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第一部
ぼくのおかあさん
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ぼくのお母さんは綺麗で美人だ。ーーとても優しくて、思いやりがあって、自慢の母親でもある。
ぼくが生まれて間もない頃に、お父さんは事故で亡くなった。
お母さんは、生き残った。足に後遺症を残して。
今でもその後遺症は残ってて、杖をついて歩いている。
事故の影響で、暫くぼくはお母さんの実家に預けられてた。
お母さんが戻って来てくれたのは、ぼくが五歳の頃で。
今でも覚えている。ーーお母さんが帰って来てくれて凄く凄く嬉しかったって。
でも、離れ離れでいた影響なのか、ぼくはお母さんの事を「お母さん」って呼ばない。
「よしのさん」って呼ぶ。
よしのさんは、よしのさんで、ぼくの事を「かすかくん」って呼ぶのだ。
珍しい親子だって言われるけど。ーーぼくは、特に気にしてない。
♡
ぼくは、中学生に進学した。新しい制服、新しい教科書、新しい鞄。
全てが新しくて新鮮な気持ちになった。
下校中、桜並木の中を徒歩で歩いた。桜吹雪で目が眩みそうになる中、遠くにその人は立っていて、ぼくへと振り返る。
近付くと、買い物袋をぶら下げて、微笑みながら、ぼくにいつもこう言うのだ。
「かすかくん。ーーおかえり」
「ただいま。ーーよしのさん」
♡
よしのさんが持ってた買い物袋をぼくが持って、一緒に帰宅する。ーー手を繋いで。
いつもの日常。いつもの一時。
ぼくの家は母子家庭。お母さんは障害者枠で働いている。家は貧乏で、本当に慎ましい生活をしているのだが、それでも家の中はあたたかくて。ーー幸せだった。
「かすかくん。今日の晩ご飯、肉じゃがとカレーだったら、どっちがいい?」
「ーー肉じゃがで」
長い髪を一つにまとめたよしのさんは、キッチンに立ちながら、買い物袋から食材を出している。
「はーい。了解です」
「お手伝いします」
「ふふ。ありがとう。じゃあ、ピーラーでお芋の芽を取って皮を剥いてくれますか~?」
「はい」
「お味噌汁は、わかめとお豆腐でもいーい?」
「はい」
「分かりました~」
表情の乏しいぼくは淡々と答えるが、よしのさんは嫌な顔をせずに微笑む。母が笑ってくれると此方も顔が綻びそうになる。だけど、何だか気恥ずかしくてよしのさんの前では笑う事が出来なかった。
♡
「ーーかすかくん。肉じゃが、味薄い?」
「……いえ、丁度いいです」
「良かった~」
肉じゃがを食べながらよしのさんを一瞥するぼく。
ぼくには、今、悩み事がある。とても些細な事なのだけれど。
「ご飯食べたら、お風呂入っちゃってね」
「はい。ーーあ、あの……」
「なあに?」
きょとんとするよしのさん。ーー言え。ぼく。言わなくちゃ。凄く凄く言い辛いけど。
「お風呂……。一人で入ってもいいですか?」
「え……」
よしのさんの顔が固まって、ぼくはもごもごと言葉を続ける。
「あ、えっと……その、駄目ですか?」
「ーー私とお風呂に入るの。嫌……?」
「……い、嫌じゃないです」
首を横に振るぼくに、よしのさんはショックを受けたような悲しそうな顔をする。
「……じゃあ、何で……?」
「あ……ええと、は、恥ずかしくて……」
赤面するぼくに、よしのさんは、眉を下げる。ぼくの発言にショックが隠せないようで今にも泣き出しそうだ。
「……一緒に入ったら駄目……? かすかくん」
「……えっと、その……わ、分かりました」
「……ありがとう。かすかくん」
安堵するよしのさんに内心、ほっとする。ーーやっと、言えたのに。やっぱり、駄目だった。
ぼくの母親、よしのさんは、とっても過保護で、息子のぼくを溺愛している。ぼくの帰りが遅かったりすると、凄く凄く心配して、何度もスマホに連絡が入る。これは、お父さんを事故で亡くしたトラウマが根強く残っているからだった。
☆
「かすかくん。ーーお背中流してあげる」
「え? あ、ありがとうございます……」
「うん」
浴室で裸同士でお風呂に入る。椅子に座って髪を洗い終えると、裸のよしのさんに後ろから抱きつかれて、ぼくは、声が震える。よしのさんの胸は大きくて、ぼくの背中に当たるからだ。母親なのに、過去の影響で、時々、よしのさんが赤の他人に映る事があるぼく。
思春期なぼくにとって、この気持ちは複雑で、何とも言い難い感情だった。
黙って、よしのさんに背中を洗われて、ぼくとよしのさんは、湯船に使った。
♡
「かすかくん。ーーどう? 中学校は? 楽しい? お友達は出来た?」
「ええ、はい。……楽しいです」
「……良かった。かすかくん。内気だから、心配してたの。勉強は問題ないと思うから、そこは心配してないけどね」
湯船のお湯が熱い。上気した頬で語るよしのさんは変わらず、笑顔で。ぼくは、まだ仲のいい友人が出来てないのでいたたまれなくなる。
「明日お休みだから、一緒に図書舘行こう? かすかくん」
「はい」
よしのさんは、読書と料理が好きだった。ぼくも読書が好きで、結構、似ている親子なのだろうと思う。よしのさんは、寂しがり屋で、ぼくが休日の日は仕事を休む。理由は、ぼくと過ごす時間を大切にしたいから。中学生にもなって、お母さんと外に出掛けるのは恥ずかしかったけれど、それを言うとよしのさんが悲しむから言えなかった。
「明日の午後、いつきくんが遊びに来るみたいだから、午前中に行こうね」
「はい」
いつきというのは、遠縁の親戚だ。三個年上でぼくにとっては、兄のような存在でもある。ぼくと違って、いつきは誰とでも分け隔てなく話せる社交的な人だ。
♡
「かすかくん。ーーおやすみなさい」
「ーーおやすみなさい」
布団二枚、隣同士でよしのさんと寝る。ぼくの部屋はない。家賃の安い、狭いボロアパート。ぼくの自室が作れる程、我が家は裕福ではなかった。
「……かすかくん」
そう言って、ぼくのお布団にもぞもぞと入って来るよしのさんは、後ろからぼくをぬいぐるみを抱き締めるようにぎゅっと優しく抱き締める。
「明日、かすかくんの作った朝ごはん食べたいな……」
「何が食べたいですか?」
「エッグベネディクトが食べたいっ」
「分かりました」
ぼくは、よしのさんに振り返ると微笑した。
気が付けば、うとうとと船を漕いでいたぼく。よしのさんは、そんなぼくの頭を優しく撫でていた。
ぼくを溺愛するよしのさん。この時、ぼくは薄々勘づいていた。ーーよしのさんのぼくに対する愛情は、いつきの母とはまた別種だって。
だけど、一度転がるとそれは止まらなくて。
気が付けば。ーー手遅れだったのだ。
ぼくのお母さんは綺麗で美人だ。ーーとても優しくて、思いやりがあって、自慢の母親でもある。
ぼくが生まれて間もない頃に、お父さんは事故で亡くなった。
お母さんは、生き残った。足に後遺症を残して。
今でもその後遺症は残ってて、杖をついて歩いている。
事故の影響で、暫くぼくはお母さんの実家に預けられてた。
お母さんが戻って来てくれたのは、ぼくが五歳の頃で。
今でも覚えている。ーーお母さんが帰って来てくれて凄く凄く嬉しかったって。
でも、離れ離れでいた影響なのか、ぼくはお母さんの事を「お母さん」って呼ばない。
「よしのさん」って呼ぶ。
よしのさんは、よしのさんで、ぼくの事を「かすかくん」って呼ぶのだ。
珍しい親子だって言われるけど。ーーぼくは、特に気にしてない。
♡
ぼくは、中学生に進学した。新しい制服、新しい教科書、新しい鞄。
全てが新しくて新鮮な気持ちになった。
下校中、桜並木の中を徒歩で歩いた。桜吹雪で目が眩みそうになる中、遠くにその人は立っていて、ぼくへと振り返る。
近付くと、買い物袋をぶら下げて、微笑みながら、ぼくにいつもこう言うのだ。
「かすかくん。ーーおかえり」
「ただいま。ーーよしのさん」
♡
よしのさんが持ってた買い物袋をぼくが持って、一緒に帰宅する。ーー手を繋いで。
いつもの日常。いつもの一時。
ぼくの家は母子家庭。お母さんは障害者枠で働いている。家は貧乏で、本当に慎ましい生活をしているのだが、それでも家の中はあたたかくて。ーー幸せだった。
「かすかくん。今日の晩ご飯、肉じゃがとカレーだったら、どっちがいい?」
「ーー肉じゃがで」
長い髪を一つにまとめたよしのさんは、キッチンに立ちながら、買い物袋から食材を出している。
「はーい。了解です」
「お手伝いします」
「ふふ。ありがとう。じゃあ、ピーラーでお芋の芽を取って皮を剥いてくれますか~?」
「はい」
「お味噌汁は、わかめとお豆腐でもいーい?」
「はい」
「分かりました~」
表情の乏しいぼくは淡々と答えるが、よしのさんは嫌な顔をせずに微笑む。母が笑ってくれると此方も顔が綻びそうになる。だけど、何だか気恥ずかしくてよしのさんの前では笑う事が出来なかった。
♡
「ーーかすかくん。肉じゃが、味薄い?」
「……いえ、丁度いいです」
「良かった~」
肉じゃがを食べながらよしのさんを一瞥するぼく。
ぼくには、今、悩み事がある。とても些細な事なのだけれど。
「ご飯食べたら、お風呂入っちゃってね」
「はい。ーーあ、あの……」
「なあに?」
きょとんとするよしのさん。ーー言え。ぼく。言わなくちゃ。凄く凄く言い辛いけど。
「お風呂……。一人で入ってもいいですか?」
「え……」
よしのさんの顔が固まって、ぼくはもごもごと言葉を続ける。
「あ、えっと……その、駄目ですか?」
「ーー私とお風呂に入るの。嫌……?」
「……い、嫌じゃないです」
首を横に振るぼくに、よしのさんはショックを受けたような悲しそうな顔をする。
「……じゃあ、何で……?」
「あ……ええと、は、恥ずかしくて……」
赤面するぼくに、よしのさんは、眉を下げる。ぼくの発言にショックが隠せないようで今にも泣き出しそうだ。
「……一緒に入ったら駄目……? かすかくん」
「……えっと、その……わ、分かりました」
「……ありがとう。かすかくん」
安堵するよしのさんに内心、ほっとする。ーーやっと、言えたのに。やっぱり、駄目だった。
ぼくの母親、よしのさんは、とっても過保護で、息子のぼくを溺愛している。ぼくの帰りが遅かったりすると、凄く凄く心配して、何度もスマホに連絡が入る。これは、お父さんを事故で亡くしたトラウマが根強く残っているからだった。
☆
「かすかくん。ーーお背中流してあげる」
「え? あ、ありがとうございます……」
「うん」
浴室で裸同士でお風呂に入る。椅子に座って髪を洗い終えると、裸のよしのさんに後ろから抱きつかれて、ぼくは、声が震える。よしのさんの胸は大きくて、ぼくの背中に当たるからだ。母親なのに、過去の影響で、時々、よしのさんが赤の他人に映る事があるぼく。
思春期なぼくにとって、この気持ちは複雑で、何とも言い難い感情だった。
黙って、よしのさんに背中を洗われて、ぼくとよしのさんは、湯船に使った。
♡
「かすかくん。ーーどう? 中学校は? 楽しい? お友達は出来た?」
「ええ、はい。……楽しいです」
「……良かった。かすかくん。内気だから、心配してたの。勉強は問題ないと思うから、そこは心配してないけどね」
湯船のお湯が熱い。上気した頬で語るよしのさんは変わらず、笑顔で。ぼくは、まだ仲のいい友人が出来てないのでいたたまれなくなる。
「明日お休みだから、一緒に図書舘行こう? かすかくん」
「はい」
よしのさんは、読書と料理が好きだった。ぼくも読書が好きで、結構、似ている親子なのだろうと思う。よしのさんは、寂しがり屋で、ぼくが休日の日は仕事を休む。理由は、ぼくと過ごす時間を大切にしたいから。中学生にもなって、お母さんと外に出掛けるのは恥ずかしかったけれど、それを言うとよしのさんが悲しむから言えなかった。
「明日の午後、いつきくんが遊びに来るみたいだから、午前中に行こうね」
「はい」
いつきというのは、遠縁の親戚だ。三個年上でぼくにとっては、兄のような存在でもある。ぼくと違って、いつきは誰とでも分け隔てなく話せる社交的な人だ。
♡
「かすかくん。ーーおやすみなさい」
「ーーおやすみなさい」
布団二枚、隣同士でよしのさんと寝る。ぼくの部屋はない。家賃の安い、狭いボロアパート。ぼくの自室が作れる程、我が家は裕福ではなかった。
「……かすかくん」
そう言って、ぼくのお布団にもぞもぞと入って来るよしのさんは、後ろからぼくをぬいぐるみを抱き締めるようにぎゅっと優しく抱き締める。
「明日、かすかくんの作った朝ごはん食べたいな……」
「何が食べたいですか?」
「エッグベネディクトが食べたいっ」
「分かりました」
ぼくは、よしのさんに振り返ると微笑した。
気が付けば、うとうとと船を漕いでいたぼく。よしのさんは、そんなぼくの頭を優しく撫でていた。
ぼくを溺愛するよしのさん。この時、ぼくは薄々勘づいていた。ーーよしのさんのぼくに対する愛情は、いつきの母とはまた別種だって。
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