裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第五章

5   新婚生活、難航

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 気分転換にとお寿司屋で昼食を食べてから、光輝さんはわたしをデパートに連れて来た。


「もう洋服はいらないわ」

「今日は鞄を買おう。財布もいるな?」

「でも、戻ってくるんでしょう?」



 警察の人は捜査が終わったら返却しますと言っていた。



「それは破棄してくれと頼んでおいた」

「はぁ?そんな……勿体ないでしょ?」



 まだ新調して、それほど時間が経っていない。ただちょっと汚れただけだ。丁寧に拭けば綺麗になるかもしれない。



「俺が嫌なんだ。賤しい手が触れた物だと思うと、ゾッとするね」

「もしかして、ものすごく潔癖症なの?」

「ああ、かなり神経質だ」

「そうなんだ?」


 一緒に住んでいて、まったく気付かなかった。


「わたしの事も汚いって思ったり」

「しない」



 即答で返ってきた。

 ホッとした。

 野良犬だからと考えて、まだ洗脳から抜け出せていないと反省した。



「同じ物が良ければ、同じ物にしてもいいだろう。別の物がいいのなら別の物を選べばいい」

「うん。そうしたら、同じ物がいいな。気に入っていたの」

「そうか」



 最初に買った物は、光輝さんがわたしに似合いそうだからと選んでくれた物だ。

 ずっと100均の物しか使ったことなかったわたしにとって、すごく嬉しかった品だし、思い出もある物だ。

 光輝さんの御用達のお店なので、光輝さんが案内してくれる。

 欲しい物も決まっているので、買い物もスムーズだ。



「本当は汚れた鞄やお財布は嫌だったの。ありがとう」



 光輝さんはフッと笑っただけだ。

 ランドセルみたいなリュックは同じ物がなくて似ている物を買ってくれた。

 以前の物より高価で品もしっかりしていて、色もたくさんあり選ぶのに悩んでしまったほどだ。

 通学鞄は高校時代から使っていたので、ヘタってきていたのでありがたい。

 会計を済ませて、帰るのだと思ったけれど、光輝さんは食器売り場に立ち寄った。



「何か買うの?」

「お揃いの湯飲みかマグカップを買わないか?」

「うん」


 指輪をなくしてしまって、お揃いの物がなくなってしまったので、気を遣ってくれているのだと思った。


「どんな物にするの?」


 湯飲みもマグカップも値段が高めだけれど、とてもお洒落だ。聞いた事もない○○焼きとか色々あって、味わいがある。


「コーヒーを飲むの?」

「いや、日本茶を買っていこうかと考えている」

「それなら急須とお揃いもいいね」


 いろんな種類があって悩んでしまう。


「これ、可愛いわ」


 京焼と書かれた幽玄桜が描かれた湯飲みだ。

 ペアで急須も付いている。

 湯飲みセットもあるがどっちがいいのだろう?

 個別で1個ずつ買う事もできそうだ。



「ペアカップと、セットとどちらがいいかしら?」

「今日はペアカップを買いたい。これにするか?美しいな」

「うん」



 光輝さんも気に入ってくれたようだ。

 普段使いにするには、少し派手やかで華やかさがあるが、桜の花が美しく茶器の中側にもポイントで桜が描かれている。

 光輝さんは個別で売っている物を手にした。


「美緒はどの色にする?俺は黒に白い桜にしよう」

「それならわたしは、紺に濃いピンクの桜にします」


 本当は凄く目移りして、どれにするか悩んだけれど、鮮やかなピンクの桜に目を奪われてしまった。

 紺色にピンクはとてもお洒落だ。


「また次に来たときに、種類を増やしても面白そうだ」

「はい」


 次に来る楽しみを取っておくのも楽しい。

 全部の種類を集めたら、すごく素敵なセットになりそうだ。

 茶器を購入すると、地下の食料品売り場に下りていった。


「お茶は、美味しい物を買っていこう」

「うん」


 光輝さんはお店のおすすめ品を飲ませてもらって、口に合った物を選んだ。


「どうだ?この味は?」

「とても美味しい」


 お値段は高めだけれど、味は値段と比例しているようだ。

 お茶を購入して、もう帰るのかと思ったら、光輝さんは人で賑わっている食料品売り場を、うろうろし始めた。



「食べ物を買うの?」

「あると思うんだが」


 わたしの手を引いて歩き回って、そうして果物売り場の前で足を止めた。


「大きなスイカを買っていくか?」


 丸い大玉スイカを選び出して、わたしは焦ってしまった。


「あの、これを食べきる自信はないわ。それに包丁もまな板もないよ?」

「それも、そうか……」


 それでも、大きなスイカを選んでいる。


「どれが、美味いか分かるか?」

「分からないし、物理的に無理だと思うの」


 ホテルの冷蔵庫は小さい。


「スイカをお探しでしょうか?」


 光輝さんがじっくり見ているので、果物屋さんの店員が近づいてきた。


「食べ頃で甘いスイカを選んでくれないか?」

「畏まりました」


 店員が、スイカを念入りに調べ始めた。


「シマがはっきりしているのは、甘くて美味しいと言われていますね。あとは、蔓が新鮮な緑色で周りが盛り上がっているのがいいと言われています。食べ頃具合はスイカのお尻でしょうか。小さいのは未熟と言われていますね。大きい物が食べ頃と言われています。うちの店が扱っている物は、どれも糖度が高く美味しいですよ」



 そう言って、1個を選んでくれた。



「それでは、それをいただこう」

「ありがとうございます」



 光輝さんはカードでスイカを買った。


(果物、いやいやスイカは野菜分類だったか?カードで買えるのね?)


 それよりも!


「どうやって食べるの?丸いスイカだよ?」

「スイカ割りでもしてみるか?」

「……え、グチャグチャになっちゃうと食べるところが……」


(汚くならない?)



 神経質の光輝さんは、グチャグチャのスイカを食べられるの?



「できたら、綺麗なスイカが食べたい」

「そうだな。俺も割れてグチャグチャになったスイカは食べたくないな」


 意見が合って良かったけれど、そのスイカ、どうやって冷やすのかしら?

 光輝さんは、スイカをぶら下げながら、歩き出した。

 今日も買い物をすると、全てインフォメーションに集められている。


「そろそろ部屋のクリーニングも終わっているだろう」

「そうね」


 時計を見ると15時過ぎだった。

 光輝さんはやっとインフォメーションに立ち寄った。


「本日もありがとうございます。車まで運びいたします」


 従業員は光輝さんから、スイカを預かると、他の荷物と一緒にカートに入れて、車まで運んでくれた。


「気をつけてお帰りください」

「ありがとう」



 光輝さんはわたしを助手席に乗せると、自分も運転席に乗って、車を走らせた。

 ホテルに着くと、フロントにスイカを預けた。


「夕食の時に、スイカの解体ショーを見せてくれ」

「解体ショー……」

「畏まりました」



 わたしがオウム返しに呟いていると、フロントの従業員がスイカを受け取った。

 確かにホテルの冷蔵庫は大きいかもしれないけれど、私物化してもいいのだろうか?



「お部屋のお掃除は終わっております。奥様のお洋服もクローゼットに掛けてあります」

「ありがとう」

「あと荷物を運んで欲しい」

「畏まりました」



 光輝さんは爽やかに車のキーを渡すと、わたしの手を握ってエレベーターホールに歩いて行く。

 部屋に戻ると、部屋は綺麗に掃除されていた。

 いつも綺麗に掃除されているけれど、今日は特に綺麗になっていた。

 ダイニングやカウンター周りまで、磨かれているように輝いていた。

 わたしの部屋に入ると、不快な汚れも全くなく、わたしの洗濯物はクローゼットに掛ける物はビニール袋に入れられて綺麗に掛けられていた。

 畳む物は畳んだ状態で、棚に置かれていた。



「きちんと綺麗にされているな?」

「はい」

「光輝さんの部屋は掃除しないのですか?」

「されていると思うよ。この部屋の中のどの部屋も決まった者しか入れない決まりになっている」

「そうなのね……」

「必ず支配人が立ち会い、掃除がされている」

「大切な物がたくさんあるから?」

「そうだね。ここのホテルも俺が運営しているから、それくらいの裁量は許されるのではないか?」

「ホテルの社長さんなのね……」

「俺の持ち物の一つだ」


 わたしは頷いた。

 たくさんある持ち物の一つに、このホテルも含まれているのだろう。

 いったいどれほどの資産を持っているのだろうか?

 光輝さんの資産を当てにした人達が、集まってくるのだろう。

 美衣ちゃんのお母さんの葵さんのように。


(光輝さんにとって、人選ってすごく大切なんだろうな?)


 わたしは、靴をスリッパに履き替えた。


「下着を取りに行きますね」

「そうだったね」


 いつまでも、光輝さんの部屋に置いておくわけにいかない。

 光輝さんの寝室に入って、下着を回収すると、光輝さんが物干しを畳んでリビングに持って行った。

 わたしは自分の部屋に戻ると、いったんベッドの上に下着を置いて、畳んで引き出しを開けた。引き出しの中は滅菌済みの紙が入っていた。



(すごい、徹底されているんだ)



 下着を安心して片付けられる。下着を片付けた後は、洋服も片付けていく。

 長袖のカットソーもあったので、綺麗に洗濯されて良かったかもしれない。

 真夏に着る事もないだろうから、ビニール袋から出して引き出しに片付けていく。

 当然だが、ベビーベッドは片付けられていた。

 それを悲しく思う。

 今頃、泣いてないか美衣ちゃんが心配になる。

 引き出しが片付いたら、クローゼットの中の洋服からビニール袋を剥いでいく。

 クローゼットの中からも滅菌済みの紙が出てきた。

 洋服は綺麗に洗われて、皺一つ無い。

 新品同様になったその中の1着を取り出して、ベッドの上に置いておく。

 片付けが終わったらシャワーを浴びようと思う。



「美緒、荷物が届いたよ」


 扉越しに、光輝さんの声がして、わたしは扉を開いた。



「ゆっくり片付ければいいからね?」

「はい」



 わたしは荷物を受け取って、片付けを再開する。

 真新しいバックを使えるように調節して、お財布も定期入れも出して、それぞれの場所に片付けてしまう。

 箱に封印した荷物もガムテープを外し、ノートパソコンを机の上に置くと、スマホも設置して、後は引き出しに片付けて行く。

 引き出しの中からも滅菌済みの紙が出てきた。

 大量にゴミが出て、ゴミ箱がいっぱいになってしまった。

 片付けはすぐに終わった。

 下着と着替えを持つと、わたしはシャワーを浴びる事にした。

 光輝さんは、扉の開いた寝室で電話をしていた。

 休日だとしても、きっと忙しいのだろうと思う。

 今日は通常なら仕事の日だから。





 …………………………*…………………………





 料理が並べられると同時にコックの制服を着た男性が移動式の調理台を持ってやって来た。

 調理台の上には、大きなまな板が載っている。

 今日の夕食は消化の良さそうな和食だった。


「スイカは水分が多く、脂っこい物と食べると消化不良を起こしますので、今夜の夕食は消化の良い物にさせていただきました」


 コックは前置きをして、「どうぞお召し上がりください」と言うと、わたし達の前で大きなスイカをまず半分に切った。

 赤い実が出てくると、そこに2センチ間隔に包丁で切れ目を入れていった。サクサクと果実が切られる音がする。

 端まで切ると、スイカの向きを変えた。

 切れ目が四角くなるように包丁を入れると、一周スイカの赤と白の部分に包丁を入れた。

 それから大きなスプーンのような物で、スイカを抉ってボールの中に入れて行く。

 バイキングで出されている一口サイズの四角いスイカができあがっていく。

 すごく手際がいい。

 けれど、スイカの中には、まだ赤い部分が残っていて、勿体ないなと思っていると、コックはスプーンで赤い部分と削ぎ落として、別のボールにスイカのジュースを入れた。

 いったんスイカの中を綺麗にすると、ナイフを取り出して、スイカにカッティングを始めた。

 スイカの切れ目の下に、可愛いハート型が彫刻されていく。

 わたしはその見事なナイフ裁きに目が離せなくなっていた。



「凄いわ」

「見事だな」

「これくらいは簡単な物でございます。パーティー用なら、飾りようにスイカを花に模して彫刻をすることもあります。食用ならバスケットや動物の形に作ることもございますが、今夜は総帥と奥様だけの席ですので、あまり作りすぎると、お体に障ってしまいますから、量を考えて簡単な物にいたしました。明日は半分の物をフルーツポンチにいたしましょう。甘いジュースはシャーベットでお出しします」

「明日も食べられるの?」

「勿論です」



 フルーツポンチはどんな物だろうとワクワクする。

 シャーベットはジュースを凍らすのだろう。



「それは楽しみだな?」

「楽しみです」


 可愛く彫刻されたスイカの中に、カットしたスイカを戻した。


「今夜はこれくらいが適量かと思います」

「ありがとう」

「いいえ、ご希望があれば、またおっしゃってください」


 コックは手を濡れた布巾で拭うと、半分のスイカをお皿に載せて、テーブルの上に置いてくれた。

 ガラスのお皿とホークもテーブルに置かれた。

 コックは残ったスイカとジュースにラップをかけると深く頭を下げた。


「ごゆっくりお召し上がりください」


 コックは調理台を押して部屋から退出していく。



「さあ、美緒、しっかり食べなさい」

「はい」


 わたしはまだ手を付けていなかった食事から食べ始めた。

 最近、急いで食べていたから、今日はゆっくり食べられる。

 けれど、美衣ちゃんの泣き声がしない部屋は、寂しいと思ってしまう。

 



 …………………………*…………………………




 寝る支度を終えると、扉がドンドンドンドンと叩かれた。

 わたしは光輝さんを見た。

 光輝さんのスマホは鳴ってはいない。部屋の電話も鳴ってはいない。



「誰だ、こんな時間に?」



 光輝さんは時計を見た後に、わたしを見た。



「美緒、危険だから部屋に行っていなさい」

「危険なら、出ないで」


 誰が来たか分からない状態で、扉は開けては欲しくはない。


「フロントに電話してみたら、どうなの?」


 フロントを素通りして、電話も掛けず、扉を叩く人など得体が知れない。



「声だけ掛けてみよう」

「それなら、わたしも一緒に行くわ」

「待っていてはくれないのか?」

「怖いもの」



 光輝さんはわたしの頭をクチャクチャと撫でると、先に扉の前に移動した。

 この部屋は、朝食を運んでもらうために、完全なロックはしていない。

 チェーンの代わりのロックは空いたままだ。

 光輝さんは部屋のロックをしてから、声を掛けるつもりのようだ。


 ロックの音がした途端に、扉を叩く音が大きくなった。



「誰だ?」

「開けてはくれないの?」



 この声は葵さんの声だ。



「どうして警察に届けたりしたの?」

「人の物を盗んで、勝手に人のカードを使い買い物する奴は俺の知り合いではない」

「美衣をどうしたの?」

「警察に預けた」

「酷いわ。美緒に世話を頼んだのに」


 まだ扉をドンドンと叩いている。


「わたしの指輪を返して。大切な物なの」

「その声は美緒ね。よくも美衣に酷いことをしたわね?」


 ドンと体ごと扉に体当たりをしたように、扉が揺れた。

 葵さんの声は、苛立っている。


「美緒は最後まで世話をしていた。俺が警察に届けて、保護してもらったのだ」

「どちらも許さないわ」



 光輝さんは警察に電話をかけ始めた。



 〈部屋の前に遠藤葵がいます〉



 その途端、扉を叩く音が消えて、立ち去る物音がした。


「葵さん、帰ってきたのね?美衣ちゃんの事を気にしていたわ。何か事情があったのかもしれないね」

「どんな事情でも子供を放置して、人の物を盗んで、勝手に金を使う行為は犯罪だ」



 光輝さんは、ロックを外して、扉を少し開けた。

 誰の気配もない。

 完全に扉を開けると、光輝さんは廊下に出た。

 そうして、扉を見ると、大きなため息を漏らした。


「どうしたの?」


 わたしが部屋の外に出ようとしたら、光輝さんが部屋の中に入ってきた。



「何も見なくてもいい。ここにまた警察が来るだろう。今夜は自分の部屋で休んでくれ」

「うん」



 光輝さんはわたしの肩を抱いて、部屋の奥に入って行く。



「光輝さんは、まだ寝ないの?」

「警察が直に来るだろう。呼んだのは俺だ。先に休むといい」

「一緒に待っていたら駄目なの?」

「美緒は連日の疲労が溜まっているだろう?ゆっくり休みなさい」

「光輝さんだって、夜は眠れてなかったはずよ」


 わたしは冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出すと、湯沸かしポットに入れた。


「お茶を淹れるわ」

「美緒は頑固だな」

「わたしの取り柄よ」


 今日、光輝さんが買ってくれた急須を取り出すと茶葉を入れて、沸いたお湯を入れた。

 色違いの器にお茶を淹れた。

 結局、光輝さんはそこにいることを許してくれた。




 …………………………*…………………………




 フロントから電話があり、光輝さんは部屋の扉を開けて部屋の外に出た。

 わたしも一緒に扉の外に出て、部屋の扉が酷く傷つけられているのに気付いた。
 
 ナイフのようなもので、扉が切り刻まれていた。

『死ね』と文字が書かれている。

 底知れぬ恐怖を感じる。



「どうして、こんなこと……」

「理不尽だが、それほどの恨みを買ったのだろう」



 暫くすると、エレベーターが開き、ホテルの従業員と警察官が姿を見せた。



「美緒、部屋にいなさい。美緒の姿を見せたくはない」

「……はい」



 寝間着姿で、見知らぬ男性の前には出ていてはいけないと言われたような気がした。

 わたしは、自分の部屋に戻って、念のために洋服に着替えてベッドに横になった。



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