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第十四話 入学式、終戦

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「まずいですね」

 フローネは焦っていた。
 味方の魔法使いは、全員が魔力切れで気絶していた。
 前衛も魔法の援護がなくなったため、戦闘不能になる者が増え始めている。
 今までに倒した敵の数は約二十人。残りは三十人程。
 こちらの戦力も同程度だ。
 疲労のせいでこちらの動きが悪くなっているのに対し、敵は異様な程の士気の高さで、執拗な攻撃を仕掛けてくる。
 退学が掛かっているのだから当然の話だが、フローネにはそんな事情は分からない。

「このままでは・・・」

 まだ、時間は半分以上残っている。
 初めての実戦にフローネの疲労も激しかった。
 断続的に防御魔法を行使している為、魔力も尽きかけている。
 そうこうしている間に前衛の壁が崩れ、敵がフローネ目掛けて殺到してきた。

「こうなったら!」

 フローネは覚悟を決めて盾を構えた。近くに落ちているメイスも拾う。
 そして、最初に辿り着いた男にメイスを振るった。
 フローネを侮っていた男は、メイスの一撃を胸元にまともに喰らって吹っ飛んでいった。

「なっ!」
「油断するな!こいつ強いぞ!」
「取り囲め!一斉に攻撃するんだ!」

 フローネの実力を目の当たりにした上級生たちは、距離を取って後続を待った。
 さほど時間も掛からずに、敵が集まってくる。
 そして、一斉に魔法を唱え始めた。
 魔法を使えない者はフローネを牽制している。
 魔法を防がれても、その隙にフローネを攻撃しようというのだろう。
 最後の最後で連携する事を思い出した彼らは、勝利を確信して口元に笑みを浮かべた。

「悪く思わないでね?」
「あんたは強かった。誇りに思って良いぜ」
「俺たちもこんな所で終わりたくないからな」
「お姫様の顔が歪む瞬間が見物だぜ」

 口々に勝手な事を言う上級生たち。まるで、野盗か山賊みたいな雰囲気である。
 フローネは答えずに、残った魔力を振り絞って最後の勝負に出ようとしていた。
 そして、敵の魔法が放たれる。
 その瞬間の事だった。
 フローネの前に黒髪の少年が現れ、全ての攻撃魔法を剣で切り裂いた。

「うーす。お疲れー」

 言うまでもなくカズキである。
 彼は緊張感のない顔でフローネを振り返った。

「カズキさん・・・」
「よく頑張ったな。後は俺達に任せてゆっくり休んでてくれ。美味しいとこは全部持ってちまうけど」
「構いません。あちらの方は?」
「さっき知り合った。俺はフローネの護衛って事になってるんでよろしく」
「護衛・・・ですか?」
「ああ。俺の素性を聞かれた時に話しの流れで」
「正門前の・・・?」
「そう。その騒ぎであいつだけ誤魔化されてなかったから」
「頭の良い方なんですね」
「ああ。こんな剣を持ってるから、高貴な身分だと勘違いされたよ。それもあって、エルザねーさんの弟って設定になったから。クリスと三人で旅をした事になってる」
「それは本当の話ですけれど・・・。分かりました。それでは、後はよろしくお願いします」

 内緒話を終えて周囲を見回すと、辺りは静まり返っていた。
 誰もがカズキを見ている。

「なんだ?」

 不審に思ったカズキが、フローネと顔を見合わせた。

「皆さん、どうなさったのでしょう?」
「分からん。・・・おーい、ラクト」

 カズキに呼ばれたラクトは、ビクッと体を震わせて我に返った。

「な、なに?」
「周りが静かになってるんだけど、何でか知ってる?」
「え?」
「だから、何で周りが静かになってるのか聞いたんだけど」
「本気で言ってるの?」
「・・・何が?」
「カズキは、自分が何をしたか分かってないの?」

 その言葉に再びフローネと顔を見合わせるカズキ。

「フローネ。俺、なんかしたっけ?」
「さあ、特別な事は何も・・・」
「だよなぁ」
「ですよねぇ」

 そう言って頷きあう二人。
 呆然とするその他大勢。
 ラクトは、自分が間違っているのではないか、という錯覚に陥った。
 魔法を防いだのは、カズキではなくフローネだったかもしれない。
 きっとそうだ。自分は後ろから見ていたからそう見えただけに違いない。
 それを確認するために、フローネに声を掛けた。

「フローネ様。さっきの魔法って、ご自身で防いだんですよね?」

 フローネは思ってもみなかった事を言われたような顔をした。

「いえ?私ではありませんよ」
「じゃあ、誰が・・・」
「カズキさんですけど」
「・・・どうやって?」

 今度はカズキを見て問いかけた。

「剣で斬って」
「・・・ケンデキッテ?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「けんできって」
「おーい」
「剣できって」
「おーい。どうしたー?」
「剣で斬って・・・」
「大丈夫か?」

 カズキが心配そうな顔で、ラクトの肩を揺さぶった。

「剣で!斬った!」

 突然叫んだラクトに驚くカズキ。

「あービックリした。どうしたんだ?いきなり」
「どうしたじゃないよ!」
「なんの話だ?」
「なんの話って!」
「分かった!取り敢えず落ち着け!ほら、深呼吸だ。いいか?ハイ吸ってー」
「スー」
「吐いてー」
「ハー」
「吸ってー」
「スー」
「吸ってー」
「スー」
「吸ってー」
「スー。・・・ゴホッ!苦しいんだけど!」
「悪い悪い」

 そう言いながらも、カズキの顔は笑いを堪えているのが丸分かりであった。

「すまなそうな顔してないよね!?」
「悪かったって。それで?何が聞きたいんだ?」
「そうだよ!剣で斬ったってどういう事!?」
「どういう事って・・・。そのままの意味しかないだろ?」
「だって、魔法だよ!?魔法って剣で斬れないでしょ!」
「そう言われてもなぁ」
「分かった!魔剣だ!その剣は魔剣なんだ!」
違うぞ。見てみるか?」
「・・・ホントだ。魔剣じゃない・・・」

 マジックアイテムを扱っているだけあって、銀とミスリルの違いを見抜いたようだった。
 だが、衝撃が大きすぎたのか、ラクトはカズキの「まだ」という言葉を聞き逃している。

「もしかして、カズキって魔法も使うの?」

 鋭い事を言うラクト。
 カズキの本業は魔法使いなのだが、そんな事は夢にも思わないらしい。
 身のこなしから考えて、魔法を補助的に使う戦士、魔法戦士ではないかと考えたようだった。

「ん?魔法を使っている様に見えたか?」
「・・・見えなかった」

 別に本当の事を言っても良いのだが、カズキはラクトに聞き返した。
 ラクトは魔法を使うので、魔法が発動すればそれが分かる。
 それを逆手に取ったカズキの悪戯であった。
 無論、後でラクトの驚く顔を見たいだけの話だ。
 そこに、召喚された当初の気弱で礼儀正しかった頃の面影など微塵もない。
 それもこれも周囲の影響が大きかったせいである。
 単に地が出ているだけの話かもしれないが。

「じゃあ、どうやったの?」
「気合いだ」

 カズキはクリスの言葉を引用した。

「気合いって・・・」

 ラクトは呆然としている。
 だが、その言葉を聞いていたのはラクトだけでは無かった。
 倒れた生徒を引きずっていた教官たちが、足を止めてこちらを見ていたのだ。

「気合い・・・。そんな言葉を使って同じことをした奴がいたな」
「ああ。いつかの入学式だったよな・・・」
「そうだ、確か5年前だった」
「5年前・・・」
「「「「あ!」」」」

そして、一斉に思い出した。

「「「「クリストファーだ!」」」」

 そう言って再び足を動かし始めた。・・・凄い速さで生徒を引きずりながら。

「なんてこった!また規格外の奴が入ってきちまった!」
「どうなってんだ!この国は!」
「あいつは試験受けてなかったよな!?」
「ああ!貴族のごり押しだ!」
「いつものバカ貴族の箔付けじゃなかったのか!」
「急げ!巻き込まれるぞ!」

 そして、その場には生徒だけが残された。
 退学間近の生徒からも絶望的な声を上げる者が出て来た。

「今、クリストファーって言ってなかったか・・・?」
「ああ。言ってたな・・・」
「先輩に聞いたことがあるぞ、5年前の入学式でうちの派閥の人間が再起不能にされたって・・・」
「マジか・・・」
「何であいつを見てそんな名前が出て来た・・・?」
「分からねえ。だけど嫌な予感がする・・・」

 だが、そこに勇者が現れた。

「お前ら!諦めるのか!?残りはたった三人だ!俺は諦めないぞ!退学が掛かってるんだ!」
「そうよ!あなた達はこのままでいいの!?私は嫌よ!卒業して、甘い汁を沢山吸うんだから!」
「そうだ!忘れたのか!偉くなってやりたい放題するんだろ!?」

 酷い理由であった。
 それも当然の話で、彼らは全員が勇者一族に近しい人間の子息たちである。
 勇者一族は、その立場を活かして各地で様々な悪事を行ってきた。
 そして、そういう人種には同種の人間が集まりやすい。
 腐敗した貴族や商人などと結託し、一大勢力を築いている。
 彼らはそんな親の姿を見て育ったのだ。簡単に権力を諦める訳が無かった。

「・・・何なの?あいつら」
「あれは勇者一族の後ろ盾でここに入った人達じゃないかな。ほら、あいつらって名誉とか権力が大好きだから」
「そんな奴が学院に入れるのか?」
「入れるんじゃない?勇者の名前と金の力で」
「成程なー。ホントに好き勝手してるんだな。あいつら」
「酷い話だろ?あいつらが入学したから、他に入れる人が入試で落とされてるし」
「耳が痛いな。俺も裏口入学組なんだよ」
「そうなの?」
「ああ。一週間前に急に決まってさ」
「一週間前?おかしいな。合格発表は半年前にあったんだけど」
「そんなに前だったのか?」
「うん。この学院って世界中から人が集まるだろ?遠い所から来る人もいるからさ」
「そういう事か。じゃあ誰か欠員が出たのか?」
「そうだとしても、補欠の人が繰り上がる筈だけど・・・。ちょっと待って、確認してみる」

ラクトはそう言って、懐から一枚の紙を取り出した。

「なにそれ?」
「合格者リスト」
「そんなの持ってるのか」
「うん。この中から偉くなる人が出てくるかも知れないから」
「コネ作りのために?」
「そんな感じ」

 二人は会話しながら合格者を確認していく。
 当然ながら、フローネの名前が真っ先に上がっていた。
 他は、カズキが知らない名前ばかりである。
 そして、最後の方にカズキの名前も載っていた。

「カズキの名前もあるね」
「ホントだ。どういうことだ?俺の入学が決まってたって事か?」
「そうみたいだね。本当に知らなかったの?」
「ああ。欠片も興味無かったからな」
「陰謀を感じるね・・・」

 カズキには心当たりがあった。
 勇者の存在が不必要になった今、世界的に排除の動きが始まるのは想像に難くない。
 だから、手始めに取り巻きを排除しようと画策したのだろう。
 ここには勇者一族の関係者の子息が通っている。
 彼らが授業中に再起不能にされても表立って文句は言えない。
 何故なら、ここは強者を育てるための場所だからだ。
 もし、関係者が逆恨みで徒党を組んで襲ってきたとしても、それを問題にしない程の実力がある人間がここにいた。
 そして、襲撃を口実に芋づる式に上まで拘束する。むしろ、それを望んでいるのだろう。
 証拠など重要ではない。勇者一族と取り巻きを恨まない者はいないからだ。
 そこまで考えてから、この計画の首謀者の顔を探した。
 邪神を倒す前からこんな事を画策する人間は、一人しか思い浮かばない。
 彼は、また壇上に立っていた。
 カズキの視線に気づくと、嬉しそうに手を振ってくる。
 そして、口元が動いた。
 聞こえないにも関わらず、何故か言っていることが分かってしまった。

「YOU!殺っちゃいなYO」

 確かにそう言っていた。

「あの野郎・・・」
「カズキ。どうして学院長を睨んでるの?」

 カズキの視線の先を見たラクトが、不思議そうに声を掛けてきた。
 
「いや、何でもない。それよりも予定変更だ。ラクトは手出ししないでフローネと一緒にいてくれ」
「えっ!どうして!一人でなんて無茶だよ!」
「大丈夫だ。それとも、ラクトはあいつらの恨みを買う勇気があるか?報復されるかもしれねえぞ?」
「・・・それは勘弁してほしいけど」
「そういう事だ。全部俺に任せておけ」
「カズキ・・・。カッコいい・・・。惚れそう・・・」
「キモイ事言うな!」
「ごめーん」
「まったく。第一、俺には運命の相手がいるからな。そういうのは御免だ」

 もちろん、ナンシーの事である。

「え!誰!マジで!」

 ラクトの言葉に答えずに、フローネに向き直った。

「そういう事だから、ラクトを連れて下がっててくれ」
「わかりました。・・・ご武運を」
「あいよー」

 カズキは、軽い返事をして上級生と向かい合った。

「さ、ラクトさん。邪魔にならないように下がりましょう」
「フローネ様・・・。心配じゃないんですか?」
「何がですか?」
「だって、三十人ですよ?それを一人でなんて・・・」
「確かにそうかもしれません。たった三十人しかいないなんて・・・」
「違いますよね!?カズキの方を心配しないと!さっき『ご武運を・・・』とか言ってたじゃないですか!」
「まあ!ラクトさんて物真似がお上手なんですね。感心してしまいます」
「そこ!?違いますって!カズキのことですよ!心配じゃないんですか!」
「私、憧れてましたの。物語とかであるでしょう?戦いに赴く殿方を送り出す場面が・・・」

 そう言ってウットリするフローネ。
 噛み合わない会話に叫ぶラクト。
 そして、聞こえてくる悲鳴。

「ギャー!」
「クソっ!動きが見えねえ!」
「魔法が効かないわ!」
「なんだこいつ!なんでこんな奴がいるんだ!」
「囲め!囲んで一斉に・・・」
「おい!どうした!チッ、気絶してやがr」
「後ろだ!後ろに・・・」

 そこは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
 魔法は全て切り払われ、決死の覚悟で放った一撃は軽く受け止められる。
 後ろから殴り掛かればそこにカズキの姿はなく、勢い余って味方に攻撃を加える始末だ。

「てめえ!何しやがる!」
「うるせえ!お前がとろいのが悪い!」

 仲間割れをしている間にカズキの攻撃を喰らって倒れる者も続出した。
 そして、ラクトがようやくカズキの方へ向いた時、戦いは終わろうとしていた。

「さて、あと一人か」
「貴様・・・。こんな事してタダで済むと思うなよ」
「何言ってるんだ?授業じゃねーか」
「黙れ!覚悟しておけよ・・・。この借りは必ず返すからな!」
「ハイハイ。精々頑張ってパパに頭下げてくれ」

 そう言って無造作に間合いを詰め、剣を使わずに顎を蹴り上げる。
 バキッと骨が砕ける音が辺りに響いて、最後の一人はその場に崩れ落ちた。
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