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7   亜梨子とALICE

2   お客に迫られて困っています

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「今日は残業させてごめんね」
「家に帰っても、やることがないから、むしろありがたいです」
 亜梨子は朝からのシフトで入って、五時に帰宅する予定だったが、熱を出したアイルバイトの子が出勤できないと連絡してきた。
 相川は夕方からのシフトだった。亜梨子が厨房に入れることで相川の負担が減っていた。
「アリスさん、お客様がアリスさんそっくりな人を連れてきてますよ」
 亜梨子はフロアーを覗くと、いつもの常連さんが女の子を連れて来ていた。
 嫌な予感がする。
「オーダーお願いしてもいい?」
「はい」
 学生の女の子がオーダーを聞きに行ってくれた。
 足早に学生の女の子が戻ってきた。
「アリスさん希望だそうです」
「そうですか」
 仕方なく、亜梨子はオーダーを取りに歩いて行った。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「アリスさん、この子、ALICEって言うんだ。アリスにそっくりだろう」
 思った通り、1500万のALICEだ。白のウエディングドレスを着ている。思い出したくもないスカートにビーズとスパンコールで飾られた、亜梨子が見とれていたドレスだ。
「他人のそら似でしょうか?可愛らしい方ですね」
 彼は人形とは言わなかった。
 見た目には普通の女の子のように見える。
 瞬きもするし、柔らかく微笑んでいる。
「マナブクン、ゴハンノジカンデスヨ」
 滑らかな亜梨子と同じ声で、彼に話しかけている。
「あの、ご注文は?」
「今夜は何時に終わるの?」
「仕事が終わるまでです。ご注文が決まりましたら。お呼びください」
 亜梨子が頭を下げて、厨房に向かおうとしたら、腕を掴まれた。
「腕の太さも同じだね」
「やめてください」
 メイドカフェではメイドにお触り禁止の約束がある。
 奥から店長が出てきた。
「お客様、メイドに触れないでください。出入り禁止になりますよ」
「すまない。少し、確かめたかっただけなんだ。オムライスと食後にクリームソーダ持ってきてくれる?」
 亜梨子はオーダーを書いて、頭を下げて厨房に戻っていく。
 相川はもう一度、注意事項を話して戻ってきた。
「あの子は人なのでしょうか?人形なのでしょうか?」
 最初に対応した女の子が、人形のALICEを見て、首を傾けている。
 ALICEの前にもグラスが置かれている。
 亜梨子と等身大の人形だ。重さが少し軽いくらいで同じ体に、同じ声で話す。
 学はALICEと話をしている。
 さすがAI搭載されているだけある。学習して言葉も覚えている。


 誉は店内に、ALICEがいることに気付いた。
 亜梨子が接客して、腕を掴まれた。
 奥から店長ができてきて、亜梨子は無事だったが、亜梨子の顔が蒼白になっている。
 亜梨子とALICEが同じか比べたくなる可能性がある。
 誉自身も、どこまでも亜梨子と同じようにALICEを作った。
 どちらも抱いて、同じ抱き心地にしようとした。
 それほどこだわったALICEだ。 
 購入者が亜梨子とALICEを比べたくなる心理もわかる。
 恐れていた事態が起き始めている。
 今日は目が離せない。亜梨子を守れるのは自分しかいない。


「旦那様、お待たせしました」
 亜梨子はお客の前にオムライスを置いた。
「ありがとう。いつもの通り、『学くん大好き』って書いてくれる?」
「はい」
 亜梨子はケチャップで言われた文字を書いて、大きなハートと小さなハートを散らせた。
「上手だね」
「ありがとうございます」
 亜梨子は頭を下げて、厨房に戻ろうとしたとき、人形が話をした。
「マナブン ダイスキ」
「僕もALICEを大好きだよ」
「ウレシイ」
 まるで恋人同士みたい。
(そういえば、私も誉さん大好きって言ってたかな?誉さんも好きだよって。AIと同じだ。AIは人と同じなのかな?会話をして、エッチもして。どんなにエッチしても子供はできない。都合がいいわね)
 エッチする度、子供ができないか不安だった。
 避妊してなかったから・・・
(あれ?そういえば、生理来てない)
 いろんなショックがあったから、遅れているだけだよね?
 下腹部に触れて、急に心配になる。
 最終月経がいつだったか覚えてない。
 子供ができたら、育てられない。
「亜梨子、どうかした?」
「相川さん、少しドラッグストアーに行ってきてもいいですか?」
「いいわよ。目の前にあるんだし」
「すぐに戻ります」
「いってらっしゃい」
 亜梨子はバックを持つと、お店の前にあるドラッグストアーに入って、妊娠検査薬を買った。そのままトイレを借りると、その場で検査をする。
 三分も待たずに陽性反応が出た。
 くっきり二本線が見える。
「どうしよう」
 スマホを開いて、最終月経日を調べる。
 アプリで管理していた亜梨子は、ショックでそのまま陽性反応が出た検査スティックを箱に入れてバックに仕舞った。
 項垂れて、メイド喫茶に戻っていく。
(堕胎する時って同意書がいるんだよね?早くしないと堕ろせなくなる)
 もう二度と会わないつもりだったけれど、同意書をもらわなくてはいけない。
「ただいま」
「おかえり」
 更衣室にバックを仕舞うと、手を洗って消毒をする。
「どうかしたの?」
「妊娠してた」
「はぁ?」
 相川は、目をぱちくりさせて亜梨子を見る。
「どうするの?」
「育てられないから、可愛そうだけど、堕ろす」
「そう」
「これ持っていけばいいかな?」
「うん、転ばないでね」
 亜梨子は微笑んだ。
「転んで赤ちゃんが流れてくれたら簡単なんだけどね」
「亜梨子、そんなこと言っちゃ駄目だよ」
「わかってる。命なんだもんね」
 亜梨子はクリームソーダを持って、人形と話しているお客に持っていく」
「旦那様、お待たせしました」
「アリス、一緒に写真を撮ってくれるか?」
 メイド喫茶に、写真サービスがある。特別料金だが。
「一人一枚、2000円ですがよろしいですか?」
「もちろんだよ」
「少しお待ちください」
 亜梨子は相川に相談に行った。
「写真を撮って欲しいんですって。あの人形、私をモデルに作られたの。並んで撮ったらバレちゃうわ」
「確認するために連れてきたのね。たちの悪い客ね」
 相川は、手をパンパンと叩いた。
 メイドたちがみんな集まってくる。
「人形を持った客が写真を撮って欲しいんですって。みんな協力してくれる?アリスの顔を晒したくはないの」
「お任せください」
 五人いたメイドが声を合わせて微笑んだ。
「亜梨子はそこの眼鏡とウイッグをかぶって」
「はい。みんなお願いします」
「お互い様です」
 他のお店は知らないが、ストーカーのようにつきまとわれることのあるメイドを守るために団結する。
「旦那様、お待たせしました」
 メイドが客を囲む。
「アリスと撮りたいんだが」
「ちゃんといますよ」
 学くんは人形を抱きかかえた。
 相川が写真を撮った。
 メイドたちは散っていく。
「お客様、1万二千円になります」
 ポラロイドカメラを引き抜いて、差し出す。
 だんだん出てくる映像を見ながら、学くんは目をこらす。
 メイドに隠れて、微かに見える亜梨子の顔は、黒縁の大きな眼鏡をかけて、髪型も赤鬼のカツラだ。
「普通に撮って欲しかったんですけど」
 学くんは怒っている。
 それでも相川は怯まない。
「うちのメイドの写真は、安くないんですよ」
 他のメイドも目元を隠すようにマスクをつけている。
「他のお客様もこのように撮っておりますので」
 相川は請求書を差し出した。
「詐欺じゃないのか?」
「従業員のプライバシーを守るのも店長の使命でございますので。失礼いたします」
 相川は丁寧にお辞儀をして奥へと入って行く。
 学くんは人形を椅子に座らせると、溶けかけたクリームソーダのクリームを掬って食べ始めた。
 閉店まで粘っていた学くんは、結局、閉店時間に追い出された。
「亜梨子、気をつけなさいよ。あの学くんはストーカーよ。今日は送りましょうか?それともうちに泊まる?」
「大丈夫よ、私、男装しているもの」
 メイド服を脱ぐと、男性用のTシャツとパーカーを着る。ジーンズ姿に長い髪を帽子の中に入れて、にっこり微笑んだ。
「男に見えるでしょ?」
「バックが女物よ」
「そっか。気付かなかった。走って帰るわ」
「スマホは手に持っていくのよ」
「うん。ありがとう」
「お疲れ様でした」
 みんなで声を掛け合って、解散した。


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