リタイア賢者の猫ファーストな余生

第三百三十七話 カズキ、覚醒する その1

　コボルトエンペラーと接敵する前に、辛くも森の外に脱出する事が出来たアマラントパーティは、その場で反転すると男三人は森に向かって盾を構え、女性のうち一人は弓を引き絞り、もう一人は魔法の詠唱を始めた。
　幸いなことに、この場には一人でエンペラーを倒す事の出来るカズキがいる。なので、彼には後衛で魔法の準備をしてもらい、他のメンバー全員がカズキの魔法が完成するまで時間を稼ごうという作戦であった。
　彼らは道中、カズキの常識外れの魔法を散々見てきたが、流石にコボルトエンペラーを群れごと殲滅する様な魔法には、それなりの時間が掛かると考えていたのだ。

「頼むぞ！　カズキ！」
「わかりました」

　だが、カズキの声が聞こえたのは想定していた場所ではなく、誰よりも森に近い位置。
　その気負いのない様子から、カズキは自分たちの想像以上の魔法の使い手だったのかと認識を改めたアマラントだったが、何故かそこで違和感を覚えた。

「無茶だ！　止せ！」

　アマラントがその違和感の正体を探っていると、仲間から制止の声がカズキに飛ぶ。
　アマラントの位置からはカズキの背中しか見えなかったのでわからなかったが、叫んだ仲間の目にはナンシーを抱いて片手で剣を構えているカズキの姿が見えていたのだ。

「ゴアアアアアア！」

　このままではマズい。そう思ったアマラント達はカズキに駆け寄ろうとするが、その直前に森から姿を現したコボルトエンペラーの雄叫びに、金縛りにあったかのように足を止められた。
　それは実際には配下のコボルトへの命令だったのか、エンペラーの背後の森から続々とコボルトが現れる。
　しかも、コボルトエンペラーの能力で強化されているのか、その動きの速さは先程まで間引いていたコボルトの比ではなかった。
　
「逃げろ！」

　エンペラーの雄叫びに足を止められてしまったアマラントは、気力を総動員して無理矢理に震える足を動かすと、カズキに走り寄りながら声を掛けた。
　だがアマラントがカズキの元に辿り着くよりも、強化されたコボルトの方が足が速い。それでもアマラントは諦めなかった。
　森の浅い部分でコボルトを間引いていた時のカズキの動きを考えれば、複数のコボルト相手でも防戦に徹すれば暫く時間を稼げるはずだからだ。

「なっ！？」

　だが、そんなアマラントの考えなど知らず、カズキは自分からコボルトの群れに突撃する。そして先頭のコボルトと接敵する直前に振られた斬撃が、一振りで10匹のコボルトの命を刈り取った。