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第二十五話 マイネさん、危機一髪
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「そういえば聞いてなかったんだが」
クリスがそう言ったのは、街道を歩いている時だった。
「お前たちは何の依頼を受けたんだ?」
「ワイバーン退治だ」
カズキが答える。
「ワイバーン?良く依頼を受けられたな。最低でも全員がAランクのパーティからじゃなかったか?」
「それが違うんだってさ。俺のライセンスなら、ランクの制限を無視できるらしい」
「ああ、称号の事か。そういえば色々な特典があるって言ってたっけ」
「それだ。俺も昨日初めて知ったんだが」
「まあ、お前が覚えている訳がないか。・・・それにしてもワイバーンか。ふっふっふ。肉を売れば剣の代金を余裕で払えるじゃないか。でかしたぞ、カズキ」
クリスが皮算用を始めるが、エルザの次の一言で撃沈した。
「なに言っているの?私たちは付き添いだから、ワイバーンの肉を売る事は出来ないわよ?権利は全部この三人にあるわ」
「そうだった・・・。くそー、いいアイデアだと思ったのに」
「残念だったわね。というか、あんたギルドに顔を出さなかったの?ギルドで依頼を受ければ良かったのに」
「ワイバーン退治の依頼がある事は知ってた。昨日の朝ギルドで確認したからな。だが、報酬一千万じゃ全然足りないんだ。倒せても持ち帰れないと意味がない。丸ごと一匹持ち帰るのは更に無理だ。兄貴レベルの魔法使いがいないとな」
「だから受けなかったの?馬鹿ねえ。先に受けておいて、カズキを誘えば良かったじゃない。カズキなら単位なんて気にならないんだから。そうすれば半分の権利があったのに」
「その手があったか!くそー、気付かなかった。カズキを狙う奴らの情報が入った時に、頭がすっかりそっち寄りになってたからなぁ」
地団駄を踏んで悔しがるクリスに、ラクトから追い打ちが掛かった。
「あのー、クリスさん。言い難いんですけど、そいつら捕まりましたよ?」
「・・・・・・なに?」
「実は昨日、出発直後に荒野で襲われまして。まあカズキが返り討ちにしたんですけど。騒ぎを聞きつけた騎士団の方たちが連行していきました」
「・・・という事は?」
「『奴らの財産強奪計画』は破綻した。今頃は騎士団に接収されてるんじゃねーの?」
「ノーーーーーー!俺の計画がぁーーーーーーー!」
「お兄様。ちょっと声が大きすぎます。もう少し声を抑えて下さい」
「・・・はい」
フローネに窘たしなめられて、クリスは静かになった。
「それでどうするんですか?一緒に来る意味が無くなりましたけど」
「行くさ・・・。せめてワイバーンの生肉を食べないと気が収まりそうにない」
「元気出してください、クリスさん。最悪、ダマスカス鋼の剣を売ればいいんです。その時は力になりますから」
「ラクト・・・。ありがとう、ギリギリまで頑張って駄目だった時は頼む」
「任せて下さい。クリスさん」
二人の仲は急接近していた。
その様子を見た残りの三人は、二人から離れて小声で話始める。
「ねえ、あの二人怪しくない?」
「そうですね。昨日のラクトさんは、少しよそよそしい感じでした」
「クリスもだぞ?昨日はラクト君って言ってたのに、今日はいきなり呼び捨てだ。俺達がいなくなった後に、何かあったらしいな」
「「気色悪い事を言うな!」」
三人の会話を聞いたクリスとラクトは、異口同音に抗議した。
「おお、シンクロしている」
「ホントに仲いいわね」
「お兄様、初めて外にお友達が出来たんですね!」
「え?クリスって友達いねーの?」
「はい。カズキさん以外は」
「・・・俺達って友達だったのか」
「え?違うのですか?」
「友達っていうよりも、手のかかる弟って感じ?」
「待て!なんで俺が弟なんだ!」
クリスが心外とばかりに、カズキに抗議する。
「では、多数決で決めましょう。その気になれば一人でなんでもできるカズキと、金欠で首が回らずカズキのおこぼれに預かろうとしていたクリス。どちらが年上に見えるか手を挙げてね」
「なんだその悪意のある二択は」
エルザはクリスの言う事を無視して、話を先に進めた。
「カズキの方が年上に見える人」
「「ハイ!」」
「「ニャー」」
フローネとラクトが手を挙げる。
更に、ナンシーとクレアまで同意するように鳴いた。
「賛成多数により、カズキが兄に決まったわ」
「待て!ナンシーとクレアも数に入るのか!?」
「だって返事したじゃない」
「たまたまかもしれないだろ!?俺の時にも鳴くかもしれないじゃないか!」
「往生際が悪いわね。そこまで言うならいいわ。クリスの方が年上に見える人」
「「「「・・・・・・・」」」」
誰も返事しなかった。
「カズキが年上だと思う人」
「「ハイ!」」
「「ニャー」」
さっきと同じ結果になった。
「くそう、昨日話を聞いてやったラクトにまで裏切られるなんて」
「クリスさん、こういう言葉があります」
ラクトはクリスの肩を叩いて言った。
「それはそれ。これはこれ」
「うう・・・」
クリスは、またのの字を書き始めた。
「また始めたのか。面倒だから放置していこう」
「そうね。それよりもそろそろ着くんじゃない?」
「そうなの?そもそも目的地ってどこだ?」
カズキはワイバーンの退治の依頼を受けた時に、詳細は何も確認していなかった。
猫の食事の調達という目的以外は、カズキにとって全て些事なのである。
「一時間も歩けば目的地だよ。この道の先にある村が、ワイバーンに襲われたんだって」
「そうなのか?じゃあもう手遅れじゃね?」
ラクトの言葉に、カズキが身も蓋もない事を言った。
「それは大丈夫みたい。村人は運よく全員が避難出来たんだって。だから村に居座っているワイバーンを倒して欲しいというのが、今回の依頼の趣旨だってさ」
「ふーん。でもワイバーンを倒すのはいいけど、依頼料を払えるのか?多分だけど、村は壊滅してるよな?」
「依頼主は国だからね。そこは心配しなくても大丈夫だと思うよ?」
「国の依頼ならもっと金を出せばいいのに。ケチケチしてるなぁ。しかも、学院のギルドにまで依頼を出すなんて。・・・ん?」
カズキはそこまで言ってから、何か違和感を覚えた。
「そういう事か。俺はまたジュリアンに利用されたらしい」
「どういう事(ですか)?」
カズキは、フローネとラクトの疑問に答えるべく口を開いた。
「この依頼は、最初から俺が受ける事を前提に出されたんだろう。ワイバーン退治は、Aランク以上しか受けられないんだろ?」
「そうだね。それ以下だと、確実に返り討ちに遭うから」
「学院にAランクっているのか?」
「どうだろう?分からないけど、いても数は少ないんじゃない?それに、Aランクだからって、必ずワイバーンを倒せるとも限らないし」
「でもここに一人で倒した奴がいた訳だ」
「そういう事ね。ジュリアンなら、猫たちのご飯が残り少ないのも知ってるでしょうし、クリスにお金が必要な事も知っている。クリスが依頼を受けても確実にカズキを誘うと思ったんでしょう。まあ欲を言えば、カズキが学院で依頼を受けるのがベストだったんでしょうね。そうすれば、学院にお金も入るし」
「「どういう事ですか?」」
フローネとラクトの疑問には、カズキが答えた。
「ワイバーン退治の報酬は一千万円だってラクトが言ってたじゃん。学院は報酬を半分跳ねて、代わりに単位で誤魔化してるって話じゃないのか?」
「そういえばそんな話をしたような・・・」
フローネもラクトも、ワイバーンで頭が一杯になっていたらしい。その前後の会話を覚えていなかったようだ。
「そう考えると、今回は利用されただけではなそうだな。わざわざ俺が学院に入るのを待っていたみたいだし」
「そうね。カズキならワイバーンがいるって言えば、依頼とか関係なく調達に走ったでしょうし」
「間違いないな」
カズキは頷いた。
「調達って、ワイバーン退治にも使う言葉なんだ・・・」
邪神を倒してしまう英雄たちにとっては、Aランク冒険者が命がけで戦う魔物ですら、ただの食材に過ぎないのだろうか。
ラクトがそんな事を考えながら歩いていると、前方に物々しい恰好をした集団が屯していた。
「なんだ?」
「あれは・・・、騎士団かな?どうしたんだろう?」
事情がよく分からなかった一行は、取り敢えず確認しようとそのまま進んだ。
「止まれ!これより先の通行は禁止だ!」
近づく一行を制止する声。
そこには武装した兵士が一人いて、街道を封鎖していた。
他の兵士たちは少し先に行った所に集まっている。
街道の先を気にしているのか、こちらに背を向けていた。
「それは困ります。僕達はこの先の村に用事があるんですが」
一同を代表して、ラクトが兵士に対応した。
「用事?この先の村にはワイバーンが居座っている。命が惜しければ用事とやらを諦めて、引き返した方が身のためだぞ」
「そのワイバーンに用があるんですが」
「何を言い出すかと思ったら・・・。お前達のような女子供が、ワイバーン討伐の依頼を受けたとでも言うのか?」
「そうです。これが依頼書になります」
ラクトは依頼書を取り出して兵士に手渡したが、碌に確認もせずに突き返された。
その態度にムッとするラクトであったが、騒ぎを起こす訳にもいかないので黙って耐えた。
だが、そんなラクトの気遣いをカズキとエルザがぶち壊す。
「なんだ?あのおっさん、随分と偉そうだな」
「たまにいるのよねー。人を外見だけで判断して、話を聞かない困った奴が」
「ただの下っ端の癖に、命令も聞かないで俺たちを足止めしようって事か?ギルドの依頼書を持っている俺達に対して、随分な態度じゃねーの。面倒臭いから、無視して先に進もうぜ」
「そうね。こんな奴に関わるだけ時間の無駄だわ」
「「ニャー」」
「お?二人もそう思うか?よし決定だ。そういう訳だから、そこを退け、おっさん」
カズキはそう言うと、本当に兵士を押しのけてしまった。
そのままズカズカと先へと進む。
当然のようにエルザ、フローネも後に続いた。ナンシーとクレアは、カズキとエルザの肩にいつの間にか飛び乗っている。
残されたラクトは、慌てて後を追った。
「フローネさん、本当に良いんでしょうか」
ラクトは後ろを気にしながらフローネにお伺いを立てた。
兵士は呆然としたまま尻餅をついている。事態を上手く呑み込めていない様だったが、正気に戻れば何をしでかすかわからない。
「いいんです。私も腹が立ちましたから。折角マサト・サイトウが捕まったのに、ああいう人がまだ残っていたなんて・・・」
ランスリードの騎士団は、規律が厳しい事で有名である。
一般人が相手であっても、礼儀正しく接する事を義務付けられていた。
例外はゴロツキだらけの第四騎士団で、それも壊滅したのでああいう手合いはいなくなった筈であった。
「貴様らぁ!」
推定第四騎士団の残党は、正気に返って剣を抜いた。
目は血走り、口の端から泡が飛び散っている。
「本性が出たな」
カズキはそう言って立ち止まる。と、何を思ったか大規模な障壁魔法を発動した。
「どうしました?カズキさん」
フローネが問うが、理由はすぐに分かった。
村の方向から、猛烈な勢いの炎が襲い掛かって来たのだ。
炎はカズキの張った障壁にぶつかり霧散したが、範囲外にいた兵士はジュッと音を立てて一瞬で燃え尽きてしまった。
「・・・何、今の?」
エルザの疑問には、カズキが答えた。
「ワイバーンのブレスじゃね?・・・威力は邪神並だけど」
ラクトはカズキが小声で言った言葉を聞き逃さなかった。
「今、邪神って言ったよね!?あんな攻撃を受けて、なんで平然としてるの!?」
「そうそう、こんな感じだったわね。ラクト君、邪神の強さはこれ位よ?」
エルザは昨日のラクトの疑問に答えようと、親切に教えてあげた。
だが、当然のようにラクトは聞いていなかった。錯乱するのに忙しかったからだ。
「ご無事ですか!」
そこに、声が掛けられる。
燃え尽きた兵士とは離れていた集団の内の一人だろうか。
「大丈夫よ。・・・一人炭になった兵士がいるけど」
「そうですか。あなた方が無事ならそれで構いません。厄介払い出来たのでOKです」
「やっぱり第四の奴?」
「そうです。ともあれ、お待ちしておりました。カズキ殿、エルザ殿」
「俺もいるぜ?」
そう言って姿を現したのは、当然のようにクリスだった。
二度目だったので、回復も早かったらしい。
「殿下も来てくれましたか。これは心強い」
「やっぱりジュリアンの差し金ですか?」
身内以外には敬語を使うカズキの疑問に、第一騎士団の騎士隊長と名乗った若い男が答える。
「最初はそうだったのですが、ここ数日でワイバーンが急激に成長しまして。一般の方たちに被害が出ないように、街道を封鎖しておりました」
「「「成長?」」」
「はい。原因はわかりませんが、今では体長が三十メートルを超えています。こうなると倒せるのはお三方だけであろうとジュリアン殿下は言っていました。こちらが新しい依頼書となります」
クリスが代表して受け取り、文面を読み上げた。
「どれどれ?俺たち三人への指名依頼か。報酬は一人あたり三億円。尚、マイネ・センスティアの救出が間に合えば、更にプラス三億円か・・・。マイネ?あいつがここに来てるのか?」
「マイネって誰だ?聞き覚えがあるような無いような・・・」
「センスティア公爵家の跡取りで、今は学院の三年生だった筈だ」
カズキはマイネを知らなかった。一昨日ランキングを確認した時に全部門で一位だった生徒の事だが、顔を合わせた訳でも無いので、既に忘却している。
「この辺りを領有しているのがセンスティア公爵家なのです。マイネ様は最近Aランクになったらしく、自分の手で村を解放せんと、依頼を受けてしまわれました」
「あー、成程。学院生は身分に縛られないからか。在学中は表向き、実家との縁が切れている事になってるからな。そこを上手く付かれた訳だ」
「そうなのです。どうやら腕利きの冒険者を自腹で雇ったようで、こことは別の街道から村に入ったと報告がありました」
「いつだ?」
クリスが真剣な顔で問い質す。
「三十分程前です。さっきのブレスは、交戦に入った合図かもしれません」
「そうか・・・。マイネ、頼むから生きていてくれよ」
クリスはそう言うと、一人で走り出した。身体能力強化も併用しているので、あっという間に姿が見えなくなる。
取り残されたカズキとエルザは、後を追いながら話し始めた。そこに緊張感は欠片もない。
「随分焦ってたな。クリスにしては珍しい。許嫁とかそういう感じ?」
「違うわ、カズキ。きっとお金よ。マイネが生きていれば六億円だもの。剣の代金で前金十億円払っているから、残りもきっと十億円でしょう。三億円と六億円なら、六億円稼ぎたい。そんな所じゃない?・・・まあ、顔見知りだから、少しは心配もあるかもしれないけど」
「そういう事ね。まあ間に合うかは微妙かな。最初のブレスで残り一人になったみたいだし」
「そうなの?」
「うん。死んだかどうかまでは分からないけど、今戦っているのは一人だけだから」
冷たいようだが、冒険者は自己責任の世界である。公爵家の跡取りと言えども、冒険者として依頼を受けた以上は、死んでも文句は言えない。
その為、金に困っていないカズキは、クリスと違って急ぐ気は無かった。エルザも同様である。
「二人はどうする?ねーさんの傍にいれば安全だと思うけど」
ラクトとフローネは、カズキに問われて暫し逡巡していたが、意を決して後に続いた。
「行くよ。滅多にない経験だし。ナンシーとクレアが行くのに、僕がここで待っているのはちょっと恥ずかしい気もするし」
ラクトの言う通り、ナンシーとクレアは逃げる気配が無かった。普通は怯えて逃げ出す筈だが、カズキとエルザの傍にいれば安全な事を、本能で理解しているのかもしれない。
「私も行きます。これで邪神との戦いの描写にも、リアリティが出ると思いますので」
フローネは、実に彼女らしい理由で同行を決めた。
「そっか。じゃあ二人共、ねーさんの傍を離れるなよ」
「分かった」
「分かりました」
二人はそう言って、エルザの後ろを歩き出した。
マイネ・センスティアは自分の見込みの甘さを呪っていた。
使命感から依頼を受けたはいいが、ワイバーンに接近する前にブレスを吐かれ、雇った冒険者は戦闘不能になってしまったのだ。
マイネも自分を護るだけで精一杯で、冒険者の安否を確認する余裕もない。
その後も近づこうとする度にブレスを吐かれ、最早魔力も底をつきかけていた。
再度のブレスは防げるかもしれないが、その瞬間に魔力が尽きるだろう。どの道助からないのなら、玉砕覚悟で突っ込んで、せめて一太刀は浴びせよう。・・・そんな決意を固めたその時。
ワイバーンが今までと違う動きをした。
毒の滴る尾が、一直線にマイネへと殺到する。反射的に最後の魔力を使いながら、【アース・シールド】を発動して尾を受け止め、稼いだ時間を利用して横っ飛びに躱かわした。
そこでマイネは魔力が尽きて、その場に頽くずおれる。
「しまった!」
戦闘不能になったマイネに、次の攻撃を捌く事は出来ない。
覚悟を決めて最後の攻撃を待ったが、その一撃はいつまで経ってもやってこなかった。
そこでマイネは気付く。先程の攻撃は、自分を狙ったものではない事に。
「マイネ、無事か?」
後ろから声を掛けられて、緩慢な動作で振り向いたマイネの目に映ったのは、この国の第三王子にして、【剣帝】と呼ばれている男だった。
「クリストファー様・・・」
「頑張ったな。後は任せておけ」
クリスは無駄にイケメンな顔でマイネにそう言った。
内心では『六億ゲット!』と思っているのだが、幸いな事にマイネには気付かれなかった。
「後はお願いします・・・」
マイネはそう言って、意識を手放した。
クリスがそう言ったのは、街道を歩いている時だった。
「お前たちは何の依頼を受けたんだ?」
「ワイバーン退治だ」
カズキが答える。
「ワイバーン?良く依頼を受けられたな。最低でも全員がAランクのパーティからじゃなかったか?」
「それが違うんだってさ。俺のライセンスなら、ランクの制限を無視できるらしい」
「ああ、称号の事か。そういえば色々な特典があるって言ってたっけ」
「それだ。俺も昨日初めて知ったんだが」
「まあ、お前が覚えている訳がないか。・・・それにしてもワイバーンか。ふっふっふ。肉を売れば剣の代金を余裕で払えるじゃないか。でかしたぞ、カズキ」
クリスが皮算用を始めるが、エルザの次の一言で撃沈した。
「なに言っているの?私たちは付き添いだから、ワイバーンの肉を売る事は出来ないわよ?権利は全部この三人にあるわ」
「そうだった・・・。くそー、いいアイデアだと思ったのに」
「残念だったわね。というか、あんたギルドに顔を出さなかったの?ギルドで依頼を受ければ良かったのに」
「ワイバーン退治の依頼がある事は知ってた。昨日の朝ギルドで確認したからな。だが、報酬一千万じゃ全然足りないんだ。倒せても持ち帰れないと意味がない。丸ごと一匹持ち帰るのは更に無理だ。兄貴レベルの魔法使いがいないとな」
「だから受けなかったの?馬鹿ねえ。先に受けておいて、カズキを誘えば良かったじゃない。カズキなら単位なんて気にならないんだから。そうすれば半分の権利があったのに」
「その手があったか!くそー、気付かなかった。カズキを狙う奴らの情報が入った時に、頭がすっかりそっち寄りになってたからなぁ」
地団駄を踏んで悔しがるクリスに、ラクトから追い打ちが掛かった。
「あのー、クリスさん。言い難いんですけど、そいつら捕まりましたよ?」
「・・・・・・なに?」
「実は昨日、出発直後に荒野で襲われまして。まあカズキが返り討ちにしたんですけど。騒ぎを聞きつけた騎士団の方たちが連行していきました」
「・・・という事は?」
「『奴らの財産強奪計画』は破綻した。今頃は騎士団に接収されてるんじゃねーの?」
「ノーーーーーー!俺の計画がぁーーーーーーー!」
「お兄様。ちょっと声が大きすぎます。もう少し声を抑えて下さい」
「・・・はい」
フローネに窘たしなめられて、クリスは静かになった。
「それでどうするんですか?一緒に来る意味が無くなりましたけど」
「行くさ・・・。せめてワイバーンの生肉を食べないと気が収まりそうにない」
「元気出してください、クリスさん。最悪、ダマスカス鋼の剣を売ればいいんです。その時は力になりますから」
「ラクト・・・。ありがとう、ギリギリまで頑張って駄目だった時は頼む」
「任せて下さい。クリスさん」
二人の仲は急接近していた。
その様子を見た残りの三人は、二人から離れて小声で話始める。
「ねえ、あの二人怪しくない?」
「そうですね。昨日のラクトさんは、少しよそよそしい感じでした」
「クリスもだぞ?昨日はラクト君って言ってたのに、今日はいきなり呼び捨てだ。俺達がいなくなった後に、何かあったらしいな」
「「気色悪い事を言うな!」」
三人の会話を聞いたクリスとラクトは、異口同音に抗議した。
「おお、シンクロしている」
「ホントに仲いいわね」
「お兄様、初めて外にお友達が出来たんですね!」
「え?クリスって友達いねーの?」
「はい。カズキさん以外は」
「・・・俺達って友達だったのか」
「え?違うのですか?」
「友達っていうよりも、手のかかる弟って感じ?」
「待て!なんで俺が弟なんだ!」
クリスが心外とばかりに、カズキに抗議する。
「では、多数決で決めましょう。その気になれば一人でなんでもできるカズキと、金欠で首が回らずカズキのおこぼれに預かろうとしていたクリス。どちらが年上に見えるか手を挙げてね」
「なんだその悪意のある二択は」
エルザはクリスの言う事を無視して、話を先に進めた。
「カズキの方が年上に見える人」
「「ハイ!」」
「「ニャー」」
フローネとラクトが手を挙げる。
更に、ナンシーとクレアまで同意するように鳴いた。
「賛成多数により、カズキが兄に決まったわ」
「待て!ナンシーとクレアも数に入るのか!?」
「だって返事したじゃない」
「たまたまかもしれないだろ!?俺の時にも鳴くかもしれないじゃないか!」
「往生際が悪いわね。そこまで言うならいいわ。クリスの方が年上に見える人」
「「「「・・・・・・・」」」」
誰も返事しなかった。
「カズキが年上だと思う人」
「「ハイ!」」
「「ニャー」」
さっきと同じ結果になった。
「くそう、昨日話を聞いてやったラクトにまで裏切られるなんて」
「クリスさん、こういう言葉があります」
ラクトはクリスの肩を叩いて言った。
「それはそれ。これはこれ」
「うう・・・」
クリスは、またのの字を書き始めた。
「また始めたのか。面倒だから放置していこう」
「そうね。それよりもそろそろ着くんじゃない?」
「そうなの?そもそも目的地ってどこだ?」
カズキはワイバーンの退治の依頼を受けた時に、詳細は何も確認していなかった。
猫の食事の調達という目的以外は、カズキにとって全て些事なのである。
「一時間も歩けば目的地だよ。この道の先にある村が、ワイバーンに襲われたんだって」
「そうなのか?じゃあもう手遅れじゃね?」
ラクトの言葉に、カズキが身も蓋もない事を言った。
「それは大丈夫みたい。村人は運よく全員が避難出来たんだって。だから村に居座っているワイバーンを倒して欲しいというのが、今回の依頼の趣旨だってさ」
「ふーん。でもワイバーンを倒すのはいいけど、依頼料を払えるのか?多分だけど、村は壊滅してるよな?」
「依頼主は国だからね。そこは心配しなくても大丈夫だと思うよ?」
「国の依頼ならもっと金を出せばいいのに。ケチケチしてるなぁ。しかも、学院のギルドにまで依頼を出すなんて。・・・ん?」
カズキはそこまで言ってから、何か違和感を覚えた。
「そういう事か。俺はまたジュリアンに利用されたらしい」
「どういう事(ですか)?」
カズキは、フローネとラクトの疑問に答えるべく口を開いた。
「この依頼は、最初から俺が受ける事を前提に出されたんだろう。ワイバーン退治は、Aランク以上しか受けられないんだろ?」
「そうだね。それ以下だと、確実に返り討ちに遭うから」
「学院にAランクっているのか?」
「どうだろう?分からないけど、いても数は少ないんじゃない?それに、Aランクだからって、必ずワイバーンを倒せるとも限らないし」
「でもここに一人で倒した奴がいた訳だ」
「そういう事ね。ジュリアンなら、猫たちのご飯が残り少ないのも知ってるでしょうし、クリスにお金が必要な事も知っている。クリスが依頼を受けても確実にカズキを誘うと思ったんでしょう。まあ欲を言えば、カズキが学院で依頼を受けるのがベストだったんでしょうね。そうすれば、学院にお金も入るし」
「「どういう事ですか?」」
フローネとラクトの疑問には、カズキが答えた。
「ワイバーン退治の報酬は一千万円だってラクトが言ってたじゃん。学院は報酬を半分跳ねて、代わりに単位で誤魔化してるって話じゃないのか?」
「そういえばそんな話をしたような・・・」
フローネもラクトも、ワイバーンで頭が一杯になっていたらしい。その前後の会話を覚えていなかったようだ。
「そう考えると、今回は利用されただけではなそうだな。わざわざ俺が学院に入るのを待っていたみたいだし」
「そうね。カズキならワイバーンがいるって言えば、依頼とか関係なく調達に走ったでしょうし」
「間違いないな」
カズキは頷いた。
「調達って、ワイバーン退治にも使う言葉なんだ・・・」
邪神を倒してしまう英雄たちにとっては、Aランク冒険者が命がけで戦う魔物ですら、ただの食材に過ぎないのだろうか。
ラクトがそんな事を考えながら歩いていると、前方に物々しい恰好をした集団が屯していた。
「なんだ?」
「あれは・・・、騎士団かな?どうしたんだろう?」
事情がよく分からなかった一行は、取り敢えず確認しようとそのまま進んだ。
「止まれ!これより先の通行は禁止だ!」
近づく一行を制止する声。
そこには武装した兵士が一人いて、街道を封鎖していた。
他の兵士たちは少し先に行った所に集まっている。
街道の先を気にしているのか、こちらに背を向けていた。
「それは困ります。僕達はこの先の村に用事があるんですが」
一同を代表して、ラクトが兵士に対応した。
「用事?この先の村にはワイバーンが居座っている。命が惜しければ用事とやらを諦めて、引き返した方が身のためだぞ」
「そのワイバーンに用があるんですが」
「何を言い出すかと思ったら・・・。お前達のような女子供が、ワイバーン討伐の依頼を受けたとでも言うのか?」
「そうです。これが依頼書になります」
ラクトは依頼書を取り出して兵士に手渡したが、碌に確認もせずに突き返された。
その態度にムッとするラクトであったが、騒ぎを起こす訳にもいかないので黙って耐えた。
だが、そんなラクトの気遣いをカズキとエルザがぶち壊す。
「なんだ?あのおっさん、随分と偉そうだな」
「たまにいるのよねー。人を外見だけで判断して、話を聞かない困った奴が」
「ただの下っ端の癖に、命令も聞かないで俺たちを足止めしようって事か?ギルドの依頼書を持っている俺達に対して、随分な態度じゃねーの。面倒臭いから、無視して先に進もうぜ」
「そうね。こんな奴に関わるだけ時間の無駄だわ」
「「ニャー」」
「お?二人もそう思うか?よし決定だ。そういう訳だから、そこを退け、おっさん」
カズキはそう言うと、本当に兵士を押しのけてしまった。
そのままズカズカと先へと進む。
当然のようにエルザ、フローネも後に続いた。ナンシーとクレアは、カズキとエルザの肩にいつの間にか飛び乗っている。
残されたラクトは、慌てて後を追った。
「フローネさん、本当に良いんでしょうか」
ラクトは後ろを気にしながらフローネにお伺いを立てた。
兵士は呆然としたまま尻餅をついている。事態を上手く呑み込めていない様だったが、正気に戻れば何をしでかすかわからない。
「いいんです。私も腹が立ちましたから。折角マサト・サイトウが捕まったのに、ああいう人がまだ残っていたなんて・・・」
ランスリードの騎士団は、規律が厳しい事で有名である。
一般人が相手であっても、礼儀正しく接する事を義務付けられていた。
例外はゴロツキだらけの第四騎士団で、それも壊滅したのでああいう手合いはいなくなった筈であった。
「貴様らぁ!」
推定第四騎士団の残党は、正気に返って剣を抜いた。
目は血走り、口の端から泡が飛び散っている。
「本性が出たな」
カズキはそう言って立ち止まる。と、何を思ったか大規模な障壁魔法を発動した。
「どうしました?カズキさん」
フローネが問うが、理由はすぐに分かった。
村の方向から、猛烈な勢いの炎が襲い掛かって来たのだ。
炎はカズキの張った障壁にぶつかり霧散したが、範囲外にいた兵士はジュッと音を立てて一瞬で燃え尽きてしまった。
「・・・何、今の?」
エルザの疑問には、カズキが答えた。
「ワイバーンのブレスじゃね?・・・威力は邪神並だけど」
ラクトはカズキが小声で言った言葉を聞き逃さなかった。
「今、邪神って言ったよね!?あんな攻撃を受けて、なんで平然としてるの!?」
「そうそう、こんな感じだったわね。ラクト君、邪神の強さはこれ位よ?」
エルザは昨日のラクトの疑問に答えようと、親切に教えてあげた。
だが、当然のようにラクトは聞いていなかった。錯乱するのに忙しかったからだ。
「ご無事ですか!」
そこに、声が掛けられる。
燃え尽きた兵士とは離れていた集団の内の一人だろうか。
「大丈夫よ。・・・一人炭になった兵士がいるけど」
「そうですか。あなた方が無事ならそれで構いません。厄介払い出来たのでOKです」
「やっぱり第四の奴?」
「そうです。ともあれ、お待ちしておりました。カズキ殿、エルザ殿」
「俺もいるぜ?」
そう言って姿を現したのは、当然のようにクリスだった。
二度目だったので、回復も早かったらしい。
「殿下も来てくれましたか。これは心強い」
「やっぱりジュリアンの差し金ですか?」
身内以外には敬語を使うカズキの疑問に、第一騎士団の騎士隊長と名乗った若い男が答える。
「最初はそうだったのですが、ここ数日でワイバーンが急激に成長しまして。一般の方たちに被害が出ないように、街道を封鎖しておりました」
「「「成長?」」」
「はい。原因はわかりませんが、今では体長が三十メートルを超えています。こうなると倒せるのはお三方だけであろうとジュリアン殿下は言っていました。こちらが新しい依頼書となります」
クリスが代表して受け取り、文面を読み上げた。
「どれどれ?俺たち三人への指名依頼か。報酬は一人あたり三億円。尚、マイネ・センスティアの救出が間に合えば、更にプラス三億円か・・・。マイネ?あいつがここに来てるのか?」
「マイネって誰だ?聞き覚えがあるような無いような・・・」
「センスティア公爵家の跡取りで、今は学院の三年生だった筈だ」
カズキはマイネを知らなかった。一昨日ランキングを確認した時に全部門で一位だった生徒の事だが、顔を合わせた訳でも無いので、既に忘却している。
「この辺りを領有しているのがセンスティア公爵家なのです。マイネ様は最近Aランクになったらしく、自分の手で村を解放せんと、依頼を受けてしまわれました」
「あー、成程。学院生は身分に縛られないからか。在学中は表向き、実家との縁が切れている事になってるからな。そこを上手く付かれた訳だ」
「そうなのです。どうやら腕利きの冒険者を自腹で雇ったようで、こことは別の街道から村に入ったと報告がありました」
「いつだ?」
クリスが真剣な顔で問い質す。
「三十分程前です。さっきのブレスは、交戦に入った合図かもしれません」
「そうか・・・。マイネ、頼むから生きていてくれよ」
クリスはそう言うと、一人で走り出した。身体能力強化も併用しているので、あっという間に姿が見えなくなる。
取り残されたカズキとエルザは、後を追いながら話し始めた。そこに緊張感は欠片もない。
「随分焦ってたな。クリスにしては珍しい。許嫁とかそういう感じ?」
「違うわ、カズキ。きっとお金よ。マイネが生きていれば六億円だもの。剣の代金で前金十億円払っているから、残りもきっと十億円でしょう。三億円と六億円なら、六億円稼ぎたい。そんな所じゃない?・・・まあ、顔見知りだから、少しは心配もあるかもしれないけど」
「そういう事ね。まあ間に合うかは微妙かな。最初のブレスで残り一人になったみたいだし」
「そうなの?」
「うん。死んだかどうかまでは分からないけど、今戦っているのは一人だけだから」
冷たいようだが、冒険者は自己責任の世界である。公爵家の跡取りと言えども、冒険者として依頼を受けた以上は、死んでも文句は言えない。
その為、金に困っていないカズキは、クリスと違って急ぐ気は無かった。エルザも同様である。
「二人はどうする?ねーさんの傍にいれば安全だと思うけど」
ラクトとフローネは、カズキに問われて暫し逡巡していたが、意を決して後に続いた。
「行くよ。滅多にない経験だし。ナンシーとクレアが行くのに、僕がここで待っているのはちょっと恥ずかしい気もするし」
ラクトの言う通り、ナンシーとクレアは逃げる気配が無かった。普通は怯えて逃げ出す筈だが、カズキとエルザの傍にいれば安全な事を、本能で理解しているのかもしれない。
「私も行きます。これで邪神との戦いの描写にも、リアリティが出ると思いますので」
フローネは、実に彼女らしい理由で同行を決めた。
「そっか。じゃあ二人共、ねーさんの傍を離れるなよ」
「分かった」
「分かりました」
二人はそう言って、エルザの後ろを歩き出した。
マイネ・センスティアは自分の見込みの甘さを呪っていた。
使命感から依頼を受けたはいいが、ワイバーンに接近する前にブレスを吐かれ、雇った冒険者は戦闘不能になってしまったのだ。
マイネも自分を護るだけで精一杯で、冒険者の安否を確認する余裕もない。
その後も近づこうとする度にブレスを吐かれ、最早魔力も底をつきかけていた。
再度のブレスは防げるかもしれないが、その瞬間に魔力が尽きるだろう。どの道助からないのなら、玉砕覚悟で突っ込んで、せめて一太刀は浴びせよう。・・・そんな決意を固めたその時。
ワイバーンが今までと違う動きをした。
毒の滴る尾が、一直線にマイネへと殺到する。反射的に最後の魔力を使いながら、【アース・シールド】を発動して尾を受け止め、稼いだ時間を利用して横っ飛びに躱かわした。
そこでマイネは魔力が尽きて、その場に頽くずおれる。
「しまった!」
戦闘不能になったマイネに、次の攻撃を捌く事は出来ない。
覚悟を決めて最後の攻撃を待ったが、その一撃はいつまで経ってもやってこなかった。
そこでマイネは気付く。先程の攻撃は、自分を狙ったものではない事に。
「マイネ、無事か?」
後ろから声を掛けられて、緩慢な動作で振り向いたマイネの目に映ったのは、この国の第三王子にして、【剣帝】と呼ばれている男だった。
「クリストファー様・・・」
「頑張ったな。後は任せておけ」
クリスは無駄にイケメンな顔でマイネにそう言った。
内心では『六億ゲット!』と思っているのだが、幸いな事にマイネには気付かれなかった。
「後はお願いします・・・」
マイネはそう言って、意識を手放した。
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