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第十八話 弟の喧嘩に口を出す姉
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少し歩いたジュリアンは、冒険者ギルドの前で立ち止まった。そして、カウンターで職員と何事か会話を交わすと、こちらを向いて言う。
「皆、こちらに来てくれ。ライセンスを発行する」
「ライセンス?持ってるけど」
「僕も持っています」
「そうだったな。だが、この学院ではライセンスが学生証の変わりになる。古いライセンスを渡して、新しい物を受け取ってくれ。これを持っていれば、ギルドに協賛している店では学割が利くぞ?」
「本当ですか!凄く助かります。・・・あー!」
突然叫んだラクトに驚いたジュリアンは、若干仰け反りながらも、冷静さを取り繕って聞いた。
「・・・どうした?」
「次元ポスト買うの急がなくてもよかった!」
「いつ買ったのですか?」
「昨日・・・」
「うわー、お気の毒様。実家に嵌められるとはなー」
「・・・うちの店って、次元ポストを持ったら一人前なんだよね。それで、学院に入学できる人は、一括の支払いじゃなくて、ローンを組んでも良いってルールがあるんだけど・・・」
「うまい事プライドを擽ってるな」
「そうなんだよ!それに、卒業した人たちが口々に、『俺も入学式の日に買ったんだ』とか自慢げに言って、僕を煽るからさ・・・」
「そいつらは、ラクトに同じ目に遭って欲しかったんだろうなー。入学すれば学割が利くから、それを知られる前にってことか」
「次元屋さんの通過儀礼の様な物でしょうか?面白い事をするんですね」
「私が入学した時にも同じ様に騒いでいた奴がいたな。伝統が受け継がれているようで何よりだ」
「くそー!僕も同じ事やってやるー!」
「・・・なあ、ラクト。そんなに騒いでて良いのか?超目立ってるぞ」
カズキに指摘されたラクトが恐る恐る周囲を見回すと、上級生たちがこちらを見て小声で話をしているのが分かった。
そして、それぞれが紙を取り出して、何かを記入し始める。
まず間違いなく、次元ポストの奪取を目論んでいるのだろう。
人通りの多い所で騒いでいたラクトは、自分の失敗に青くなった。
「あーあ。やっちまったな。まあ、挑戦状を受け取らなければいいだけの話か。ラクト、物が飛んできたりしても受け止めるなよ。後は、床に落ちてる物も拾わない方がいいか。一番警戒しなくちゃならないのは教官がいるかどうかだけど」
「そうですね。・・・あら?こんな所に本が落ちてます。誰かが落としたのでしょうか」
フローネはそう言って、本を拾うためにその場に屈んだ。
そして、手が触れそうになった所で、カズキが本を蹴飛ばす。
本を蹴飛ばされたフローネは、不思議そうな顔でカズキを見た。
「カズキさん。どうして意地悪をするんですか?」
フローネは、本気で分かっていないようだった。
「・・・フローネ。今の話を聞いてなかったのか?」
「なんの事でしょう?」
「床に落ちてる物を拾うと、挑戦状を受け取るかもしれないって話だ」
「・・・ああ!あれに挑戦状が挟まっていたのかもしれないんですね!ありがとうございます、カズキさん。すっかり忘れていました。ですが、気になってしまって」
「分かったよ。今回は俺が拾うから。次からは気をつけろよ?」
「はい。お願いします」
フローネに注意をしてから、カズキは無造作に本を拾い上げた。
案の定、挑戦状が挟まっている。
内容は予想通りだった。次元ポストと一千万円の対価設定で、武器戦闘と書いてある。
フローネに本を渡してから、他にないかと辺りを見回すと、本が大量に落ちていた。ここぞとばかりに、カズキはそれを拾い集める。そして、中を改めると、全てが同じ内容だった。
「二人共、見るか?全部同じだぜ。これは、明らかにラクト狙いだな。武器戦闘しか書いてねえ」
「本当ですね。皆さんは次元ポストを持っていないのでしょうか?」
「持ってないんじゃねえの?一千万だって持っているか怪しい感じだ。要は勝てばいいんだからな。武器戦闘にしてるのは、ラクトが魔法使いだと見抜いてるからだろう。通常戦闘が無いのは、万が一があるからだろうし」
「・・・危ない所だった。カズキ、ありがとう」
「気にすんなって。お陰で手間が省けたんだからさ。・・・それにしても杜撰な手口だな、駄目元でやったんだろうけど」
そう言いながら、挑戦状を全てジュリアンに手渡した。
受け取ったジュリアンが、全てに目を通して宣言する。
「カズキ・スワと、挑戦状を出した者との勝負を、学院長の名のもとに全て承認する」
ジュリアンが宣言すると、上級生からの罵声がカズキに浴びせられた。
「チッ!あいつも持ってやがった!」
「てめえ!余計な事しやがって!」
「せっかく楽してゲットできると思ったのによお!」
「馬鹿め!お前は一ヵ月後に退学だ!」
上級生の罵声を楽しそうに聞きながら、カズキは何人いるのか数えていた。
「十五、十六、十七人か。ちょっと足りないけど、まあ良しとするか。なあ、ジュリアン」
「なんだ?」
「別に、猶予期間を待たなくても良いんだろ?」
「気付いていたか。その通りだ。何も問題はない」
「じゃあ、今からでも良いのか?」
「ああ。言い忘れていたが、挑戦者に日時の指定は出来ない」
「そっか。じゃあ、ヨロシク」
「分かった」
カズキの言葉に頷いたジュリアンが、上級生たちに向き直った。
「静粛に!これよりカズキ・スワとの勝負を開始する!」
ジュリアンの宣言に、上級生たちはいきり立った。
「てめえ!舐めてんのか!」
「今更間違いでしたと言っても遅いからな!」
「覚悟しろ!徹底的にやってやる!」
そして、そう口々に言いながら、全員が外へと出て行った。
「・・・あいつらってさ、こうなる可能性を考えてなかったのかな?」
「カズキ、どういうこと?」
「腕に自信がある奴が単位を稼ぐのに、ランキング戦は手っ取り早い方法だろ?床に落ちてる本を見つけたら真っ先に拾うと思うんだが」
「そうかもしれないけどさ。新入生でここまでやるのって、カズキ位だと思うけど」
「新入生はな。だけど、あっちを見てみろよ。悔しそうな顔した奴が何人かいるぜ?俺と同じ事を考えてたんじゃねえの?」
カズキに気付かれていると知った上級生は、観念して寮に戻っていった。
「ほらな?」
「・・・よく気付いたね。全然分からなかったよ」
「私もです」
「そこら辺は、慣れの問題かな」
「「・・・そんな物(ですか)?」」
「ああ。食堂にでもいたんだろう。ついでに言うと、ここで働いてる人たちは、教官の資格を持っている可能性が高いな」
「「本当(ですか)?」」
「多分な。ここは生徒が利用する施設が多いだろ?ランキング戦目当ての人間は、ここにいればカモを探しやすい。ついでに言えば、罠も仕掛けやすいからな」
「「罠(ですか)?」」
「そう。例えば、食堂のメニュー表に貼り付けてあったり、雑貨屋の商品に紛れ込ませたり、他にも色々と考えられるだろ?その時に、たまたま教官がいれば良いが、そうじゃない時の方が圧倒的に多い筈だ。そうなると、後は正攻法で挑戦状を叩き付けるしかないわけだが、上位の奴が下位の奴に挑戦しても、断られたらそれまでだ。そうなると、上位の奴に不満が出てもおかしくない。なら・・・」
そこまで話して、カズキはジュリアンを見た。
「不満を解消するには、こういう手段を認めれば良い。違うか?」
カズキに問われたジュリアンは、拍手をした。続いて、周りからも拍手が起きる。
見ると、ギルドの職員や、店をやっている人達も拍手をしていた。
「素晴らしい。正解だ、カズキ。彼らはそれぞれの仕事をしながら、ランキング戦の認定を行う資格を持っている。正確に言うと、準教官待遇だな」
「やるなー、あんちゃん。罠に嵌まる前に見破ったのは、俺が来てから初めてだよ」
「今年は新入生が三人だけだったから、少し心配だったんだ。でも、あんたがいれば大丈夫そうだな!」
「頑張れよ!応援してるからな!」
「いやー、ありがとうございます」
気分よく手を振っていたカズキだったが、ふと我に返った。何かを忘れているような気がしたのだ。
「・・・これって、単位とか貰えるのか?」
「ああ。貰える単位は三だ」
「マジで?言ってみるもんだなー」
「今日しか貰えない単位だからな。普通は、騙された人間から広がっていく話だ」
「ラッキーだったな。じゃあ、後は適正を見て帰るか!」
「「「帰るな!」」」
本気で帰るつもりだったカズキに、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
「あ。単位と金くれる人達」
カズキは、ようやく思い出した。自分から勝負を挑んでおいて、酷い話である。
「わりー。今行くわ」
「「「殺す!」」」
さんざん待たされた上級生たちの怒りは、頂点に達していた。最早、対価の事など頭に無い様子である。
だが、カズキは涼しい顔で外へ出ていった。殺気立った上級生の事など、気にも留めていない。
扉を抜けると、ジュリアンが言っていた通りに荒野が広がっていた。そこには、対戦相手の上級生と、講義を終えた様子の教官が数人、そして、何故かエルザがいた。
エルザは、嬉しそうな顔をして、カズキに近づいてくる。
「ねーさん?何でいるの?」
カズキの問いに、エルザは胸を張った。
「ランキング戦のトトカルチョよ!」
「そんなのあるんだ・・・」
カズキがエルザと話していると、後ろが騒がしくなってきた。
振り返ると、いつの間にか屋台の様な物があり、そこに看板が立て掛けてあった。そして、その周囲に人が群がっている。エルザも小走りでそちらに向かった。
「新入生カズキ・スワの、ランキング戦勝ち抜きチャレンジ?・・・なんだこれ」
「この学園名物のトトカルチョだ。普通はトーナメントの時に行われるのだが、稀にランキング戦でも行う事がある。今日のように、一人で連戦する時とかな」
「ふーん。それは良いんだが、何でねーさんがここにいるんだ?」
「わからん。どこからか嗅ぎつけてきたのだろう。いつもの事だから、誰も気にしなくなった」
「相変わらず、妙に鋭い人だな。まあいいや。自分に賭ける事は出来るのか?」
「いや、それは禁止だ。八百長があるかもしれないだろう?」
「それもそっか。おーい、ラクト」
カズキに呼ばれて、ラクトが近づいてきた。何故か緊張しているように見える。
「ねえ、カズキ。もしかしてあの人って・・・」
「どの人の事だ?」
「今、カズキが話してた女の人だよ。あの方って、エルザ様だよね?」
「ああ。それが?」
「こんなに近くで見たのは初めてなんだ。流石は聖女様だね。あんなにお美しくて、神々しいなんて・・・」
「「・・・っ」」
カズキとジュリアンは、陶然とした様子のラクトの感想を聞いて、咄嗟に笑いを堪えた。
トトカルチョに参加しようと列に並んでいるエルザを見て、こんな感想が出て来るとは思わなかったのだ。
見れば、近くにいた教官たちも同様の反応をしている。
彼らも知っているのだろう。ここで笑ったら、災厄に見舞われるいう事を。
幸いにして、エルザはこちらの様子に気付かなかったらしい。
「はぁ。危ない所だったな。まさか、トトカルチョに助けられるとは」
「まったくだ。こんな所で不意打ちを食らうとは思わなかったよ。まあ、ラクト君の幻想は、今日で木っ端微塵に砕け散る事になるだろうが」
そんな話をしている所に、凄い勢いでエルザが走ってきた。そして、勢いを緩めることなくカズキに飛びつく。
カズキはフェイントをかけて避けようとしたが、エルザの方が一枚上手だった。見抜かれて腹にタックルを決められてしまう。
「ゴフッ」
ダメージに動けないカズキに構わず、エルザは頭を抱きしめた。
そして、何故かジュリアンを睨みつける。
「どうして、カズキ・スワになってるの!?」
どうやら、名字が違う事に腹を立てているようだった。
「偽名だ。お前の弟だという事がばれたら、カズキの周りが騒がしくなる。そうなれば、カズキは学院を辞めるだろう。ナンシーの為にな」
適当にでっち上げた嘘に、エルザは頷いた。
「・・・それなら仕方ないわね。許してあげる」
カズキを理解している者は、ナンシーの名前を出せば納得してしまうのだ。
「理解が得られたようだな。では、そろそろ離してやった方が良い。最愛の弟がぐったりしているぞ」
「大変だわ!【コンプリート・キュア】!」
「「「いや、魔法掛けてないで、その手を放してやれよ」」」
近くにいた教官たちから、一斉にツッコミが入る。
そのおかげか、ようやくカズキは解放された。
「ゲホッ、ゲホッ。あー、死ぬかと思った」
「カズキ、大丈夫?」
ようやく我に返ったラクトが、若干引いた様子で声を掛けた。
聖女モードの呪縛が解けかかっているらしい。
「なんとかな。危うく不戦敗になるところだったぜ」
「えーと。凄いお姉さんだね」
「まあな。・・・ねーさん、紹介するよ。同級生のラクトだ」
「初めまして、エルザ様。ラクト・フェリンです」
「エルザ・アルテミスよ。カズキのお友達のラクト君に、良い事教えてあげる」
「良い事ですか?」
「ええ、今すぐあそこに行って、全財産をカズキの十七連勝に賭けて来なさい。お金がガッポリ入るから」
「が、ガッポリ?」
聖女のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れる音を聞きながら、ラクトは問い返した。
「そうよ。早くしないと締め切りになるわ。急いで!」
「はいっ!」
ラクトは全速力で去っていった。
それを見送ったカズキは、エルザに声をかける。
「ねーさん。なんでタックルしたの?」
「私のためにトトカルチョを開いてくれた、カズキの気持ちが嬉しかったからよ」
「・・・え?」
「屋台にあなたの名前があったお陰で、迷わず全力買いが出来たわ」
「ひょっとして、何の賭けをするのか知らないで、ここに来たのか?」
「そうよ」
言葉に詰まったカズキは、ジュリアンを見た。
「なあ」
「深く考えるな。その内慣れる」
「・・・そうか」
「それよりも、そろそろ始まるぞ。準備は良いか?」
「いつでも」
「いい、カズキ。盛り上がりを考えるのよ?」
緊張感のないカズキに、エルザが妙なアドバイスをした。
「・・・何だって?」
「最後の相手は、ランキング十位の奴よ。あなたが圧勝するだけでは、観客が盛り上がらないの。上手く演技して、辛うじて買ったように見せなさい。連戦で疲れているような顔をしなきゃ駄目よ」
「面倒くさいんだけど」
「いいからやりなさい。そうしないと、次から賭けが成立しなくなるでしょ。トーナメントもあるんだから」
「・・・そんな理由かよ。良いのか?学院長。これって八百長に近くねえ?ってゆうか、トーナメントに出るのも確定なの?」
「そうよ」
ジュリアンが答える前に、エルザが即答した。
「・・・だそうだ。諦めろ、カズキ」
遅れてジュリアンも返事をする。
だが、それだけではいけないと思ったのか、こう付け加えた。
「もしかしたら、お前より強い奴がいるかもしれないし?」
「何で疑問形なんだ?」
「八百長じゃないアピール?」
「うわ、うぜぇ」
「酷いな。まあ、実際には問題にならないだろう。この学院には、実力を隠している奴が大勢いるからな」
「それは、隠してるんじゃなくて、学院に来ないだけじゃないのか?」
「そうとも言うな」
カズキの推測を、ジュリアンはあっさり肯定した。
「やっぱりか。ここにいるのは、雑魚臭漂う奴ばっかりだもんな。強い奴は実戦で学ぶし」
「それに気付くかどうかが、この学院の肝だからな。そういう奴は、試験の時以外はギルドに顔を出すだけだ」
「そんな事を、俺に話しちまっていいのか?」
「気付いているのだから、問題は無い。但し、他言は無用だ」
「左様で。これは、単位を貰えないのか?」
「ない。さっきのは、入学初日だけの特典だからな。他に例外はないぞ」
「あっそ。・・・ん?そろそろか」
「そのようだな。精々頑張ってくれ。演技を」
「嫌な事を思い出させるなよ・・・」
エルザの介入により、カズキにとって面倒事と化したランキング戦は、こうして始まった。
「皆、こちらに来てくれ。ライセンスを発行する」
「ライセンス?持ってるけど」
「僕も持っています」
「そうだったな。だが、この学院ではライセンスが学生証の変わりになる。古いライセンスを渡して、新しい物を受け取ってくれ。これを持っていれば、ギルドに協賛している店では学割が利くぞ?」
「本当ですか!凄く助かります。・・・あー!」
突然叫んだラクトに驚いたジュリアンは、若干仰け反りながらも、冷静さを取り繕って聞いた。
「・・・どうした?」
「次元ポスト買うの急がなくてもよかった!」
「いつ買ったのですか?」
「昨日・・・」
「うわー、お気の毒様。実家に嵌められるとはなー」
「・・・うちの店って、次元ポストを持ったら一人前なんだよね。それで、学院に入学できる人は、一括の支払いじゃなくて、ローンを組んでも良いってルールがあるんだけど・・・」
「うまい事プライドを擽ってるな」
「そうなんだよ!それに、卒業した人たちが口々に、『俺も入学式の日に買ったんだ』とか自慢げに言って、僕を煽るからさ・・・」
「そいつらは、ラクトに同じ目に遭って欲しかったんだろうなー。入学すれば学割が利くから、それを知られる前にってことか」
「次元屋さんの通過儀礼の様な物でしょうか?面白い事をするんですね」
「私が入学した時にも同じ様に騒いでいた奴がいたな。伝統が受け継がれているようで何よりだ」
「くそー!僕も同じ事やってやるー!」
「・・・なあ、ラクト。そんなに騒いでて良いのか?超目立ってるぞ」
カズキに指摘されたラクトが恐る恐る周囲を見回すと、上級生たちがこちらを見て小声で話をしているのが分かった。
そして、それぞれが紙を取り出して、何かを記入し始める。
まず間違いなく、次元ポストの奪取を目論んでいるのだろう。
人通りの多い所で騒いでいたラクトは、自分の失敗に青くなった。
「あーあ。やっちまったな。まあ、挑戦状を受け取らなければいいだけの話か。ラクト、物が飛んできたりしても受け止めるなよ。後は、床に落ちてる物も拾わない方がいいか。一番警戒しなくちゃならないのは教官がいるかどうかだけど」
「そうですね。・・・あら?こんな所に本が落ちてます。誰かが落としたのでしょうか」
フローネはそう言って、本を拾うためにその場に屈んだ。
そして、手が触れそうになった所で、カズキが本を蹴飛ばす。
本を蹴飛ばされたフローネは、不思議そうな顔でカズキを見た。
「カズキさん。どうして意地悪をするんですか?」
フローネは、本気で分かっていないようだった。
「・・・フローネ。今の話を聞いてなかったのか?」
「なんの事でしょう?」
「床に落ちてる物を拾うと、挑戦状を受け取るかもしれないって話だ」
「・・・ああ!あれに挑戦状が挟まっていたのかもしれないんですね!ありがとうございます、カズキさん。すっかり忘れていました。ですが、気になってしまって」
「分かったよ。今回は俺が拾うから。次からは気をつけろよ?」
「はい。お願いします」
フローネに注意をしてから、カズキは無造作に本を拾い上げた。
案の定、挑戦状が挟まっている。
内容は予想通りだった。次元ポストと一千万円の対価設定で、武器戦闘と書いてある。
フローネに本を渡してから、他にないかと辺りを見回すと、本が大量に落ちていた。ここぞとばかりに、カズキはそれを拾い集める。そして、中を改めると、全てが同じ内容だった。
「二人共、見るか?全部同じだぜ。これは、明らかにラクト狙いだな。武器戦闘しか書いてねえ」
「本当ですね。皆さんは次元ポストを持っていないのでしょうか?」
「持ってないんじゃねえの?一千万だって持っているか怪しい感じだ。要は勝てばいいんだからな。武器戦闘にしてるのは、ラクトが魔法使いだと見抜いてるからだろう。通常戦闘が無いのは、万が一があるからだろうし」
「・・・危ない所だった。カズキ、ありがとう」
「気にすんなって。お陰で手間が省けたんだからさ。・・・それにしても杜撰な手口だな、駄目元でやったんだろうけど」
そう言いながら、挑戦状を全てジュリアンに手渡した。
受け取ったジュリアンが、全てに目を通して宣言する。
「カズキ・スワと、挑戦状を出した者との勝負を、学院長の名のもとに全て承認する」
ジュリアンが宣言すると、上級生からの罵声がカズキに浴びせられた。
「チッ!あいつも持ってやがった!」
「てめえ!余計な事しやがって!」
「せっかく楽してゲットできると思ったのによお!」
「馬鹿め!お前は一ヵ月後に退学だ!」
上級生の罵声を楽しそうに聞きながら、カズキは何人いるのか数えていた。
「十五、十六、十七人か。ちょっと足りないけど、まあ良しとするか。なあ、ジュリアン」
「なんだ?」
「別に、猶予期間を待たなくても良いんだろ?」
「気付いていたか。その通りだ。何も問題はない」
「じゃあ、今からでも良いのか?」
「ああ。言い忘れていたが、挑戦者に日時の指定は出来ない」
「そっか。じゃあ、ヨロシク」
「分かった」
カズキの言葉に頷いたジュリアンが、上級生たちに向き直った。
「静粛に!これよりカズキ・スワとの勝負を開始する!」
ジュリアンの宣言に、上級生たちはいきり立った。
「てめえ!舐めてんのか!」
「今更間違いでしたと言っても遅いからな!」
「覚悟しろ!徹底的にやってやる!」
そして、そう口々に言いながら、全員が外へと出て行った。
「・・・あいつらってさ、こうなる可能性を考えてなかったのかな?」
「カズキ、どういうこと?」
「腕に自信がある奴が単位を稼ぐのに、ランキング戦は手っ取り早い方法だろ?床に落ちてる本を見つけたら真っ先に拾うと思うんだが」
「そうかもしれないけどさ。新入生でここまでやるのって、カズキ位だと思うけど」
「新入生はな。だけど、あっちを見てみろよ。悔しそうな顔した奴が何人かいるぜ?俺と同じ事を考えてたんじゃねえの?」
カズキに気付かれていると知った上級生は、観念して寮に戻っていった。
「ほらな?」
「・・・よく気付いたね。全然分からなかったよ」
「私もです」
「そこら辺は、慣れの問題かな」
「「・・・そんな物(ですか)?」」
「ああ。食堂にでもいたんだろう。ついでに言うと、ここで働いてる人たちは、教官の資格を持っている可能性が高いな」
「「本当(ですか)?」」
「多分な。ここは生徒が利用する施設が多いだろ?ランキング戦目当ての人間は、ここにいればカモを探しやすい。ついでに言えば、罠も仕掛けやすいからな」
「「罠(ですか)?」」
「そう。例えば、食堂のメニュー表に貼り付けてあったり、雑貨屋の商品に紛れ込ませたり、他にも色々と考えられるだろ?その時に、たまたま教官がいれば良いが、そうじゃない時の方が圧倒的に多い筈だ。そうなると、後は正攻法で挑戦状を叩き付けるしかないわけだが、上位の奴が下位の奴に挑戦しても、断られたらそれまでだ。そうなると、上位の奴に不満が出てもおかしくない。なら・・・」
そこまで話して、カズキはジュリアンを見た。
「不満を解消するには、こういう手段を認めれば良い。違うか?」
カズキに問われたジュリアンは、拍手をした。続いて、周りからも拍手が起きる。
見ると、ギルドの職員や、店をやっている人達も拍手をしていた。
「素晴らしい。正解だ、カズキ。彼らはそれぞれの仕事をしながら、ランキング戦の認定を行う資格を持っている。正確に言うと、準教官待遇だな」
「やるなー、あんちゃん。罠に嵌まる前に見破ったのは、俺が来てから初めてだよ」
「今年は新入生が三人だけだったから、少し心配だったんだ。でも、あんたがいれば大丈夫そうだな!」
「頑張れよ!応援してるからな!」
「いやー、ありがとうございます」
気分よく手を振っていたカズキだったが、ふと我に返った。何かを忘れているような気がしたのだ。
「・・・これって、単位とか貰えるのか?」
「ああ。貰える単位は三だ」
「マジで?言ってみるもんだなー」
「今日しか貰えない単位だからな。普通は、騙された人間から広がっていく話だ」
「ラッキーだったな。じゃあ、後は適正を見て帰るか!」
「「「帰るな!」」」
本気で帰るつもりだったカズキに、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
「あ。単位と金くれる人達」
カズキは、ようやく思い出した。自分から勝負を挑んでおいて、酷い話である。
「わりー。今行くわ」
「「「殺す!」」」
さんざん待たされた上級生たちの怒りは、頂点に達していた。最早、対価の事など頭に無い様子である。
だが、カズキは涼しい顔で外へ出ていった。殺気立った上級生の事など、気にも留めていない。
扉を抜けると、ジュリアンが言っていた通りに荒野が広がっていた。そこには、対戦相手の上級生と、講義を終えた様子の教官が数人、そして、何故かエルザがいた。
エルザは、嬉しそうな顔をして、カズキに近づいてくる。
「ねーさん?何でいるの?」
カズキの問いに、エルザは胸を張った。
「ランキング戦のトトカルチョよ!」
「そんなのあるんだ・・・」
カズキがエルザと話していると、後ろが騒がしくなってきた。
振り返ると、いつの間にか屋台の様な物があり、そこに看板が立て掛けてあった。そして、その周囲に人が群がっている。エルザも小走りでそちらに向かった。
「新入生カズキ・スワの、ランキング戦勝ち抜きチャレンジ?・・・なんだこれ」
「この学園名物のトトカルチョだ。普通はトーナメントの時に行われるのだが、稀にランキング戦でも行う事がある。今日のように、一人で連戦する時とかな」
「ふーん。それは良いんだが、何でねーさんがここにいるんだ?」
「わからん。どこからか嗅ぎつけてきたのだろう。いつもの事だから、誰も気にしなくなった」
「相変わらず、妙に鋭い人だな。まあいいや。自分に賭ける事は出来るのか?」
「いや、それは禁止だ。八百長があるかもしれないだろう?」
「それもそっか。おーい、ラクト」
カズキに呼ばれて、ラクトが近づいてきた。何故か緊張しているように見える。
「ねえ、カズキ。もしかしてあの人って・・・」
「どの人の事だ?」
「今、カズキが話してた女の人だよ。あの方って、エルザ様だよね?」
「ああ。それが?」
「こんなに近くで見たのは初めてなんだ。流石は聖女様だね。あんなにお美しくて、神々しいなんて・・・」
「「・・・っ」」
カズキとジュリアンは、陶然とした様子のラクトの感想を聞いて、咄嗟に笑いを堪えた。
トトカルチョに参加しようと列に並んでいるエルザを見て、こんな感想が出て来るとは思わなかったのだ。
見れば、近くにいた教官たちも同様の反応をしている。
彼らも知っているのだろう。ここで笑ったら、災厄に見舞われるいう事を。
幸いにして、エルザはこちらの様子に気付かなかったらしい。
「はぁ。危ない所だったな。まさか、トトカルチョに助けられるとは」
「まったくだ。こんな所で不意打ちを食らうとは思わなかったよ。まあ、ラクト君の幻想は、今日で木っ端微塵に砕け散る事になるだろうが」
そんな話をしている所に、凄い勢いでエルザが走ってきた。そして、勢いを緩めることなくカズキに飛びつく。
カズキはフェイントをかけて避けようとしたが、エルザの方が一枚上手だった。見抜かれて腹にタックルを決められてしまう。
「ゴフッ」
ダメージに動けないカズキに構わず、エルザは頭を抱きしめた。
そして、何故かジュリアンを睨みつける。
「どうして、カズキ・スワになってるの!?」
どうやら、名字が違う事に腹を立てているようだった。
「偽名だ。お前の弟だという事がばれたら、カズキの周りが騒がしくなる。そうなれば、カズキは学院を辞めるだろう。ナンシーの為にな」
適当にでっち上げた嘘に、エルザは頷いた。
「・・・それなら仕方ないわね。許してあげる」
カズキを理解している者は、ナンシーの名前を出せば納得してしまうのだ。
「理解が得られたようだな。では、そろそろ離してやった方が良い。最愛の弟がぐったりしているぞ」
「大変だわ!【コンプリート・キュア】!」
「「「いや、魔法掛けてないで、その手を放してやれよ」」」
近くにいた教官たちから、一斉にツッコミが入る。
そのおかげか、ようやくカズキは解放された。
「ゲホッ、ゲホッ。あー、死ぬかと思った」
「カズキ、大丈夫?」
ようやく我に返ったラクトが、若干引いた様子で声を掛けた。
聖女モードの呪縛が解けかかっているらしい。
「なんとかな。危うく不戦敗になるところだったぜ」
「えーと。凄いお姉さんだね」
「まあな。・・・ねーさん、紹介するよ。同級生のラクトだ」
「初めまして、エルザ様。ラクト・フェリンです」
「エルザ・アルテミスよ。カズキのお友達のラクト君に、良い事教えてあげる」
「良い事ですか?」
「ええ、今すぐあそこに行って、全財産をカズキの十七連勝に賭けて来なさい。お金がガッポリ入るから」
「が、ガッポリ?」
聖女のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れる音を聞きながら、ラクトは問い返した。
「そうよ。早くしないと締め切りになるわ。急いで!」
「はいっ!」
ラクトは全速力で去っていった。
それを見送ったカズキは、エルザに声をかける。
「ねーさん。なんでタックルしたの?」
「私のためにトトカルチョを開いてくれた、カズキの気持ちが嬉しかったからよ」
「・・・え?」
「屋台にあなたの名前があったお陰で、迷わず全力買いが出来たわ」
「ひょっとして、何の賭けをするのか知らないで、ここに来たのか?」
「そうよ」
言葉に詰まったカズキは、ジュリアンを見た。
「なあ」
「深く考えるな。その内慣れる」
「・・・そうか」
「それよりも、そろそろ始まるぞ。準備は良いか?」
「いつでも」
「いい、カズキ。盛り上がりを考えるのよ?」
緊張感のないカズキに、エルザが妙なアドバイスをした。
「・・・何だって?」
「最後の相手は、ランキング十位の奴よ。あなたが圧勝するだけでは、観客が盛り上がらないの。上手く演技して、辛うじて買ったように見せなさい。連戦で疲れているような顔をしなきゃ駄目よ」
「面倒くさいんだけど」
「いいからやりなさい。そうしないと、次から賭けが成立しなくなるでしょ。トーナメントもあるんだから」
「・・・そんな理由かよ。良いのか?学院長。これって八百長に近くねえ?ってゆうか、トーナメントに出るのも確定なの?」
「そうよ」
ジュリアンが答える前に、エルザが即答した。
「・・・だそうだ。諦めろ、カズキ」
遅れてジュリアンも返事をする。
だが、それだけではいけないと思ったのか、こう付け加えた。
「もしかしたら、お前より強い奴がいるかもしれないし?」
「何で疑問形なんだ?」
「八百長じゃないアピール?」
「うわ、うぜぇ」
「酷いな。まあ、実際には問題にならないだろう。この学院には、実力を隠している奴が大勢いるからな」
「それは、隠してるんじゃなくて、学院に来ないだけじゃないのか?」
「そうとも言うな」
カズキの推測を、ジュリアンはあっさり肯定した。
「やっぱりか。ここにいるのは、雑魚臭漂う奴ばっかりだもんな。強い奴は実戦で学ぶし」
「それに気付くかどうかが、この学院の肝だからな。そういう奴は、試験の時以外はギルドに顔を出すだけだ」
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「気付いているのだから、問題は無い。但し、他言は無用だ」
「左様で。これは、単位を貰えないのか?」
「ない。さっきのは、入学初日だけの特典だからな。他に例外はないぞ」
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エルザの介入により、カズキにとって面倒事と化したランキング戦は、こうして始まった。
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