上 下
97 / 346

第九十七話 大賢者、土地を買う決意をする

しおりを挟む
「【アクアカッター】!」

 コエン・ザイムが放った魔法を、鶏っぽい魔物が軽やかに躱す。

「チッ、外したか」

 コエンは、ラクトと同じ状況に陥っていた。そう、動きの素早いコカトリスに翻弄され、得意の魔法が全く当たらないという状況である。

「・・・・・・やはり、動体視力を鍛えないと無理か。ただ倒すだけならば、こんな苦労はしないで済むのだがな」

 ラクトと違って、コエンは自分の失敗の原因を冷静に分析出来ていたが。

「騎士団の戦闘訓練にも参加したらどうですか? 今は、基礎体力の訓練だけでしたよね?」

 鋭い嘴で突き刺そうと飛び掛かってきたコカトリスを、普段は余り使わない盾(オリハルコン製)で受け止め、ダメージでフラフラしている所に剣を一閃。同時に【ウィンドカッター】を使う事で、頭と尾を同時に落としたマイネが、胴体へと慎重に包丁を突き刺しながら提案した。
 目ぼしい依頼が無くて暇な時、カズキ以外のパーティメンバーとカリムは、ランスリードの王城で、騎士団の訓練に参加している。午前中は全員で基礎体力。午後からは騎士たちに混じってひたすら模擬戦をするか、ソフィアに魔法を教わるかなのだが、コエンとラクトは常にソフィアを選んでいるため、戦闘訓練に参加した事がないのだ。

「それが一番よさそうだな。次の機会から、戦闘訓練にも参加する事にしよう」

 マイネの提案に素直に頷いたコエンは、周囲に散らばっているコカトリスの胴体に包丁を突き刺す。
 ラクト・エスト組と同じく、二十匹ほどいたお陰で、今まで冷凍できなかったのだ。

「最後の一匹は中々良かったのではないか? これなら、Aランクを狙えるかもしれんぞ?」
「だと良いのですが」

 最後に倒したコカトリスへと触れながら、腕輪に付いたボタンを押すマイネ。
 それだけで、倒したコカトリスの姿が消える。カズキが創り、メンバーに配った【次元倉庫】へと収納された証であった。
 腕輪になっているのは、拳大だったミスリルの塊では使い難いと指摘されたカズキが、『次元ポスト』そっくりな形状へと変化させた結果である。
 先程コエンが言ったAランクとは、魔物の強さの事ではなく、味の事だ。
 それを判断するのは、フローネの相棒、クレアである。彼女は、凍り付いている状態でも、匂いを嗅いで味を判別するという特技を持っているのだ。

「まあ、駄目でも普通に美味い肉だからな。リハールは食料が足りていないというし、そっちに回せばいいだろう」
「そうですね。カズキさんは、Sランクの肉しか猫達に食べさせないでしょうし」
「だな」

 別行動をとっているカズキが、大量に確保する事は確定している。その為、彼以外のメンバーにとっては、自分達の訓練という意味合いが強い。
 それに納得出来るかどうかは、本人次第であるとしても。



「ミャー♪」
「お、ご機嫌だな、クレア」
「ニャーン」
「よしよし」

 マイネとコエンの予想通り、カズキはSランクの鶏肉を量産しまくっていた。
 彼と行動を共にしているのは、ナンシーとクレア、そしてフローネである。
 所持している武器は鈍器であるメイスだし、神聖魔法による攻撃も、衝撃を与えるものしかない為、コカトリスを調達するのには向いていないからだ。

「美味しいお肉がたくさんありますから♪」

 カズキが仕留めたコカトリス(仕舞い易いように、フローネの手の届く高さで浮いている)を、次々と【次元倉庫】に収納しながらフローネが答える。フローネもクレア同様、ご機嫌な声だった。

「確かになぁ。敢えてコカトリスが多いルートを選んでいるとはいえ、ちょっと歩いただけで百匹以上確保できてるし。こっちとしては助かるけど、本来ならこんなに群れてない・・・・・・んだよな?」

 息をするようにコカトリスを倒しながら、首を傾げるカズキ。疑問形なのは、コカトリスの生態を良く知らないからだ。

「はい。コカトリスはその嘴に触れた物を石化してしまいます。例外は、彼等が唯一食べられる草――ヘンルーダと言いますが、それが生えている場所にしか棲息していません。当然、ヘンルーダの数にも限りがあるので、それを食べ尽くさないように、個体数は自然と落ち着きます。ですが・・・・・・」

 そこまで言って、フローネが地面を見る。そこには――。

「ヘンルーダがどういう形をしているのかは知らないが、草一本生えてないよな」

 カズキが言うように、何も生えてなかった。

「はい。ですから急激に増えた理由を突き止めないと、ヘンルーダを求めて大移動を始めるかもしれません。その途中に村があったら、大変な事になってしまいます」

 大半の村には防壁や冒険者ギルドなどない。その為、魔物に襲われた時は、自衛が基本になる。
 コボルドやゴブリン程度なら、村人総出でかかればどうにかなるが、コカトリスはDランク。冒険者ならば、パーティならD、一人で戦うならCランクの実力が必要になる。村人の手に負える魔物ではないのだ。

「だな。ここら辺のコカトリスは一掃した事だし、そろそろこの森の中心に移動しよう。外縁部にいるコカトリスは、粗方片付いたみたいだし」

 他のメンバーが中心に向かって移動し始めた事を確認したカズキが、フローネを促す。
 森の中心には、外縁とは比べ物にならない程、コカトリスが密集している。そこに、コカトリス異常発生の原因があると、カズキとソフィアは睨んでいた。 
 古代魔法を使える二人には、他者の魔力を感知する能力があるからだ。

「わかりました」

 全ての鶏肉を収納し終えたフローネが、カズキの言葉に頷く。
 コカトリス調達ミッションは、終盤を迎えようとしていた。




「あ、にーちゃん! 見て見て! でっかい卵がいっぱいあるんだ!」

 カズキとフローネが森の中心部に到着すると、元気な声に出迎えられた。カズキの弟、カリムである。

「確かにデカいな。コカトリスが一匹、丸々入りそうな大きさだ」

 長い所で一メートルはある楕円形の卵を見てから、カズキはその奥にいる巨大なコカトリス(頭は雌鶏)を見上げた。目算で、全長十メートルはある。その大きなコカトリスは、カズキ達に目もくれずに、延々と卵を量産していた。周囲には、産まれたばかりなのか、無数のコカトリスもいる。
 
「そして、それを産むのはもっと巨大なコカトリスか。これで異常発生の原因はわかった。意外と普通の理由だったな」

 そう言って納得しようとしたカズキの言葉を、ラクトが慌てて否定した。

「いやいやいや! 普通、コカトリスはあんなに巨大化しないから!」
「そうなのか?」

  カズキが他のメンバーの顔を見ると、誰もが頷いた。カリムでさえ、知っている様だった。

「それだけではない。コカトリスは例外なく頭が雄鶏だ。雌鶏がいるなんて、聞いた事もないぞ」
「ふーん。あ、卵が孵った」

 話をしている間に、卵が内側から破られ、一匹のコカトリスが誕生する。ヒヨコの様に可愛いものではなく、既に成体だった。
 
「生まれた時から成体なのか。・・・・・・肉は柔らかいのかな?」

 その言葉に反応したクレアが、カズキをじっと見つめる。その顔には、大きな文字で『食べたい!』と書かれていた。

「しょうがないなぁ~」

 欠片もそう思っていない口調と表情で、生まれたばかりのコカトリスを魔法で引き寄せるカズキ。

「えっ!?」

 ソフィアが驚きの声を上げた。いつの間にかカズキの手に収まっていたコカトリスは、既に調理済みの状態だったからだ。
 どうやら、ソフィアでさえもに気付かぬ程のスピードと精度で、魔法を発動したらしい。悪魔の群れと対峙した時でさえ見せなかった本気を、カズキはクレアの為に使ったのだ。実に馬鹿である。

「どうだ、クレア? 美味しいか?」
「フニャーン♪」

 当のカズキは、ショックを受けたソフィアに気付かず、クレアに催促されるがままに、甲斐甲斐しく給仕を行っていたが。

「柔らくてジューシー? 今まで食べた中で一番美味い? そうかそうか、クレアが気に入ってくれて良かったよ」
「ミャッ」
「え? みんなにも分けてやれって? クレアは優しいな~」

 クレアの好意(?)により、お裾分けを貰った面々が感嘆の声を上げる中、カズキは決意した。
 そう、この森を丸ごと買い取り、コカトリスの安定供給をする事を・・・・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...