君の瞳

かほ

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夜会②

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 知らない間に会場の熱気で火照っていたのか、少し冷たいくらいの夜風が心地よく感じる。
 会場を出て少し行くと、大きな庭園がある。夕方会場についたときには色とりどりの花が美しかったが、今ではすっかり闇に沈んでしまっていた。申し訳程度の感覚で置かれた灯りはあまり役に立たず、暗がりの中では自然と聴覚が敏感になる。
 庭園の噴水の水音。草木のさざめき。会場から流れてくる軽快なワルツ。レンガを打ち付ける二人の靴音。


「足元、暗いので気をつけてくださいね」

 心地よい音にうっとりとしていたことがばれたようで、エリオットから声がかかる。小言のような言葉ではあるが、その声音はひどく優しい。

「はあい」

 ヴィオラの気の抜けた声がおかしかったのか、隣でエリオットが小さく笑った気配がした。

 エスコートのおかげで転ける心配はまずないと思うが、エリオットの言う通り、確かに視界が悪い。舗装されているとはいえ、高いヒールを履いた足元は少々心許ないと、少し恐怖を感じた頃合いだった。


「少し座りましょうか」

 そう言ったエリオットの視線の先には、間のいいことにお誂向きのベンチが鎮座していた。促されるままにそこへ腰掛ける。

 ベンチはちょうど夜会が開かれている屋敷の方を向いており、橙色の灯りが遠くに見えた。少し空気を吸うだけのつもりが、知らないうちにかなりの距離を歩いていたらしい。それもこれもこの屋敷の庭が広すぎるのがいけないのだ。ヴィオラは会場への帰路を思いげんなりとした気分になった。
 しかしぼんやりと人の顔が分かるくらいの暗闇の中、華やかなその灯りはどこか幻想的だ。幻想的過ぎて、なんだか先程まで夜会に参加していたのが信じ難いような気分に襲われる。

 ざわざわとした予感が、不意にヴィオラの脳裏をかすめた。なにか嫌なことを思い出しそうだ。その理由もはっきりと思い出せないくせに、ひんやりとした感触だけがじわじわと胸の中央から染み出すように拡がっていく。
 嫌だ。考えたくない。
 不快な感覚を振り払うようにヴィオラは思考をやめ、思いつきでついと口を開いた。


「エリオット様は…」

 あとに続く言葉を、ヴィオラは考えていなかった。言ってからそれに気がついて、口を開いたまま唖然とした。

「ん?」

 続きを促すようにエリオットが聞き返す。急かす気なんてまるでない、のんびりとした返答。ただの一文字ぽっち。なのにどうしてこんなに優しい響きがするのだろうと、ヴィオラは不思議に思った。

「エリオット様は、どうして私を婚約者に?」

 結局口をついて出てきたのは、ずっとヴィオラが気になっていたことだった。隣で息を呑むような気配がしたあと、少しの沈黙が落ちた。ヴィオラは尋ねたことを半ば後悔しながらも、辛抱強くエリオットの言葉を待った。
 たっぷり十秒はたったかという頃、エリオットは少し迷うかのような素振りでその言葉を口にした。

「…僕が君を、好きだからだよ」
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