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第二十二話 猫たちの食糧事情

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 クリスを加えて総勢五人となった一行は、ギルドのある校舎へと入った。

「ここも久しぶりだな」

 クリスが懐かしそうに言う。

「そうなのか?」
「ああ。卒業して以来だ。全然変わってない。ランキング戦の・・・」

 そこまで言いかけて、クリスはカズキを見た。

「おい、カズキ」
「ん?」
「なんでお前の名前がここに入っている?まだ三日目だぞ」

 その言葉に、皆が掲示板を見た。

「どれどれ。本当だ、武器戦闘の十位にカズキの名前が書いてあるよ」
「マジ?昨日の今日でもう載ってるのか。仕事が早いな」
「なに言ってるのよ。昨日の帰りには、もう変わっていたわよ?」
「はい。私も見ました」
「そうだったのか。興味ないから気にしてなかった」

 口々にそう言っていると、昨日の事を知らないクリスが、近くにいたラクトに話しかけた。

「えーと。ラクト君だったかな?」
「何でしょうか、クリストファー殿下!」

 『剣帝』に話しかけられて、ラクトは背筋を伸ばした。
 先程の醜態はさておき、やはりラクトからすれば雲の上の存在であるクリス。
 反射的に敬語が出てしまうのも、仕方ない事であった。

「クリスで良い。すまないんだが、昨日何があったのか教えてくれないか?」
「分かりました!」
「敬語もいらないよ。カズキと話す時と同じ感覚で構わない」

 爽やかで気さくな雰囲気を醸し出すクリスに、外野からツッコミが入った。

「出た!剣帝モード!」
「さっき土下座した所を見られてるから、今更取り繕ったって遅いのに」
「お兄様。姑息です」
「・・・・・・」

 三人の言葉に、クリスは黙り込んだ。とりわけフローネが容赦ない。
 妹にとどめを刺されたクリスは、がっくりと肩を落とした。 

「ありゃ、黙り込んじまった」
「放っておきましょう。その内元に戻るから」
「そうだな。それよりも早く行こうぜ。なんか注目を集めてるみたいだ」

 カズキの言う通り、一行は注目を集めていた。
 ここの卒業生であり、邪神を倒した英雄。この国の王子にして、世界最強の剣士として名高い『剣帝』クリストファーの顔を知らない者は、この学院の生徒にはいない。
 エルザもいるのだが、彼女は卒業後も顔を出していたので、その性格が知れ渡っている。
 関わり合いを恐れて近づかない者も多かった。

「ギルドにいる奴らもこっちを見てるな。クリスをここに置いておけば、依頼を選びたい放題じゃねえ?」
「鬼だね、カズキ」

 剣帝モードに騙されかけていたラクトが、我に返ってそう言った。

「適材適所ってやつだ。別に、いなくても問題ないからな」
「そんな事を言える人は、カズキかエルザ様くらいだよ・・・」
「いいか?今から奴らをクリスに押し付ける。みんなは壁沿いに、ギルドへ向かってくれ」

 そう言って、カズキはナンシーをエルザに託した。

「分かったわ。二人共ついて来て」

 頷いたエルザがフローネとラクトを連れて行くのを確認して、カズキはクリスに向き直った。

「さて、クリス。早速だが借りを返してくれ」

 カズキの言葉に不穏な響きを感じ取ったクリスが、咄嗟に身を翻そうとしたが果たせなかった。
 その前にカズキが手首を掴んでいたのである。

「カズキ・・・。何をする気だ?」
「言っただろ?借りを返せって」

 そう言ってから、カズキは魔法まで使って施設内に声を届けた。

「あれー?もしかして『剣帝』クリストファー様ですかー?世界を救ってくれて、ありがとうございますー。よろしければ、握手して下さいー」

 感情の籠らない声でそう言って、強引にクリスと握手をする。 
 効果はすぐに現れた。遠巻きにして様子を窺っていた生徒たちが、カズキをきっかけにしてクリス目掛けて殺到してきたのだ。

「計画通り」

 黒い死のノートを持ったお月様のような顔をして、カズキは立ち去った。

「やられた!」

 カズキの意図に気付いた時には、クリスと握手をしようとする者達で長い行列が出来ていた。
 もはや逃げ場はない。カズキやエルザなら無視して立ち去るかもしれないが、クリスはこの国の王子である。そのような振る舞いは出来なかった。

「クリストファー様!」
「剣帝様!」

 剣帝モードを発動してにこやかな表情で握手に応じるクリスを横目に、カズキはギルドで待っていた三人と合流した。

「上手くいったわね。今のうちに依頼を選びましょう?」
「そうだな。ラクトは稼げる依頼が良いんだろ?」

 クリスの方を見ていたラクトは、カズキに問われて目的を思い出した。

「うん。出来ればね。所で、クリスさんはあのままでいいの?」
「良いんだ。これ位で借りを返せるなら安いもんだろ?」
「そうね。あいつだって分かってるわよ。ラクト君が気にする必要はないわ」
「大丈夫ですよ、ラクトさん。お兄様は慣れていますから」

 三人がかりで言われ、ラクトは納得する事にした。考えるのを止めたともいうが。

「お?これなんか良いんじゃねえ?成功報酬だけど」

 カズキが手にしていたのは、ワイバーンの討伐依頼だった。討伐したパーティへの報酬は、五百万円とパーティに単位十と書いてある。単位は、仲間内で自由に分配できるらしい。

「五百万?ワイバーン退治の報酬にしては安すぎる気がするんだけど」
「そうなのか?」
「うん。相場は一千万円位だったと思うけど・・・」

 ラクトの疑問には、エルザが答えた。

「学院を卒業するには、単位が必要だからよ。報酬が少ない分、単位が十と多い訳」
「そういう事か。・・・ねーさんにひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「単位って、次の学年に持ち越すのか?」
「ええ」
「やっぱりな」
「え?なにがやっぱりなの?」

 一人で納得して頷いているカズキに、ラクトが説明を求めた。

「ジュリアンが、一年生が進級に必要な単位は十って言ってただろ?」
「うん」
「じゃあ、二年から三年には?」
「単位を持ち越せるのですから、二十ではないですか?」
「僕もそう思う」

 フローネにラクトが同意する。

「そこら辺はまだ分からないが、仮にそうだとして」

 カズキはそこまで言ってから二人を見た。

「卒業に必要な単位は幾つだと思う?」
「三十?・・・な訳ないよね。それなら合格者がもっと出ている筈だし」

 ラクトは、自分の言葉を否定した。

「俺もそう思う。まあ、卒業試験がめちゃくちゃ厳しい可能性もあるけど。理由はこの依頼書だな。ワイバーンを退治して、単位を十も貰えるのはおかしいと思わないか?」
「いやいやいや、カズキの基準で考えないでよ!ワイバーンは、全員がAランク以上の冒険者パーティじゃないと依頼も受けられないのに!」
「ってナニ?」

 カズキが首を捻った。

「・・・もしかして、ランクの事を知らないの?」
「うん」
「お二人と旅してたんだよね?」
「うん」
「ライセンス持ってたよね?」
「うん」

 うんとしか言わないカズキ(ナンシーが肩に飛び乗ってきたので、構うのに忙しかった)にラクトはため息を吐いた。

「ギルドで説明とか受けなかった?」
「さあ?手続きは全部クリスに任せてたし、依頼受けるのも、俺はノータッチだったしなぁ」

 当時を思い出し、カズキはそう答えた。

「じゃあ、自分のランクも・・・?」
「知ってる訳がない」
「だよねー。ちょっと確認してみようか」

 ラクトは学生証を取り出して、一ページ目をカズキに見せた。

「ほら、名前の横にDってあるでしょ?これがランクね」

 冒険者には、実績に応じてランクが付けられる。一番上がSで、以下A~Gまでに分けられる。
 Gは駆け出しのペーペーで、フローネも当然Gである。
 Dランクは下から四番目だが、EとDの間には壁があり、長年Eで燻っている者も多い。ラクトの年齢でDランクになるのは稀で、彼の密かな誇りだった。

「どれどれ」

 ラクトの説明を聞きながら、カズキが学生証を取り出した。

「まあ、カズキなら間違いなくSランクだと思うけど」

 ラクトの声には僅かな嫉妬が滲にじんでいたが、カズキは気付かなかった。

「うん?俺のランクはDだな。ラクトと同じだ」
「嘘でしょ!?」

 何故か嬉しそうなラクト。

「見てみるか?」

 カズキから学生証を受け取ったラクトが見てみると、確かにDとなっていた。

「あれ?僕のとちょっと違うような・・・」

 疑問に思っていると、一緒に見ていたフローネが、何かに気付いたようだった。

「ラクトさん。Dの下に何か書いてあります」
「ホントだ。えーと・・・unique(ユニーク)?なにこれ」 

 ラクトの疑問には、エルザが答えた。

「Dは大賢者のD。unique(ユニーク)は、唯一無二という意味よ。邪神を倒した私たちに、称号を贈って便宜を図るとか言ってたわね。本当はWとかにしようと思ってたらしいけど、それだとバレバレでしょ?だから苦肉の策で、そうなった訳。・・・ギルドの人間はセンスが無いわね」
「そうですね。Wと言うのは、ウィザードの事ですか?」
「それと、ワイズマンも掛かってるわね。両方の意味を込めて大賢者って話よ」
「なるほど・・・」
「ちなみに、私とクリスはS。saint(聖女)とsword emperor(剣帝)ね。まあ、ギルド職員が見たらバレバレだけど、他の人はじっくり見ないでしょ?」
「「「なるほど」」」
「って、なんでカズキが知らないのかが不思議なんだけど。邪神を倒した後に貰った称号なんですよね?」

 釈然としない様子のラクトが、エルザに尋ねる。

「そうなんだけど、この子は禁断症状に苦しんでいたから」
「禁断症状・・・ですか?」

 ラクトは、カズキが邪神を倒すために、代償のある魔法でも使ったのではないかと思った。
 そうまでしなければならない程、邪神は強かったのだと。
 だが、ラクトは間違っていた。

「ええ。ナンシーと離れて五日も立っていたから」
「・・・はい?」
「ナンシーを始めとした猫たちを護る為に、カズキは戦ったの。封印では未来の猫たちに危害が及ぶかもしれないでしょ?」
「・・・・・・」

 信じられない話であったが、エルザがそう言っている以上、事実なのだろう。
 「ナンシーありがとう。世界を救ってくれて」ラクトは遠い目をしてそう呟いた。

「カズキとナンシーは離れた事がなかったの。旅の間もずっと一緒だった。私達もナンシーの可愛さに救われていたわ」

 ラクトがナンシーに感謝の祈りを捧げている間も、エルザの話は続いていた。

「そんなカズキが邪神と戦うとなった時に、初めてナンシーを置いていく決断をした」

 もしかしたら、自分は死ぬかもしれない。当時のカズキはそう思ったのであろうか。

「でも、邪神は弱かった」
「え!?」
「その反動で、カズキの緊張の糸が切れてしまったの。こんな事なら、ナンシーを連れて来るんだった。そう言いながら、かつお節をじっと見つめていたわ」
「今、とんでもない事サラッと言いませんでした!?」

 エルザはラクトの言葉を無視して話を続けた。

「そんな状態だったから、称号とか言われても覚えている筈がないのよ」

 エルザが話し終えたとみて、ラクトが手を上げた。

「質問いいですか?」
「なーに?」
「邪神って、どれ位の強さなんでしょう?」
「難しい質問ね。『勇者以外の攻撃無効』の能力が無ければ、クリスやカズキなら瞬殺?」
「全然分からないんですが・・・」

 基準が規格外すぎるので、余計混乱しただけだった。

「じゃあ、どうやって倒したんですか?攻撃が効かないんですよね」
「それは・・・」
「それは?」

 期待にラクトの胸が高鳴った。

「ローラン・フリードの新作で語られるわ!」
「ええええええ!」

 自分のペンネームが聞こえて、フローネが振り返った。
 手帳を持っている所を見ると、何やら作業をしていたようである。

「どうかしましたか?」
「ラクト君が、新作を早く読みたいって」
「お待たせして申し訳ありません。なるべく早くお届け出来るようにしますから」
「・・・期待しています」
「はい!」

 フローネは嬉しそうに返事した。
 結局、何も分からなかったラクトは、途中から姿を消したカズキが気になった。嫌な予感がする。

「ラクト、ワイバーンの依頼受けたから」

 案の定だった。
 あろうことか、ワイバーン退治である。
 しかもパーティ申請も済ませてあって、リーダーはラクトになっていた。

「・・・んで」
「どうした?」
「なんでその依頼を受けたの!?というか、受けられないはずじゃ・・・」
「ああ、そんな事か。俺のライセンスには、制限が無いんだとさ。パーティメンバーのランクも何もかも」
「さっき言った便宜の事ね。他にも色々あるみたいだから、少し楽しみだわ」
「それにしたって・・・」
「報酬も上乗せされるってさ。それに、ワイバーンの肉は美味いぞ?ナンシーの好物なんだ。そろそろ肉がなくなる所だったから、丁度良かったな」

 ワイバーンは、高級食材である。
 最初に食べたのは初代勇者と伝わっていた。邪神との戦いの影響で世界中で食物が不足した時、邪神を倒せなかった罪悪感から、能力(死に戻り)を使って食べられる魔物を探し始めたのが発端であった。
 彼の活躍によって、大勢の人々が餓死を免れたのは有名な話である。

「ナンシーって、ワイバーンの肉を食べてるんだ。僕も食べた事ないのに・・・」

 ワイバーンはドラゴンの亜種と言われている。体長十メートル前後、前肢が翼になっているのが特徴で、知能は低いと言われていた。
 高速で空を飛び、上空から一方的に炎を吐いてくる厄介な魔物である。運よく近づけても、強靭な尾を振り回し、止めに先端には毒針がある。掠っただけで即死する猛毒だが、普通はその時点で死んでいる者が大半であった。
 その為、討伐依頼が出されても受けない冒険者の方が多い。報酬が一千万円では割に合わないからだ。それなら他の依頼を受けた方が安全で効率も良い。
 では何故報酬が安いのかというと、食用として高く売れるからである。値段は討伐者の言い値で決まり、ワイバーン一匹丸ごと売れば、一生遊んで暮らせると言われている。
 問題は大きすぎて運べない事と、一日経つと急速に腐敗が進行してしまう事だ。それまでに氷漬けにすれば問題ないが、魔法使いがいないとそれも難しい。
 Aランクになり立ての冒険者が挑んでは、全滅する事でも有名である。

「ナンシーだけじゃないけどな。城にいる人たちにも分けたから。エリーやクレアも美味しそうに食べているぜ?」

 カズキがナンシーと二人で郊外に出かけた時(カズキ的にはデート)、ワイバーンに襲われた事があった。
 初めて見たその魔物を簡単に撃退したカズキは、物珍しさも手伝って、氷漬けにして城に持ち帰ったのである。
 当然、城中が大騒ぎになった。ワイバーンを一人で撃退した上に、丸ごと持ち帰ったからだ。
 価値を知らないカズキは、元手がゼロだからと気前よく皆に提供してしまった。・・・猫たちの分を除いて。

「私も食べました。とっても美味しかったです・・・」

 記憶が蘇ったのか、フローネがうっとりとした表情でそう言えば、エルザも頷いた。

「私もよ。でも一番美味しいのは、仕留めた直後に食べる事だと言われているわね。新鮮だから、生でもいけるらしいわよ?」

 ラクトは生唾を飲み込んだ。食欲が恐怖を上回りつつあるようだ。

「ワイバーンか・・・。カズキが依頼を受けちゃったから、しょうがないよね?」

 そう言いつつも、顔がニヤけるのを止められないラクト。
 そして、「そう。これは仕方ない事なんだ・・・」などと呟きだした。

「お?ラクトが自分を騙そうとしてるな」
「仕方無いんじゃない?私達だって、カズキがいなければ食べられなかったんだし」
「そうですね。お城のみんなも喜んでいましたから。・・・私もまた食べたいですし」
「ワイバーンかぁ。どんな味がするんだろうなぁ。楽しみだなぁ」
「ラクトも前向きになったみたいだし、そろそろ出発しようぜ」

カズキは妄想を垂れ流すラクトを見て、その肩を叩いた。

「はっ!僕は何を・・・。御馳走は?」
「どんな夢を見ていたのか丸わかりな台詞だな」
「そっ、そんな事ないよ!?僕はただ、一刻も早くワイバーンを食べたいだけなんだ!」
「誤魔化せてないわよ?」
「うっ。と、とにかく出発しましょう!」

 そう言って先頭に立って歩き出すラクト。
 他の三人も顔を見合わせた後に続いた。
 クリスを放置したまま・・・。
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