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第四十三話 そうだ、海に行こう

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「カズキ、海に行くわよ」

 ある日、城に顔を出したカズキに向かってそう言ったのは、エルザ、ではなくソフィアだった。

「分かりました」

 ソフィアの言葉は突然だったが、カズキは躊躇なく頷いた。
 彼も同じことを考えていたからだ。

「何の話をしてるの?」

 その場にいたリディアが、不思議そうな顔で二人に問いかけた。
 カズキと一緒に城に来たラクトとマイネ、城にいたカリムも、同様の表情をしている(フローネは心当たりがあるのか、「久しぶりですね。楽しみです」などと呟いていた)。
 最近、ラクトとマイネは暇な(依頼がしょぼい)時は城に来て、ソフィアに魔法を習ったり、騎士団の訓練に参加したりしていた。
 カリムという新しい才能に危機感を覚えた事と、基礎体力の向上を図る為である。

「この子達のご飯を調達しに行くの」

 そう言って、猫たちを撫でるソフィア。
 ちなみに、前回は邪神討伐の直前に行った。猫の為に動くソフィアとカズキを止める事は誰にも出来ないのである。

「お待たせしました」

 そこに新たな声が割って入る。いつの間にか姿を現したのはジュリアンだった。
 足元にはナンシーの姉妹であるミリアもいる。

「ジュリアン、準備は出来た?」
「はい。いつでも出発できます」
「ありがとう。では、行きましょうか」

 そう言って、ソフィアは歩き出した。その後にカズキとジュリアン、更には猫達が続いた。

「私も行きます」
「俺も!」

 フローネとカリムも三人の後を追う。
 その場に取り残されたのは、ソフィアの勢いに付いていけなかったラクト、マイネ、リディア。

「・・・私達も行きましょうか」
「「はい」」

 顔を見合わせた三人は、リディアの提案に従って、ソフィアの後を追いかけた。



 王都から馬車で南に五日程の距離に港町がある。
 リーザという名のその港町は、各国との貿易の拠点になっており、漁業も盛んな場所だった。
 いつもは活気に溢れているのだが、カズキ達が到着した時は妙に静かで、通りを行く人々の顔も暗かった。

「おかしいですね。ここはいつ来ても賑やかな場所だったのですが・・・」

 馬車の手綱を握ったジュリアンが街を見回しながら言った。

「本当ね。取り敢えず馬車を預けて情報を集めましょうか。原因を知りたいわ」
「分かりました」

 頷いたジュリアンは、冒険者ギルドへと馬車を向ける。
 ギルドには様々な情報が集まるからだ。
 併設されている宿屋に馬車を預け、全員でギルドに入る。
 すると、中にいた冒険者達から値踏みするような視線が飛んできた。
 一行はその視線をスルーし(リディアだけは居心地が悪そうだったが)、真っ直ぐに受付に向かう。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」

 カウンターにいた若い男が、そう声を掛けてきた。

「支部長はいるかな? この街で起こっている事について知りたいんだが」

 ライセンスを手渡しながら、代表してジュリアンが答える。

「すぐ呼んで参ります」

 ライセンスを確認した男は、驚愕の表情を浮かべると奥へ引っ込んだ。

「何を慌ててるんだ?」

 抱っこしているナンシーを撫でながら、カズキが言った。

「学院長のライセンスを見たからじゃない? Sランクなんて、世界に十人もいないんだし」

 やはり抱っこした茶サバ(♀)を撫でながら、ラクトが答える。

「そうなのか? この前来た時は、誰も驚いてなかったぞ?」
「恐らく彼は、最近他所から移動してきたのだろう。他の職員は、私たちの事を知っている筈だからな」

 ミリアを抱いたジュリアンが、カズキの疑問に答えた。

「そんなに頻繁に来てるんですか?」
「うむ。邪神が復活するまでは、毎月のように来ていた。その影響で、アーネストはすっかり海に魅せられてな。今は漁師になって、世界中を駆け回っている」
「アーネスト? もしかして、第二王子アーネスト殿下の事ですか?」

 白と黒のブチ(♂)を抱いたマイネが話に加わった。

「ああ。学院に在籍している時は、パーティを組まずに単独で行動していた。そうすれば、単位と報酬を一人占め出来るという理由でな。その甲斐あってか、卒業する頃には船を十隻所有していたな」
「「十隻も!?」」

 驚くラクトとマイネ。

「狙う魚によって船を使い分ける為らしい。・・・私には全部同じに見えたが」

 ミリアの肉球を堪能しながら、ジュリアンが肩を竦める。

「お待たせしました。こちらへどうぞ」

 そこに、先程の職員が現れて、一行を奥の部屋へと案内した。

「やあ、皆さん。丁度良いところに来て下さいました」

 部屋に通されると同時に、そんな声を掛けられる。
 一行を待っていたのは、港町リーザの冒険者ギルドの支部長、テオであった。
 ジュリアンの学院生時代の後輩である。

「久しぶりだな、テオ。丁度良いというのは、この街が静かな事と関係があるのか?」

 ジュリアンの言葉に、テオは頷いた。

「その通りです」

 そして、一枚の紙を取り出すと、ジュリアンに手渡す。

「・・・シーサペントが大量発生したのか。活気がないのも頷けるな」

 シーサペントとは海に棲息する魔物で、ワイバーンと同じく、ドラゴンの亜種と言われている。
 ワイバーンの体長が十メートル前後なのに対し、シーサペントの体長は優に三十メートルを超える。
 縄張り意識が非常に強く、運悪く船が侵入しようものなら、長い体を生かして巻き付き、強烈に締め上げて破壊してしまう。
 当然の話だが、船乗りの敵う相手ではない。
 冒険者も同様で、退治するには最低でもAランクの実力が必要とされる。
 ワイバーンと同等の脅威だが、海上で戦わなければならない不利を考えると、シーサペントの方がより質が悪いと言えるだろう。

「はい。外国からの船も、シーサペントに阻まれて入港出来ていません。当然、漁師が船を出す事も出来ないので、皆さんの目的である魚介類も獲れていないのです」
「「「それは由々しき問題だ(ね)!」」」

 カズキ、ジュリアン、ソフィアの声が揃った。

「この件は我々が引き受けよう。シーサーペントの縄張りは分かっているのか?」
「沖に出ようとすると襲ってくるそうです」
「そうか。詳しいことは漁師に聞いた方が良さそうだな。ついでに、船を出してもらえないか頼んでみよう」
「「異議なし!」」

 ジュリアンが出した方針に、カズキとソフィアが力強く答えた。

「・・・なんか、ソフィア様の人格が変わっている様な気がするんですが」
「確かに」

 ラクトの疑問に、マイネが同意する。

「あなた達は初めてなのね。猫の障害になるものを排除する時のソフィアは、いつもあんな感じよ。ね、フローネ?」
「はい。いつもの事ですよ?」
「「・・・そうなんですか」」

 二人には意外だったが、身内にとってはそうでもなかったらしい。

「それよりも、カリムを知らない? ギルドに入るまでは一緒だったんだけど」

 ソフィアへの疑問に答えたリディアは、そう言って支部長室を出た。
 その後を全員で追いかけると、受付でカリムと先程の職員が話をしている。
 カリムの傍では、ナンシーが保護者のような顔をして(?)様子を見守っていた。

「それでは、こちらがライセンスになります。頑張ってください」
「ありがとう!」

 どうやら話を聞くのに飽きて、勝手に登録作業をしていたらしい。
 この日、カリムは冒険者になった。
   
「ミャーオ」

 そんなカリムに向かって、ナンシーが注意を引くように鳴いた。
 まるで、報告しろと言わんばかりである。
 それが分かったのか、それとも偶然か、振り返ったカリムが誇らしげにライセンスを掲げてカズキを見た。

「にーちゃん! 俺、冒険者になった!」

 そして、満面の笑みでそう言ってくる。

「そうか。じゃあ約束通り、一緒に冒険しよう」
「うん!」

 期待通りの言葉を掛けられて、カリムが嬉しそうに頷いた。

「とはいえ、今回は大人しく見学していてくれ。ゴブリンとは比べ物にならない相手だからな」
「分かった!」

 素直に答えるカリムの頭を撫でるカズキ。
 そんなやり取りをする二人を、他の者は微笑ましく見守った。

「さて、それでは港に向かおうか」

 和んだところで、ジュリアンが号令を掛ける。
 その声に従って、一行は港へと足を向けた。


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