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まだダメよ、こっちに来ちゃ
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「大丈夫ですか!?」
「早く救急車呼んで!」
「ぼく!」
「あれ?……」
「え?ぶつかったんじゃないの?」
「僕も見たんですけど……」
「…いないじゃん…誰も」
かすかに聞こえていた声が
そのまま聞こえなくなった。
・
・
薄いピンク色が辺りを包んでいた。
ふわふわとした小さなトンネルの中を
ぼくは転がるように進んでいく。
雲のすべり台を滑っているかのようだった。
そのうち、ピンクが青に変わったり、
赤になったり、虹色の変化を見せるトンネルの中をぼくは漂っていた。
この世にこれだけの色があるのかと思うほど鮮やかな色彩の中を泳ぐように下っていく。
すると、
しばらくして、すべての色が一か所に集まり、それらが衝突した勢いでパーンと弾けた。
その瞬間、強くて真っ白な光が放たれ、ぼくは思いっきり目を閉じた。
気がつくと、ふわふわだった感触が消え、足元に大地を感じた。
見たことのない草原が広がっている。
ぼくが生まれた東京の景色じゃないことはすぐにわかった。
においが違う。
鼻を抜けて、肺に入っていく空気が
どこか甘く、脳に快感を与えるほど澄んでいる。
草原の緑も、大空の青も、
水に濡れたように滲んで、霧がかかっているかのようだった。
どこまでも広がる草原を見渡しながら、
ぐるっと見回すと、数メートル先に大きな木が見えた。
「こっちよ」
どこからか、声が聞こえた。
女性の声だ。
キョロキョロとあたりを見回したが、
誰もいない。
「こっちよ」
また聞こえた。
なんとなく上の方から声がする。
ぼくはさっき見た木の方に
近づいていった。
その木はとても太くて、何百年もこの地を見守ってきたような堂々とした力強さがあった。
「やっと会えたね」
はっきりとした声が頭上から聞こえた。
ぼくはちょっとだけ驚いたけど、
勇気を出して、声の方へ顔を向けた。
「ママ…?」
幼い頃に見たままの猫のママが
木の上から、ぼくを見下ろしていた。
「ママ?ほんとに、ママ?」
「そうよ。大きくなったわね」
「ママーっ!」
もうすぐ死んでしまうぼくの前にママが現れるなんて、夢のようだった。
ぼくは、弱々しくなった足を木にかけ、
力を振り絞って、ママのもとへたどり着こうと思った。
でも、
でも、
足が、
足が、
動かない。
「なんで?」
足の爪が全然、木に引っ掛からない。
空気の中をもがいてるだけのような、
水の中で踏ん張っているような不思議な感覚。
目の前には太い木がちゃんとあるのに、
見上げればすぐ目の前にママの姿がちゃんと見えるのに。
どうして?
「ダメよ、こっちに来ちゃ。
まだ、ダメよ」
「早く救急車呼んで!」
「ぼく!」
「あれ?……」
「え?ぶつかったんじゃないの?」
「僕も見たんですけど……」
「…いないじゃん…誰も」
かすかに聞こえていた声が
そのまま聞こえなくなった。
・
・
薄いピンク色が辺りを包んでいた。
ふわふわとした小さなトンネルの中を
ぼくは転がるように進んでいく。
雲のすべり台を滑っているかのようだった。
そのうち、ピンクが青に変わったり、
赤になったり、虹色の変化を見せるトンネルの中をぼくは漂っていた。
この世にこれだけの色があるのかと思うほど鮮やかな色彩の中を泳ぐように下っていく。
すると、
しばらくして、すべての色が一か所に集まり、それらが衝突した勢いでパーンと弾けた。
その瞬間、強くて真っ白な光が放たれ、ぼくは思いっきり目を閉じた。
気がつくと、ふわふわだった感触が消え、足元に大地を感じた。
見たことのない草原が広がっている。
ぼくが生まれた東京の景色じゃないことはすぐにわかった。
においが違う。
鼻を抜けて、肺に入っていく空気が
どこか甘く、脳に快感を与えるほど澄んでいる。
草原の緑も、大空の青も、
水に濡れたように滲んで、霧がかかっているかのようだった。
どこまでも広がる草原を見渡しながら、
ぐるっと見回すと、数メートル先に大きな木が見えた。
「こっちよ」
どこからか、声が聞こえた。
女性の声だ。
キョロキョロとあたりを見回したが、
誰もいない。
「こっちよ」
また聞こえた。
なんとなく上の方から声がする。
ぼくはさっき見た木の方に
近づいていった。
その木はとても太くて、何百年もこの地を見守ってきたような堂々とした力強さがあった。
「やっと会えたね」
はっきりとした声が頭上から聞こえた。
ぼくはちょっとだけ驚いたけど、
勇気を出して、声の方へ顔を向けた。
「ママ…?」
幼い頃に見たままの猫のママが
木の上から、ぼくを見下ろしていた。
「ママ?ほんとに、ママ?」
「そうよ。大きくなったわね」
「ママーっ!」
もうすぐ死んでしまうぼくの前にママが現れるなんて、夢のようだった。
ぼくは、弱々しくなった足を木にかけ、
力を振り絞って、ママのもとへたどり着こうと思った。
でも、
でも、
足が、
足が、
動かない。
「なんで?」
足の爪が全然、木に引っ掛からない。
空気の中をもがいてるだけのような、
水の中で踏ん張っているような不思議な感覚。
目の前には太い木がちゃんとあるのに、
見上げればすぐ目の前にママの姿がちゃんと見えるのに。
どうして?
「ダメよ、こっちに来ちゃ。
まだ、ダメよ」
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