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第ニ百二十二話 漁夫の利

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「クレア、どうだ?」
「ウミャ―!」

 迫りくるクジラを全く気にも留めず、カズキが鑑定結果を尋ねると、クレアは『美味』と即答して、何かを期待するような眼差しをカズキに向けた。

「そうだな。味見は必要だな」

 カズキがそう言うと、巨大クジラが声にならない悲鳴を上げた。クレアの期待に応えたカズキが、胴体内部の肉(約200キログラム)を空間魔法で抉り取ったからだ。見かけによらず、打たれ弱かったようである。

「ほら、クレア。それからみんなも」

 得体の知れない方法で傷つけられ、激痛にのたうち回っているクジラが、体勢を崩してカズキの【アイギス】にぶつかる。だが、そんな事ではカズキの使った障壁は小動こゆるぎもしない。だからカズキ達は、安心して味見をすることが出来た。・・・・・・始めて見る巨大質量に、縮こまって抱き合っている『朱き光』は別として。重ね重ね言うが、自業自得である。

「おぉ! これは養殖肉ファイアードラゴン並みの美味さじゃねえか!」
「ホントね。強さ的にも同等な様だし、やっぱり魔物は強ければ強いほど美味しいのかもね」
「「ミャー♪」」
「よし、じゃあこれも確保だな」

 皆の反応を見て、カズキはまだ痛みにのたうち回っているクジラをさっさと捕獲した。

「これで良し。後はコアを交換するだけだな」

 カズキはそう言って、クジラが消えた後、いつの間にか移動していた、10メートル四方の部屋の中央にある、黒い球体に目を向けた。

「これがコアなの?」

  同じように目を向けたエルザが、指先でツンツンしながらカズキに尋ねる。ブロンズダンジョンを攻略した時は全てカズキに任せていたので、ちゃんと見たのは初めてだったのだ。

「うん。これを壊せばダンジョンが崩壊して外に出られるんだ。そして、この空間の中で別のコアを出した状態で最初からあったコアを壊せば・・・・・・」
「他のダンジョンにあったコアが、管理? を引き継ぐというわけね」
「そういう事」

 頷いたカズキが、何処からともなく(まあ、次元ハウスなのだが)コアを取り出すと、エルザはそれを元からあるコアと見比べた。

「一回り小さいわ。やっぱりダンジョンの規模によって大きさが変わるのかしらね」

 そう言いながらメイスを振り上げたエルザが、元々この場所にあったコア目掛けてそれを振り下ろす。
 すると、壊されたコアが光を放ち、力の残滓がカズキ以外のに流れ込む。それが終わると光は消え失せ、後には『門』に似たナニカが残された。

「・・・・・・これがヒヒイロカネをゲットするのに必要な紋様なのね」

 最も多くの力の残滓を受け取ったエルザが、左手の甲に浮かぶ紋様をしげしげと眺める。そこには、翼の生えた女性の姿が浮かび上がっていた。

「ぱっと見、天使っぽいよな」

 横から覗き込んだカズキがそんな事を言うと、同じ事を考えていたのかエルザも頷く。

「やっぱりそう思う? 種族が使徒になってた事と関係があるのかしら? この紋様の感じからすると、ヒヒイロカネをゲットしたら、空を飛べるようになるかしらね?」

 かつてエルザが第七コロニーでステータスを鑑定した時、彼女の種族は人間ではなく、使徒となっていたのだ。

「どうだろう? ヒヒイロカネが所有者の真に望むものが具現化するんなら、ねーさんの望みは空を飛ぶことになっちゃうけど。ねーさんって空を飛びたいとか考えてたの?」
「いえ、全然」
「だよなぁ。まあ、そこら辺は儀式をしてヒヒイロカネを手に入れればわかる事か。アルさんはどうでした?」

 カズキに水を向けられたアルフレッドが、仏頂面で左手の甲をカズキに見せる。それをエルザと二人で覗き込んでみると、そこには六芒星が浮かび上がっていた。

「六芒星・・・・・・。という事は、所有者の実力を補う物の可能性が高いわけか」

 この世界の人間は、ダンジョンを攻略してコアを破壊し、その力の残滓を取り込むことでヒヒイロカネが発現する条件を満たす。その際に左手の甲に浮かび上がるのが六芒星だった。唯一の例外が、カズキに現れた、猫たちがじゃれ合っている様が描かれた模様である。これをこの世界に来たそもそもの理由である、発現するヒヒイロカネの種類に関する仮説に当てはめると、アルフレッドのヒヒイロカネは、彼に足りないものを発現する可能性が高くなったわけだ。

「・・・・・・」

 エルザの何気ない一言に項垂れるアルフレッド。そんな彼を放置したカズキとエルザは、最後に現れた『門』へと目を向けた。

「何処に繋がってるのかしらね?」
「多分だけど、ネテスレアだと思う。この世界に来た時の説明に、漂流者ドリフターが元の世界に帰るためには、何処かのダンジョンの最奥にある転移門をくぐる必要があるとか言ってたから」

 因みにネテスレアと言うのは、エルザやアルフレッドの故郷である、ランスリードのある世界の事だ。
 そして転移門は、カズキの親戚たちが血眼になって探している物でもある。現在はカズキを襲った罪で服役中だが。

「「「「・・・・・・」」」」

 カズキとエルザの会話を、恐怖から解放された『朱き光』は黙って聞いていた。漂流者ドリフターの多くは望まぬままこの世界に流れ着いた事を知っているため、彼らが帰る手段を見つけた場合は、黙って見送るのが礼儀だとされているからだ。
 それもその筈で、漂流者ドリフター達の目の前に転移門が現れる頃には、彼らの活躍により、この世界メモリアの状況が落ち着いている事が多いからである。
 
「ふーん」

 だが彼らの予想に反して、エルザの反応は淡白なものだった。自由に世界間を行き来できるカズキがいるから当然の反応である。
 『朱き光』はエルザの反応を訝しみながらも喜んだ。現状では、世界が落ち着いているとは到底思えなかったからだ。

「そろそろ戻りましょうか」

 エルザがそう言ったのは、転移門が消えた直後、今までいた部屋が徐々に縮小し始めた事に気付いたからだった。

「そうだね」

 カズキも同意し、【テレポート】を発動すると、そこはカズキの物になったばかりのオリハルコンダンジョンの前だった。
 態々ダンジョンの入り口に来たのは、この場所に人が出入り出来ないようにするためである。

「これで良し、さあギルドに報告に行こうか。っとその前に送っていこう。今朝の場所で良いよな?」
「有難うございます」

 ダンジョンの入り口を魔法で封印したカズキは、ギルドに報告に行く前に『朱き光』を送る事にした。
 ここで別れてもいいが、境界が復活するまでの間にオリハルコンランクのモンスターに襲われる事を懸念したのである。

「では私達はここで。色々とご迷惑をお掛けしましたが、最後まで見捨てずにいてくれて、有難うございました」

 申し訳なさそうな顔でそう言ったカトリが頭を下げる。それに続いて、『朱き光』のメンバーもそれぞれに感謝の言葉を述べながら頭を下げた。

「どういたしまして。機会があったらまた会いましょうね」
「こちらこそ世話になった。またな」
「これからも頑張ってくれ。じゃあな」
「「ニャー」」

 それぞれに挨拶の言葉を返したカズキ達は、今度こそ【テレポート】で去っていく。そして暫く経った頃――。

「危険を冒して無理に同行した甲斐があったな」

 殊勝な態度を一変させ、カトリがほくそ笑んだ。

「そうですね。まさかここまで上手くいくとは思えませんでした」
「まさか、一気にレベルが100上がるとは思いもしなかったが」
「おこぼれに与っただけなのにな」

 ――労せずしてレベルを大幅に上昇させ、喜びを分かち合う『朱き光』の姿があった。
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