裸足のシンデレラ

綾月百花   

文字の大きさ
上 下
2 / 184
第一章(前半)

1   初めての姉の反発

しおりを挟む
 わたしと姉は、あまり仲の良い姉妹ではなかった。

 顔立ちは似ていたけれど、何でもパーフェクトにこなす姉と要領の悪いわたしは、いつも比較されていた。

 物心ついた時から、姉は特別な存在として、家族の中で大切にされていた。その反面、わたしは、お世継ぎの男子を望まれていたのに、女の子として誕生して、生まれたときから落胆されていた。

 何かと言えば、どうして男の子じゃなかったのかと言われ続けた。

 それなら、もう一人産んでしまえばいいのにと、母に言った事がある。母は、「それができればしているわよ」と、わたしに反論した。なんと母はわたしを産むときに大量出血を起こして、子宮をなくしているらしい。なので、3人目の子供は、どう頑張っても生まれないのだと言った。


 子宮をなくしたのは、わたしのせいになっているし、わたしが男ではないこともわたしのせいになっているし。わたしはどう頑張っても、突然男に変わることもできない。償いを求められても、わたしにはどうすることもできない。

 理不尽だと思うけれど、生まれ落ちた直後から家族の中で、わたしは期待外れの悪い子として扱われている。物心つく前から実の両親からは体罰を受けて、いつも体中に傷ができていたようだ。物事が分かる頃になると両親は体罰に理由を付けた。『美緒が悪い子だから』と言われたら、そうかもしれないと思ってしまう。

 実の両親だけでなく、祖母からはもっと酷く扱われていた。

 お小遣いもお年玉も、姉よりかなり少ない金額しかもらえなかった。あからさまなのは、おやつや食事の量だった。わたしはいつも姉より少なかった。

 姉はいつも優越感に浸っていたように見えた。そして姉はわたしを奴隷のように扱うようになった。

 それは、わたしが中学1年の夏休みの前だった。

 前日の夜に両親に酷い体罰を受けて、体中が痛くてフラフラになっているわたしに、姉は容赦なく言い放った。


『私の鞄を持って学校に行きなさい。教室まで運ぶのよ。帰りは先に帰らずに、私が下校するまで、私の教室の前で待っていなさい。重い鞄を持たせてあげるわ。勿論部活はせずに、私の奴隷のように働くのよ』


 なんの躊躇いもなく、わたしに命令する姿を見て、両親は考えを改めた。

 考えを改めたのではなく、両親は外にわたしに対する体罰を知られたくないだけだと思う。


『静美ちゃん、それはいけない事よ』

『どうして?お父さんもお母さんも同じ事をしているでしょ?』

『お父さんもお母さんも間違っていた。だから、静美ちゃんも止めなさいね』

『つまらないわね』


 両親が改心すると、姉は面白くなさそうに、わたしを相手にしなくなった。

 幼い頃は、男の子に見えるように髪を短く切った事もあった。けれど、短く切った髪を見て、祖母はみっともないと怒り狂った。


「男の子でもないのに、その髪型はみっともない。女の子なら女の子らしく髪を伸ばしなさい」


 どんな時代錯誤かと思ったほどだ。

 髪が伸びるまで、毎日、祖母に折檻された。祖母を怒らせないために、わたしにできることは、祖母が気に入る姿でいることだった。

 姉のように髪を伸ばし、淑女のような女の子らしい洋服、……姉のお古の洋服を身につけ、礼儀正しくいることで自分を守っていた。

 少しでも祖母の気に入らないことがあれば、祖母は着物を仕立てる定規で、わたしの手を真っ赤に変わるほど叩いた。姉には手を上げたことがないのに、わたしには手を上げる。

 叩かれるのが怖くて、祖母の言いなりになって、姉の分身のように、わたしはいい子にいるように努めていた。

 高校卒業と共に、家を出ようとしたけれど、家賃や授業料を自分で支払うことはできない。高卒では、わたしの目標は達成できない。将来のことを考えると、どうしても大学を出たかった。

 成績は良かったので、教師から進学を勧められた。『どの大学でも入れるでしょう』と教師に唆された両親は、大学くらいは出なさいと言ってくれたので、家から通える大学に進んだ。ただ姉とは違う大学を選んだ。

 姉は有名国立大学に進学したけれど、私は国立の姉とは違う大学を選んだ。

 家でも学校でも比較されるのが嫌だったのだ。

 わたしは大学に入る事で、姉からも家族からも、少し距離を置くことができたような気がしていた。

 家は裕福な家だった。

 祖母と父は和服作家だった。母も家業を手伝い、家には修行に来ている者もいた。泊まりの家政婦が一人いて、洗濯も料理もしてくれていた。

 両親は姉を、家の跡取りにするつもりでいたようだ。修行に来ている男性を選ぶようにと言い出した。わたしではなくて良かったと思った。

 突然の事だった。

 一度も反発したことのない姉が、祖母の一言でキレた。


「お見合いの話が来ているのよ」

「私は嫌よ」


 姉のこんな冷たく素っ気ない言葉は初めて聞いた。


「お相手は円城寺光輝さんと言って、円城寺グループの継承者よ」

「誰が相手でも、お断りよ」

「どうしたの?静美ちゃん」

「このクソばばあ!俺はこんな格好をしているが、男に生まれたかったんじゃ!」

「静美ちゃん?」

「好きな女の子もいる。クソばばあ!こんな家から出て行ってやるわい!」


 姉は突然、裁ちばさみで長い髪を、根元から切り落とした。


「何をしているの?静美、ああ、あっ……」


 祖母は豹変した姉の姿を見て、胸を押さえて倒れた。


「お婆さま。大変、救急車を!」


 母は動転して、救急車を呼ぶために117番を押しているし、父は祖母に水をぶっかけようと金魚鉢を持ち上げているし、結局、わたしは、父を止めて、母の代わりに救急車を呼んだ。姉はそんなドタバタした自宅から姿を消した。

 居間の畳に姉の長い髪だけが残されていた。

 荷物は元々纏めてあったのか、最低限に必要な物は持ち出されていた。

 わたしは、姉の思いきった行動に感動さえ覚えてしまった。

 けれど、姉の行動がわたしを後々苦しめるなんて、その時は思ってもみなかったのだ。
 


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

処理中です...