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第二十九話 エルザのお金の使い道

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 翌朝、学院に戻ると寮に試験の事が張り出されていた。

「これか。えーと、試験は明日。朝八時に荒野に集合。各パーティ最大四人までか。先輩の言っていた通りだな」
「明日!?まだ何の準備もしてないのに!」
「ラクト、落ち着け。別に試験なんか受ける必要ないだろ?」
「・・・どういう事?」

 カズキの言葉の意味が分からなかったラクトは、間抜けな表情で問い返した。

「試験は単位を貰うためだけのイベントだろ?別に不参加のペナルティがある訳でも無いし。それなら依頼を受けた方が、金になるし単位も貰えるじゃん」
「・・・ホントだ!盲点だったよ」
「斬新な意見ですね。ですが、一日で単位が貰えるのだから、悪い事ばかりではありませんよ?」

 背後からの声に振り向くと、そこにはマイネが立っていた。

「おはようございます。皆さん」
「「「おはよう(ございます)」」」
「「ニャー」」

 マイネの挨拶に、五人が一斉に返事をした。

「昨日はお土産をありがとうございました。屋敷の皆が、カズキさんにお礼を言っておいてくれと」
「そっか、喜んでもらえたなら何よりだ」
「ですが良かったのですか?ナンシー達のご飯なのに」
「問題ない。あれだけの量だからな。まだまだワイバーン一匹分は余裕で残ってるよ」
「そうでしたか」

 カズキの言葉に、マイネは引き下がった。

「それで、試験はどうしますか?私はどちらでも構いませんが」
「だってさ。どーする?俺はどっちでもいいけど」
「最初位は受けてもいいような気はしてる」
「そうですね。一度受けてみて、その後どうするか判断してもいいと思います」

 カズキの問いに、ラクトとフローネが答えた。

「決まりだな。じゃあ、何をすればいいんだ?」
「まずは、パーティメンバーの追加が必要になります。ギルドに行きましょう」

 入学したばかりで右も左も分からないカズキの疑問に、マイネが答えて歩き出した。

「そういえば、ここで受けたワイバーンの依頼って、どういう処理になるんだろう?」

 ラクトがふと思いついて言った言葉に、カズキは考え込んだ。

「うーん。あの依頼は指名依頼に変わったんだよな。分からねえから、それもギルドで聞いてみっか」
「そうですね。それでいいと思います」

 フローネが同意する。

「ところで、マイネさんはパーティを組んでいないのですか?」
「入学したての頃は組んでいましたが、二年生になってからは一人でした」

 フローネの疑問にマイネが答える。

「何でです?先輩なら誘う人も多いと思うんですが・・・」

 疑問に思ったのか、ラクトがそう言った。

「ええ。確かに誘ってくれる方は多くいました。ですが・・・」

 マイネはそこで言いよどんだ。

「先輩に並ぶ実力者がいないから、しょぼい依頼しか受けられない。それなら一人の方がマシだった」
「・・・正解です」

 カズキの推測を、マイネは肯定した。

「まあ、しょうがねえよな。強くなるために学院に来てるんだから。ついて来れない奴のために、時間を使うのももったいねーし」
「そういう事かぁ。このパーティならカズキがいるもんね。どんな依頼も選びたい放題だし。・・・いきなりワイバーン退治とか」
「まだ根に持ってたのか?ナンシー達のご飯は確保したから、次は好きなのを選んでいいぞ」
「そうするよ。マイネ先輩には申し訳ないかもだけど」
「気にする必要はありません。カズキさんと冒険するだけで、勉強になる事も多いでしょうし」

 そんな話をしている内に、ギルドに辿り着いた。
 周囲に人は無く、依頼の事を聞くのには絶好のタイミングである。

「すいません。ちょっと聞きたいんですが」

 ラクトが職員に話しかけた。

「なんでしょう?」
「この依頼なんですが、途中で変更になったのです。それがどういう処理になるのか教えていただきたいのですが」

 依頼書を受け取った職員は、一同を見回した。

「それでは、今回の依頼を受けた方のライセンスを提出して下さい」

 三人からライセンスを受け取ると、職員は頷いた。

「カズキ様が指名依頼に加わっていたので、単位は与えられます。どのように分けますか?」

 ラクトとフローネが辞退しようと口を開く前に、カズキがこう言った。

「俺はいらない。二人に分けてくれ」

 驚いたのはフローネとラクトである。

「カズキ!何もしてないのに単位は貰えないよ!」
「そうです!私たちは肉を食べただけじゃないですか!」

 フローネの突飛な発言に、職員が羨ましそうな顔をした。

「ん?あんたも食いたいのか?」

 職員の表情の変化に気付いたカズキが、冷気を放つ木箱を取り出した。

「みんなで食ってくれ。その代わり、単位はさっき言った通りで」
「ありがとうございます!」

 買収された職員は、カズキの言うとおりに単位を分配すると、ライセンスを返した。

「後はパーティメンバーの追加だっけ?それも頼む」
「お任せを!」

 テンションが上がった職員は、マイネのメンバー入りの処理を手早く行うと、ギルドの受付を閉めてしまった。
 一同が呆気にとられる中、職員の足音が響く。そして奥にある部屋へ入ると、扉が閉じられた。

「みんな!カズキ様がワイバーンの肉を分けて下さったぞ!」
「「「「おおーーーー!」」」

 それきり誰も出てくる気配はなく、残された一同は顔を見合わせた。

「凄え威力だな。ワイバーン」
「そうだね、気持ちはよくわかるよ。でも良かったの?」
「何が?」
「単位」
「ああ、気にするな。俺だけ突出しても仕方ないだろ?それがあれば二人共八になる。試験に合格で十だ。そうすれば余裕が出来るだろ?」
「ありがとう。カズキ」
「ありがとうございます。カズキさん」
「おう」

 カズキは二人に返事を返すと、唖然としているマイネを見た。

「どうした?」
「入学一週間で単位が八ですか?意味が分かりません」
「そんな事言われてもなぁ。俺は十一だぞ?」
「十一!?何をすればそんなに貯まるんですか!?」

 カズキはそう言われて考え込んだ。

「えーっと?まず入学式で三だろ?次は何だっけ?」
「決闘の絡繰りについてでは?」

 フローネの言葉に、カズキは頷いた。

「そうそう。一日限定とか言ってたっけ。それが三だろ」
「絡繰り?ひょっとして、職員が準教官待遇を持っていることですか?」
「それそれ。後は同じ日にランキング戦十七人抜きで五。合計十一だ」
「二日で進級に必要な単位を稼ぐなんて・・・」

 マイネの想像以上に、カズキはとんでもなかった。

「さてと、これからどうする?」

 考え込むマイネを放置して、カズキがそう言った。

「とりあえず何処かに移動しない?」
「そうですね。では寮に戻りましょう」

 フローネの意見に異議を唱える者はなく、一同はまた寮へと踵を返した。



 寮のカズキの部屋へ行くと、そこにはエルザがいた。まるで、自分こそがこの部屋の主であるかのような自然な振る舞いである。

「お帰り」
「ただいま」

 カズキとフローネは予想していたので驚く事もなかったが、ラクトとマイネは違った。

「エルザさん?どうしてここに?」

 マイネの問いに、エルザは肩を竦めた。

「神殿なんか行きたくないもの」

 仮にも聖女と呼ばれる者の口から、驚くような発言が飛び出した。

「えっ?大丈夫なんですか?」

 罰が当たるのではないかと心配するラクト。
 だが、エルザは気にしていなかった。

「大丈夫よ。今、新しい神殿を建設中なの。私はそっちで正しい信仰を広めるわ」
「新しい神殿ですか?そんな話は聞いた事がありませんが」
「でしょうね。まだ建設が始まったばかりだもの。場所も場所だし」

 現在の神殿は街の中心部にあるが、腐敗しきった上層部のお陰で、一般人が寄り付かなくなっている。
 そこで、マサト・サイトウの屋敷があった場所に、新たに建立されることになった。
 明らかに今の神殿に喧嘩を売っているが、どうせ潰すつもりなので、問題は無い。とはジュリアンの言である。

「孤児院も併設するんだっけ?」
「そうよ。今ある孤児院は古いし、不便なところにあるから。カズキが魔法で改装しなければ、いつ壊れてもおかしくない状態だったしね」

 孤児院の運営は神殿の管轄であったが、欲に溺れた上層部が、孤児院に金を回すはずもなかった。
 国から預かった運営資金は、全て自分たちの懐に収めていたのである。
 そこで立ち上がったのがエルザと、その活動に賛同した神官たちだ。
 エルザが冒険やギャンブルで得たお金が孤児院の運営に回されるため、以前よりも金回りは良くなった。
 そこにカズキの存在が加わった事で、一気に新教会設立の話が具体化したのである。

「孤児院って、猫が一杯いる、あの孤児院ですか?私も何度か足を運びましたが・・・。行く度に猫が増えていたので、不思議に思っていたのです」

 マイネが疑問の声を上げるが、猫が増える理由はもちろんカズキである。旅先で猫を保護しては連れ帰っていたからだ。その時に飼い主だった孤児も保護して孤児院に連れ帰り、猫と飼い主が快適に生活できるようにと孤児院を魔法で改装したのである。
 現在建設が始まっている教会の資金は、大半がカズキとエルザの懐から出ていた(カズキは報酬の使い道が無かったので、エルザに五十億円を渡していた。クリスよりも有意義な使い方である)。

「そう。寄付をしてくれたのはあなただったのね。礼を言うわ。昨日は孤児院にワイバーンの肉を届けたの。みんな喜んでいたわ」
「そっか。それは良かった」

 その光景を思い浮かべて、カズキは笑顔になった。猫が美味しそうに肉を食べる光景を。

「(カズキさんは立派な人ですね。孤児の為に魔法を使って、ワイバーンの肉も惜しみなく分け与えるなんて。きっと、高潔な精神を持っているんだわ。伊達に大賢者と呼ばれている訳ではないという事ね)」

 マイネの中で、カズキの株が急上昇していた。
 だが彼女は忘れている。何故カズキがワイバーン退治に向かったのかを。

「そういえば、試験は明日らしいわね。受けるの?」
「うん。ねーさんの時は、どんな試験があったんだ?」
「さあ?一度も受けてないから分からないわ。それよりも依頼を受ければお金と単位で一石二鳥でしょ?」
「「カズキ(さん)と同じ事を言ってる・・・」」

 血は繋がっていなくても、考え方はそっくりだった。流石は姉弟である。

「私はクリスと二人だったからね。ランクの高い依頼をまとめて受けて、単位もお金も稼がせてもらったわ」
「パーティの人数が少ないから出来る事だよな。クリスは剣の為に金稼ぎで、ねーさんは孤児院か。ちなみに聞くけど、入学した時のランクは?」
「二人共Aよ。入学前から冒険者をやってたから」
「「A!?]

 絶句したラクトとマイネを置き去りにして、姉と弟の会話は続く。

「それなら、依頼も選びたい放題だな」
「ええ。単位が百を超えた辺りで、学院のギルドを使わなくなったわね。学生証には百までしか記載されないらしいから」

 クリスとエルザの二人は、入学から半年で単位が百に到達した。その為、マイネとは一度も学院で顔を合わせた事が無い。

「百あれば卒業出来るって事か。いい事を聞いたな」
「正確には卒業試験だけどね」

 エルザが訂正した。

「ねーさん達の卒業試験は何だったの?」
「教官達との模擬戦よ。一時間持ち堪えるか、教官を全滅させたら合格」

 クリスが淡々と教官を倒す光景が、カズキの目に浮かぶ。

「入学式みたいだな。何分で終わった?」
「二分位かしら。クリスが当時の学院長を再起不能にして終了」
「ああ、勇者のシンパとかいう奴か。それで学院長がジュリアンに変わったのか」
「そういう事。まあ、一年間は代理が立ってたらしいけどね」

 恐らく、各国の意向を受けてクリスが学院長を再起不能にしたのだろう。
 カズキはそう推測したが、すぐにどうでもよくなった。

「そういえば、先輩は単位をいくつ持ってるんだ?」

 カズキに声を掛けられて、マイネは我に返った。
 先程まで、「Aランク?入学時に?私の努力は一体・・・」とかぶつぶつ呟いていたが。

「わっ、私ですか?今の時点で四十二です」
「四十二?意外と少ないんだな。まあ、外で依頼を受けてたみたいだしな」
「え、ええ。そうなんですよ」

 実は外で受けた依頼は今回が初めてだったとは言えず(しかも失敗した挙句、要救助者になった)、マイネは見栄を張って誤魔化した。
 三年生になった時点での成績としては優秀なのだが、邪神を倒した三人と比べてしまった為、随分と見劣りしているような気になってしまったのは、仕方がない事であろうか。

「まあ、百も必要があるとは思わないから、それでもいいのか。三年生になれば、ランクも上がって単位を取るのも難しくないんだろうし」
「そうですね。高ランクの依頼程、貰える単位も多いみたいですし」

 フローネがカズキに同意した。

「だな。問題は明日の試験か。先輩は試験を受けてたんだろ?どんな内容だったんだ?」
「毎回変わるので答え難いのですが、やはり戦闘に関する事が多いですね」
「そりゃそうか。その為の学院だしな。となると、特別な準備は必要なさそうだな」
「そうですね。・・・時間が余っちゃいました。今日はどうしましょう?」

 クレアを撫でながらフローネが言った。

「それなら孤児院に行かない?みんなカズキに会いたがってたわよ?」
「それも良いな。久しぶりに顔を出すか」

 ナンシーを抱き上げ、カズキはそう言って立ち上がった。



 孤児院は街の外れに立っていた。

「え?」

 マイネは自分の記憶と明らかに違う外観に、一瞬場所を間違えたのかと思った。
 以前はエルザの言う通り、いつ壊れてもおかしくないような木造の建物だったのだが、何故か石造りの頑丈な建物になっている。

「立派な建物だね。とても壊れそうだったとは思えないよ」

 ラクトの言葉にフローネが頷いて言った。

「カズキさんが魔法で作ったんです」
「作った?改装って言ってませんでしたっけ」

 それはどう見ても改装というレベルを超えていた。

「改装よ?壊れそうな所を全部石にしたら、木が無くなっちゃったけど」
「「それは建て替えと言うのでは・・・?」」

 ラクトとマイネはそう言ったが、エルザはとり合わなかった。
 と、建物から猫が無数に飛び出してきた。どの猫も艶やかな毛並みで、とても健康そうに見えた。
 皆、カズキ目掛けて駆け寄って来る。
 エルザとフローネは慣れたものなので慌てる事はなかったが、ラクトとマイネは及び腰になっていた。

「みんな!元気だったか?」

 カズキがその場に腰を下ろして声を掛けると、猫たちが鳴きながら一斉に飛びついた。

「ニャー」
「おっと、シロか、元気そうだな」
「ニャーン」
「トラも。少し大きくなったか?」
「ゴロニャーン」
「お?ユイか。お腹が大きくなったな。もうすぐ子供が生まれるんだから、身体は大事にしろよー」

 その後もカズキは猫に声を掛け続けた。

「凄いですね・・・」

 初めて見るその光景に、マイネはただ驚くばかりであった。

「城にいる猫だけじゃなかったんだ・・・」

 昨日で若干の耐性が付いたラクトであったが、数が違ったので驚いたのは同じである。

「エルザ様!フローネ様!」

 そこに、一人のおばさんが現れた。

「ハンナさん」

 エルザにハンナと呼ばれたその女性は、孤児院の管理を任されている人物である。

「急に猫たちが飛び出していったものだから、きっとカズキ様がいらしたと思って出て来たんです」

 やはり慣れているのか、カズキの様子を微笑ましそうに見ている。

「あの、お久しぶりです」
「まあ!マイネ様まで!お久しぶりです。お元気そうで何よりだわ!」
「はい。お陰様で元気にやっています。ハンナさんもお元気そうで」
「私は元気だけが取り柄ですからね。さ、皆さん中へどうぞ。今お茶をお出ししますから」

 ハンナはそう言って、返事をする前に戻ってしまった。

「カズキ、私たちは先に中に入るわね」
「分かったー」

 幸せそうなカズキが返事したのを確認して、その他一同は建物の中に入った。

「僕だけが場違いな気がしてきたんですが・・・」

 しばらく子供たちと遊んでから応接室に通され、腰を下ろした所でラクトがそう言った。
 ラクト以外は全員関係者だったので、居心地の悪さを感じるのも無理はない。

「気にしなくても平気ですよ。次元屋さんにはお世話になっていますから」

 ラクトの言葉が聞こえたのか、ハンナがそう言いながら入って来た。手には人数分のティーカップと、ポットの乗ったトレーを持っている。

「僕を知っているんですか?」
「ええ。あなたは覚えてないでしょうけど、小さい頃に何度かお父様とここに来たのよ」
「父と?そうだったんですか・・・」
「あの頃は今みたいに楽な暮らしが出来なかったから。お父様に随分と助けて貰ったんですよ」
「そんな事があったんですね。全然覚えてないです」
「それ以来の付き合いなのよ。だから気にしないで」
「ありがとうございます」

 意外な形で実家が孤児院と関わっていた事に、ラクトは気分が軽くなるのを感じた。

「美味しい・・・」

 ハンナに入れて貰った紅茶を飲んだマイネが、そう言って息を付いた。

「でしょう?エルザ様が買ってきてくれたんですよ。なんでも臨時収入があったとかで」
「まあ、カズキがくれたんだけどね」

 エルザはそう言ってラクトに意味ありげな視線を寄越す。

「・・・もしかして、ランキング戦の?」
「当たり。丁度、良い茶葉が入っていたから、買い占めたのよね」
「・・・成程」

 カズキが気前よくエルザに金を渡していた理由が分かった。
 孤児院の為だったのだ。
 カズキはエルザが自分の為に使わない事を知っている。そこには確かな信頼があった。
 言動はアレだが、エルザが聖女と呼ばれている理由が分かった気がした。言動はアレだが。

「ここにいたか」

 そこにカズキが入ってきた。

「もういいの?」

 エルザの問いに、カズキは頷いた。

「うん。やっぱり飼い主と一緒の方が幸せだと思うんだよ。な?ナンシー」
「ミャーン」

 カズキに応えるように、ナンシーが鳴いてすり寄った。

「それならいいの。じゃあそろそろお暇する?今日はハンナさんしかいないから、邪魔になっても悪いし」

 エルザはそう言って立ち上がった。

「まあまあ。大したお構いも出来ませんで」

 ハンナもそう言って立ち上がった。エルザの言う通り忙しいのだろう。

「また来て下さいね。子供たちも喜びますから」

 ハンナに見送られて、一同は孤児院を後にした。

「カズキは子供たちと会ったの?」

 帰り道を歩きながら、ラクトがカズキに聞いた。

「ああ。みんなお礼に来てくれたよ。とっても美味しかったってさ」
「そっか。よかったね」
「そうだな。元気そうで良かったよ」

 カズキは遠い目をしていた。先日少し話に聞いた、過去の自分の事でも思い出しているのだろうか。
 だがラクトは間違っていた。

「腹減った。飯食って帰ろーぜ。ラクト、どっかいい店知らないか?」
「この近くに何件かあるけど、ナンシーとクレアが一緒なら肉と魚が美味しい店が良いかな?」

 予想と違ったが、これはこれでカズキらしいと思いながらも、ラクトはそう答えていた。
 自然に猫の事も考えるあたり、だいぶカズキに毒されてきたようである。

「良いねぇ。そこにしよう。みんなもいいか?今日は俺のおごりだ」

 その言葉に歓声が上がる。何故か男の声が五つ。

「ん?」

 一人は当然ラクトだが、何故かクリスとセバスチャン、ジュリアンにアインがいた。

「何してんの?」
「「お父様!」」

 カズキの質問には、代表してジュリアンが答えた。

「ワイバーンが巨大化した件で話をしていたんだが、腹が減ったので外に食べに行こうという話になってな」
「それにしては、ずいぶん遠出したな」

 孤児院は街外れにある。もっと近場で済ませることも出来るはずなのだ。

「父上とクリスが、ただ飯の気配がするとか言ってな。二人についてきたら、カズキがいた訳だ」
「金欠二人組の勘か?」
「そんなところだろう」
「・・・まあ、いいか。ラクト、案内してくれ」
「うん」

 国王と公爵がいるが、ラクトに気にした様子はなかった。ランスリードの国民は慣れているからだ。
 その後はラクトの案内で店に入り、アインに感謝されたり、クリスとセバスチャンがただ飯ただ酒を満喫したりと、騒がしい夜は更けていった。
 後日この事がソフィアの耳に入り、セバスチャンとクリスが土下座をしたという。
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