リタイア賢者の猫ファーストな余生

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第八十一話 魔王出陣

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 『時空の歪み』が五メートル程にまで拡大し、新たな悪魔が姿を現す。
 それは以前、カズキがこの場所へ来た時に遭遇した、伯爵と呼ばれていた悪魔と同質の気配を纏っていた。
 以前は『時空の歪み』を拡大しようと、相手が魔力を込めている所を瞬殺したカズキだったが、こちら側に姿を現したのは、今回が初めてになる。
 いつもは『チOオちゅーるを召喚するのが目的なため、『時空の歪み』に魔力で干渉する際、繋がってしまった魔界への門から現れる男爵級や子爵級の悪魔を駆除するだけだった。
 今回は最初から悪魔の駆除が目的なため、魔界へ門が繋がった後は、一切の干渉をしていない。従って、伯爵級の悪魔を正面から見たのは、カズキも初めてだった。

「・・・・・・アレは、私の手に負える相手じゃないわね」
「・・・・・・」

 エルザがポツリと呟く。その声は、先程とは違って緊張感を孕んでいた。
 ソフィアは余りの恐怖に、声を出すことも出来ず、ただ震えている。一度は克服したが、伯爵級は桁が違っていた。

「「・・・・・・大した事ねえな」」

 だが、カズキとクリスの感想は違ったらしい。異口同音に同じ言葉を発すると、期待外れだとでも言うように、揃って溜息を吐いたのだ。

「さっきの奴らよりは大分マシだが、この程度で伯爵を名乗れんのか・・・・・・。悪魔って、人材不足なのか?」
「まだわからないぞ? 最初に出て来たって事は、伯爵の中でも一番の小物って可能性もある」

 悪魔に見切りをつけるような発言をするクリスに、カズキがフォローするような事を言った。
 ここで試し斬りを止めると言い出されると、後の事はカズキが一人でやらなくてはいけない事になってしまう。手合わせの代わりという名目がある以上、悪魔には頑張ってもらいたいところだった。だって面倒だし(←カズキの本音)。

「そうかぁ? とてもそうは思えないんだが・・・・・・。いや、待てよ?」

 急に悪魔の擁護を始めたカズキに、胡散臭さを感じるクリス。これまでの経験から、カズキがこんな事を言い始めるのは、面倒をクリスに押し付けようとしている時だと、今更ながらに気付く。
 だが、それを指摘したところで、クリスにメリットはない。カズキは悪魔の殲滅を面倒だと思っているだけで、自分で出来ないわけではないのだ。ならば、主導権が自分にあるうちに、カズキから譲歩を引き出せるかもしれない。そう考えたクリスは、腰に下げていた鞘をカズキに放り投げた。

「これにも魔力を込めてくれ。そうしたら、俺が責任を持って、悪魔を殲滅してやるよ」
「・・・・・・わかった」

 渋面で鞘を受け取るカズキに、クリスが内心でガッツポーズを決める。この世界にカズキが来てから二年強。クリスは初めて、カズキに貸しを作ったのだ。

「・・・・・・」

 クリスが喜色満面の笑顔(本人は隠しているつもり)を浮かべているのを見て、渋面を維持するカズキは、口元が笑みを浮かべるのを必死に堪える。
 こうなる可能性を考慮し、クリスの剣を『魔剣』にする際、敢えて鞘には魔力を込めなかった。
 そう、全てはカズキの計算の内。その証拠に、以前クリスの剣を『魔剣』にした際は、鞘にもまとめて魔力を込めている。
 ただの金属製の鞘に『魔剣』を収めると、ふとした拍子に事故が起きるとも限らないのだから、当然の配慮であった。

「・・・・・・ほらよっ、受け取れ!」

 一瞬で魔力を込めたカズキが、不機嫌さを装ってクリスに鞘を投げ返す。
 嬉しそうに(本人は隠して以下略)鞘を受け取ったクリスは、落第点を与えたまま放置していた伯爵級に、再び向き直り・・・・・・、そして笑みを浮かべた。
 カズキと駆け引き(クリス視点)を行っている間に、伯爵級の悪魔が『時空の歪み』の拡大を行っていたのが、その理由である。  

「今までの奴らは俺たち人間を見下してる所為か、問答無用で襲い掛かってきたけど、ちゃんと実力差を把握して、援軍を求めるという発想が出来る奴もいるのか」

 感心したようにクリスは言う。どうでもいいが、物凄く上から目線だった。

「悪かったな、雑魚扱いして。お詫びに、門が完全に開くまで、手は出さない事を約束するよ。だから、安心して強い奴を呼んでくれ」

 更にクリスはこう続けた。まるで、どこぞの戦闘民族
サ〇ヤ人
のような言い草であったが、クリスの推測は実の所、全く見当外れだった。



「魔王様、門が開きました」

 側近である公爵級の悪魔の報告に、魔王と呼ばれた存在がうっすらと目を開けた。

「ほう? 定期的に門が開くのは千年ぶりだな。それで? 今までに、何人の同胞がその世界へ渡ったのだ?」
「ハッ。報告によりますと、既に数百といった単位であちらに渡っているようです。遠からず、その世界は魔王様の物となるでしょう」

 魔王の問いに、間髪入れず公爵が答える。今までに数多の世界を滅ぼしてきた彼等には、自分達に匹敵する存在などいないという自負があった。

「そうか。ならばそろそろ、私も向かうとしよう。そろそろ、向こうの世界の神々が動き出す頃合だ。我が同胞たちでは、彼奴らの相手は荷が重いだろうからな」

 そう言った魔王の手の中に、漆黒の大鎌が現れる。
 彼はその大鎌で数多の世界の神々と戦い、その全てに勝利を収めてきた。
 そして、倒した神を喰らう毎に、魔王は力を増すのだ。

「伯爵共に、門を開くように指示を出しておけ」
「ハッ!」

 公爵は頷き、指示を出すためにその場を去った。

「さて、今回の相手は、どんな味をしているのかな?」

 そう言って立ち上がった魔王がその場を後にする。
 久しぶりの御馳走への期待とは裏腹に、その歩調はゆっくりとしたものだった。
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