裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第七章

4   それぞれの立場・父という他人

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 最後のスイカを口に入れて、美味しさに感動してしまった。

 明日のお昼は、フルーツポンチをリクエストした。サイダーの入ったスイカもとても美味しかった。

 今夜のシェフは食事中にスイカをバスケットに作り上げた。

 ナイフで美しいカットをして、スイカではないみたいに美しい。

 わたしは、今回はスマホで写真を撮った。

 こんなに美しい物を記憶だけで収めておくのは勿体ない。

 もし、恵が夏休みの思い出の写真を見せてくれたら、わたしはこの写真を見せようと思っている。


「スイカの季節もそろそろ終わるだろう」

「そうだね、もう8月も半ばも過ぎたから、今夜が食べ納めかな?」

「8月いっぱいまでは出荷はされると思うから、バイキングでは出されるかもしれないけどね。あるうちは、デザートをリクエストしておいてもいいかもしれないね?」

「光輝さんは、スイカばかりで嫌じゃないの?」

「スイカを食べる美緒を見るのが好きになった。美味しそうに食べるから」

「え?///」


 光輝さんは布巾で口元を拭うと、わたしの髪を撫でた。


「食べ終わったのなら、リビングに移動しようか?」

「はい」


 光輝さんに手を引かれて、歩いて行く。ソファーに座ろうとしたら、光輝さんに押し倒された。間近で見つめ合う。


「美緒、好きだよ」

「わたしも好きよ」



 顔が近づいてきて、わたしは目を閉じた。唇が重なった。

 その時……。






 プルルルルル!プルルルルル!プルルルルル!……






 室内の電話が鳴り出した。






 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……






 光輝さんの電話も鳴りだした。

 わたしは目を開けた。

(またなの?今度は誰?)


 唇が離れて行く。

 先ほどまで機嫌が良かったのに、光輝さんの目が据わっている。


「電話よ?」

「ああ」

「出ないの?」

「時間外だし、そもそも今日は休日だ」

「それなら、わたしが出ましょうか?」

「いや、俺が出る」


 光輝さんは、起き上がると広いリビングを歩いて、カウンターに置かれていたスマホの画面を見て、着信を消した。それから部屋の電話に出た。


 〈円城寺〉

 《円城寺様、おくつろぎの時間に申し訳ございません。ご家族の方がお部屋に向かいました》

 〈ありがとう〉





 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……






 光輝さんのスマホがまた電話も鳴りだした。

 光輝さんはスマホに出た。


 〈誰だ?〉

 《話がしたい。部屋を開けてくれないか》

 〈俺には話はない。帰ってくれ〉

 
 ブチッと音がしそうなほど、スマホの画面を押した。






 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……







 光輝さんのスマホがまた鳴りだした。すぐに電話を切った。

 いつもと違うような気がして、わたしはソファーからカウンターに向かった。






 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……







 光輝さんのスマホがまた鳴りだした。

「どなたですか?」
「父だ」
「お話ししなくてもいいのですか?」
「俺には話すことはない」
「でも、扉の外に居るのでしょう?」

 二人で部屋の扉の方を見る。扉はとても静かだ。ただ電話が鳴り続ける。






 リリリリリリリ!リリリリリリリ!リリリリリリリ!……






「そもそも電話番号の交換すらしていないのに、迷惑だ。誰が漏らした?」

「光輝さんの連絡先は、皆が知っているわけではないの?」

「ごく僅かだ」

 わたしは、じっと扉を見る。

 電話は留守電に変わると切れて、またかかってくる。

 エンドレスにかかってくる電話に、わたしは光輝さんを見つめた。


「出てあげたら?」

「美緒は優しすぎる。殺されかけたのだぞ?」

「うん、でもお義父さんは無関係だったのかもしれないし、確かにホテルではお義母さんと一緒にわたしの所に来たけれど、理由も聞かずに突き放すのは悲しくない?」


 無視されるのは辛い。

 居ない者と扱われるのは寂しい。

 それが家族だったら、尚更悲しく感じてしまう。

 わたしは急いで部屋に戻ると、自分のスマホを持ってきた。


「すぐに通報できるようにしておくわ」

「それなら、扉を開けようか?」

「うん」


 光輝さんは扉に向かって歩き出した。その後ろをわたしは着いていく。

 扉を開けると、電話が切れて、お義父さんが深く頭を下げた。


「なんのつもりですか?」

「すまないことをした」

「美緒を殺そうとしたことは許しませんよ」

「暴走する香織を止められなかった」

「あなたは無実だと言いたいのですか?」

「黙認していたから、無罪とは言えない」


 お義父さんは、ずっと頭を下げ続けている。

 ダイニングの片付けにホテルの従業員がやって来て、従業員が戸惑っている。


「そこに居られると迷惑だ。謝罪だけなら帰ってくれ」

「話をしたい」

「それなら、入ってください」


 光輝さんは入室を許した。

 光輝さんの後を追って、お義父さんが部屋に入って来た。

 わたしはお義父さんの後を追った。

 戸惑っている従業員にわたしは声をかけた。


「お片付けをお願いします」

「はい」


 従業員は部屋に入って、夕食の食器を片付け始めた。


「茶器を新しい物に替えていただけますか?」

「はい」


 今日は叔母さんが来たので、ホテルの茶器を使ってしまった。

 洗ったけれど、新しい物に交換してもらった方がいいと思った。

 わたしはミネラルウォーターを湯沸かし器にかけた。

 すぐにソファーの場所まで移動して、光輝さんの横に座った。

 お義父さんはソファーに座ったけれど、まだ何も話していないようだ。光輝さんが苛々している。

「話があるならさっさとしたらどうですか?」

「……」



 ダイニングの片付けが終わる頃に、お湯が沸いてピーッという音がした。

 わたしは席を立って、ホテルの茶器を使ってお茶を淹れ始めた。

 リビングのお義父さんは、まだ何も話してはいないようだ。



「それでは失礼します」

「ありがとうございます」



 ホテルの従業員が出て行く頃に、やっとお茶を入れられた。お盆に載せて、テーブルに運ぶとお茶を並べた。

 そのままわたしはソファーに座った。


「いつまで黙っているのですか?話がないのなら帰ってください」


 光輝さんの声はとても冷たい。とても親子とは思えない。


「……まずは、彼女に、……美緒さんに謝罪をしたい」


 お義父さんはソファーから下りて、床に座ると額が床に着くほど頭を下げた。


「すまないことをした」


 わたしは余りの事に言葉が出なかった。

 ただお義父さんを見て、光輝さんを見た。

 わたしから言葉をかけるつもりはない。

 親子の問題なので、光輝さんが許すか許さないか決めればいい。


「何に対しての謝罪ですか?」

「遠藤葵を唆したのは香織だ。市条のお嬢さんを連れて来たのも香織だ。ホテルで光輝の印象を悪くするために、お見合いを計画したのも香織だ。俺は父親として一度も光輝のためになることをしていない。結果的に光輝が大切にしている美緒さんの命を奪いそうになっても香織を止められなかった。あいつは俺の為だと言ってしていることだったが、本当は総帥の妻になりたかった、ただの我が儘な女に過ぎない。光輝が総帥を継承して、親として喜ばなければならないのに、香織はただ総帥の妻になる事を諦められなかったのだ。香織は総帥の妻になるために俺と結婚したのだから」



 お義父さんは、頭を下げたまま、言葉を紡ぐ。



「俺は自分で、総帥としての素質がないことに気付いていた。だが、香織はそれを受け入れられなかった。総帥の妻になる事しか考えていなかったから、どんな手を使っても俺を総帥にしたかったのだ。期待を持たせたまま過ごしてきた人生に区切りを付けたいと思い、離婚を切り出した。香織が一族から出ることで、償いができるのではないかと考えた」

「既に引退した両親だ。俺の邪魔をしなければ、気にもしない。この世に生を受けさせてもらっただけの親だとしか思ってはいない。夫婦でいようが離婚しようが関係ない」


 ひたすら頭を下げ続けるお義父さんに、光輝さんは淡々と冷たい言葉を投げつけるだけだった。


「俺は完全に身を引こうと考えている。今まですまなかった」


 お義父さんは、ゴツンと音がするほど額を床に押しつけて土下座をした。

 あまりに無様で、あまりに惨めで、なんだか可哀想に見えてくる。


「今後、俺の邪魔はしないと誓えますか?」

「表舞台には出ないつもりだ。口出しもしない。静かに隠居暮らしをしようと思う。あの家からも出て行くつもりだ」

「分かりました。もう顔を上げてください」

 お義父さんは頭を上げた。額が擦れて赤くなっている姿が痛々しく感じる。

「香織は不倫をしていた。その事を知っていても俺は何も言えずにいた。俺はただの人形だったに過ぎない。光輝は俺の子だが、和真は俺の子ではない。装っていたが、あの子は誰の子か分からない。俺と香織の夫婦関係は和真が生まれる前には破綻していた」

「和真は知っていますよ。だから総帥の座を狙いはしない。お爺さまがそう教育したし、自分で遺伝子検査をして確かめていますよ。けれど、和真は俺の大切な弟に変わりない」

「……そうか」



 お義父さんは静かに立ち上がると、深く頭を下げて、部屋から出て行く。



「追わなくてもいいのですか?」

 わたしは席を立って、光輝さんがソファーから出られようにしたけれど、光輝さんは立ち上がる事もしなかった。


「もう会うこともないだろう」


 わたしはお義父さんの後を追ったが、お義父さんは振り返ることもなく、部屋から出て行った。

 お義父さんの人生は、お義母さんに振り回された人生だったのだろう。

 お義母さんに口出しもできなくなり、いつの間にか口を挟むこともできなくなったのかもしれない。

 だから、いつも無口でいたのかもしれない。

 悲しい家族だ。

 総帥の妻になりたいために円城寺家の直系の長男と結婚しながら、愛せなかったのは何故だろう。

 浮気もせずに、ただ一人を愛して、生まれた子を愛おしんで育てていれば、総帥の妻の座に着けたような気がする。

 お義父さんもまた被害者なのかもしれない。

 わたしが閉じた扉を見ていると、光輝さんが来て、わたしを背後から抱きしめた。



「いらないことまでぶちまけてくれたな」

「わたし、何も言いません」

「和真の事は俺とお爺さまと本人しか知らない。秘密にしてくれると助かる」

「はい」

「和真は父の子ではないが、円城寺家の血筋は受け継いでいる。父親は探してはいない」

「それなら、円城寺家の子ですね」

「その通りだ」


 光輝さんは、本当に和真さんを大切に想っているのだと思う。

 兄弟仲もすごくいい。誰が見ても、どこから見ても二人は兄弟だと思う。 


「母は父一筋に見せていたが、父が働きに出ている間は、奔放に遊びほうけていたらしい。ホスト通いは日常的だったし、円城寺の男達とも不倫をしていたようだ。俺という跡取りを産んだ事で、たがが外れたのか、もともとの性質だったのか知らん。生まれた俺を乳母に預けて、俺は母から乳ももらったことはないそうだ。そんな母の姿を見た父の落胆も分かるが、母を叱ることもせずに放置して、仕事をしていてもよそ事ばかりを考えるようになって、父も不倫に走るようになったらしい。父の偉かった事は、余所にお世継ぎを作らなかった事だろうな」


 光輝さんは淡々と壊れていた家族の事を話してくれた。

 光輝さんはスマホを操作して、父と電話番号を登録していた。冷たくしていても、やはり優しい人だ。

 リビングのソファーに座って、冷めてしまったお茶を飲む。冷めてしまっても、美味しいお茶は美味しい。

 二番茶を淹れて、茶器に注いでいる間に、光輝さんは昨夜観たDVDの1話目をテレビに映した。

 わたしは光輝さんに凭れ掛かりながら、英語の時間を過ごした。



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