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家主の距離が近すぎる

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「きみのことはヘンリーと呼んだ方がいい? それとも、ハイネ?」
「まあどちらでもいいけど……できれば、ヘンリーの方が好きかな」

今更な質問に答えながら、エレベーターはぐんぐん下に降りる。
正午を回ったところだ。トーマス一押しのレストランでランチをとるために、部屋を出たところである。

左隣の圧迫感。エレベーターにはオレとトーマスしか乗っていないのに、狭く感じるのはトーマスの身長や肩幅のせいである。オレの身長が高くないことも相まって、並ぶと兄弟に見えなくもない。

「会社でもきみはヘンリーだった?」
「いや、会社ではハイネだったよ。ヘンリーって呼ばれる方が稀かな。父方の祖父母に会いにイギリスへ行った時くらいだ」
「ヘンリーのお父様はイギリス人なんだね」
「そう。父がUK出身で母が日本出身。オレの生まれは日本。幼い頃は向こうで生活してたけど、母の希望で日本に来たんだ。えっと……日本で言う小学校3年生くらいの時に」

懐かしい話だ。もう何年も戻っていない。オレが大学生になって入寮してから母は父と同じ家で暮らしたし、まとまった休暇がとれなかったから両親にすら会えていない。
そのうえ、現在仕事を辞めて、ネットで知り合った友達の家に居候させてもらっているなんて、とんだ親不孝者だ。

「そうなのか。どうりで……」
「変でしょう? 目の色も顔つきもさ」
「そうじゃない。きみの英語はイギリス訛りだから」
「あ、あぁ……そう。ごめん、卑屈なことを言って。責める意図はなかったんだ」
「私は気にしてないよ。きみ自身が気にしていることなら、敏感になるのは仕方ないことさ」

トーマスの快活な笑みにほっとすると同時に、痛烈な皮肉に聞こえて、口ごもる。
昔は今ほど国際化が進んでいなかったこと、通っていた日本の小学校が地方の田舎だったこと。これらの要因により、日本なんだか外国なんだか、どっちつかずの見た目はいじられがちだった。ハイネなんてキラキラネームもあり、当時はいじられるどころかいじめられていたし。
だから本当は、ハイネって名前は好きじゃない。


なんやかんやと話しながら。
纏っている服はもちろん、雰囲気も見た目も華やかなトーマスが気に入っているレストランなんて、さぞお高くてオシャレな店なのだろうなと、持っている中で一番見て呉れが良い服を引っ張り出したオレは不安に駆られながら後を追った……のだが。

「レストラン……?」
「そうだよ。いい店だよね。見た目がさ、『IH0P』を思い出すんだ。懐かしくて」

店の看板を見上げるトーマスはなんだか感動しているようだ。おそらく、郷愁に感じ入っているのだろうと思う。
だがしかし、オレが見上げているのはまごうことなき『ジョナサソ』の看板。言わずもがな、ファミリーレストランだ。

レストランには変わりないけれど、拍子抜けというか、暖簾に腕押しというやつだろうか。
一体どんなグレードの店に連れていかれるのかと身構えていた身としては安心できるのだが……。

「こういう店にも来るんだね」
「私をなんだと思っているんだい? ここは誰と来てもサイコーにピッタリな店じゃないか。そうだろう?」
「そうなんだ……オレはあんまり来たことがないから」

カノジョに振られた時、以来だよ。

「ヘンリー、何を頼む? 私は決まっているよ」
「あ……オレはサラダにする。この、コールスロー……」
「なんだって? それは主食じゃないだろう。草食動物なのか?」
「あー……食欲がなくって」
「それなら、仕方ないな。わかったよ」

席について、すぐさまさらされる視線の暴力。
トーマスは背が高い。金髪だし、パッと見てもネイティブだってわかるから、同時にオレにも視線が刺さるもので、とにかく、居心地が悪い。
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