、ずいぶん違うことも分かった。後は慣れだと思う。
この家は似ているけれど、実家ではない。
「美緒、お待たせ。食事に行きましょう」
桜子さんが声をかけてから襖を開けた。
わたしは急いで起き上がると、手櫛で髪を整えながら、立ち上がった。
「今日は朝からお化粧をしたのね?」
「顔色が悪いと思われたら、叔母さんにも迷惑をかけてしまうから」
「迷惑だとは思わないわ。ただ心配なだけよ」
並んでダイニングルームに向かう。つい、足を止めていた襖の前も通り過ぎる事ができるようになった。
「今日は中華粥を頼んだのよ」
「パンでなくてもいいの?」
「母がお昼はパンを食べるのよ。サンドイッチとか、テーブルロールとか色々ね。今、我が家にはわたくしと母しかいないから、コックも簡単な物しか作る機会がなくて、パン作りに精を出しているのよ」
この家には使用人の数の方が多い事に気付いた。
「昔は食べ盛りの兄や弟がいたから、豪華な料理がたくさん並んでいたけれど、出て行っちゃったからね」
「桜子さんがお嫁に行ってしまったら、叔母さんだけになってしまうのね?」
「そうなの。心配でお嫁にも行けないのよ」
あはは……と笑うと、ダイニングルームから咳払いが聞こえた。
ダイニングルームの中に入ると、ワンピース姿の叔母さんが「おはよう」の挨拶もなく、マシンガントークを始めた。
「いつお嫁に行っても構わないのよ。行き遅れる前にさっさと嫁ぎなさい」
「あら、始まっちゃったわ」
桜子さんは、あっけらかんとした顔をして、席に座った。
「お嬢様、中華粥の準備はできております」
「ありがとう」
コックがテーブルにお粥とおかずを数品置いて、スープも並べてくれた。
「桜子、聞いているの?」
「聞いているわ」
桜子さんは、叔母さんの話を聞き流しながら、朝食を食べ始めた。
わたしも中華粥を食べ始めた。
昨日は海鮮だったけれど、今日の粥は鶏肉とショウガの粥だった。弱っている胃に優しい食べ物で、無理なく食事を食べる事ができた。
午前中は桜子さんの部屋で、過ごした。
桜子さんが好きだと言っていた声優さんの声を聞かせてもらったり、コミックを借りて読んだりして過ごした。
お昼ご飯は、ローストビーフが挟まれたサンドイッチが出てきた。けれど、わたしの食事は中華粥だった。
中華粥は朝と同じ味がした。
隣では、薄くスライスされたローストビーフに甘辛いソースが塗られたサンドイッチを桜子さんと叔母さんは食べている。
とても美味しそうで、わたしもそのサンドイッチが食べたかった。
けれど、わたしのためだけに作られた中華粥を食べなければならない。
おかずは、海老焼売2個と豆腐料理だった。
空腹は満たされない。
食事を食べたら、ネイルサロンに出かけることになった。
午後の1時からの予約で、車でお店まで送ってもらった。
「美緒はどんな物が似合うかしら?」
「想像もつかないわ」
いろんな見本を見せてもらいながら、桜子さんもわたしの初めてを一緒に選んでくれた。
ネイルリストさんは、わたしの腕時計を見て、お揃いを勧めた。
季節は違うけれど、桜が咲いて、花びらが散る様子を描いたらどうかと言った。
桜子さんは秋らしくチェック柄も可愛いという。
わたしは迷って、結局、普通のシンプルなピンクを塗ってもらって、左右2本ずつ桜の花を描いてもらうことにした。
ただ散る桜ではなく、満開の桜がいいと注文した。
二本ずつのベースの色は白っぽい淡いピンク色になる。
まだ残暑の残る季節なので、真夏仕様でもおかしくないと言われた。
先に絵柄が決まったので、わたしは先に爪のお手入れから始まった。
桜子さんは、ゴージャスな指先から、今度は白をベースにしたカラーにしたようだ。
ストーンもパールもゴールドの物も使って、リボンのような物ができるそうだ。
指をマッサージされて、甘皮やささくれの処置をすると、爪を削り始めた。
わたしはいつも100均の爪切りで切っているが、爪が割れやすくなるので、ヤスリで削った方がいいらしい。
爪用のオイルでしっかり保湿をすると、爪の付け根をスティックで押して、ネイル映えする指先にする。
ただ塗ればいいと思っていたのに、とても手間がかかる作業だった。
ひたすら爪を削って、形良くしていく。
これには理由があるらしい。
二枚爪を防いでいるらしい。
隣に並んだ桜子さんも指先の手入れをしてもらっている。
まずシンプルなピンクのネイルを塗ってもらった。
ワンカラーなので簡単だと思っていたが、ワンカラーは難しいのだという。
ピンクでもオレンジに近いビタミンカラーで、わたしの血色の悪い爪が明るくなった。
花を描かなくてもワントーンだけで栄える。
「美緒、いい色ね?」
「はい。このままでだけでも良さそうです」
「せっかくだから描いてもらいなさいね。きっと可愛くなるわ」
そういう桜子さんは、最初は透明のマニキュアを塗られている。
どんな物ができるのか楽しみだ。
左右三本ずつピンクを塗ると、指を青いランプの出る器械の中に入れた。
「UVランプなので、あまり覗かないようにお願いしますね」
「あ、はい」
青いランプの先を見ていると、隣で桜子さんが笑っている。
「美緒は好奇心が旺盛だもの」
「桜子さんほどではないわ」
「どうかしらね?」
桜子さんも青いランプの中に指を入れている。
時間的に2~3分くらいだろう?
すぐにランプが消されて、一旦ランプは片付けられた。
わたしはもう一色の色を塗ってもらう。
淡いピンク色をした白っぽい色合いだ。左右に4本塗るとまたランプの中に指を入れた。
手間のかかる作業だと知った。
キャンパスができあがったので、これから絵が描かれる。
筆にマニキュアを付けると、躊躇わずに、描いていく。画力がなければ、描けないだろう。
濃いピンクでまず描くと、今度は少し薄めの綺麗なピンク色で桜を描いた。
そこで一端青い光りの中に入れて、固める。
固まった所で、今度は透明なマニキュアを塗って、飾りを付けていく。
黄金やシルバー、輝くストーンも入れて硬化して、また透明なマニキュアで重ねていく。
「美緒、とても可愛いわね」
「桜子さんも、白いワンピースが似合いそうね」
「そうね」
わたしはもう透明なマニキュアで仕上げに入っているけれど、桜子さんは、全ての手に繊細なラインとパールと輝くストーンで飾られている。
黄金のラインや白いドットも可愛らしい。リボンと名付けられていたけれど、爪が一足ずつサンダルを履いているような、お洒落な仕上がりだ。
「如何でしょうか?」
「ありがとうございます。とても可愛いです」
両手を開くと、爪がとても華やかだ。自分ではないみたいに見える。
わたしが仕上がったとき、桜子さんはやっと透明なマニキュアを塗り始めた。
「飾りは落ちないのですか?」
「そうね、家事をしたら落ちるかもしれないけれど、わたくし、家事をしていないので、今まで落ちたことはないわ」
わたしは二度ほど頷いた。
奥様かお嬢様しかできない物だと理解した。
「これを外すときはどうしたらいいの?」
「除光液を使うのよ。そうね、外した後はキューティクルオイルを塗っておくといいわね。爪が痛んでしまうから」
隣から桜子さんが教えてくれる。
「それなら、今日はそちらもいただいていきます」
「畏まりました」
店員さんが、お店の中を案内してくれる。
一般的な物を紹介されて、自分でもマニキュアが塗れるように、マニキュアを勧められた。
「お肌の色から選ぶとピンク色がベストだと思います」
「学校に着けていけるような物がいいかな?」
「大学生なら、皆さん、どんな色でも使われていますよ。今回塗ったお色はこちらですが、こちらの明るいピンクも お似合いになると思います、白とグラデーションを着けるととてもお洒落になりますよ」
「グラデーションはまだ難しいかも」
一色を塗るだけでも難しそうなのに、グラデーションなんてどうやって塗るのか分からないし、困ってしまう。
「あまり色の付かない物はないですか?」
「それなら、こちらは如何ですか?殆どクリアーです」
「それにします」
できあがったのか、桜子さんが近づいてきた。
「全て練習よ。シールの物もあるから、それを張ったら簡単だし、形を整えて硬化するだけの物もあるのよ。美緒は女子力も学ばなくちゃ」
桜子さんは今日塗った色と可愛いピンクを選んでクリアーに見えるピンクの物も選んだ。
「これはジェルネイルかしら?」
「はい、そうです」
「それなら……」
桜子さんはいったん全ての色を置いた。
くるりとお店を回って、桜子さんがマニキュアを選び出した。
「今日はこれだけにしなさいな。そのうち、また教えて差し上げるわ」
手渡された物は、シンプルなピンクのマニキュアだった。
「これはUVライトもいらないし、色はクリアーになるはずだから、抵抗なく使えるはずよ」
「はい」
小さな物だから、そんなに値段も高くない。
今日、描いてもらったマニキュアを落とすための除光液とケア用品を一緒に清算した。
(うわー、さすがに高いわ)
軽く1万超えて、正直にビビる。
カードが使えそうなので、カードで清算した。
(光輝さん、今日もごめんなさい)
桜子さんは2週間に一度来ているようなので、その事にも驚いてしまう。
桜子さんも清算すると、一緒にお店を出る。
「帰る?」
「市役所に寄ってもいいですか?」
「いいわよ」
「ここはどこでしょう?」
「着いていらっしゃい」
桜子さんは、歩道を歩き出した。
「久しぶりに地下鉄でも乗りましょうか?」
そう言って、地下鉄乗り場に案内される。
桜子さんは、切符売り場でじっと立っている。路線図を見て、切符売り場を何度も見ている。
場所は知っていても、きっと地下鉄を使ったことがないのだと思う。
わたしは小銭で切符を2枚買うと、桜子さんに渡した。
「お礼です」
桜子さんは微笑む。
「助かったわ、地下鉄なんて、小学校の時に校外学習で一度使っただけですもの」
幸い、地下鉄は空いていた。
夕方には、まだ早い。
「市役所に何があるの?」
「パスポートがやっとできるの」
「そうなのね」
桜子さんは納得した顔した。
すぐに市役所に着いて、パスポートを受け取る。
これからは、光輝さんに置いて行かれないと思うと、このパスポートは宝のような気がしてくる。
「ここに迎えを呼ぶわ。ちょうど涼しいし」
「すみません」
「これもわたし達の仕事よ」
「はい」
名家だからこそ、気をつけなければならない事が多くある事を、桜子さんと一緒に過ごす事で学べたと思う。
「美緒、写真を撮ってあげるわ」
「それなら、桜子さんも」
わたしはスマホを桜子さんに手渡して、わたしの初めてのネイルを写してもらった。それから、桜子さんの指も撮った。桜子さんのスマホでも桜子さんの指先を映した。
「とても綺麗ね」
「わたくしね、近々、ウエディングドレスを作ってもらうの。そのために白にしたの」
「有喜さんに?」
「ええ、彼も焦っているようなの。もう30歳も越えてしまったから。わたくしも28歳ですものね。子供を産むには高齢になってきたから、早めに結婚をと望まれているのだけれど、母のことがやはり心配で。弟が戻ってきてくれるといいのだけれど」
「有喜さんなら、桜子さんのお宅にでも住みそうですね?」
「あ、そうね、相談してみようかしら?」
わたしの提案に桜子さんは、パッと笑顔を浮かべる。
結婚を嫌がっている風でもないので、安心した。
有喜さんは桜子さんを大切にしているし、桜子さんも有喜さんの事を、きっと好きだ。
オーダーメイドのウエディングドレスは、きっと桜子さんに似合うだろう。
二人の結婚式を見てみたいと思う。
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
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お姉ちゃんの秘密の悩みです。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
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別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
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※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
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【今後の大まかな流れ】
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