裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第一章(前半)

3   大嫌いな人

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 帰りのタクシーの中で、わたしは自分の掌を見ていた。

 祖母が掴んで離さなかった掌だ。

 その手は、よく叩かれて、手が真っ赤になった掌だ。

 裁縫用の竹の定規は、よく撓る。

 その定規は、体罰を与える鞭だった。

 一度、祖母を怒らせたら、泣いて謝ってもその鞭が止まることはなかった。

 止まるときは、祖母の手が疲れた時だ。

 わたしの手を打つ時の祖母の顔は、般若のようだった。般若が薄ら笑いを浮かべている。背筋が震えるほど怖い顔だった。


 そんなに恨まれているのかと、いつも思っていた。

 掌が真っ赤になり、掌から血が滲み出てきても、鞭は止まらなかった。翌日、痛くて箸や鉛筆が持てない事もあった。

 体育の授業があった日には、わざわざ転んで、他の場所に傷を作って授業を休んだ。

 掌の傷は意外と目立たない。

 学校の先生も気付かなかった。

 わたしも誰かに助けを求めることはしなかった。誰かに知られたら、もっと大変な目に遭うような気がしていた。

 祖母に叩かれている事を知っていても、両親は助けてくれなかった。

 だから、両親も同罪だと思った。

 そんな体罰は、わたしが物心ついた頃から始まり高校3年生に入ってからも続いた。

 体罰が治まったのは、姉が祖母の部屋の中に入って来たときからだ。



「お婆さま、何をなさっていらっしゃるの?」



 その日のわたしはあまりの痛さに号泣していた。祖母に謝っても叩かれ続けて、掌から血が滲み出ていた。



「静美ちゃん、こんな時間にどうしたの?」

「変な声がするし、泣き声と何かを叩く音が聞こえて、うるさいの」


 変な声は、お婆さまのヒステリックな声だ。わたしをなじって、貶めている声だ。


「あら、ごめんなさいね」


 その日から、体罰を受けなくなった。

 今思うと、姉が助けてくれたのかもしれない。

 部屋を出るとき、わたしの手首を掴んで、わたしの部屋の中に泣いているわたしを押し込んだ。

 姉は何も言わなかったし、何も聞かなかったけれど、きっと祖母に我慢ができなくなったのだと思う。

 姉に優しくされたことはなかったけれど、その日だけはわたしを庇ってくれた。

 その日を境に、わたしは叩かれることはなくなった。

 祖母は姉には甘かったから、姉に嫌われるのを恐れたのかもしれない。

 祖母も両親も姉も嫌いだったけれど、わたしは一度、姉に助けられた。いつか姉に一度だけお礼をしなくてはならない。

 そのいつかは、いつか分からないけれど、姉のために一度だけ力を貸さなくてはならないと思っている。

 家を出て行った姉を羨ましく思う。

 こんなイカレた家から、出て行った姉を見習いたい。けれど、わたしはまだ一人で生きていける術がない。貯金も少ないし、大学もまだやっと2年生になったばかりだ。大学卒業までにアルバイトをして、貯金を貯めたい。マンションを借りる資金を貯めたい。いつかきっと家を出るために。

 姉は家を出て、どこに住んでいるのだろう。

 学校はどうするのだろう?

 大学4年の姉は、もう既に就職先が決まっているのだろうか?

 姉妹だけれど、話をしたことのない姉妹なので、姉の考えていることは分からない。

 好きな女の子がいると言っていた。

 姉は男になりたいのだろうか?

 自分の事を俺と言った姉を、初めて見た。

 美しい長い髪を、ハサミでバサリと切り、さっぱりとした顔をしていた。

 姉は姉なりに、この家にいることを苦痛に思っていたのかもしれない。

 家族に愛された姉と家族に疎まれていたわたし。思うところは同じだったのかもしれない。
 



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