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ぼくのこと、わかりますか?

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マンションの玄関にあったのは、
ぼくが慣れ親しんだご飯のお皿。
あの懐かしい味と香りとあったかい部屋のニオイが一瞬にして蘇って来た。

でもなんでこんな場所に?
まさか、パパとママが?

そう思っていると、
ぼくはどこからか視線を感じた。
辺りを見回したが誰もいない。

ふと上を見る。
すると3階のベランダに
一人の女性がいた。


洗濯物を干している途中だったのか、数枚のTシャツを手にしたままその女性はぼくの方をじっと見つめていた。


ぼくと女性の間の時間が止まる。
同じように固まる2人。

見つめあったまま、ぼくも女性も表情を変えずにいた、というより、体が動かなくなるほどの驚きが押し寄せていたのかもしれない。


「…?」

少しだけ口を開き、彼女は何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。ぼくが聞こえなかっただけかもしれないけど、分からない。


「…んにちは」


ぼくを見つめながら、不信感を漂わせながら、彼女は言った。
とても小さな声だったが、ぼくには聞こえた。か細いけど、温かみのある声。
馴染みのある声。


ぼくは声にならない、こんにちは、を口にしながら、頭を下げた。すると、彼女も頭を下げ、ニコっこ微笑んだ。


ママだ。
ぼくの人間のママだ。
ぼくをここまで育ててくれたママだ。


ぼくに見せた笑顔は
ぼくにたくさん幸せをくれたママの笑顔だった。






「わたし、キートスがいなくなってからちょっと変な夢を見るの」
「どんな夢?」
「小さな男の子がキートスと遊んでいる姿を見てる夢なんだけど…」
「うん」
「可愛いなぁと思ってずっと眺めてたら、男の子とキートスが楽しそうに走り回りながら、わたしに近づいてくるの。それがすっごく楽しそうで。わたしも夢の中なのになぜか幸せな気持ちになって」
「うん」
「で、男の子とキートスがはしゃぎながら、どんどんわたしの方に近づいてくるの。そして、わたしの前に来て、男の子がこう言うの。『ママ、この猫、飼ってもいい?』って。わたし、全然ママじゃないのに、その男の子なんか初めて見たのに、なんか分かんないけど、いいよって言っちゃって」
「うん、うん」
「そこで、夢は終わっちゃんったんだけど、なんかあの時の今まで感じたことのない感動と嬉しさが今でもずっと心に残ってて、ふわふわしてる気がするんだよね」
「へえー、なんかいいね。楽しそう。じゃあ、もしかしたらまたキートスに会えるかもしれないね」
「うん、そう思ってまた大家さんにお願いして、玄関の前にご飯置かせてもらったの。キートスがいなくなって何日も経つけど、わたし、絶対帰って来てくれると思ってるから」




ずっと棒立ちのまま、ぼくはベランダのママを見ていた。するとママは洗濯物を置いて、部屋の中へ入っていった。

そのままカーテンを閉める音がして、ベランダから人影が消えた。

そうだよね。
ただの男の子だもん。
会ったことも見たこともない子供と偶然、目が合っただけ。挨拶をしてくれただけでも、ぼくはホッとしたけど。


このままここにいても、どうにもならないんじゃないかな、もう。足元に目を落とし、散らばったご飯を見つめていた。


すると、その時だった。

ぼくの耳に聞こえて来たのは、
ドアが閉まる音、そして階段を誰かが降りてくる足音。
マンションの上から、誰かが下に降りてくる。


逃げたほうがいいのかな?不安と恐怖がにわかに滲み始めた時、人影が現れた。

ぼくは申し訳なさそうに手を前に組んで、わかるかわからないぐらいの角度に頭を下げた。

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