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一章 始まりの街
13 閑話 周りの目
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鍛冶を止めて約五年、未練たらしくダルメアノの東街にひっそりと店だけを残していた。そんな僻地に、当然誰も来るはずはなく、ただ武器の手入れなどをして過ごしていた。
全盛期では、名匠のカザドなどと呼ばれたモノだが、それも今となっては過去の栄光だ。結婚もしておらず、今まで作った武器と共に寂しい人生を一人送っている。
唯一の楽しみと言えば、たった一人の友人と偶に飲む程度か。
今日もまた、カウンターの奥で武器を研いでいると、不意に店の扉が開く音がする。友人かとも思ったが、奴は普段裏口から入る。店には入って来ないはずだ。
不思議に思っていると、呼ぶ声が聞こえたので、仕方無しに対応をした。全く持ってこんな迷路のような場所を訪れるとは、とんだ物好きだと思う。
店に居たのは、端正な顔立ちの一人の少年だった。武器は如何にも駆け出しといった鉄の剣。期待外れだ。
『威圧』を発動させ、早々に帰らせるようにする。こんな輩に売る武器なんぞ無い。
しかし、あまり『威圧』を掛けても動じない様子に、少し興味が湧き、誰だと尋ねてみた。
「駆け出しの冒険者です」
その言葉に、俺は少し怒りが沸いた。
煽ってくるような口振り、貴族のような口調。そして何より、全てを見透かすようなその瞳が腹立たしかった。
やはり、コイツには武器を売るつもりは無い。
早く追い返そうとしたのだが、なかなかに渋る。その根性を認め、一度だけ見極めるつもりで、ある試練のようなモノを出してみた。
それは至極単純、鉄の鎧を斬ることだ。
裏庭へ行き、準備を整える。昔は試し斬り用としてよく使われていた、鉄鎧を倉庫から引きずり出す。
傷が付いてはいるが、未だ現役といえる鉄鎧だ。素材の鉄もよく鍛えており、その硬度は鋼に匹敵する。
少年は少し悩んだが、了承した。
恐らくは、傷をつけられるのが精々だろう。そもそも、試練を出しておいて難だが、たかが鉄の剣であの鎧を斬れる筈がない。
斬るにしても、相応の技量が、それも最高峰と言っていいほどのレベルが必要になる。
少年は腰から剣を引き抜くと、堂に入った構えを取った。その熟練振りに、感嘆の溜息が漏れる。
これは思わぬ人材かも知れない。これほどの若さで、ここまでの構えが出来る才能はそうは居ないだろう。
俺の中で、少し奴の評価は上がっていた。
少年は瞳を閉じて深く集中する。恐らく、周りの音も聞こえていないだろう。良い集中力だ。戦いの最中では、全体を見る視野が必要なため、一点に集中するというのはあまり良いとはいえないが、その力に関しては賞賛に値する。
少年はその目を開けると同時に剣を振った。鮮やかで、とても美しい剣筋だ。そして、少年はあの言葉を口にする。
「《無我ノ極地》」
その言葉に俺は驚きを禁じえない。
昔、俺は一度だけ剣聖に剣を打った事がある。その時に、礼としてある技を見せてもらった。
先程までと良く似た状況。剣聖は瞳を閉じ、深くまで集中する。そして何か悟ったように目を開くと同時に動き出していた。
ただ美しい剣筋で振られた技術は見事の一言。そしてその剣筋が撫でられた的は、断面が綺麗に両断されていた。僅かな凹凸も無い。
そしてまた、目の前で起きている状況もそれに等しかった。
少年が振った剣は、そのまま鎧を通り過ぎ、何の抵抗も無く振り切られる。そして、丹精込めて作った鎧は、呆気なく崩れていった。
「その技は、剣聖の技だ!!素人の冒険者ができるわけがねぇ!!」
思わず俺は、少年に対して問い詰める。
しかし、少年の返ってくる言葉はなかった。襟首を掴まれながらも、他の事に意識が逸れているように思える。
そして何より、質問を聞いてはいなかった。
無論その筈だ。剣聖の技などそう簡単に教えられるモノでもない。そう一人納得し、少年を離した。
少年は俺に襟首を掴まれたことなど眼中になく、未だ他の何かに集中していた。
不思議な奴だ。心の底からそう思う。
この少年に武器を売ることはもう何ら抵抗は無い。むしろこれだけの腕前を見せられて、鍛冶師としてズコズコ引き下がれという方が無理な相談だ。これで燃えない奴は鍛冶師ではない。
だが、問題はこれほどの技量に合った武器を売ることだ。
下手な物を掴ませる事があれば、それこそ俺のプライドが許されない。最近は禄に鉄を打っていないから、過去の作品を倉庫から探す必要があるだろう。
俺は少年にある交渉を持ち掛ける。
『専属鍛冶師』の件だ。俺は今まで誰かの専属鍛冶師になった事はない。それは、担い手が歴史に名を残す英雄足り得ないからだ。
鍛冶師として大成するならば、そこらの有名な輩の専属になれば良いが、そうでは無い。それこそ、魔王や龍を討伐するようなお伽噺に出てくるような者の武器を、自分が打ったなど誉れこの上ない。
剣聖、彼は強かった。それこそ自分から頼み込もうと思う程に。だが彼は、年を重ね過ぎている。
もう還暦を迎えているだろう。そんな彼に英雄譚を望むには、些か荷が重い。
だがこの少年は、まだ二十に届かぬ内にその彼と同等の力量を持ち合わせている。将来性を考えれば、この少年は剣聖をも上回る才能の持ち主だ。
即ち、それは神話の英雄にも迫る格を持つ者である事を示す。
そんな者に自分の武器を渡せるのだ。これ以上の喜びは無い。
少年は、俺との専属鍛冶師契約を受け入れてくれた。
少年はエノクと名乗り、俺もカザドと名乗った。そこそこ有名だと自負しているが、特に少年に気付いた様子はない。
本当に、一体どういう生活をしてきたのだろうか。
エノクに一先ず敬語を止めさせ、武器の要望を聞く。
取り回しの良いモノと言ったので、短剣や小剣ほどのサイズに限られるだろう。
適当に見繕って、それぞれの性能を言い手渡した。
しかし、品質は良いが性能は中堅ほど。いきなり最上級の物を渡して慢心されては困るからな。
しかし、あの小太刀とダガーはどちらも片方金貨五枚はくだらないだろう。
今はまだ、借金を背負っていてもそれで良い。だがきっと近い将来、エノクは冒険者として、英雄として大成するはずだ。力を持つ者は、得てしてそういった運命に巻き込まれる。
それまでには、俺も奴が褒めちぎるまでの腕前まで鍛冶を鍛え直さなくてはな――。
俺は簡単な手入れを教え、エノクを帰らせると、炉に火を点した。
あいつは、飲み込みも尋常ではないほど早かった。これは負けていられないなと、そう思う。
上質な鉄を引っ張り出すと、炉へ投げ入れた。
その日、東街には久しく聞こえていなかった鉄を叩く音が響いたという。
◇◆◇◆◇
冒険者から提出される依頼の報告書、モンスターからはぎ取られる素材の精算。それらを素早く熟して行く。
この職場に努めて早二年、大分冒険者を相手にする事にも慣れてきた。
強面な人が多いが、皆根は優しい。まあ、一部の例外はあるが。
そんな冒険者ギルドに、一人の少年が現れた。歳は十歳半ばほどだろうか。線の細い身体に、美しく整った顔立ち。綺麗な銀髪に白い肌には、藍色の瞳が映えている。
思わず見惚れそうになるほどの少年が、受付へとやってくる。どうやら冒険者となるらしい。
一瞬こんな子も……、とも思ったが私が口に出すことではない。言いかけた口を噤む。
しかし、この少年の口調、やけに礼儀正しい。必要事項を書き込む紙を渡すと、どうやら識字力もあるようだ。何処かの貴族の息子だろうか?それほどまでに、教養を得ている。
書き終わり、提出された紙を見ると必要最低限の必要事項の他に、使う武器などしか書かれていない。
だが、そういった冒険者も多くいるので、特に問い詰めることなく説明を始めた。
簡単な説明を終えると、そのまま少年――エノクさんは帰ろうとしたので慌てて引き止める。
識字力のある者にはギルドから冊子が配られているのだ。基礎的なモノしか書かれてはいないが、規則は規則。渡さねばならない。
まあ、時々識字力のない人物も渡せと言ってくる事があるが、文字の読めない者に渡しても意味がないのでそれらは無視する。紙は高価だ、そうポンポン無意味に渡せる訳ではない。
力ずくで奪おうとした者には、ギルドにいる冒険者から勝手に制裁が加えられる。ギルドからの印象を良くしておけば、何かと便利なのだ。皆、必死だなと思う。
エノクさんは次の日は訪れなかったが、翌々日、大量の素材を持ち込んだ。
カウンターの上に、討伐証明部位や薬草が山のように積まれていく。
出されたモノは、ファイ薬草57束、ゴブリン31体、一角兎6体と、大量にもほどがある。
通常、ゴブリンは一日5体狩ることができれば、多い部類に入る、それもパーティーでだ。
昨日の分を合わせたとはいえ、一日約15体など常識の範疇を超えている。それにファイ薬草もそうだ。
全てが最高品質に近しいモノで、それもまた常識外の量。
一角兎は確かに狩ることはできなくもないが、それも奇襲が成功した時のみ。一匹でも狩れればラッキーだ。
Fランク冒険者が到底出来るものではない。
“異常”。その一言に尽きるこの少年は一体何なのか、謎は深まるばかりだ。
そしてまた翌日、今度は本当におかしな物を、エノクさんは持って来た。
『ブラッドウルフ』。Cランク冒険者が狩るモンスターだ。例え、奇跡に近い幸運が合ったとしても、狩ることができない。寧ろ、殺されなかったほうが奇跡だ。
「どこで見つけたんですか?どうやって倒したんですか?まさか盗んできたものではないですよね!?」
思わずこう言ってしまったのは、致し方のないことだろう。しかし、それは直ぐに失言だと気が付いた。
「盗みを疑われるのであれば、ここでは出しません。7等級の魔石が採れるモンスターだから、商会にでも行けば牙でも売れるでしょう。いっそ、他の街にでも行きますか?」
怒らせてしまった、それもCランクほどの素質のある者を。
その事実に、目の前が真っ暗になるような思いになる。
すぐさま謝罪し、訂正した。元の仕事に戻り、素早く精算を済ませる。
ブラッドウルフに目を取られがちだが、他のモノもおかしな物が多く混ざっている。
レッドウルフやプワゾンスネークはEランク冒険者が狩るモンスターだ。レッドウルフは討伐数が異常だし、プワゾンスネークに至っては見つけることすら容易ではない。
プワゾンスネークに背後から噛まれ、麻痺毒に侵され殺されるものが後を絶たないのだ。
やはり、この少年には何かがある。そう思わずにはいられない。
常設依頼ながらも、Dランクのランクアップに必要な件数を満たしている。そして必要な強さだが、ブラッドウルフの討伐により十分過ぎるほど満たしている。
一先ずエノクさんを待たせ、上司と相談をする。
その結果、試験無しで彼のランクアップが決まった。こんな速さで、それも一段飛ばしのランクアップなど、異例だ。
新しくしたギルドの証を渡すと、エノクさんは帰っていった。
今後、彼がどういった行いをするのか、暫く監視する必要があるだろう。
全盛期では、名匠のカザドなどと呼ばれたモノだが、それも今となっては過去の栄光だ。結婚もしておらず、今まで作った武器と共に寂しい人生を一人送っている。
唯一の楽しみと言えば、たった一人の友人と偶に飲む程度か。
今日もまた、カウンターの奥で武器を研いでいると、不意に店の扉が開く音がする。友人かとも思ったが、奴は普段裏口から入る。店には入って来ないはずだ。
不思議に思っていると、呼ぶ声が聞こえたので、仕方無しに対応をした。全く持ってこんな迷路のような場所を訪れるとは、とんだ物好きだと思う。
店に居たのは、端正な顔立ちの一人の少年だった。武器は如何にも駆け出しといった鉄の剣。期待外れだ。
『威圧』を発動させ、早々に帰らせるようにする。こんな輩に売る武器なんぞ無い。
しかし、あまり『威圧』を掛けても動じない様子に、少し興味が湧き、誰だと尋ねてみた。
「駆け出しの冒険者です」
その言葉に、俺は少し怒りが沸いた。
煽ってくるような口振り、貴族のような口調。そして何より、全てを見透かすようなその瞳が腹立たしかった。
やはり、コイツには武器を売るつもりは無い。
早く追い返そうとしたのだが、なかなかに渋る。その根性を認め、一度だけ見極めるつもりで、ある試練のようなモノを出してみた。
それは至極単純、鉄の鎧を斬ることだ。
裏庭へ行き、準備を整える。昔は試し斬り用としてよく使われていた、鉄鎧を倉庫から引きずり出す。
傷が付いてはいるが、未だ現役といえる鉄鎧だ。素材の鉄もよく鍛えており、その硬度は鋼に匹敵する。
少年は少し悩んだが、了承した。
恐らくは、傷をつけられるのが精々だろう。そもそも、試練を出しておいて難だが、たかが鉄の剣であの鎧を斬れる筈がない。
斬るにしても、相応の技量が、それも最高峰と言っていいほどのレベルが必要になる。
少年は腰から剣を引き抜くと、堂に入った構えを取った。その熟練振りに、感嘆の溜息が漏れる。
これは思わぬ人材かも知れない。これほどの若さで、ここまでの構えが出来る才能はそうは居ないだろう。
俺の中で、少し奴の評価は上がっていた。
少年は瞳を閉じて深く集中する。恐らく、周りの音も聞こえていないだろう。良い集中力だ。戦いの最中では、全体を見る視野が必要なため、一点に集中するというのはあまり良いとはいえないが、その力に関しては賞賛に値する。
少年はその目を開けると同時に剣を振った。鮮やかで、とても美しい剣筋だ。そして、少年はあの言葉を口にする。
「《無我ノ極地》」
その言葉に俺は驚きを禁じえない。
昔、俺は一度だけ剣聖に剣を打った事がある。その時に、礼としてある技を見せてもらった。
先程までと良く似た状況。剣聖は瞳を閉じ、深くまで集中する。そして何か悟ったように目を開くと同時に動き出していた。
ただ美しい剣筋で振られた技術は見事の一言。そしてその剣筋が撫でられた的は、断面が綺麗に両断されていた。僅かな凹凸も無い。
そしてまた、目の前で起きている状況もそれに等しかった。
少年が振った剣は、そのまま鎧を通り過ぎ、何の抵抗も無く振り切られる。そして、丹精込めて作った鎧は、呆気なく崩れていった。
「その技は、剣聖の技だ!!素人の冒険者ができるわけがねぇ!!」
思わず俺は、少年に対して問い詰める。
しかし、少年の返ってくる言葉はなかった。襟首を掴まれながらも、他の事に意識が逸れているように思える。
そして何より、質問を聞いてはいなかった。
無論その筈だ。剣聖の技などそう簡単に教えられるモノでもない。そう一人納得し、少年を離した。
少年は俺に襟首を掴まれたことなど眼中になく、未だ他の何かに集中していた。
不思議な奴だ。心の底からそう思う。
この少年に武器を売ることはもう何ら抵抗は無い。むしろこれだけの腕前を見せられて、鍛冶師としてズコズコ引き下がれという方が無理な相談だ。これで燃えない奴は鍛冶師ではない。
だが、問題はこれほどの技量に合った武器を売ることだ。
下手な物を掴ませる事があれば、それこそ俺のプライドが許されない。最近は禄に鉄を打っていないから、過去の作品を倉庫から探す必要があるだろう。
俺は少年にある交渉を持ち掛ける。
『専属鍛冶師』の件だ。俺は今まで誰かの専属鍛冶師になった事はない。それは、担い手が歴史に名を残す英雄足り得ないからだ。
鍛冶師として大成するならば、そこらの有名な輩の専属になれば良いが、そうでは無い。それこそ、魔王や龍を討伐するようなお伽噺に出てくるような者の武器を、自分が打ったなど誉れこの上ない。
剣聖、彼は強かった。それこそ自分から頼み込もうと思う程に。だが彼は、年を重ね過ぎている。
もう還暦を迎えているだろう。そんな彼に英雄譚を望むには、些か荷が重い。
だがこの少年は、まだ二十に届かぬ内にその彼と同等の力量を持ち合わせている。将来性を考えれば、この少年は剣聖をも上回る才能の持ち主だ。
即ち、それは神話の英雄にも迫る格を持つ者である事を示す。
そんな者に自分の武器を渡せるのだ。これ以上の喜びは無い。
少年は、俺との専属鍛冶師契約を受け入れてくれた。
少年はエノクと名乗り、俺もカザドと名乗った。そこそこ有名だと自負しているが、特に少年に気付いた様子はない。
本当に、一体どういう生活をしてきたのだろうか。
エノクに一先ず敬語を止めさせ、武器の要望を聞く。
取り回しの良いモノと言ったので、短剣や小剣ほどのサイズに限られるだろう。
適当に見繕って、それぞれの性能を言い手渡した。
しかし、品質は良いが性能は中堅ほど。いきなり最上級の物を渡して慢心されては困るからな。
しかし、あの小太刀とダガーはどちらも片方金貨五枚はくだらないだろう。
今はまだ、借金を背負っていてもそれで良い。だがきっと近い将来、エノクは冒険者として、英雄として大成するはずだ。力を持つ者は、得てしてそういった運命に巻き込まれる。
それまでには、俺も奴が褒めちぎるまでの腕前まで鍛冶を鍛え直さなくてはな――。
俺は簡単な手入れを教え、エノクを帰らせると、炉に火を点した。
あいつは、飲み込みも尋常ではないほど早かった。これは負けていられないなと、そう思う。
上質な鉄を引っ張り出すと、炉へ投げ入れた。
その日、東街には久しく聞こえていなかった鉄を叩く音が響いたという。
◇◆◇◆◇
冒険者から提出される依頼の報告書、モンスターからはぎ取られる素材の精算。それらを素早く熟して行く。
この職場に努めて早二年、大分冒険者を相手にする事にも慣れてきた。
強面な人が多いが、皆根は優しい。まあ、一部の例外はあるが。
そんな冒険者ギルドに、一人の少年が現れた。歳は十歳半ばほどだろうか。線の細い身体に、美しく整った顔立ち。綺麗な銀髪に白い肌には、藍色の瞳が映えている。
思わず見惚れそうになるほどの少年が、受付へとやってくる。どうやら冒険者となるらしい。
一瞬こんな子も……、とも思ったが私が口に出すことではない。言いかけた口を噤む。
しかし、この少年の口調、やけに礼儀正しい。必要事項を書き込む紙を渡すと、どうやら識字力もあるようだ。何処かの貴族の息子だろうか?それほどまでに、教養を得ている。
書き終わり、提出された紙を見ると必要最低限の必要事項の他に、使う武器などしか書かれていない。
だが、そういった冒険者も多くいるので、特に問い詰めることなく説明を始めた。
簡単な説明を終えると、そのまま少年――エノクさんは帰ろうとしたので慌てて引き止める。
識字力のある者にはギルドから冊子が配られているのだ。基礎的なモノしか書かれてはいないが、規則は規則。渡さねばならない。
まあ、時々識字力のない人物も渡せと言ってくる事があるが、文字の読めない者に渡しても意味がないのでそれらは無視する。紙は高価だ、そうポンポン無意味に渡せる訳ではない。
力ずくで奪おうとした者には、ギルドにいる冒険者から勝手に制裁が加えられる。ギルドからの印象を良くしておけば、何かと便利なのだ。皆、必死だなと思う。
エノクさんは次の日は訪れなかったが、翌々日、大量の素材を持ち込んだ。
カウンターの上に、討伐証明部位や薬草が山のように積まれていく。
出されたモノは、ファイ薬草57束、ゴブリン31体、一角兎6体と、大量にもほどがある。
通常、ゴブリンは一日5体狩ることができれば、多い部類に入る、それもパーティーでだ。
昨日の分を合わせたとはいえ、一日約15体など常識の範疇を超えている。それにファイ薬草もそうだ。
全てが最高品質に近しいモノで、それもまた常識外の量。
一角兎は確かに狩ることはできなくもないが、それも奇襲が成功した時のみ。一匹でも狩れればラッキーだ。
Fランク冒険者が到底出来るものではない。
“異常”。その一言に尽きるこの少年は一体何なのか、謎は深まるばかりだ。
そしてまた翌日、今度は本当におかしな物を、エノクさんは持って来た。
『ブラッドウルフ』。Cランク冒険者が狩るモンスターだ。例え、奇跡に近い幸運が合ったとしても、狩ることができない。寧ろ、殺されなかったほうが奇跡だ。
「どこで見つけたんですか?どうやって倒したんですか?まさか盗んできたものではないですよね!?」
思わずこう言ってしまったのは、致し方のないことだろう。しかし、それは直ぐに失言だと気が付いた。
「盗みを疑われるのであれば、ここでは出しません。7等級の魔石が採れるモンスターだから、商会にでも行けば牙でも売れるでしょう。いっそ、他の街にでも行きますか?」
怒らせてしまった、それもCランクほどの素質のある者を。
その事実に、目の前が真っ暗になるような思いになる。
すぐさま謝罪し、訂正した。元の仕事に戻り、素早く精算を済ませる。
ブラッドウルフに目を取られがちだが、他のモノもおかしな物が多く混ざっている。
レッドウルフやプワゾンスネークはEランク冒険者が狩るモンスターだ。レッドウルフは討伐数が異常だし、プワゾンスネークに至っては見つけることすら容易ではない。
プワゾンスネークに背後から噛まれ、麻痺毒に侵され殺されるものが後を絶たないのだ。
やはり、この少年には何かがある。そう思わずにはいられない。
常設依頼ながらも、Dランクのランクアップに必要な件数を満たしている。そして必要な強さだが、ブラッドウルフの討伐により十分過ぎるほど満たしている。
一先ずエノクさんを待たせ、上司と相談をする。
その結果、試験無しで彼のランクアップが決まった。こんな速さで、それも一段飛ばしのランクアップなど、異例だ。
新しくしたギルドの証を渡すと、エノクさんは帰っていった。
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