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第二十六話 ワイバーン討伐

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「さて・・・」

 気絶したマイネを一瞥して、クリスは考え込んだ。

「カズキ遅いな・・・。あいつが来ないとここを動けないじゃないか」

 勝手に先行したくせに、酷い言い草である。

「呼んだか?」

 そこにカズキが到着した。

「この人がマイネ?」
「ああ」

 その娘は火傷や擦り傷などを負っていたが、命に別条はなさそうだった。
 装備は、所々金属で補強された革の胸当てに小型の円形の盾。武器は銀製の剣で、カズキが持っている物とよく似ていた。
 燃えるような赤い髪は戦闘の邪魔にならないようにか、後ろで一つに束ねられている。

「ふーん。一人でここまで粘ったのか。なかなかやるじゃん」
「そうだな。とはいえギリギリだったが。もう少し遅れていたら・・・」
「6億円が水の泡だった?」
「そうそう・・・って違う!俺はそんな事を考えた訳ではない!」
「嘘つけ。一直線にマイネに向かった癖に。まだ息のある他の冒険者もいたんだぞ?」
「しょうがないだろう!金が欲しいんだから!」

 誤魔化せないと思ったクリスは、逆切れで対応した。

「開き直りやがった。良かったなー、マイネが気絶してて。自分が助かった理由が金の為だと知ったら、どんな顔をしたんだろうか」
「うるせえ」

 クリスは八つ当たり気味に、再度襲って来た尾を剣で弾き返した。
 硬いもの同士がぶつかり合う音がして、尾は持ち主の元へ戻っていく。

「硬いな。切り飛ばすつもりだったのに・・・」
「アダマンタイトでも斬れないのか?そうなるとクリスは役に立たないな。マイネを連れて下がってるか?」
「いやいや。まだ魔力は込めていないからな?今のは剣の性能を試したかっただけだ。流石は魔剣だな。刃こぼれ一つしてないぞ」

 クリスは今にも剣に頬ずりしそうな顔をしていた。

「これでオーダーメイドの剣になればどうなってしまうんだろう。今から完成が待ち遠しいぜ」
「ダマスカス鋼の剣が、アダマンタイトに勝てるとは思えないんだが・・・」
「え?」

 クリスがカズキの言葉に疑問の声を上げた。

「魔力を込めてくれるんじゃないのか?俺はそのつもりだったんだが」
「何で?」
「何でって、それはあれだろ。最高の剣士には最高の剣が必要じゃないか」
「そうかもな」
「だったら分かるだろ?」
「何が?」
「・・・お願いします!カズキ様!」

 クリスは土下座した。

「そんな事言われてもなー。俺にメリットが無いし」

 カズキはワイバーンのブレスを防ぎながらそう言った。
 そこにエルザの引率で、フローネとラクトが現れた。

「お兄様?」
「・・・なんでクリスさんは土下座してるの?」
「どうせ自分に都合のいい夢でも見てたんでしょ。それをカズキに指摘されたって所かしら」

 エルザは、まるで見ていたかの様な発言をした。
 そこにワイバーンから再度ブレスが吐かれるが、カズキの張った魔法障壁によって完全に防がれる。

「凄い迫力だね。カズキたちがいなかったら、近寄ろうとも思わないよ」
「私もです。こんなに恐ろしいなんて。それを考えるとマイネさんは凄いですね。たった一人でワイバーンに対峙していたのでしょう?」

 ラクトとフローネは、気絶しているマイネを見ながら口々にそう言った。

「流石はランキング一位を独占しているだけの事はある。とはいえ、アレの相手をするのは無謀だったな。普通のワイバーンなら、雇った冒険者と協力してどうにかなったかもしれないが」

 カズキはそう言いながら、当社比三倍のワイバーンを見て嬉しそうに笑った。

「カズキはなんでアレを見て笑ってるの?」
「でかいから肉が一杯取れるじゃん。四人で山分けしても充分な量だ。当分猫たちのご飯の心配をしなくていいだろ?」

 カズキはぶれなかった。

「ホントに食料としか見てないんだね。ところで、四人って誰の事?」
「俺、ねーさん、ラクト、フローネの四人だ」

 ラクトの言葉に答えたカズキに、クリスが抗議の声を上げる。

「待て!なんで俺はカウントされないんだ!」
「・・・なぁクリス」
「なんだ?」
「魔剣の値段って、幾らするんだろうな」

 クリスはカズキの思惑に気付いてしまった。
 新しい剣に魔力を込める代わりに、クリスの取り分を寄越せと言っているのだ。

「待て!かつお節一本じゃ駄目なのか!?今まではそれで満足してたじゃないか!」
「え?魔剣の値段がかつお節と等価だったの!?」

 ラクトの驚きの声に、エルザが理由を説明した。

「カズキは魔剣の存在を知らなかったのよ。かつお節も要求した訳じゃなくて、お礼にって渡された物ね。元手が掛からないからラッキーって、昔は言ってたのよ」
「そういう事ですか・・・。クリスさん、魔剣に変化させるのに、一瞬で大量の魔力を消費する必要があるんです。ワイバーンの肉の権利を放棄するだけで魔剣が手に入るなんて、凄くお得な話ですよ?僕だったら迷いません。何しろカズキにしか出来ない事ですから」

 銀製の剣がミスリルに変わる過程を見たラクトは断言した。
 古代魔法を使っていた当時の魔法使いにも、カズキのような事は出来なかったに違いないとラクトは思っている。
 何故なら、まとまった量の魔法金属の発見例が無いからだ。
 次元ポストに使われる位の魔法金属は比較的良く見つかるが、他の物はラクトも知らない。
 魔剣も初代勇者が数本所持していたと文献にあったが、恐らく剣の表面だけ魔法金属になっていたのか、あるいはガセだとラクトは思っていた。

「兄貴も同じような事を言っていたな。・・・分かった。その条件で手を打とう」

 クリスは葛藤の末に、ラクトの提案を受け入れた。
 ワイバーンの肉を売れば金が手に入るが、魔剣にするのはカズキにしかできない。
 他に方法があれば別だが、クリスには思いつかなかった。

「商談成立だな。そうと決まればさっさとワイバーンを倒すか。ねーさん、マイネは?」
「フローネが傷を治したから、魔力が回復すれば目を覚ますと思うわよ」
「そっか。流石フローネだな」
「いえ、私にはこれ位しか出来ませんから。あのワイバーンと戦うカズキさんたちに比べれば、何もしてないのと同じです。ですから、肉は受け取れません」
「僕も。今回はただの見学になるし、カズキたちの戦いを見れるだけで、十分におつりがくるよ」
「二人とも欲がねーなぁ。ラクトは金がないんじゃなかったっけ?」
「それはそうなんだけど・・・。僕がワイバーンを倒したなんて、誰も信じてくれないよ?そもそも僕のランクじゃ受けられない依頼だったし」

 ワイバーン退治は最低Aランクからである。ラクトが肉を持ち帰った事が広まれば、強奪するために狙われる可能性もあった。それだけ希少で高価なのだ。

「私もいいわ、嵩張るし。そもそもあの巨体を冷凍するのも、運搬するのもカズキにしか出来ないでしょう?どうせ売る気もないし、倒した後に肉を御馳走してくれればそれで」
「その問題もあったか。結局カズキがいないと肉の確保も出来ないんだった」
「そうよ?だから実質タダで魔剣を手に入れるような物でしょ?」
「そう考えるとワイバーンが巨大化していて良かった気がするな。最初はただの付き添いだった訳だし、お陰で六億円手に入る」

 ようやく前向きになったクリスは、襲い来る尾を剣で斬り飛ばした。

「あれ?尻尾も食えたっけ?」

 尾を切断されて怒り狂うワイバーンをよそに、カズキは呑気に考え込んだ。

「先端の毒針以外ならいけるかな?まあいいか、取り敢えず保存しておこう」

 カズキがそう言うと、斬り飛ばされた尾が凍り付いた。

「ねえカズキ、尾が再生してるみたいだけど」

 ラクトに指摘されてワイバーンに注意を戻すと、失ったはずの尾が確かに復活し始めていた。

「ホントだ。どういう仕組みだ?ワイバーンって、魔法を使えるのか?」
「どっちかっていうと、トカゲの尻尾じゃない?ほら、切り離してもまた生えてくるでしょう?」
「あー、あれね」

 エルザの推測に、カズキは納得したような声をあげた。 
 そんな会話をしているうちに尾の再生が終わり、ワイバーンの攻撃が激しさを増し始めた。

「ねえカズキ」
「なんだ?」
「騎士団の人たちは大丈夫かな?ブレスが街道に向かってるんだけど」
「大丈夫じゃね?さっきだって何ともなかっただろ?」
「・・・そういえばそうだね。でも何でさっきは無事だったんだろう。ゴロツキの兵士は一瞬で蒸発してたのに」
「簡単な話だ。距離が遠いのと、騎士団の装備はオリハルコン製だからな。多少は火傷しているかもしれないが、全員で盾をかざせば防げるだろう」
「え?・・・もしかして騎士団の被害が少なかったのって」
「カズキのお陰だな。当時は分からなかったが」

 ラクトの疑問に答えるクリス。心なしか複雑そうな表情をしていた。
 ラクトには理由が分からなかったが、騎士団の装備はカズキによって魔剣に代わっている。
 クリスは最近までその事実を知らず、それ故複雑な表情をしていたのであった。
 要はただの嫉妬である。

「そうだったんですか。それでかつお節の話が?」
「そういう事だ」

 状況を忘れて話し込む二人に、エルザが呆れたように声を掛けた。

「ワイバーンが近づいてくるんだけど、逃げなくていいの?踏みつぶされたら死ぬわよ」

 見ると、二人以外はすでにワイバーンの進路上から退避していた。

「うわぁ!」

 ラクトは慌ててエルザの方へ駆け込んだが、クリスはその場を動かなかった。

「好都合だ。遠くからブレスを吐かれたら近づけないからな。さあ来い!解体バラして食料にしてやるぜ!」

 クリスはそう言うと、自分からワイバーンに接近していく。
 ワイバーンは尾を斬り飛ばしたクリスを標的に定めたのか、狂ったようにブレスを吐きながら強靭な尾を振るった。
 クリスはブレスを剣で切り裂き、尾の攻撃を飛び上がって躱すと、一直線にワイバーンに向かって走る。

「熱い!火傷した!エルザ、頼む!」

 クリスの要望に応えて、エルザが回復魔法を飛ばす。

「【ヒーリング】っと。なんであいつはいつも、援護する前に突っ込むのかしら。いくら剣でブレスを斬れるからって、熱い物は熱いでしょうに」
「さあ?馬鹿だからじゃない?もしくは痛いのが気持ちいいとか」
「そういう事!それなら回復は後でもいいかしら?」
「聞こえてるぞ!」

 勝手な事を言って盛り上がるエルザとカズキに、クリスが抗議の声を上げた。

「カズキ!ブレスをどうにかしてくれ!熱い!」

 ワイバーンはクリスに接近されると、空へと飛んでブレスを吐きまくった。
 お陰でクリスは防戦一方である。更にブレスを隠れ蓑に、毒針による攻撃も追加された。
 地面には無数の穴が開いており、見た目はモグラたたきのような有様である。

「え?一人で戦うんじゃないのか?さっきマイネに、『頑張ったな。後は任せておけ』とか恰好付けてたじゃん」
「聞いてやがった!確かにそう言ったが、限度って物があるだろ!」
「分かった分かった。これで良いんだろ?」

 カズキがそう言うと、クリスの周りの温度が急激に下がった。

「おおこれならって、そんな訳あるか!今度は寒い!お前、遊んでるだろ!」
「熱いって言うから寒くしてやったのに。クリスは我儘わがままだなぁ」
「だから限度って物があるだろ!ブレスだけ防げばいいじゃないか!」
「えー?めんどい」
「だったら飛べないようにしてくれ!それなら簡単だろ!」
「仕方ねーなぁ」

 いかにも面倒そうに言った後、カズキは魔法を発動した。

「【ウィンド・カッター】」

 何故か古代魔法は使わず、昨日覚えたばかりの魔法を使うカズキ。
 風の刃はワイバーンに向かって飛んで行ったが、翼を一振りされると霧散してしまった。

「・・・・・・」
「カズキ。遊んでるのか?」

 クリスに答えずに、カズキは考え込んだ。

「うーん。いまいち威力が足りねーな。まぁ仕方ねえか。昨日覚えたばっかだし」
「初級の魔法であれだけの威力なら十分だと思うんだけど・・・」
「そうなのか?基準が分からないからなぁ。ひょっとして、威力の上限も決まってるとか?」
「さあ?学院長なら分かるかもしれないけど・・・」

 カズキは面倒になって考えるのを止めた。

「まあいいか。クリスも充分楽しんだみたいだし、そろそろ終わりにしよう」

 クリスが聞いたら憤慨しそうなことを言って、今度は古代魔法を発動した。先程の魔法とは比べ物にならない程の魔力が消費され、無数の風の刃がワイバーンに迫る。
 ワイバーンはさっきと同じ様に翼を一振りして対抗しようとしたが、今度は効果を上げなかった。
 翼を根元から切断され、バランスを崩したワイバーンは頭から地面に激突。派手な音を立てた。
 衝撃を覚悟したラクトであったが、いつまで経っても揺れは襲ってこない。

「あれ?なんで揺れないの?カズキの魔法?」
「正解。大地に干渉して揺れを抑えたんだ」
「そんな事まで出来るんだね、古代魔法って。やっぱり土属性?」
「いや、空間だ。空間魔法で大地に干渉すれば、そこは固定できる。そうすれば揺れも感じないって寸法だ」
「凄いなぁ。他にも出来るの?」
「ああ。例えば・・・」

 カズキが説明を始めようとした所に、忘れられていた男の怒りの声が割り込んだ。

「何しやがる!危うく潰される所だったぞ!」

 クリスだった。

「躱したんだからいいじゃん。そもそもお前が飛べないようにしろって言ったんだぞ?言うとおりにしたのに、なんで俺が責められるんだ?」  

 カズキは反省するどころか、反論を試みた。

「確かにそう言ってたわね。なら多数決で決めましょう。カズキは悪くないと思う人」
「おい、オチが読めたぞ」

 クリスの予想通り、カズキの無罪が確定した。

「クソー。何で俺には誰も味方しないんだ・・・」
「日頃の行いの差だな。それよりもさっさと止めを刺せよ。飽きた」
「ハイハイ分かりましたよ」

 クリスはそう言って、今にもブレスを吐きそうなワイバーンの首を刎ねた。
 だが何を思ったか、もう一度剣を振るう。

「止めを刺したのは俺だし、最初に食べる位は良いよな?」

 いつの間にか手にしていた一口大の肉を、クリスは口に運んだ。
 皆が見守る中、ゆっくりと味わってから飲み込む。

「どう?」

 エルザがクリスの様子を観察しながら、静かに尋ねた。

「美味い・・・。それだけだ。他にいう事は何もない」
「そう。体に異常はない?」
「ないな。強いて言えば、力が漲るような感じがする」
「良かったわ。本当に生で食べられるのか、ちょっと疑ってたの。大丈夫みたいだし、私達も食べてみましょう」
「そこ!?エルザてめぇ、俺を毒見係にしやがったのか!?」
「言いがかりは止めてくれない?私が何か言う前に、もう食べてたでしょう?」
「「「確かに!」」」
「うぐっ」

 正論で返されて、クリスは何も言えなくなった。

「どれどれ?・・・確かに美味いな。肉も思ったより硬くない。それに魔力が回復している気がするな。・・・いや違うか?魔力量が増えてるのかな?ラクトはどう思う?」
「これがワイバーンなんだ・・・。こんなに美味しい物を食べたのは初めてだよ」

 ラクトは陶然とした表情で呟いていた。カズキの言葉は届いていない様子である。

「駄目だこりゃ。ねーさんとフローネはどうだ?」
「そうね。私もそう思う。後、焼いた方が美味しいと思うわ」
「私もそう思います。両方の意味で」
「やっぱりそうか。焼いた方が良いのは俺も同感だ。ナンシーとクレアも生肉を食べようとしないし」

 二匹は臭いを嗅いでから、フイッと顔を背けた。
 その後、何かを期待するかのように、カズキをジッと見つめる。

「二人共、待っててくれよー?今焼くからな」

 カズキはそう言って閃光の速さで肉を切り分け、魔法で炎を作り出した。
 エルザとフローネが手際よく網を準備していたので、その上に薄く切った肉を乗せる。
 肉の焼ける香ばしい匂いがして、ナンシーとクレアは待ちきれないとばかりに、カズキに向かって鳴き始めた。

「よし焼けた!二人共、いっぱいあるからなー?好きなだけ食べていいぞ?」

 そう言って食べやすい温度まで魔法で下げてから、ナンシーとクレアに給仕を始めるカズキ。
 喉を鳴らしながら美味しそうに食べる猫たちの様子に、カズキは満足そうな笑みを浮かべた。

「いい匂いがすると思って来ましたが、もう倒したのですね!流石は邪神を倒しただけの事はある」

 臨時のバーベキュー会場に、街道を封鎖していた騎士団が姿を現した。

「お疲れ様です。お肉は沢山あるので、皆さんもいかがですか?」
「「「「「「「ゴチになります!」」」」」」

 フローネの言葉に、総勢50人程の騎士団員が一斉に唱和した。
 気を利かせたカズキがあちこちに炎を出現させると、騎士たちはそれぞれワイバーンに群がった。

「隊長!私は初めてワイバーンを食べます!」
「そうか、実は私も初めてだ。前回カズキ殿が持ち帰った時には、任務で王都を離れていたからな。実は今回カズキ殿が依頼を受けると聞いて、少し期待していたのだ」
「ラッキーでしたね。最初は貧乏くじを引いたと思っていましたが」
「そうだな。今回は運が良かった。稀にワイバーンを退治する者が現れても、肉を分けてくれる事はない」

 騎士たちは楽しそうに話しながら、ワイバーンを堪能した。
 その騒ぎが原因か、はたまた肉の焼ける香ばしい匂いに惹かれたのか、気絶していたマイネが目を覚ました。

「一体何が・・・。確か私はワイバーンと戦って・・・」
「おはよう。いい所で目覚めたわね」
「エルザ様?」

 そこにはエルザがいて、何故か肉を焼いていた。

「この騒ぎはいったい?」
「これ?ワイバーンを倒したから、肉を食べているところよ。あなたが雇った冒険者も、一緒になって盛り上がっているわ」

 エルザの言葉に、マイネは安堵の溜め息を吐いた。

「良かった・・・。全員無事だったんですね」
「腐ってもAランクだもの。とはいえ、運が良かったのも確かね。初撃で戦闘不能になったから、それ以上攻撃の対象にならなかったのが幸いしたそうよ」
「そうだったんですね。私には全然余裕が無くて。・・・自分の実力を過信してたんです。普通のワイバーンならどうにかする自信があったのですが」
「そうかもね。でも仕方ないんじゃない?ワイバーンが巨大化してるなんて誰も思わないでしょう?それが邪神並に強くなってるなんてもっと想像できないし」

 肩を竦めて言われた言葉に、マイネは驚愕した。

「邪神!?そんな相手と戦っていたなんて・・・」

 そう言って絶句するマイネに、エルザが焼けた肉を皿に盛って差し出した。

「食べたら?美味しいわよ?」
「良いんですか?」

 食欲を刺激する匂いに抗えず、マイネは反射的に受け取った。

「みんな食べてるから、一人増える位は今更でしょ。これだけ大きいんだから気にする必要はないわ」
「・・・いただきます」

 初めて食べるワイバーンの肉に、マイネは夢中になった。

「気に入った様ね」

 エルザに言われてマイネは我に返った。気付けば一心不乱に食べていたのだ。

「すみません。美味しくてつい・・・」
「謝らなくてもいいわ。気持ちは分かるから。それよりも生肉は大丈夫?魔法使いなら食べておいた方が良いわよ」
「どういう事ですか?」
「詳しい事は分からないけど、魔力量が増えるみたいなのよね。生肉を食べたのはこれが初めてだから、全てのワイバーンがそうなのかは知らないけど」
「魔力が!?それは食べない訳にはいきませんね・・・」

 生の肉など食べた事のないマイネであったが、これも強くなるためと意を決して口にした。

「思ったより食べやすいでしょ?」
「はい。それに、確かに魔力量も増えたみたいです。たくさん食べればもっと増えるのでしょうか?」
「それは無いみたい。さっきから食べ続けてる子がいるけど、増えたのは最初の一口だけらしいわ」

そこには、憑かれたように生肉をむさぼり続けるラクトの姿があった。

「・・・彼はもしかして学院生ですか?」
「ええ。最初に学院で依頼を受けたのは彼らなの。私とクリスは付き添いね」
「そうだったんですね。そのお陰で私たちは助かったんですか。では、彼もAランクなのですか?」
「Dよ。フローネはG」
「・・・よく依頼を受けられましたね。そもそも学院にAランク以上の依頼があった事が信じられませんが」

 通常、学院にはBランク以下の依頼しか回ってこない。学生の身でAランクになれる人間は極稀だからだ。

「まあ今年は私の弟がいるから。ジュリアンが気を利かせたんでしょうね」
「弟?ジュリアン様が気を遣う相手・・・。もしかして」

 マイネは一つの可能性に行きついた。それは、世界を救った後、自分の世界に帰ったはずの人物。

「大賢者様が学院にいるのですか?」
「大賢者は止めてくれ。恥ずかしい」

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには二匹の猫を抱いた少年が立っていた。
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