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有宮ハイネの暴走
⑫
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会話は終わった。正確に言うなら、一線を引いたオレの静かな拒絶を彼が受け入れて、この話題は終わりになった。
それで、オレに似たぬいぐるみ……ああ、もう! オレを見下ろしていた彼はふいと目をそらして、おもむろにテレビの画面に目を向けた。突き放したのはオレなのに、オレの方が傷ついているなんて言ったらそれは卑怯だろう。
「この映画は睡眠導入にはぴったりだね」
「なんだ、きみもまともに見てなかったんじゃないか。オレだけだと思ってた」
「眠っていたのはきみだけだよ」
「……気付いてないと思ってた」
ははん、と彼が嘲弄するように肩を竦めた。吐き捨てるような仕草に、どういうわけか胸を覆うような落ち着かない動揺に襲われて狼狽する。
「きみのは、シンプルに睡眠不足が関係しているようにも思えるけどね」
「睡眠の効能を万全に得るための効果的な眠り方をしてないだけで、睡眠自体はとってるよ」
「それは『睡眠』っていうかな?」
「ぐっすり眠れないんだ! 仕方ないだろ……」
「良質な睡眠は、食事と適度な運動、そしてタイミングも重要だ。即効性を期待した手段は長期的に見てマイナス効果の方が大きい」
視線の先にはカンごみの袋。『翼を授ける』をうたい文句に掲げる徹夜大名ら御用達のそれがたっぷりと入っている。長期的に見て、の強調部分の説得力も抜群だ。
食事? 適度な運動? 良好な睡眠のサイクル? ネットに転がっている『生活習慣病の主な原因』を全部踏み倒しているわけだ。そのうえ、どれか一つじゃなくて全てをまんべんなく適切に完遂させないといけないなんて、いいやオレが何を言いたいか、そして彼が何を言いたいか、もはや結論はでているじゃないか。
「もう、無理だってはっきり言ってくれよ!」
「無理とは言ってない。できることから始めよう。とりあえず軽い運動から始めてみるのはどうかな?」
「は、はっ!?」
軽い運動って?
「生活サイクルを整えよう。決まった時間に寝起きする。朝、軽いウォーキングを……いや、ストレッチをしよう。外に出ることすら億劫そうだ」
「あ、あぁ……軽い運動ね。確かに、ウォーキングもちょっとしたストレッチも軽い運動だよね……」
軽い運動って……。
「ははん? 何を想像したんだ」
「別に、なにも……」
「うん?」
「なんでもないってば!」
白けちゃったオレと、サドスイッチの入ったトーマス。
こんなところにいられないね! オレは彼の腕の中から逃げ出そうとする。
「こらこら行かないでよ。エンドロールまで見るのが礼儀じゃないか」
「ヒロインがチョコレートケーキにブルーベリーを乗せたところまでしか覚えてないよ」
「そのシーンがユーモアと不快感の絶頂だ。その先は、覚えていないな」
「チョコレートケーキにフルーツを乗せるなんてどうかしているね」
「ヘンリー、『悪あがき』の時間は終わりにしようじゃないか」
「……運動の時間?」
「きみが望むなら?」
「ううむ……」
押し黙った途端、彼の手がするりとシャツの隙間から入り込んできて、オレの胸のあたりをまさぐり始めた。
彼の手つきは優しくて、まどろっこしくて、社員にセクハラする変態おじさんみたいな触り方なのだ。いや、この例えは我ながら最悪のセンスだ。
「……まだ、返事してない、んだけど」
「沈黙は肯定」
「沈黙は、考え中だよ!!」
抗議の声なんてお構いなしだ。
くすぐったさに身悶えして、生理現象で硬くなった胸の尖っている部分を彼が優しく解すように撫でる。思わず、情けないため息を漏らしてしまう。彼は傲慢にもオレの全てを掌握していると考えているらしく、シャツの中に突っ込んでいた腕が頬まで伸びてくると、ぐいと顔を上に向かされて、節操のないキスをされる。
オレの唇を覆って、舐めて、吸って、食べる。そんなキス。
「あぶっ……」
テンションの上がった大型犬に顔をベロベロ舐められているような感じなのに、文句をつけようと口を開いたが最後、ぶ厚い舌に絡めとられ、呼吸を奪われ、快楽を擦りこまれる。
やっと離れたかと思えば、透明な糸がつうと垂れ、オレの口の端から顎までを汚した。彼の目は情欲に燃えていた。いつ、どこで、スイッチを押してしまったんだろう?
「トーマス、さすがにおふざけが……」
「ははは、うん?」
ぐ、と。腰のあたりを押される。
彼が腰をぐ、と押し付ける。お尻の付け根の、しっぽが生えそうな場所を押されて、オレは足の踏ん張りを利かせてソファに戻ろうとする。
ぐ、と押される。オレがふんばる。
「あっ……ちょっと」
「うん?」
「んっ……」
奇妙なおしくらまんじゅうを繰り返しているうちに、腰に押し付けられる感覚が落ち着かなくなってくる。押されるたびに彼の股関節の付け根のところがより具体性を持ち、硬さを帯びてくるのがわかってしまったから。まるで、バックで突かれているみたいな。
「はぁ、う……」
触られていないのに下腹部に熱が溜まり、触られていないのに排泄する場所が何かを求めるように疼き始める。落ち着かなくて腰を浮かせると、彼が追撃するようにまさしくそこに傑物を押し当てた。
「あっ」
「熱いな」
白々しく言って、彼はオレの膝をすばやく抱え込んでぐるりと半回転させた。軽々しく持ち上げやがって、マッチョめ。
そして殊更優しくソファに横たえられて、もはや止めようがないことを悟らされる。
それで、オレに似たぬいぐるみ……ああ、もう! オレを見下ろしていた彼はふいと目をそらして、おもむろにテレビの画面に目を向けた。突き放したのはオレなのに、オレの方が傷ついているなんて言ったらそれは卑怯だろう。
「この映画は睡眠導入にはぴったりだね」
「なんだ、きみもまともに見てなかったんじゃないか。オレだけだと思ってた」
「眠っていたのはきみだけだよ」
「……気付いてないと思ってた」
ははん、と彼が嘲弄するように肩を竦めた。吐き捨てるような仕草に、どういうわけか胸を覆うような落ち着かない動揺に襲われて狼狽する。
「きみのは、シンプルに睡眠不足が関係しているようにも思えるけどね」
「睡眠の効能を万全に得るための効果的な眠り方をしてないだけで、睡眠自体はとってるよ」
「それは『睡眠』っていうかな?」
「ぐっすり眠れないんだ! 仕方ないだろ……」
「良質な睡眠は、食事と適度な運動、そしてタイミングも重要だ。即効性を期待した手段は長期的に見てマイナス効果の方が大きい」
視線の先にはカンごみの袋。『翼を授ける』をうたい文句に掲げる徹夜大名ら御用達のそれがたっぷりと入っている。長期的に見て、の強調部分の説得力も抜群だ。
食事? 適度な運動? 良好な睡眠のサイクル? ネットに転がっている『生活習慣病の主な原因』を全部踏み倒しているわけだ。そのうえ、どれか一つじゃなくて全てをまんべんなく適切に完遂させないといけないなんて、いいやオレが何を言いたいか、そして彼が何を言いたいか、もはや結論はでているじゃないか。
「もう、無理だってはっきり言ってくれよ!」
「無理とは言ってない。できることから始めよう。とりあえず軽い運動から始めてみるのはどうかな?」
「は、はっ!?」
軽い運動って?
「生活サイクルを整えよう。決まった時間に寝起きする。朝、軽いウォーキングを……いや、ストレッチをしよう。外に出ることすら億劫そうだ」
「あ、あぁ……軽い運動ね。確かに、ウォーキングもちょっとしたストレッチも軽い運動だよね……」
軽い運動って……。
「ははん? 何を想像したんだ」
「別に、なにも……」
「うん?」
「なんでもないってば!」
白けちゃったオレと、サドスイッチの入ったトーマス。
こんなところにいられないね! オレは彼の腕の中から逃げ出そうとする。
「こらこら行かないでよ。エンドロールまで見るのが礼儀じゃないか」
「ヒロインがチョコレートケーキにブルーベリーを乗せたところまでしか覚えてないよ」
「そのシーンがユーモアと不快感の絶頂だ。その先は、覚えていないな」
「チョコレートケーキにフルーツを乗せるなんてどうかしているね」
「ヘンリー、『悪あがき』の時間は終わりにしようじゃないか」
「……運動の時間?」
「きみが望むなら?」
「ううむ……」
押し黙った途端、彼の手がするりとシャツの隙間から入り込んできて、オレの胸のあたりをまさぐり始めた。
彼の手つきは優しくて、まどろっこしくて、社員にセクハラする変態おじさんみたいな触り方なのだ。いや、この例えは我ながら最悪のセンスだ。
「……まだ、返事してない、んだけど」
「沈黙は肯定」
「沈黙は、考え中だよ!!」
抗議の声なんてお構いなしだ。
くすぐったさに身悶えして、生理現象で硬くなった胸の尖っている部分を彼が優しく解すように撫でる。思わず、情けないため息を漏らしてしまう。彼は傲慢にもオレの全てを掌握していると考えているらしく、シャツの中に突っ込んでいた腕が頬まで伸びてくると、ぐいと顔を上に向かされて、節操のないキスをされる。
オレの唇を覆って、舐めて、吸って、食べる。そんなキス。
「あぶっ……」
テンションの上がった大型犬に顔をベロベロ舐められているような感じなのに、文句をつけようと口を開いたが最後、ぶ厚い舌に絡めとられ、呼吸を奪われ、快楽を擦りこまれる。
やっと離れたかと思えば、透明な糸がつうと垂れ、オレの口の端から顎までを汚した。彼の目は情欲に燃えていた。いつ、どこで、スイッチを押してしまったんだろう?
「トーマス、さすがにおふざけが……」
「ははは、うん?」
ぐ、と。腰のあたりを押される。
彼が腰をぐ、と押し付ける。お尻の付け根の、しっぽが生えそうな場所を押されて、オレは足の踏ん張りを利かせてソファに戻ろうとする。
ぐ、と押される。オレがふんばる。
「あっ……ちょっと」
「うん?」
「んっ……」
奇妙なおしくらまんじゅうを繰り返しているうちに、腰に押し付けられる感覚が落ち着かなくなってくる。押されるたびに彼の股関節の付け根のところがより具体性を持ち、硬さを帯びてくるのがわかってしまったから。まるで、バックで突かれているみたいな。
「はぁ、う……」
触られていないのに下腹部に熱が溜まり、触られていないのに排泄する場所が何かを求めるように疼き始める。落ち着かなくて腰を浮かせると、彼が追撃するようにまさしくそこに傑物を押し当てた。
「あっ」
「熱いな」
白々しく言って、彼はオレの膝をすばやく抱え込んでぐるりと半回転させた。軽々しく持ち上げやがって、マッチョめ。
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