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1   社長の御曹司に迫られています

2   専属の上司は社長の御曹司

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 一週間の新人研修が終わった日、辞令をもらった。
「秘書課?」
「わぁ、すごいわね。私は営業よ」
 たまたま隣に座った新入社員の女性は、新人研修が始まった時から、一緒に行動してきた。
「羨ましいわ。私、秘書検定1級持っているのよ。亜梨子は持っているの?」
「2級までしか持ってないわ」
「私の方が秘書課に相応しいと思うのに」
「有紀」
 亜梨子より高学歴な彼女は、亜梨子に不満を告げて、亜梨子から離れていった。
 友達になったつもりだが、たった1週間で友達にはなれなかったようだ。
 ただ研修中一緒に過ごしただけの間柄だ。
 初めての友達になれるかと思っていたが、仕方がない。


 翌朝、出社して10階の秘書室に顔を出して、辞令を持ってお辞儀をすると、秘書課の部長が亜梨子の辞令を見て、「ああ、ここじゃないよ」と言った。
「ピンクのラインが入っているだろう?ピンク部の秘書課だな」
 秘書課の女性たちが、亜梨子を見て、こそこそ話し出す。
「ほら、みんな静かに。ちょっと案内してくるよ」
 部長自ら、亜梨子を連れて。エレベーターに向かって歩いて行く。
 名札を見ると『青山誠司 部長』と書かれていた。
「あの、青山部長、ピンク部ってなんですか?」
「研修で説明があったと思うが、我が社には子供向け玩具部とゲーム部、大人の玩具部があるんだ。子供向け玩具部は黄色部と呼ばれていて、ゲーム部はブルー部と呼ばれている。大人の玩具部はピンク部だ」
「大人の玩具部ですか?」
「初めは慣れないと思うが、女性にも需要が多くてね。うちの会社で一番の売り上げを出している。遣り甲斐はあると思うよ」
「はあ」
 青山部長はエレベーターを降りると、いったん会社の外に出て、くるりと裏に回って歩いて行く。そこには、ALICE玩具株式会社研究所と書かれていた。
「ここですか?」
「大人の玩具は日進月歩でね。いつも新商品の開発をしているんだ」
 そう言うと、首から提げた名札を扉の横の機会に通すと、扉が開いた。
「厳重なんですね」
「ブルー部とピンク部は特に厳重だよ。他社と競い合っているからね。開発内容が漏れないように」
「はい。秘密厳守なんですね」
「その通りだよ」
 青山部長は優しく微笑んだ。
 廊下を進んで、青山部長は一つの扉の前に立った。
 そこには、『社長室』と書かれている。
「ここだよ」
「社長室ですか?」
 亜梨子が驚いて声を上げると、扉が開いた。
 忘れもしない、亜梨子の胸を掴んだ男性だ。顔立ちも美形だし背も高い。見た目にかっこいい男が、亜梨子を見て、にっこり笑った。
「青山君、ご苦労様」
「いいえ、ピンク部の子を連れてくるのも、私の仕事ですので」
 青山部長は、目の前の美形に頭を下げると、来た道を帰っていく。
「さあ、入って」
「あの社長なんですか?」
「表の社長の御曹司だね。表向き社長室と書かれているけど、社長の仕事はしていない。会社全体では副社長となってるけど、気にしないで」
「気にしないでと言われましても」
 亜梨子は返答に困ってしまう。
「僕は有栖川誉、今日、三十路になってしまったよ」
「お誕生日おめでとうございます」
 亜梨子は頭を下げる。
「でも、最高のプレゼントをもらった」
「おめでとうございます」
 もう一度、頭を下げる。
「何を言っている、君の事だよ。牧野亜梨子」
「私ですか?」
「僕専属の秘書だ。よろしく頼むよ」
「社長専属の秘書ですか?とんでもないです。初心者で何もわかりません。秘書課はあるんですか?」
「今まで、僕に秘書はついていなかった。配送部に女性はいるが、他は男性社員だ」
「私で務まるのでしょうか?」
 不安になって亜梨子は聞いた。
「主にアシスタントをしてほしい。看板も出ていたと思うが、ここは研究所だ。僕好みの女の子が今まで入社しなくてね」
「はあ」
「取り敢えず、頼むよ」
 誉は亜梨子の首にネームプレートをかけた。
『牧野亜梨子 社長専属秘書』と書かれている。
「このプレートで、この建物も表の建物もすべての扉が開く。社長権限だ」
 亜梨子はプレートを掴んで、じっと見つめる。
「社長権限ですか?」
「さあ、こちらにおいで。更衣室を教えよう」
 誉の手が、亜梨子の手を握った。
 あまりに自然で、振り払うことを忘れていた。
 手を引かれて、社長室を出ると、少し進んだ場所に湯沸かし器が見えた。
 給湯室かな?
「ここでお茶を淹れるのですね?」
「そうそう。僕は珈琲でも紅茶でも緑茶でも何でも飲むから、亜梨子が飲みたいものを淹れたらいい」
「私が飲みたいものですか?」
「休憩は一緒に取ろう」
「それはできません。私は雇われている身なので」
「細かいことは気にしなくていい」
 誉は、ピンクの扉の前で足を止めた。
 白い壁に、パッと目立つ華やかなピンク色だ。
「ここは、亜梨子専用の更衣室だ」
「私専用ですか?」
 誉はピンクの扉を開けると、中を見せた。
 更衣室と言ったが、立派な部屋だ。
 大きめなソファーベッドに、壁一面にロッカーと言うには大きすぎるクローゼットが置かれ、大きな姿見が鎮座している。申し訳程度に部屋の端に仕事に使うためなのか机と椅子が置かれている。
「更衣室兼秘書室かな?」
 亜梨子が住んでいる家より、立派な部屋だし家具が置かれていて、開いた口が塞がらない。
「一人で使うには広すぎますよ」
 ここで暮らせそうなほど広い部屋を見て、呆然としてしまう。
 誉はクローゼットを開けて見せてくれる。
「着る物は、こちらで指定させてもらうよ。髪型もそれに似合う髪型にしてくれ。毎朝、ソファーに出しておく。下着も着替えてくれ」
「下着もですか?」
 クローゼットの中を見ると、普通の事務服など一着もなかった。
 学生服にナース服、丈の短いチャイナ服、バスローブ・・・。
「これはなんですか?」
「仕事着だ」
 どう見てもコスプレにしか見えない。
「普通の事務服にしてください」
「事務服も用意しよう。ただ、ここはピンク部だ。貢献してもらわないと。給料も普通の事務員より高額にしてあるが」
 確かに初任給から30万超えだった。歩合制とも書いてあった。
「通勤はスーツでなくても普段着でいいからね」
「はい」
 不安だ。すごく不安だ。


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