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原作 試し読み版
きこえぬさけびごえ
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私は拒絶の言葉を漏らした。言葉を投げられたノルンは、私のこめかみを人差し指で安心させるように撫でる。観念するように私はぎゅっと目を閉じた。
「ーー何、阿呆な顔してるんですか」
いつもだったらそう言う癖に。無言で私のブラウスの釦を一つずつ外して行くノルンの手付きは慣れていた。ノルンの指は長くて綺麗で、その手だけで何人もの女を汚して来たのだろうかと半ば諦めた私はどうでもいい事を考えていた。
「ーーかすかとマリアがベッドで睦み合っている所が見たいな……」
唐突な主人の思い付いた余興の犠牲者は二人。私とノルンはそれを言われた時に呆気に取られ、お互い、目を見合わせる。渋々とでも言うように、椅子に腰かけていた私を無造作に横抱きすると、ベッドに放り捨てるように投げた。仰向けで倒れる私を見下ろすノルンは無表情で冷たかった。躊躇うように目を閉じてから、一瞬、考え込むと自分の私服を静かに脱ぎ始める。
私は頭の中で警鐘が鳴り響いていた。毎晩、主人に汚されている、このベッドの上にはノルンがいる。上半身裸になったノルンは、私の顎を片手で取ると引き寄せた。釦を外されたブラウスからはキャミソールが覗いている。胸元を眺めるノルンに私は手で隠そうとしたが、仰向けに横にされ、片手で両手をまとめられた。動けない私のスカートの中には、ノルンの片手が入って来る。
足をばたつかせて暴れる事も出来たが、目の前には椅子に腰掛けている主人がいる。穏やかな顔をしていたが、万が一でも、機嫌を損ねてその矛先がノルンに向かったら、罰せられるのはノルンだ。
大人しい私を見て、ノルンは意外そうな顔をする。太腿は触れられた事で鳥肌が立っていた。スカートの裾は、めくり上がり、下着が丸見えな状態で今の自分は、男性の欲求を擽るあられもない格好になっていると思った。羞恥心は心の底には落ちては来ない。毎晩、あの主人と夜を過ごす事で感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
全ての布を剥がされた私は仰向けのまま天井を見上げていた。枕シーツに自分の長い黒髪が散らばっているのが視界に入る。ノルンに自分の裸体を見られても何とも思わなかった。半裸のノルンはズボン越しに固い物を押し付けて来る。私の裸を見ても何も感じないと思っていたのに意外だった。ノルンは男として女の私を欲しているのだ。私の事をお子様扱いする、ノルンは、何だったのだろう。心の奥底では異性として見ていたのかもしれない。ーー私の事を。
自然な所作でノルンは私に口付けて来た。絡めて来るノルンの舌は熱く、自分とは違う体温に襲われた私は首筋がぞわりとする。ノルンとの初めての口付けだった。深い深い、味わうような口付けに、ついつい、あの男と比べてしまう。ベッドの上で。普段は雑な物言いをする癖に、今のノルンは精細なものを扱うかのような優しい手付きで、私はノルンに同情が芽生えて来て泣きたくなってしまった。
お気に入りの玩具が睦み合う光景を余所に、主人は手酌で酒を飲んでいた。ーーこれで満足か。私はノルンには抱かれたくはなかった。お互い、憎まれ口を叩くだけの純粋な関係性でいたかったのに。
なんだかんだで私の頭の片隅の中には、ノルンがいた。憐憫の情。心の何処がで、そう捉えていたのかもしれない。十年、この屋敷に閉じ込められ、自由を奪われ、主人にいいようにされて来た、哀れな子供の成れの果て。私も同じ立場なのに、私は他人事のようにノルンを思いやっていた。
ノルンの前戯に体が火照って行く。無理矢理、体を暴かれ、開かれるというより、泣きやまない子供を安心させるかのような優しい前戯だった。行為中、微かに自分の声が出て、恥じらいを覚える。ノルンの前で、こういった仕草を見せたくはないと言うのに。私は変にノルンという男を意識していた。
自分の吐息が熱くなっている事に嫌悪感を抱く。毎晩、使われている体は直ぐに開いた。中を弄られて過敏に反応する私を見て、ノルンは憎まれ口を叩かなかった。
「ーーゆき様。あの……」
初めて主人の名前を耳にした。ーーこの男は、ゆきと言うのか。
挿入する時、ノルンは避妊具を探していた。既に主人が用意をしていると思ったのに、避妊具は用意されてなかった。突然、話し掛けられたゆきは酒を飲む手を止める事なく、口を開く。
「ああ、避妊具ね。つけなくていいよ」
ーー最低最悪な男だ。子供が出来たらどうするのだろうか。出来たら出来たで私と同様に、ゆきに飼い殺しにされる未来と人生しか待っていない。ノルンとの子供。生みたくはなかった。
息をゆっくりと吐く私を見やると、ノルンは私の足を掴んでゆっくりと腰を進めて挿入して来た。中に入って来る、異物によって、今までのノルンとの関係性を壊されたようで涙が出そうになったが、懸命にその涙が流れないように堪えた。ーーノルンが傷つかないように。ーーノルンが自分を責めないように。
何度も揺すぶられる体。見上げると、全裸のノルンが動いている。熱い息を吐きながら。私の中を味わうノルンをぼんやりと見つめた。ああ、この男もただの人であり、普通の男なのだという落胆さが私の心を滲ませた。私は何度、自分の体に幻滅した事だろう。ーー今、自分の体は男を欲していた。
♡
ーー私は警察に保護されて帰宅した。母子家庭で育った私の家庭は冷え切っていたが、私が生きて帰った事により、暖かさを取り戻した。
あの晩の日から数ヶ月後、警察が屋敷に乗り込んで来た。ゆきは警察に捕まり、私とノルンは警察に保護された。後々、警察から聞かされたのだが、ヴィクトリアはゆきの婚外子だという事が判明する。
ノルン、いや、かすかとは、あれから会っていない。あの夜の後、かすかは私を自室に運び、手を繋いで添い寝をしてくれていた記憶が忘れられなかった。
アンジュという麻薬に侵されたかすかは、病院に送り込まれたと聞く。かすかは自分の家に帰る事が出来たのだろうか。今でも入院しているのなら、お見舞い位はしたいと思ったが、警察はかすかの居場所を教えてはくれなかった。
季節は冬。吐く息は白い。かすかはあの日の夜、どう思って、私を抱いたのだろう。警察に保護される時、かすかはゆきと同様に警察に取り押さえられた。彼がどんな顔をしていたのかまでは分からない。
私はアンジュを飲まされる事はなかった。だから、社会に普通に復帰する事は出来た。家族にカウンセリングへ通う事はすすめられたけど。かすかは散々、アンジュを飲まされている。もう退院する事は出来ないかもしれない。でも、きっとかすかの家族が、かすかを守ってくれるだろう。
暫く経ってから、私はノルンじゃなくて、かすかが好きな事に気付く。
私にとって、かすかは一生、忘れられない存在となった。
もう今後、会う事はないだろう。ーーかすかとは。
【第一部完】
「ーー何、阿呆な顔してるんですか」
いつもだったらそう言う癖に。無言で私のブラウスの釦を一つずつ外して行くノルンの手付きは慣れていた。ノルンの指は長くて綺麗で、その手だけで何人もの女を汚して来たのだろうかと半ば諦めた私はどうでもいい事を考えていた。
「ーーかすかとマリアがベッドで睦み合っている所が見たいな……」
唐突な主人の思い付いた余興の犠牲者は二人。私とノルンはそれを言われた時に呆気に取られ、お互い、目を見合わせる。渋々とでも言うように、椅子に腰かけていた私を無造作に横抱きすると、ベッドに放り捨てるように投げた。仰向けで倒れる私を見下ろすノルンは無表情で冷たかった。躊躇うように目を閉じてから、一瞬、考え込むと自分の私服を静かに脱ぎ始める。
私は頭の中で警鐘が鳴り響いていた。毎晩、主人に汚されている、このベッドの上にはノルンがいる。上半身裸になったノルンは、私の顎を片手で取ると引き寄せた。釦を外されたブラウスからはキャミソールが覗いている。胸元を眺めるノルンに私は手で隠そうとしたが、仰向けに横にされ、片手で両手をまとめられた。動けない私のスカートの中には、ノルンの片手が入って来る。
足をばたつかせて暴れる事も出来たが、目の前には椅子に腰掛けている主人がいる。穏やかな顔をしていたが、万が一でも、機嫌を損ねてその矛先がノルンに向かったら、罰せられるのはノルンだ。
大人しい私を見て、ノルンは意外そうな顔をする。太腿は触れられた事で鳥肌が立っていた。スカートの裾は、めくり上がり、下着が丸見えな状態で今の自分は、男性の欲求を擽るあられもない格好になっていると思った。羞恥心は心の底には落ちては来ない。毎晩、あの主人と夜を過ごす事で感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
全ての布を剥がされた私は仰向けのまま天井を見上げていた。枕シーツに自分の長い黒髪が散らばっているのが視界に入る。ノルンに自分の裸体を見られても何とも思わなかった。半裸のノルンはズボン越しに固い物を押し付けて来る。私の裸を見ても何も感じないと思っていたのに意外だった。ノルンは男として女の私を欲しているのだ。私の事をお子様扱いする、ノルンは、何だったのだろう。心の奥底では異性として見ていたのかもしれない。ーー私の事を。
自然な所作でノルンは私に口付けて来た。絡めて来るノルンの舌は熱く、自分とは違う体温に襲われた私は首筋がぞわりとする。ノルンとの初めての口付けだった。深い深い、味わうような口付けに、ついつい、あの男と比べてしまう。ベッドの上で。普段は雑な物言いをする癖に、今のノルンは精細なものを扱うかのような優しい手付きで、私はノルンに同情が芽生えて来て泣きたくなってしまった。
お気に入りの玩具が睦み合う光景を余所に、主人は手酌で酒を飲んでいた。ーーこれで満足か。私はノルンには抱かれたくはなかった。お互い、憎まれ口を叩くだけの純粋な関係性でいたかったのに。
なんだかんだで私の頭の片隅の中には、ノルンがいた。憐憫の情。心の何処がで、そう捉えていたのかもしれない。十年、この屋敷に閉じ込められ、自由を奪われ、主人にいいようにされて来た、哀れな子供の成れの果て。私も同じ立場なのに、私は他人事のようにノルンを思いやっていた。
ノルンの前戯に体が火照って行く。無理矢理、体を暴かれ、開かれるというより、泣きやまない子供を安心させるかのような優しい前戯だった。行為中、微かに自分の声が出て、恥じらいを覚える。ノルンの前で、こういった仕草を見せたくはないと言うのに。私は変にノルンという男を意識していた。
自分の吐息が熱くなっている事に嫌悪感を抱く。毎晩、使われている体は直ぐに開いた。中を弄られて過敏に反応する私を見て、ノルンは憎まれ口を叩かなかった。
「ーーゆき様。あの……」
初めて主人の名前を耳にした。ーーこの男は、ゆきと言うのか。
挿入する時、ノルンは避妊具を探していた。既に主人が用意をしていると思ったのに、避妊具は用意されてなかった。突然、話し掛けられたゆきは酒を飲む手を止める事なく、口を開く。
「ああ、避妊具ね。つけなくていいよ」
ーー最低最悪な男だ。子供が出来たらどうするのだろうか。出来たら出来たで私と同様に、ゆきに飼い殺しにされる未来と人生しか待っていない。ノルンとの子供。生みたくはなかった。
息をゆっくりと吐く私を見やると、ノルンは私の足を掴んでゆっくりと腰を進めて挿入して来た。中に入って来る、異物によって、今までのノルンとの関係性を壊されたようで涙が出そうになったが、懸命にその涙が流れないように堪えた。ーーノルンが傷つかないように。ーーノルンが自分を責めないように。
何度も揺すぶられる体。見上げると、全裸のノルンが動いている。熱い息を吐きながら。私の中を味わうノルンをぼんやりと見つめた。ああ、この男もただの人であり、普通の男なのだという落胆さが私の心を滲ませた。私は何度、自分の体に幻滅した事だろう。ーー今、自分の体は男を欲していた。
♡
ーー私は警察に保護されて帰宅した。母子家庭で育った私の家庭は冷え切っていたが、私が生きて帰った事により、暖かさを取り戻した。
あの晩の日から数ヶ月後、警察が屋敷に乗り込んで来た。ゆきは警察に捕まり、私とノルンは警察に保護された。後々、警察から聞かされたのだが、ヴィクトリアはゆきの婚外子だという事が判明する。
ノルン、いや、かすかとは、あれから会っていない。あの夜の後、かすかは私を自室に運び、手を繋いで添い寝をしてくれていた記憶が忘れられなかった。
アンジュという麻薬に侵されたかすかは、病院に送り込まれたと聞く。かすかは自分の家に帰る事が出来たのだろうか。今でも入院しているのなら、お見舞い位はしたいと思ったが、警察はかすかの居場所を教えてはくれなかった。
季節は冬。吐く息は白い。かすかはあの日の夜、どう思って、私を抱いたのだろう。警察に保護される時、かすかはゆきと同様に警察に取り押さえられた。彼がどんな顔をしていたのかまでは分からない。
私はアンジュを飲まされる事はなかった。だから、社会に普通に復帰する事は出来た。家族にカウンセリングへ通う事はすすめられたけど。かすかは散々、アンジュを飲まされている。もう退院する事は出来ないかもしれない。でも、きっとかすかの家族が、かすかを守ってくれるだろう。
暫く経ってから、私はノルンじゃなくて、かすかが好きな事に気付く。
私にとって、かすかは一生、忘れられない存在となった。
もう今後、会う事はないだろう。ーーかすかとは。
【第一部完】
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