上 下
83 / 355

第八十三話 ヒントは圧縮

しおりを挟む
 カズキの怒りに触れた悪魔が全滅すると、『時空の歪み』がある空間に静寂が戻って来た。
 それを確認したカズキは、詠唱中の魔法を中断し、手に持っていた『魔剣』クラウ・ソラスを手放す。
 光の剣は消滅し、通常の時間が流れる世界にカズキは帰還した。
 先程迄いた悪魔たちの痕跡は、残っていない。
 そんな中、強い視線を向けて来る男がいた。カズキがそちらを見ると、責めるようにこちらを見つめるクリスがいる。彼は、何故かorzの体勢で、血涙を流していた。
 クリスが目論んでいた、『悪魔の武具を強奪して、借金返済』計画が、カズキの怒りによって、水の泡と消えてしまったからである。

「カッとなってやった。後悔はしていない」

 そんなクリスに対し、カズキは悪びれる事無く、堂々と言い切った。 

「・・・・・・そうね。これに関しては、カズキに非はないわ。余裕かましてさっさと倒さなかったクリスが悪いのよ」
「全くね。そうすれば、悪魔の親玉から不快な言葉を聞くこともなかったのに・・・・・・」

 魔王が滅んだ事で、調子を取り戻したエルザとソフィアまでがカズキに同調(いつもの事だが)してしまい、敗北を悟ったクリスが土下座に移行する事で、事態は収束した。
 万年借金男クリスの戦いは、これからも続くのだ。

「それじゃあチOオちゅーるを調達して、お城に戻りましょうか。カズキには色々と聞きたい事もあるしね」
「はい」

 ソフィアの言葉に頷いたカズキが『時空の歪み』に手を翳すと、大量のチOオちゅーるが召喚された。
 既に何度も行っている作業の為、極めて短時間で終了する。

「ニャーオ」
「はいはい」

 いつもはフローネの傍を離れないクレアが、カズキを見上げておねだりする。

「なんでクレアが付いてきたのかと思ったら・・・・・・」

 その様子を見て、ソフィアが納得の表情を浮かべる。食欲に忠実な所はフローネそっくりだった。



「【ラグナロク】? それが悪魔を全滅させた魔法なの?」
「はい」

 城に戻った一行は、学院で執務中のジュリアンを急遽呼び出し、――代わりにクリスが出て行った。勿論、借金返済の為に――『時空の歪み』で使った魔法の詳細を、カズキ本人の口から聞いていた。

「魔法が効かない悪魔を滅ぼす魔法か・・・・・・。その発想はなかったな」

 感心したように呟くジュリアン。その声色には、カズキに対する尊敬の感情が含まれていた。

「そうね。それで聞きたいんだけど、【ラグナロク】という魔法は、全属性の攻撃魔法を強化するという認識でいいの?」

 カズキの魔法を実際に見たソフィアが、そう推測を口にする。

「・・・・・・えーと」
「確か、最初に使ったのは【コキュートス】だったわよね?」

 説明しようと口を開きかけたカズキに皆まで言わせず、ソフィアは先を続けた。
 いつもはそんな事もないのだが、今のソフィアは恐怖から解放された反動と、新しい魔法に触れた興奮で、半分暴走状態である。

「次が【レーヴァテイン】で、その次が【ダーインスレイヴ】。最後の方は一瞬だったからわからなかったけど・・・・・・」

 カズキに【フィジカルエンチャント】を掛けて貰ったにも関わらず知覚出来なかったので、ソフィアは相当悔しそうだった。

「・・・・・・最後は『時空の歪み』の前に【トール】が出現して、動きが止まった所を【ブリューナク】で串刺し?」
「正解」

 エルザの自信なさそうな言葉に、カズキが頷く。

「それで? 最後にはどうなるの?」

 面倒になったのか、それとも冷静になったのか、ソフィアは漸くその問いを口にした。

「最終的には、発動した全ての神話級魔法が融合して、対象の存在そのものが消滅します」
「「「・・・・・・」」」

 軽い調子で放たれたカズキの言葉に、三人は揃って沈黙した。カズキが全力を出した場合に、世界が消滅するのではないかとの危惧を抱いたからだ。
 そんな中、いち早く正気に戻ったのはジュリアンである。

「・・・・・・随分と物騒な魔法を創ったな。それならば、魔法の完成前に、悪魔が全滅したのは何故だ?」
「それぞれの魔法に、数十倍の魔力をぶち込んで圧縮した。ほら、最初に悪魔が現れた時に、魔法を物質化しただろ? それが通用したのを見て、仮説を立ててみたんだ。その結果、物質化する程の魔力を込めなくても、悪魔に魔法が通用する事がわかった」
「・・・・・・そうか」

 カズキは簡単に言うが、ジュリアンはその方法が如何に難しいのか理解していた。
 何故ならば、カズキの言う方法とは、同じ魔法を数十同時に使用しているような物。
 二つ同時に魔法を使う事が精一杯な現状では、ジュリアンやソフィアの手に負える魔法ではなかった。

「・・・・・・待てよ? もしかして、そういう事なのか?」

 ジュリアンやソフィアの気も知らず、説明は終わったとばかりにカズキの意識は次に向かう。
 『圧縮』という言葉をキーワードにして、クリスの新しい剣に掛けられた魔法を思い出したのだ。
 こうなると、試さずにはいられないのが魔法使いの性である。
 三人からの好奇の視線を意に介さず、おもむろに次元ポストに手を突っ込み、中から手のひらサイズの銀塊を二つ取り出した。
 それを重ね合わせて両手に持ち、即興で呪文を唱え始めると、その体から黄色と紫色の光が発生する。

「現代魔法? 何をしようとしているの?」

 ソフィアの問いに答えるかのように、カズキの詠唱が終わりを迎える。

「・・・・・・神秘の金属よ、我が意に従い、一つとなれ。【コンプレッション】!」

 魔法が発動すると同時に、カズキの手の中で重ねられていた二つの銀塊が、眩い光を発する。
 やがて光が収まると、二つあった筈の銀塊は、一つになっていた。

「よし」

 それを見て満足げな顔をしたカズキは、手にした銀塊に魔力を込める。

「・・・・・・成功。これは予想以上だったな」

 掌に乗せたミスリルを見て、満足げな表情を浮かべるカズキ。
 周りを置き去りにしたまま、次元ポストにそれをしまおうとするところで、エルザがミスリルを強奪した。

「あっ」

 それで我に返ったカズキは、自分に集まる視線に、遅まきながら気付いた。

「で? 何やったの?」

 ミスリルを弄びながら、エルザがカズキを問い質す。

「うん。銀を圧縮して、それをミスリルにしてみた」
「何の為に?」

 エルザからミスリルを受け取り、それを眺めながらソフィアが尋ねる。

「圧縮すれば、持ち運びに便利かなと思って」
「成程。サイズはそのままで、容量を増やす事が出来るわけか。その分、重量は嵩むようだが、それは工夫次第だしな」

 ソフィアから回って来たミスりルの重さを確認しながら、ジュリアンが納得の声を上げる。

「そういう事。それに、圧縮したお陰なのか、その大きさの普通のミスリルと比べると、容量が四倍位になってる。これで、今まで作れなかったマジックアイテムも作れるようになったな」
「「「・・・・・・」」」

 カズキが何を作るつもりなのか戦々恐々とする三人を他所に、悪魔の殲滅と、新しいミスリルという、二つの成果を上げたカズキは、上機嫌でナンシーのブラッシングを始めた。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。

BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。 だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。 女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね? けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。

一般人に生まれ変わったはずなのに・・・!

モンド
ファンタジー
第一章「学園編」が終了し第二章「成人貴族編」に突入しました。 突然の事故で命を落とした主人公。 すると異世界の神から転生のチャンスをもらえることに。  それならばとチートな能力をもらって無双・・・いやいや程々の生活がしたいので。 「チートはいりません健康な体と少しばかりの幸運を頂きたい」と、希望し転生した。  転生して成長するほどに人と何か違うことに不信を抱くが気にすることなく異世界に馴染んでいく。 しかしちょっと不便を改善、危険は排除としているうちに何故かえらいことに。 そんな平々凡々を求める男の勘違い英雄譚。 ※誤字脱字に乱丁など読みづらいと思いますが、申し訳ありませんがこう言うスタイルなので。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

処理中です...