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第二十七話 マイネが仲間になった
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その少年は、マイネのイメージする大賢者から、かけ離れた存在に見えた。
腰には自分と似たような銀製の剣を差していて、それが全く不自然に見えない程に隙が無い。
どう見ても剣士である。実力は『剣帝』と呼ばれるクリストファーにも匹敵するのではないかとマイネには思えた。
そんな人間が存在すること自体信じられないが、それが大賢者なのだというから何かが間違っている。
「二人共寝ちゃったの?」
エルザが声を掛けると、少年は頷いた。
「うん。満足してくれたみたいだ。丁度よく依頼があって助かったよ。運よく巨大化してたから、暫くはワイバーンを倒す必要もないかな」
「運よく?」
マイネは信じられない言葉を聞いた気がして、思わず口に出していた。
「ワイバーンが巨大化していたのに、運がいいとはどういう意味でしょうか?」
「え?だって肉が一杯取れるじゃん」
「・・・どういう事ですか?」
「元々、この依頼を受けたのは猫たちのご飯を確保するためだからな」
「ふざけないで下さい!」
突然声を荒げたマイネに、カズキは不思議そうな表情をした。
「何を怒ってるんだ?」
「当たり前でしょう!村が一つ壊滅したんですよ!?」
「でも村人は無事だったんだろう?なら問題ないじゃないか。そもそもワイバーンを倒したのは俺達なんだから、肉をどうしようと自由なはずだろ?」
「それは!そうかもしれませんが・・・」
マイネはそこでトーンダウンした。そもそも、死にかけていた所を救われたのだから、文句を言える立場ではなかった事に気付いたからだ。しかも、肉まで食べているので尚更である。
「申し訳ありません。八つ当たりでした」
「気にするな。相応の報酬は出るからな」
カズキは本当に気にしていなかった。今はナンシーとクレアをゆっくりと休む事が出来る様にするのが先決だと思っていたからだ。
マイネの見ている前で、カズキの姿が消える。驚いたマイネがその場をジッと見ていると、再びカズキが姿を現した。
「カズキ、あなた肉を食べてないでしょう?焼いてあげるからこっちに来なさい」
「本当?ねーさんありがとう!実は腹が減ってたんだよね」
「馬鹿ね。ナンシーとクレアに食べさせるのに夢中になってるからよ。はい、焼けたわ」
「サンキュー。うん。やっぱり焼いた方が美味いな。クリスとラクトは生ばっか食べてるけど」
マイネの様子も意に介さず、カズキは肉を食べ始めた。
「今のは・・・」
自分の見たものが何だったのか気になったマイネは、カズキに直接聞くのも気まずいので、エルザにそっと聞いてみた。
「エルザ様。今大賢者様が姿を消して、また現れましたが・・・」
「あれは魔法よ?」
エルザはそれしか教えてくれなかった。自分で直接聞けという事なのだろう。
仕方がないので覚悟を決める。
「・・・あの、大賢者様?」
覚悟を決めた割には、ためらいがちな声であったが。
「大賢者は止めてくれ。カズキで良い」
返事があった事に安堵して、マイネは思い切って今の魔法について尋ねた。
「カズキ様。今の魔法について聞きたいのですが?」
「様もいらないんだけど。【次元ハウス+ニャン】という魔法だ」
「【次元ハウス】?それは次元ポストのようなものですか?」
+ニャンが何を意味するかは分からなかったが、取り敢えず分かる範囲で理解しようと、マイネは自分の推測をカズキに告げた。
「基本的には同じかな。それを参考にして創ったから」
「創った?魔法をですか?」
「そうだけど?」
なんでもない事のように言う目の前の少年に、マイネは驚愕する。
何百年も研究の進んでいない空間魔法を、目の前の少年は事も無げに創ったと言ったのだ。
「それを教えてもらう事は出来るのでしょうか?」
期待を込めて言うが、帰ってきた反応はあっさりとした物だった。
「無理じゃね?」
「・・・何故ですか?私にも空間魔法の適正はあるのですが」
「今の魔法は古代魔法だから」
「古代魔法!?さっきのは古代魔法なんですか!?」
「ああ。先輩は古代魔法を使えるのか?」
「いえ。そもそも古代魔法は失伝しています。覚えたくても魔法書もないのでは・・・」
そこまで言ってから、カズキが何故古代魔法を使えるのかが気になったマイネ。
異世界から召喚された事に関係があるのかもしれないと、その疑問をぶつけてみた。
「カズキ様は、何処で古代魔法を?もしや、カズキ様のいた世界では、古代魔法が一般的に使われているのですか?」
「俺のいた世界には魔法なんて無かったぞ?魔法はこっちの世界で覚えたんだ」
「では、女神様のお力で?」
「それも違う。俺が魔法を覚えたのは城でだ。魔法の適正を調べる水晶があるだろう?あれが古代魔法の魔法書なんだ」
「あれが・・・?信じられません」
「そう言われもなぁ。ま、信じる信じないはそっちの勝手だからどーでもいいけど」
「あっ、申し訳ありません!そういう意味ではないのです。何故今までに誰も気付かなかったのかと思って・・・」
カズキの機嫌を損ねたかと思ったマイネは、慌てて弁解をした。
「別に怒ってないから謝らなくてもいいけど。あの水晶に触れても、一定以上の魔力が無いと魔法を覚えられない仕組みになってるんじゃないかって、ジュリアンは言ってたな」
「一定以上の魔力ですか・・・。私も最近水晶に触れましたが、覚える事が出来ませんでした」
「だろうなぁ。多分だけど、ジュリアン位の魔力が無いと覚えられねーだろうし」
「ジュリアン様の?そうだとしたら、私が覚えるのは難しそうです」
マイネは、自分が天才と言われるジュリアンには遠く及ばない事を知っていた。
「そうでもないんじゃないか?先輩の魔力も結構高いぞ?頑張ればいけるって」
「ありがとうございます。カズキ様は他人の魔力量が分かるのですか?」
大賢者に励まされて悪い気はしなかったが、続く言葉でマイネは谷底に突き落とされる。
「ああ。古代魔法を覚えれば分かるようになるみたいだな。今のあんたなら、倍くらいの魔力があれば覚えられると思う」
「えっ?」
固まってしまったマイネを見て、首を傾げるカズキ。
「ねーさん。先輩どーしたの?」
理由が分からないので、カズキはエルザに聞いてみた。
「あなたは簡単に言うけれど、魔力量を上げるのって大変なのよ?」
「・・・そうなの?」
「当たり前でしょ。そんなに簡単に魔力が上がるなら、古代魔法を使える人がもっといないとおかしいじゃない?」
「それもそうか。みんなはどうやって魔力量を上げてるんだ?」
「普通は年を重ねる毎に自然と上がっていくわ。個人差があるけどね。後は限界まで魔力を使うと、反動で増えたりもするわ」
「限界まで?それって倒れるんじゃ・・・」
「そうよ。それ位魔力を上げるのは大変なの」
「そうなのか。知らなかったよ」
限界まで魔力を使った事があるのは過去に一度だけで、自分の魔力が上がったかどうかも気にしていなかったカズキには、気付きようのない話だった。
「でしょうね。あなたは魔法を乱発してもいつも平気な顔しているし」
「そうだっけ?」
「そうよ。邪神と戦った時、思い付きで魔法を使ったでしょ?」
「・・・やっぱバレてた?」
「当然でしょ。詠唱の必要がないのに、尋常じゃない量の魔力を消費しながら延々詠唱してるんだもの。ナンシーがいないから自棄になったのかと思ったわ。・・・なのにあなたは魔力切れもせずに平気な顔をしてるし」
邪神と戦った時の事を、エルザは思い出していた。
「結果的に邪神を滅ぼせたからいいけど、何をしようとしてたの?」
昨日したばかりの話を、カズキはエルザにもう一度した。
「【テレポート】!?」
一緒に話を聞いていたマイネが、ラクトと似たような反応を示した。
「失敗だったけどな」
「それでも凄いです!移動は成功したんですから!」
カズキ的には失敗だったが、マイネには違ったらしい。
身を乗り出してそう言うマイネの、キラキラした尊敬のまなざしを向けられて、カズキは仰け反った。
「あ・・・ありがとう?」
「流石は大賢者カズキ様です!今まで概念しかなかった魔法を使ったんですから!」
いつの間にか手まで握られて、カズキには逃げ場が無くなった。
これが普通の男なら美女に迫られて悪い気はしない筈だが、カズキは非常に迷惑そうである。
助けを求めてエルザを見たが、彼女はニヤニヤしているだけで、そのつもりは全くない事がカズキには分かってしまった。
「あ、カズキが迫られてる。いいなー」
意外にも、カズキの窮地を救ったのはラクトだった。
その言葉で我に返ったのか、マイネは漸くカズキを解放した。
「すいません!つい興奮してしまって」
「・・・気にしないでくれ」
マイネから距離を取りながら、カズキはそう答えた。
そして、救世主となったラクトに感謝の視線を送る。
「もしかして邪魔しちゃった?」
だが、ラクトには通じていなかった。それどころか、すまなそうな視線が返ってくる。
「いや、助かった。失敗した【テレポート】の話をしたら、突然態度が豹変したからな。ねーさんは助けてくれないし」
「それはしょうがないよ。僕だって興奮したからね。カズキは失敗だって言うけど、移動そのものには成功してる。魔法使いなら、みんなそう思うんじゃないかな」
安全に使えなければ失敗だと思っているカズキと、移動したんだから成功と言うラクトとマイネ。
両者の意見が違うのは、【テレポート】という魔法を使えるか使えないか、という事にあるのかもしれない。
カズキは一瞬そう考えたが、どうせ自分にしか使えない魔法なので、考えるのを止めた。単に面倒になっただけとも言うが。
「それよりも、もう肉は良いのか?他の奴らはまだ食ってるけど」
「今は小休止かな。生肉ばっかり食べてたから、今度は焼いてみようと思って」
「・・・まだ食うのか」
「次はいつ食べられるか分からないからね!それはそうと、聞きたい事があったんだけど」
「なんだ?」
「なんか魔力が増えてるような気がするんだけど、どうしてだと思う?」
肉に夢中だったラクトは、我に返った時に初めてその事実に気が付いたらしい。
「それはワイバーンの生肉を食べたからだろうな。理由は分からないが、生肉を食べた奴は全員が魔力が増えてるようだ」
「ワイバーンにそんな効果が!?」
「さあ?俺もみんなも生肉を食べたのは初めてだからな。だけど、全てのワイバーンに当てはまるなら、討伐依頼を受ける人間がもっといてもいいと思わないか?」
カズキの言う通り、ワイバーンにそんな効果があるのなら、Aランクの魔法使いは積極的に依頼を受けるだろう。それだけ魔力を上げるのは大変なのだ。
「・・・つまり、このワイバーンが例外だと?」
「俺はそう思ってる。短期間で急成長したと言っていただろう?そこに秘密があるような気がする」
カズキの推測に、その場にいた全員が得心がいったような顔をした。
「この土地は作物の成長が早く、不作になる事も滅多に無いのです。私が依頼を受けたのも、自分の腕試しとは別に、そういう事情もありました」
マイネが依頼を受けた理由を説明する。
「へえ。って事は、ワイバーンが急成長した理由もその辺にあるかもな」
「この土地に何かがあるって事?」
「多分だけど」
「それが分かれば、魔力がもっと上がるのかな?」
期待を込めてラクトは言うが、カズキは否定的だった。
「さあ?期待しないほうが良いんじゃないか?」
「どうしてそう思うの?」
「ワイバーンが急成長したんだぞ?ここにその何かがあったとしても、ワイバーンが根こそぎ持っていってそうじゃん」
カズキの言葉に真っ先に反応したのはマイネだった。
「それはつまり、この村の特性が失われたかもしれないという事ですか!?」
再び身を乗り出すマイネに、またも仰け反るカズキ。
「さあ?あくまで推測だからな?」
「ですが・・・。いえ、すみません。そうですよね、まだそうと決まった訳ではないですよね」
「そうそう。もしそうだとしても時間が解決してくれるかもしれないし」
「そうですね。まずはこの村を復興しないと・・・」
マイネはそう言ったきり、黙り込んでしまった。
「貴族は大変だなぁ。王族のクリスは好き勝手やってるのに」
クリスを見ながらカズキはそう言った。
「流石にそれは無いんじゃない?邪神を倒すのも仕事だったんじゃないの?」
「そういえばそうか。剣を買うために金稼ぎしてる印象しかなくてなぁ」
「間違ってないわね。城にいない時は冒険者ギルドに入り浸ってるし」
「お前達は俺を何だと思ってるんだ?」
「「剣マニア」」
突然後ろから聞こえた声にも動じず、カズキとエルザは即答した。
「・・・・・・」
「お?図星を指されて固まったぞ」
「ぐうの音も出ないみたいね」
「事実だからな。先輩もまさか、金の為に助けられたとは夢にも思ってないだろうし」
「おまっ!マイネに聞こえたらどうするんだ!」
未だに考え込んでいるマイネを見ながら、クリスは慌ててそう言った。
「どうせすぐにバレるって。多分だけど、マイネ先輩生存のボーナスは実家が出してる筈だからな」
「・・・何だと?」
「当然だろ?ただの冒険者を、どうして国が助ける必要がある?」
「・・・そういう事か」
「だから早いか遅いかの違いだけだ。気にするな」
「気にするわ!」
クリスの叫び声に、マイネが顔を上げた。
「クリストファー様?」
「っ。・・・マイネか。無事で何よりだ」
咄嗟に表情を取り繕って、クリスは剣帝モードを発動した。
「危ない所を救って頂き、ありがとうございました」
マイネはそう言って頭を下げた。
「偶然通り掛かっただけだ。それに、相応の報酬は得ている。気にする必要はない」
このやり取りをニヤニヤしながら見ているカズキとエルザを横目に、クリスはそう返した。
「上手い事言いやがった」
「そうね。あれなら事情を知った上で冒険者として依頼を受けたように装えるわ。クリスにしては考えたわね」
つまらなそうな顔でそう言って、二人はまた焼肉に戻った。
「それよりも頑張っているようだな。学院で見たが、ランキング戦で全て一位になっているじゃないか」
「ありがとうございます。ですが今年は・・・」
クリスに褒められて嬉しそうな顔をしたマイネだが、カズキを見て溜め息を吐いた。
「ん?ああ、カズキか」
「はい。あの方に勝てる気がしません」
「あいつは大丈夫だ。目立つのが嫌いだからな。ランキング戦も興味はないだろうし、トーナメントも出ないだろう」
「出るわよ?」
話に割り込んだのはエルザである。
「学院でも目立ってますよね。入学式の大暴れとか、入学二日目でランキング戦17人抜きとか。武器戦闘10位とか」
ラクトも話に加わった。
「お前・・・、何やってるんだ?」
「成り行きだ」
主にジュリアンとエルザの所為であるが、単位欲しさに決闘を受けたのは自分なので、カズキはそう言うしかなかった。
「今度魔法戦闘の三位とも戦うよね。コエン・ザイムって人」
「そうだっけ?」
カズキはやはり覚えていなかった。
「コエンですか・・・。彼とは一度だけ戦った事があります。魔法の使い方が上手いので、私も苦戦しましたね。もしかして、学院内を案内してる時に?」
「はい。カズキの剣を狙って決闘を仕掛けてきました」
「最近は挑戦を受けてくれる人がいなかったので、カズキ様を狙ったのでしょうね。フローネ様が神聖魔法を使う事は知っているでしょうし、ラクトさん?だと万が一の事があるかもしれない。そう考えて剣士風のカズキ様を標的に選んだのでしょうが・・・」
「そいつが何者かは知らないが、運が悪かったな」
クリスの言葉に皆が頷いた。
「未来の確定した勝負は置くとして、直にある試験はどうしますか?最初の試験はパーティ単位で行われるのですが」
マイネの言葉にラクトが反応した。
「試験!?そんなすぐにあるんですか!?」
「ええ。後一週間位でしょうか?学院に戻れば告知されていると思います」
「どうしよう!そんなすぐに試験があるなんて!」
「ラクト、落ち着けよ。ほら、これでも食え」
カズキがラクトに手渡したのは、焼いたワイバーンの肉だった。
反射的に受け取って口に入れたラクトの表情が緩む。
「焼いても美味しいなぁ。じゃなかった。試験だよ!帰って準備しないと!」
「何をだ?内容は毎回違うって言ってなかったっけ」
「その通りですが、決まっている事もあります。最初の試験は必ずパーティ単位で行われるのと、全学年合同で行う事です」
「パーティの制限人数は?」
「四人までです」
「だってさ。俺達は三人だから問題ないだろ?」
「そうだね。カズキもいるし」
落ち着きを取り戻したラクトは、今度は肉を焼く事に集中し始めた。
「・・・カズキ様たちは、三人パーティなのですか?」
「そうだけど?」
「あと一人追加する気はないですか?」
「さあ?リーダーに聞いてくれ」
そう言ってラクトを指差すカズキ。
ラクトは気付かずに肉を頬張っていた。
「分かりました。ラクトさん、よろしいでしょうか?」
マイネはラクトに声を掛けて、話をし始めた。
「パーティって、学年が違っても組めるのか?」
疑問を感じたカズキは、ラクトと同じく焼肉を頬張っているクリスに聞いた。
「もご?」
「・・・いや、いい。ねーさんに聞くから」
頷いたクリスは食事に戻った。
「ねーさん、どーなの?」
「可能よ。進級すると、それまでパーティを組んでた相手が落第してる事もあるでしょ?」
「成程ね」
二人で話をしていると、マイネが嬉しそうな顔で戻ってきた。
「ラクトさんとフローネ様には許可していただきました。カズキ様もよろしいですか?」
「・・・様を止めてくれるならな」
「承知いたしました。それではカズキさん、よろしくお願いします」
「・・・よろしく」
差し出された手を握り返しながら、カズキはそう返答した。
腰には自分と似たような銀製の剣を差していて、それが全く不自然に見えない程に隙が無い。
どう見ても剣士である。実力は『剣帝』と呼ばれるクリストファーにも匹敵するのではないかとマイネには思えた。
そんな人間が存在すること自体信じられないが、それが大賢者なのだというから何かが間違っている。
「二人共寝ちゃったの?」
エルザが声を掛けると、少年は頷いた。
「うん。満足してくれたみたいだ。丁度よく依頼があって助かったよ。運よく巨大化してたから、暫くはワイバーンを倒す必要もないかな」
「運よく?」
マイネは信じられない言葉を聞いた気がして、思わず口に出していた。
「ワイバーンが巨大化していたのに、運がいいとはどういう意味でしょうか?」
「え?だって肉が一杯取れるじゃん」
「・・・どういう事ですか?」
「元々、この依頼を受けたのは猫たちのご飯を確保するためだからな」
「ふざけないで下さい!」
突然声を荒げたマイネに、カズキは不思議そうな表情をした。
「何を怒ってるんだ?」
「当たり前でしょう!村が一つ壊滅したんですよ!?」
「でも村人は無事だったんだろう?なら問題ないじゃないか。そもそもワイバーンを倒したのは俺達なんだから、肉をどうしようと自由なはずだろ?」
「それは!そうかもしれませんが・・・」
マイネはそこでトーンダウンした。そもそも、死にかけていた所を救われたのだから、文句を言える立場ではなかった事に気付いたからだ。しかも、肉まで食べているので尚更である。
「申し訳ありません。八つ当たりでした」
「気にするな。相応の報酬は出るからな」
カズキは本当に気にしていなかった。今はナンシーとクレアをゆっくりと休む事が出来る様にするのが先決だと思っていたからだ。
マイネの見ている前で、カズキの姿が消える。驚いたマイネがその場をジッと見ていると、再びカズキが姿を現した。
「カズキ、あなた肉を食べてないでしょう?焼いてあげるからこっちに来なさい」
「本当?ねーさんありがとう!実は腹が減ってたんだよね」
「馬鹿ね。ナンシーとクレアに食べさせるのに夢中になってるからよ。はい、焼けたわ」
「サンキュー。うん。やっぱり焼いた方が美味いな。クリスとラクトは生ばっか食べてるけど」
マイネの様子も意に介さず、カズキは肉を食べ始めた。
「今のは・・・」
自分の見たものが何だったのか気になったマイネは、カズキに直接聞くのも気まずいので、エルザにそっと聞いてみた。
「エルザ様。今大賢者様が姿を消して、また現れましたが・・・」
「あれは魔法よ?」
エルザはそれしか教えてくれなかった。自分で直接聞けという事なのだろう。
仕方がないので覚悟を決める。
「・・・あの、大賢者様?」
覚悟を決めた割には、ためらいがちな声であったが。
「大賢者は止めてくれ。カズキで良い」
返事があった事に安堵して、マイネは思い切って今の魔法について尋ねた。
「カズキ様。今の魔法について聞きたいのですが?」
「様もいらないんだけど。【次元ハウス+ニャン】という魔法だ」
「【次元ハウス】?それは次元ポストのようなものですか?」
+ニャンが何を意味するかは分からなかったが、取り敢えず分かる範囲で理解しようと、マイネは自分の推測をカズキに告げた。
「基本的には同じかな。それを参考にして創ったから」
「創った?魔法をですか?」
「そうだけど?」
なんでもない事のように言う目の前の少年に、マイネは驚愕する。
何百年も研究の進んでいない空間魔法を、目の前の少年は事も無げに創ったと言ったのだ。
「それを教えてもらう事は出来るのでしょうか?」
期待を込めて言うが、帰ってきた反応はあっさりとした物だった。
「無理じゃね?」
「・・・何故ですか?私にも空間魔法の適正はあるのですが」
「今の魔法は古代魔法だから」
「古代魔法!?さっきのは古代魔法なんですか!?」
「ああ。先輩は古代魔法を使えるのか?」
「いえ。そもそも古代魔法は失伝しています。覚えたくても魔法書もないのでは・・・」
そこまで言ってから、カズキが何故古代魔法を使えるのかが気になったマイネ。
異世界から召喚された事に関係があるのかもしれないと、その疑問をぶつけてみた。
「カズキ様は、何処で古代魔法を?もしや、カズキ様のいた世界では、古代魔法が一般的に使われているのですか?」
「俺のいた世界には魔法なんて無かったぞ?魔法はこっちの世界で覚えたんだ」
「では、女神様のお力で?」
「それも違う。俺が魔法を覚えたのは城でだ。魔法の適正を調べる水晶があるだろう?あれが古代魔法の魔法書なんだ」
「あれが・・・?信じられません」
「そう言われもなぁ。ま、信じる信じないはそっちの勝手だからどーでもいいけど」
「あっ、申し訳ありません!そういう意味ではないのです。何故今までに誰も気付かなかったのかと思って・・・」
カズキの機嫌を損ねたかと思ったマイネは、慌てて弁解をした。
「別に怒ってないから謝らなくてもいいけど。あの水晶に触れても、一定以上の魔力が無いと魔法を覚えられない仕組みになってるんじゃないかって、ジュリアンは言ってたな」
「一定以上の魔力ですか・・・。私も最近水晶に触れましたが、覚える事が出来ませんでした」
「だろうなぁ。多分だけど、ジュリアン位の魔力が無いと覚えられねーだろうし」
「ジュリアン様の?そうだとしたら、私が覚えるのは難しそうです」
マイネは、自分が天才と言われるジュリアンには遠く及ばない事を知っていた。
「そうでもないんじゃないか?先輩の魔力も結構高いぞ?頑張ればいけるって」
「ありがとうございます。カズキ様は他人の魔力量が分かるのですか?」
大賢者に励まされて悪い気はしなかったが、続く言葉でマイネは谷底に突き落とされる。
「ああ。古代魔法を覚えれば分かるようになるみたいだな。今のあんたなら、倍くらいの魔力があれば覚えられると思う」
「えっ?」
固まってしまったマイネを見て、首を傾げるカズキ。
「ねーさん。先輩どーしたの?」
理由が分からないので、カズキはエルザに聞いてみた。
「あなたは簡単に言うけれど、魔力量を上げるのって大変なのよ?」
「・・・そうなの?」
「当たり前でしょ。そんなに簡単に魔力が上がるなら、古代魔法を使える人がもっといないとおかしいじゃない?」
「それもそうか。みんなはどうやって魔力量を上げてるんだ?」
「普通は年を重ねる毎に自然と上がっていくわ。個人差があるけどね。後は限界まで魔力を使うと、反動で増えたりもするわ」
「限界まで?それって倒れるんじゃ・・・」
「そうよ。それ位魔力を上げるのは大変なの」
「そうなのか。知らなかったよ」
限界まで魔力を使った事があるのは過去に一度だけで、自分の魔力が上がったかどうかも気にしていなかったカズキには、気付きようのない話だった。
「でしょうね。あなたは魔法を乱発してもいつも平気な顔しているし」
「そうだっけ?」
「そうよ。邪神と戦った時、思い付きで魔法を使ったでしょ?」
「・・・やっぱバレてた?」
「当然でしょ。詠唱の必要がないのに、尋常じゃない量の魔力を消費しながら延々詠唱してるんだもの。ナンシーがいないから自棄になったのかと思ったわ。・・・なのにあなたは魔力切れもせずに平気な顔をしてるし」
邪神と戦った時の事を、エルザは思い出していた。
「結果的に邪神を滅ぼせたからいいけど、何をしようとしてたの?」
昨日したばかりの話を、カズキはエルザにもう一度した。
「【テレポート】!?」
一緒に話を聞いていたマイネが、ラクトと似たような反応を示した。
「失敗だったけどな」
「それでも凄いです!移動は成功したんですから!」
カズキ的には失敗だったが、マイネには違ったらしい。
身を乗り出してそう言うマイネの、キラキラした尊敬のまなざしを向けられて、カズキは仰け反った。
「あ・・・ありがとう?」
「流石は大賢者カズキ様です!今まで概念しかなかった魔法を使ったんですから!」
いつの間にか手まで握られて、カズキには逃げ場が無くなった。
これが普通の男なら美女に迫られて悪い気はしない筈だが、カズキは非常に迷惑そうである。
助けを求めてエルザを見たが、彼女はニヤニヤしているだけで、そのつもりは全くない事がカズキには分かってしまった。
「あ、カズキが迫られてる。いいなー」
意外にも、カズキの窮地を救ったのはラクトだった。
その言葉で我に返ったのか、マイネは漸くカズキを解放した。
「すいません!つい興奮してしまって」
「・・・気にしないでくれ」
マイネから距離を取りながら、カズキはそう答えた。
そして、救世主となったラクトに感謝の視線を送る。
「もしかして邪魔しちゃった?」
だが、ラクトには通じていなかった。それどころか、すまなそうな視線が返ってくる。
「いや、助かった。失敗した【テレポート】の話をしたら、突然態度が豹変したからな。ねーさんは助けてくれないし」
「それはしょうがないよ。僕だって興奮したからね。カズキは失敗だって言うけど、移動そのものには成功してる。魔法使いなら、みんなそう思うんじゃないかな」
安全に使えなければ失敗だと思っているカズキと、移動したんだから成功と言うラクトとマイネ。
両者の意見が違うのは、【テレポート】という魔法を使えるか使えないか、という事にあるのかもしれない。
カズキは一瞬そう考えたが、どうせ自分にしか使えない魔法なので、考えるのを止めた。単に面倒になっただけとも言うが。
「それよりも、もう肉は良いのか?他の奴らはまだ食ってるけど」
「今は小休止かな。生肉ばっかり食べてたから、今度は焼いてみようと思って」
「・・・まだ食うのか」
「次はいつ食べられるか分からないからね!それはそうと、聞きたい事があったんだけど」
「なんだ?」
「なんか魔力が増えてるような気がするんだけど、どうしてだと思う?」
肉に夢中だったラクトは、我に返った時に初めてその事実に気が付いたらしい。
「それはワイバーンの生肉を食べたからだろうな。理由は分からないが、生肉を食べた奴は全員が魔力が増えてるようだ」
「ワイバーンにそんな効果が!?」
「さあ?俺もみんなも生肉を食べたのは初めてだからな。だけど、全てのワイバーンに当てはまるなら、討伐依頼を受ける人間がもっといてもいいと思わないか?」
カズキの言う通り、ワイバーンにそんな効果があるのなら、Aランクの魔法使いは積極的に依頼を受けるだろう。それだけ魔力を上げるのは大変なのだ。
「・・・つまり、このワイバーンが例外だと?」
「俺はそう思ってる。短期間で急成長したと言っていただろう?そこに秘密があるような気がする」
カズキの推測に、その場にいた全員が得心がいったような顔をした。
「この土地は作物の成長が早く、不作になる事も滅多に無いのです。私が依頼を受けたのも、自分の腕試しとは別に、そういう事情もありました」
マイネが依頼を受けた理由を説明する。
「へえ。って事は、ワイバーンが急成長した理由もその辺にあるかもな」
「この土地に何かがあるって事?」
「多分だけど」
「それが分かれば、魔力がもっと上がるのかな?」
期待を込めてラクトは言うが、カズキは否定的だった。
「さあ?期待しないほうが良いんじゃないか?」
「どうしてそう思うの?」
「ワイバーンが急成長したんだぞ?ここにその何かがあったとしても、ワイバーンが根こそぎ持っていってそうじゃん」
カズキの言葉に真っ先に反応したのはマイネだった。
「それはつまり、この村の特性が失われたかもしれないという事ですか!?」
再び身を乗り出すマイネに、またも仰け反るカズキ。
「さあ?あくまで推測だからな?」
「ですが・・・。いえ、すみません。そうですよね、まだそうと決まった訳ではないですよね」
「そうそう。もしそうだとしても時間が解決してくれるかもしれないし」
「そうですね。まずはこの村を復興しないと・・・」
マイネはそう言ったきり、黙り込んでしまった。
「貴族は大変だなぁ。王族のクリスは好き勝手やってるのに」
クリスを見ながらカズキはそう言った。
「流石にそれは無いんじゃない?邪神を倒すのも仕事だったんじゃないの?」
「そういえばそうか。剣を買うために金稼ぎしてる印象しかなくてなぁ」
「間違ってないわね。城にいない時は冒険者ギルドに入り浸ってるし」
「お前達は俺を何だと思ってるんだ?」
「「剣マニア」」
突然後ろから聞こえた声にも動じず、カズキとエルザは即答した。
「・・・・・・」
「お?図星を指されて固まったぞ」
「ぐうの音も出ないみたいね」
「事実だからな。先輩もまさか、金の為に助けられたとは夢にも思ってないだろうし」
「おまっ!マイネに聞こえたらどうするんだ!」
未だに考え込んでいるマイネを見ながら、クリスは慌ててそう言った。
「どうせすぐにバレるって。多分だけど、マイネ先輩生存のボーナスは実家が出してる筈だからな」
「・・・何だと?」
「当然だろ?ただの冒険者を、どうして国が助ける必要がある?」
「・・・そういう事か」
「だから早いか遅いかの違いだけだ。気にするな」
「気にするわ!」
クリスの叫び声に、マイネが顔を上げた。
「クリストファー様?」
「っ。・・・マイネか。無事で何よりだ」
咄嗟に表情を取り繕って、クリスは剣帝モードを発動した。
「危ない所を救って頂き、ありがとうございました」
マイネはそう言って頭を下げた。
「偶然通り掛かっただけだ。それに、相応の報酬は得ている。気にする必要はない」
このやり取りをニヤニヤしながら見ているカズキとエルザを横目に、クリスはそう返した。
「上手い事言いやがった」
「そうね。あれなら事情を知った上で冒険者として依頼を受けたように装えるわ。クリスにしては考えたわね」
つまらなそうな顔でそう言って、二人はまた焼肉に戻った。
「それよりも頑張っているようだな。学院で見たが、ランキング戦で全て一位になっているじゃないか」
「ありがとうございます。ですが今年は・・・」
クリスに褒められて嬉しそうな顔をしたマイネだが、カズキを見て溜め息を吐いた。
「ん?ああ、カズキか」
「はい。あの方に勝てる気がしません」
「あいつは大丈夫だ。目立つのが嫌いだからな。ランキング戦も興味はないだろうし、トーナメントも出ないだろう」
「出るわよ?」
話に割り込んだのはエルザである。
「学院でも目立ってますよね。入学式の大暴れとか、入学二日目でランキング戦17人抜きとか。武器戦闘10位とか」
ラクトも話に加わった。
「お前・・・、何やってるんだ?」
「成り行きだ」
主にジュリアンとエルザの所為であるが、単位欲しさに決闘を受けたのは自分なので、カズキはそう言うしかなかった。
「今度魔法戦闘の三位とも戦うよね。コエン・ザイムって人」
「そうだっけ?」
カズキはやはり覚えていなかった。
「コエンですか・・・。彼とは一度だけ戦った事があります。魔法の使い方が上手いので、私も苦戦しましたね。もしかして、学院内を案内してる時に?」
「はい。カズキの剣を狙って決闘を仕掛けてきました」
「最近は挑戦を受けてくれる人がいなかったので、カズキ様を狙ったのでしょうね。フローネ様が神聖魔法を使う事は知っているでしょうし、ラクトさん?だと万が一の事があるかもしれない。そう考えて剣士風のカズキ様を標的に選んだのでしょうが・・・」
「そいつが何者かは知らないが、運が悪かったな」
クリスの言葉に皆が頷いた。
「未来の確定した勝負は置くとして、直にある試験はどうしますか?最初の試験はパーティ単位で行われるのですが」
マイネの言葉にラクトが反応した。
「試験!?そんなすぐにあるんですか!?」
「ええ。後一週間位でしょうか?学院に戻れば告知されていると思います」
「どうしよう!そんなすぐに試験があるなんて!」
「ラクト、落ち着けよ。ほら、これでも食え」
カズキがラクトに手渡したのは、焼いたワイバーンの肉だった。
反射的に受け取って口に入れたラクトの表情が緩む。
「焼いても美味しいなぁ。じゃなかった。試験だよ!帰って準備しないと!」
「何をだ?内容は毎回違うって言ってなかったっけ」
「その通りですが、決まっている事もあります。最初の試験は必ずパーティ単位で行われるのと、全学年合同で行う事です」
「パーティの制限人数は?」
「四人までです」
「だってさ。俺達は三人だから問題ないだろ?」
「そうだね。カズキもいるし」
落ち着きを取り戻したラクトは、今度は肉を焼く事に集中し始めた。
「・・・カズキ様たちは、三人パーティなのですか?」
「そうだけど?」
「あと一人追加する気はないですか?」
「さあ?リーダーに聞いてくれ」
そう言ってラクトを指差すカズキ。
ラクトは気付かずに肉を頬張っていた。
「分かりました。ラクトさん、よろしいでしょうか?」
マイネはラクトに声を掛けて、話をし始めた。
「パーティって、学年が違っても組めるのか?」
疑問を感じたカズキは、ラクトと同じく焼肉を頬張っているクリスに聞いた。
「もご?」
「・・・いや、いい。ねーさんに聞くから」
頷いたクリスは食事に戻った。
「ねーさん、どーなの?」
「可能よ。進級すると、それまでパーティを組んでた相手が落第してる事もあるでしょ?」
「成程ね」
二人で話をしていると、マイネが嬉しそうな顔で戻ってきた。
「ラクトさんとフローネ様には許可していただきました。カズキ様もよろしいですか?」
「・・・様を止めてくれるならな」
「承知いたしました。それではカズキさん、よろしくお願いします」
「・・・よろしく」
差し出された手を握り返しながら、カズキはそう返答した。
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