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第二百四十七話 クリストファー、死す?

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「ギャアアアアアア!」
「ギョエエエエエエ!」
「グギャアアアアア!」

 先頭のクリスが足を進めると、時折悲鳴が聞こえてきた。このダンジョンに入って最初に倒した、頭が牛で胴体が蜘蛛のモンスターである牛鬼の、断末魔の悲鳴である。
 この牛鬼は変態的な剣の才能を持つクリスにすら気配を読ませないモンスターで、面白半分でダンジョンの床を斬りつけていたクリスの剣がヒットした事から、その存在が露見した。
 因みにだが、最初にダンジョンに入ったカズキが気付かなかったのは、ダンジョンの床をぶち抜こうと放った【レーヴァテイン】が直撃した為だと思われる。

「これで喰えればまだ許せたんだがな」

 『見つからないなら常に攻撃してればいいじゃない。剣帝だもの』と言ってナンシーの【アイギス】に守られるのを良しとしなかったクリスは、自分で口にした通り、常に斬撃で結界を張りながらぼやく。
 他のダンジョンならば、モンスターを倒せば最低でも五匹に一匹はドロップ品があったのだが、移動を始めてから十分足らずにも拘らず、倒したモンスターは軽く百を超えているのにドロップ品は無し。これで肉が食えるのならば生け捕りにしてカズキやアルフレッドに売るという手もあるが、残念ながらクレアのお眼鏡に適わなかったので、今の所クリスの収入はゼロである。
 ドロップ品をせっせと換金してこの世界で貴金属を買い漁り、ランスリードで借金を返そうと考えているクリスにとって、換金できるアイテムがないのは許せることではなかったのだ。

「っと、今のは手応えが違ったな」

 既に当初の緊張感も薄れ、惰性で振り回していた剣に今までと違う手応えを感じた気がして、クリスの歩みが止まる。見れば、今にも消滅しそうなそのモンスターは、人間の顔に牛の体を持っていた。

「・・・・・・頭を落とせば、まんま牛だな」

 やはりドロップ品を落とさず消滅したモンスターを見て、今度はどうだろうかと考え込むクリス。そこへ、クレアの言葉を通訳するカズキの声が聞こえてきた。

「みゃー」
「件(くだん)。レベルは10000。未来を予知するモンスター。食べられない。ドロップ品はなし」
「クソッ! こいつもハズレか」

 忌々しげに吐き捨てたクリスは、再び斬撃の結界を張りながら歩き出す。そして――。

「うおっ!」

 直後に広範囲の地面が崩れ、大量の土砂と共に奈落へと落下し始めた。

「ちっ」

 それで冷静さを取り戻したクリスは、咄嗟に魔力を操り、10メートル程落下したところで静止する事に成功。魔力操作を極めた彼にとって、空中を歩く事など造作もないのだ。

「底が見えない程深いな。もしかしてこの落とし穴の途中、もしくは底に、次の階層への階段がある可能性が、無きにしも非ずか? ってか、そうであってくれ!」

 ナンシーの【アイギス】に守られるのを拒んだ挙句、落とし穴に嵌まった間抜けな状況を何とかして誤魔化そうと考えたクリスは、すぐに戻る事はせず、落とし穴を下へ下へと降り始める。だがこのダンジョンは、クリスの思う通りに行くほど親切な仕様ではなかった。

「ん? なんか熱ちぃな」

 そう呟きつつ、何も考えずに下へと降りるクリスがそれに気付いたのは、深さにして100メートルは潜った辺り。徐々に穴が狭くなり、辛うじて人一人が通れそうな場所へと差し掛かった時だった。

「下の方が明るいな。これは予想(願望)通り、次の階層への階段か!?」

 これで無様に罠にかかった事を帳消しに出来ると考えたクリスは、喜び勇んで狭い場所を進む。そうして更に20メートルを下った時、気付けばクリスは身動きが取れなくなっていた。間抜けな事に、穴が徐々に狭くなっていた事に気付かなかったのである。

「罠だったか!」

 そして、まるでクリスが身動きが取れなくなるのを待っていたかのようなタイミングで、目指していた場所から熱気が吹き上がる。どんな体勢になろうとも、何故か通っていた下への視界からは、灼熱の溶岩がやけにゆっくりとした速度で、クリス目掛けて上ってきていた。

「やべえ・・・・・・」

 急激に上がる気温に全身から汗を滴らせながら、クリスは全身に魔力を漲らせる。それはカズキとの模擬戦以外では一度も使った事のない、正真正銘、クリスの全力であった。

「ちっ、狭いな!」

 上がった身体能力を駆使して、嵌まっていた場所から強引に体を引き抜いたクリスは、その勢いで猛然と竪穴を上り始める。クリスの斬撃でも傷付かないダンジョンの壁を強引に抜けるので、体のあちこちに擦り傷が出来るがお構いなしだ。
 そうして徐々に速度が上がってきた溶岩との追いかけっこを続ける事5分。漸く自由に体を動かせる場所へと辿り着き、後は空中を駆けあがれば脱出できるという所で、まるで出口に蓋をするかのように、頭上か巨大な牛が降ってきた。

「邪魔だ!」

 後少しと言うところで邪魔するように振ってきた牛を、苛立ち紛れに振るわれた剣が腹から両断する。溶岩が直ぐそこまで迫っているので、クリスも必死なのだ。

「モォオオオオオオオ!」
「なんだとっ!」

 両断した牛が消え去るのを待たずに、斬った隙間から地上を目指そうとしていたクリス。だが飛び上がろうとした時、このまま消え去る筈だと思っていた牛が、傷口を塞ぐような行動に出た。両断されても尚、この牛のモンスターは息絶えていなかったのである。

「ちっ!」

 ならばと今度は縦横無尽に剣を振り、クリスは牛を細切れにする。万一息絶えていなくても、細切れならば飛び上がるのも可能だからだ。

「なっ!」

 だが、そんなクリスの視界に、新たな牛の姿が映った。どうやら降ってきていたのは一匹だけではなかったようだ。

「マジかよ!」

 直ぐそこまで来ている溶岩に追われるように、クリスは必死になって頭上の牛を斬り刻み続ける。だが倒せども倒せども、牛の数は一向に減る様子を見せない。
 そして遂に――

「クソォオオオオオオ!」

 そんな叫び声を残したクリスは、溶岩に呑み込まれてしまったのである。
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