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第四十四話 第二王子
しおりを挟む閑散としている筈の港に近づくと、大きな騒ぎが起こっていた。
港にいる人々が、沖を指さしながら口々に何かを叫んでいる。
「何かあったみたいだな」
そう言って駆け出すカズキ。その後を皆が続く。
「何か分かった?」
一足先にたどり着いて、漁師と一緒に沖を見ているカズキに、ラクトが息を整えながら尋ねる。
「どうやら、船が一隻こっちに向かっているらしい。それも、シーサーペントに追われているようだ」
沖を見つめたまま、カズキが答える。
「よく見えるね。魔法?」
「ああ」
「それで? 船は逃げきれそう?」
ラクトの質問に答えたのは、ソフィアだった。
「追っているのは一匹だけのようだし、大丈夫じゃないかしら」
「そうですね。アーネストとクリスが乗っていますし。追いつかれても問題はないでしょう」
カズキが答えると、ジュリアンも楽しそうな顔をして続けた。
「最近クリスの姿が見えなかったのは、アーネストと一緒だったからか。となると、かなり遠出をしたのだろうな」
「何で分かるんですか?」
マイネが不思議そうな顔をする。
「簡単な話だ。クリスが今一番必要としているものは?」
「金だな」
「「お金ですね」」
「お金です」
カズキのパーティ全員が即答した。
「そう、金だ。だが、最近この辺りではクリスの求めるような依頼はない。何しろ、難易度の高い依頼は、学院に優先的に回される事になっているからな」
当然だが、そう仕向けているのはジュリアンである。
学院の運営には金が掛かるので、カズキがいる間に稼ごうという魂胆であった。クリスには聞かせられない話である。
「そこで、アーネストに目を付けたのだろう。あいつは世界中の海を股に掛けているからな。寄港した先で難易度の高い依頼を片っ端から受ければ、それなりの額になる」
「そして、アーネストは凄腕の護衛を只でこき使う事が出来るという訳ね。調子に乗って、いつもは行かない危険な海域に行ってそうだわ。・・・お土産は期待できるかも」
ソフィアも楽しそうだった。そこに息子達への心配は欠片もない。
そんな話をしている内に、遠目にも船の姿が確認できるようになった。当然、船を追うシーサーペントの姿も。
「なんか、凄い勢いでこっちに向かってきてるね。アーネスト殿下って、魔法を使えるの?」
あり得ないスピードで迫る船を見ながら、ラクトがカズキに聞いた。
アーネストと呼び捨てにしている事から、それなりに親しいのだろうと踏んでのことだ。
「水属性限定でな。アーネストはマイネ先輩のように、加護を持っているんだ」
「そうなんだ。それで船を操っているんだね」
「そうだ。とはいえ、そろそろ限界が来る頃だろう」
その言葉通り、船は急停止した。
「どうやら、迎撃する事に決めたようだな。面白そうだから、皆で見学しよう」
ジュリアンが言って、魔法を発動した。
途端、一行の目の前の水面に、遠く離れた船の様子が映し出される。
「すげー! ジュリアンにーちゃん、こんな魔法もあるのか!?」
興奮するカリムに、ジュリアンは親切に答えた。
「光魔法の一つだ。光を屈折させて、遠くの様子を見る事が出来る。制御は難しいがな」
「へー! 俺にも覚えられるかな?」
「努力次第だな。この魔法が使えるようになれば、大半の魔法は使えるようになる」
「それって、【レーヴァテイン】もか!?」
「ああ、難易度的には変わらないな。とはいえ、【レーヴァテイン】を使うには魔力がまだ足りない。今は焦らず、この魔法を使えるように修練する事だ」
「分かった!」
ジュリアンがカリムにアドバイスしている間に、沖の方で動きがあった。
シーサーペントが追いつき、長い体を活かして船に巻き付く。
全長十メートル程の漁船は、締め付けに耐えられず、ミシミシと音を立て始めた。
だが、それは予定通りだったのだろう。クリスとアーネストは慌てずに、それぞれの得物をシーサーペントの体に突き立てようとした。
だが、シーサーペントは船に巻き付いたまま、二人の攻撃を躱す。
結果、船は揺れに揺れ、バランスを崩した二人の攻撃は効果を上げなかった。
「「くそっ!」」
港で見物を決め込んでいる一行に、距離があって聞こえないはずの、沖で戦う二人の声が聞こえてきた。
カズキが追加で魔法を使ったのである。
「映像だけじゃ様子が分からないからな」
ラクトの視線を受けてカズキはそう説明したが、面白がっているだけなのは皆にバレバレである。
そうとは知らない沖の二人は、状況を打開しようと必死だった。
「兄貴! 船の上じゃ踏ん張りがきかねえ! 水面を歩けるようにしてくれ!」
「無理だ! 魔力が足りねえ! 自力でどうにかしろ!」
「ちっ、仕方ねーか」
無茶ぶりされたクリスは、舌打ち一つして海面に身を躍らせる。
そのまま海の藻屑になるかと思われたクリスは、次の瞬間、海面に立っていた。
「「「「ええっ!」」」」
驚いたのは、港から見物している者たちである。
「水面に立っている自分をイメージしたのかな? 我が弟ながら、器用な真似をする」
ジュリアンが興味深そうな顔で呟く。
そうしている間に、クリスは水面を駆けてシーサーペントに肉薄した。
そして、今までの鬱憤を晴らすかのように、縦横無尽に剣を振るう。
船を傷つけないように振るわれたそれは、ひと呼吸の間にシーサーペントの胴体を無数の肉片へと変えた。
「Gwoooooooo!」
クリスによって体長が半分程になったシーサーペントは、悲鳴を上げて船から逃げようとする。
それを見たクリスが、船へ戻りながら兄へと声を掛けた。
「兄貴、止めを!」
「任せろ! でりゃあ!」
クリスの合図を待つまでもなかった。
既に得物を手に様子をうかがっていたアーネストは、気合の声と共に巨大な銛を投擲する。
銛は物凄い勢いで狙い違わず一直線に飛んで行き、シーサーペントの頭部に直撃。無事だった部分も貫通して、派手な音と共に爆発四散した。
「力加減を間違えたか。せっかくの獲物だったのに・・・」
アーネストが残念そうに呟く。漁師である彼は、初めての獲物を爆散させてしまった事を悔やんでいた。
「食えるのか?」
アーネストの言葉に興味を惹かれたのか、クリスがそう尋ねる。
ワイバーンが食べられるのだから、シーサーペントも同様かと期待したのだ。
「食ったって話を聞いた事はねえが、一度試してみるつもりだ。その為にも一度陸に戻るぞ。もっと頑丈な船が必要だ」
「りょーかい」
そして二人は港に向かって物凄い勢いで船を漕ぎだした。
一部始終を見ていた者達に気づかぬまま・・・。
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