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有宮ハイネの暴走

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また始められる……そう思っていたさ!!
彼の爆弾発言が落とされるまではね!!

「ヘンリー」

それが起きたのは、彼の胸にもたれてうとうとしていた時だった。

「ううん?」

一緒に見ていた映画があまりに面白くなくてうたた寝していたことを咎められたのかと慌てて顔を上げた。
しかし彼は愛想よく微笑んでオレの頭にチークキスする。彼の気分がいい時、それはオレにとってあまり良くないことが起きる時。

「この写真を見てよ」
「うん?」

そう言って彼はスマートフォンを取り出し、ファイルに保存されている写真をスライドさせる。見ろと言われたのだから……と、やや遠慮がちに覗き込む。

そこには笑顔を浮かべた複数人の男女が写っている。みな一様にこちらを向いて、サムズアップをしている人もいる。集合写真のようだ。
彼がスライドすると、またも同じ顔ぶれが楽し気にピザをかじっていたり、とんでもない色をしたケーキを興奮気味に囲んでいる姿だったり。

「ホームパーティーだ」
「そうみたいだね」
「みんな楽しそうだろう?」
「そうみたいだね……」
「ほら、このグラスを掲げている人がルーカスといって、主催者なんだ。ホームパーティー、したことある?」
「そう……どうだったかな。日本にはそういう文化がないとして。向こうにいたのは幼い頃で、誕生日パーティーなんかはしてたような気がするけど覚えていないな」

幼い頃のきみも素敵だろうな。写真があるなら見てみたいよ、と白々しい言葉のクッションを置く彼にげんなりしてきた自分がいた。

「ヘンリー、ルーカスは私の同僚でね、今は同じく日本に住んでいるんだ。彼はフレンドリーだけどわきまえている人だから、きっときみも」
「待って、トーマス。もう、回りくどい真似やめてよ。子どもじゃないんだからさ」

彼の表情は変わらない。わざとなのか、彼も内心でオレに対してげんなりしているのだろうか。今の状況を考えると、後者の方がオレとしては助かる。なんて言ったって、この後の彼の言葉なんて決まってるものじゃないか。

「ホームパーティーに招待されたんだ。きみも一緒にね」

ほらね! オレの予想通りだ。

「ははん? 待ってよ……きみはその、ルーカスとは仕事仲間で、この写真から察するにアメリカでも仲良しだったんだろう? それで? どうしてオレが招待されるんだ」
「UKは違うのかな。きみは私のパートナーだから、同伴したって何の問題もない。むしろ、ルーカスやほかの友人たちはきみに会いたいと考えているよ」

いいかい、トーマス。あのね。日本では夫婦同伴とか、パートナー同伴が一般的じゃないんだ。友達との集まりなら、恋人だろうと互いに交わらない関係の人間は招待から除外されるものなんだよ……と、言いたい。

「そう、そうなんだ……へええ」

なんだか、つまらなかった映画が途端に面白く思えてきた。
少なくとも今の気まずい会話より何倍も集中できる。きっと気まずいと思っているのはオレだけなんだろうけど。ああもう、こんなこと、いつものことだ!

「忙しいことはわかってる。だけど、私はきみに一緒に来てほしいな」
「きみはオレが社交的じゃないことを承知してるものだと思ってたよ……」
「だからこそじゃないか、ヘンリー。楽しい集まりに参加することは人生をより豊かで充実したものにする、その機会を得ることなんだよ」
「ああ、ああ……きみはとっても上手な詐欺師になれる。『機会を得る』なんて言い方、ごもっともなご高説どうもありがとう」

「ヘンリー、どうしてきみはそんなにも他人と関わることを避けるんだ? 批判しているんじゃない。誰しも向き不向きがある。だけど、疑問なんだ」
「自分には向いてないってわかってるからだよ」
「どうしてそう思うの? きみにそう思わせた原因があるはずだ」
「………ないよ。そんなものない。長期間の鬱屈した生活がオレをこんな風にしたんだ」
「それならヘンリー、尚更、これは良い機会になるんじゃないかな?」
「トーマス。違うよ。オレは今の生活に満足してるんだよ。より多くの豊かさも、充実も、いらないんだ。オレにはきみがいる。それだけで十分なんだよ。それはいけないことなの?」

トーマスの目に心が痛む。
彼の瞳に滲んでいるのはオレへの批判や疑念、諦観なんかではなくて、しとやかな心配だけ。内向的で孤独を愛するかのように振舞っているオレを彼は心配してくれているのだ。
だから彼はオレに社交的になることを強制しないし、それ以上何かを言うこともない。
いっそ罵倒して突き放してほしいのに。

出ていけって言ってよ。言わないでよ。
うんざりだって言ってよ。言わないでよ。
嫌いだって言ってよ。言わないでよ。

最近、こればかりだ。
穏やかさを手にして、手放してを繰り返して、オレたちは居心地の良い空間がどんなものだったのか思い出せなくなっている。

「……ごめん。だけど、忙しいのは本当なんだ。そのせいでイライラしやすくなってるみたいだ」

彼の胸の中が最高に居心地悪い。オレの精神を追い詰めるために作られたような場所だ。
彼にとってはどうだろう? 膝の間に座ってるオレのようなぬいぐるみのことをどう思ってるんだろう。

「気にしていないよ。それより私はきみが心配だ。無理しないで、時には休むことだって必要だよ」

彼の顔を見られなかった。

「ありがとう」
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