青い鳥を探して

かほ

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第一章

プレゼント

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 ノアの生家は伯爵家であり、父は放任主義ではあったが金銭的にはノアに不自由はさせなかった。それをノアは親からの情というよりも体面上、跡継ぎ息子がみっともない姿を晒さないようにとの配慮だと解釈していた。ノアは浪費に然程の興味もなかったので、小遣いとして与えられている資金は過剰だとすら感じていた。しかし今回エーリクにプレゼントを贈るとあって初めて、父親の計らいに感謝をしたのだった。


 授業が休みの日曜日、ノアは一人街に繰り出していた。学校の傍にある大通りは都市部とまでとはいかないが、かなり栄えていて大抵のものは揃う。今日は日柄もよく、ちらりと視界に入ったカフェのテラス席では、ノアと同じく遊びに出てきたのであろう学生らしい青少年がわいわいやっている。

 さて、ノアは寮から出てきたは良いものの、いったいどこからまわったものか途方に暮れていた。ノアは普段ほとんど街に行くことがない。せいぜいが本屋と日用品が売っている雑貨屋に行く程度だった。


「やあ、そこの綺麗なお坊ちゃん!うちへ寄ってかないかい?」

 大きな声が聞こえて振り返ると、露天商のいかにも陽気そうな男と目が合った。自分のことを呼んだのだろうか。そう思って瞬きを繰り返していると、おじさんはノアの顔を見てにっと笑った。
 それを見てノアは男の方へと歩み寄る。きょろきょろとあたりを見回しながら歩く様子が目立ったのかもしれない。

「さ、見て行ってくれや!」

 そう言って男はたくましい両手を広げて商品を示して見せた。所狭しと置かれたカラフルな品々はノアの目に混沌として映った。煌びやかなオーナメントや装飾品、飾り絵の入ったキャンドルなどもある。愛想のよい男の視線に耐えかねて、ノアはとりあえず目の前にあったものを手に取った。
 それは女の子の姿を象った陶器の置物だった。淡い色合いのつけられたつるりとした印象の少女としばし見つめあうが、それ以上どうしていいのかわからず元の位置にそっと戻す。同じ動作を何度か繰り返すが、どれもいまいちぴんとこなかった。そもそもノアは買い物をするとき、何を買うか事前に決めてから店に行く。こんなふうに当て所なく商品を見るということはほとんど経験がなかった。


「なあ坊ちゃん、今日は何を買いに来たんだい?」

 そんなノアの態度に気を使ったのか、それとも単に商売のためか、男はそう声をかけてきた。

「級友にお詫びがしたくて」
「ああ!プレゼントかい!!そりゃあ悩むねえ」

 ノアの不慣れさ故の振る舞いは、幸いにも店主には好意的に受け止められたらしい。ノアは少しほっとして肩の力を抜いた。


「相手はどんな子かい?女の子?」
「いえ、男の子です。同い年で、寮で同室の」
「じゃあ、仲良しの子だ」
「いえ、そういうわけでは…」
「そ、そうなのか…」

 会話を続けながらも、眼下の品物を物色する。ふと目に入った何やら妙な形の瓶が気になって掲げて見ていると、店主の視線に気が付いた。

「ルームメイトの子の好みは知らないが…、流石にそんなのは喜ばないんじゃないかい?」
「そう思いますか?」
「ああ…」

 持ち上げていた瓶を下ろして店主と見つめあう。これをエーリクが喜ぶと思っていて見ていたわけではないから言い訳したい気持ちもあったが、じゃあどんなものがと聞かれれば答えられない。
 
 ユリウスの提案で物をあげることくらいならノアにも出来ると思ったのだけれど。ものはモノでもエーリクが喜ぶようなものを選ばなければならないのか。

 店主の発言でそんな初歩的なところに気づき、ノアは一気にハードルが上がったように思った。
 
 途端に気後れし始めたノアを横目に、店主は慣れた手つきでいくつかの品物を集める。艶やかに光る万年筆と、幾何学模様の刺繡がされたブックカバー。店頭に吊り下げてあった朱色のマフラーに、タータンチェックの紺色のハンカチーフ。

「学生さんが使うなら、こんなところじゃないかい?」

 そうか。実用的なものなら喜んでもらえるのかも。店主の何気ない言葉にヒントを得た気がして、なるほどとひとりノアは頷く。

「全部下さい」
「は?」
「全部、買います」

 分厚い財布を取りだしたノアを見て、店主は慌てる。

「本当に全部買うのかい?友達にあげるプレゼントなんだろう?そんなにすぐ決めてしまっていいのか?」
「どんなものをあげれば喜ぶかわからないので、店主さんのお勧めならとりあえず買っておこうかなと思ったのですが。おかしかったですか?」
「ま、まさか、買ってきたものを全部その子の前に広げてさあ選べ、なんてするつもりじゃないだろうね」
「?それが何か?」

 父が義母や義母姉に物を与えるときは常にそんなものだったと記憶している。たくさんあれば間違いはないと思うのだが。

「これだからボンボンは…」

 店主は万感が込められていそうなほど重いため息をついた。怒気までは流石に感じないが、それに近い感情がノアにまで伝わってくる。

「あげるなら一つにしな!商売人としては本来なら大歓迎だけどねえ、そんなプレゼントしたら物が可哀そうだろう。それにもらう方もびっくりだよ!」
「はあ…」

 そこまで言うのならと、店主セレクトの商品をひとつひとつ眺める。エーリクが使うもの、エーリクが使うもの…。

「あの、この中で一番…」
「値段が高いやつっていうのはなしだ。きちんと選びな」

 そう店主に言われてしまったことで、とうとうノアはその中から自分で選ぶしかなくなった。客の買い物にしつこく口出しするだけのことはあり、店主はノアのプレゼント選びを最後までしっかりと見守ってくれた。

「あの、ありがとうございました」
「いいってことよ!もうじき寒くなってくるだろうし、いいプレゼントなんじゃないか?友達、喜んでくれるといいな」
「はい」

 店主が綺麗にラッピングして手渡してくれた包みに一瞬目を落とし、頷く。僅かに頬が赤らむのを感じつつ、店主にもう一度礼をしてから店を後にした。

 結局ノアが選んだプレゼントは、肌触りの良い朱色のマフラーだった。プレゼント選びに大切なのは渡す相手のことを考えることだという、店主の教えを参考にさせてもらった。エーリクの暗いアッシュブロンドにこのマフラーはよく映えるのではないかと思ったのだ。



 エーリクは喜んでくれるだろうか。

 最後に店主にかけられた声のせいだ。人を喜ばせるなんてそんな大層なことが自然に浮かんでくるなんて。

 ノアはマフラーの包みを胸に抱えて自嘲した。そんなことが出来るはずないのに。どこへ行ったってノアは邪魔者で、人に迷惑をかけるばかりの存在なのだから。

 喜んでなんてもらえなくてもいい。ノアは自分に言い聞かせるように考える。喜んでもらえなくとも、これが少しでもエーリクの役にたったなら、あの晩の失態を少しは払拭出来るはずなのだから。

 ノアは浮つく心をぎちぎちと縛り付けるように、悪い方へ悪い方へ思考を向けていく。期待しないように、思い上がらないように。傷つかないように、傷ついているのがバレないように。心を殺すのはノアの得意分野だった。

 寮までの帰り道を早足で辿るノアの横を、冷たくなりつつある秋風が通り過ぎていった。
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