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Ⅰ - 傲慢の檻 -

悪魔の囁き

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天使と見紛うイルを目の前に、良司は無意識のうちに祈りを捧げる姿勢を取っていた。
その様子を眺めるイルは机に腰を掛けたまま、クスリと笑う。

「良司さんは部屋に入る時も祈りを捧げる習慣があるのですか?」

イルの言葉に、良司はハッとし慌てて姿勢を正した。

「……ああ!いや、すみません。イルさんが余りにも教会に顕現された天使様に似ていると……思ってしまったもので 」

あの天使は目深にフードを被り、顔は殆ど見えていない状態だった。なのにどうして酷似していると感じたのか、良司は頭を捻る。
だが、それを聞いたイルはすぐさまにこう切り返した。

「なるほど。では、もし『私がその天使です』と言ったら?」

イルが目を細めていたずらに微笑む。

イルなりのこの場を和ませるための冗談なのか、それともまさか、本当に……いや。敬虔な信徒と言えど、主が何も無い一個人に肩入れする理由はない。
良司はイルの真意がわからず、少し困った様に眉を下げる。

「……もし、それが本当であれば、天使様が私の傍らでずっと見守ってくれているなんて、こんなはありません。」

良司の返答に、イルは目を伏せ肩を竦めた。

「良司さんらしい、いい返しですね。貴方の信仰心は私が思っているより、ずっと強そうだ 」

少し呆れを含んだニュアンスではあるが、馬鹿にして言っている訳では無いのは感じ取れる。良司も参ったなと笑みを浮かべ、その場には和やかな空気が流れていた。

「だけど私は、イルさんを私とミツル……いや、家族をも救ってくれた天使様だとずっと思っているんですよ 」

これは、お世辞でもなく良司の本心だ。
良司の心の底では、イルが本当に神の使いであればという期待が少しばかりはあったからこそ出てきた言葉だった。

「……ありがとうございます。でも残念ながら、私は神の使いなどでありませんので、ご安心を。……ですから、ここからは“人間である一個人の独り言”として聞いて下さい  」

「……えっ? 」

その言葉の直後、今まで穏やかな笑顔を見せていたイルが纏う雰囲気が、ガラリと変わった。

動揺を見せる良司を見据えて、イルはゆっくりと口を開く。

「これは私の推測ですが、良司さんに掛かってきた至極からの電話。それは、更なる上納金の無心ではないですか?今のところ、額面的にお支払いできる範囲だとは思いますが、これを皮切りに金額はどんどん跳ね上がっていくでしょうね 」

“当たっている”

イルはその場で話を聞いていた訳では無いのに、ほぼ状況を把握していた。
元々、物事を推察する能力に長けていると言えど、話の内容をピタリと言い当てたイルに、彼にもミツルと同様に特別な能力があるのではないかと良司は震えた。

「しかし問題なのは、払えなくなった時のご自身や身内の危険。正直、ミツル君の力は永久的なモノなのか、幼少の時だけの限定的な奇跡なのか分かりませんよね。もしもを考えると、私はこの生活をずっと続けていくのは厳しいと思います 」

「……た……確かに 」

ミツルの力は奇跡に近い。それが確かに期限付きのモノだという可能性も高いのは事実だ。

表情を暗くする良司に、イルは明るく問いかける。

「教会を大きくすると言う目標を達成したら、あの方々に関わりのない、今までの平穏な生活に戻りたいですよね?」

「そっ、それはもちろん……」

何かいい考えがあるのかと、期待し縋るような目を向ける良司に、イルは満面の笑みを見せた。

「なら“消す”しかないですね 」



「”至極”を 」

明るいトーンの声は静かで無機質な声に変わる。

突如降ってきた耳を疑う様な言葉に良司は、みるみるうちに顔面蒼白になっていった。

「なっ……イルさん…!?何を言って…!!」

慌てふためく良司に、イルは机から腰を下ろすと落ち着けといわんばかりに良司の肩を掴む。

「大丈夫です。二人も三人も変わりませんよ 」

「――えっ、は……?」

彼は今何と言ったのか。

『二人も三人も変わらない』

確かに彼はそう言った。

言葉を失う良司を見て、イルは静かに笑いながら良司の横をすり抜ける。

「でも、教会を大きくするなら場所は移さないといけませんね。土を掘り返されたら台無しですから 」

その言葉は、もう確信だった。

「……イルさん……なぜそれを……」

「 死者 」

イルは一言そう呟く。

「私はそう言った類が見える質なのです。……もう、おわかりですよね?  」

勿論、それは嘘である。
人間に成りすましている建前上、人間のスピリチュアルやオカルトの話にすり替えてはいるが、調査段階で全て知ったうえでそう話しているにすぎない。

“死者が貴方の罪を訴えている” 
そうとしか取れないイルの言葉に、良司は肩を震わせる。

「さあ、どうします?もうどちらかしかないですよ。“至極を消して平穏に暮らす”か“秘密を知った私を消して至極に従う”か 」

自分の生命を秤にかけているというのに、イルはどこか楽しげに微笑む。その顔は今までの様に、清廉潔白な“天使”とは形容しがたい、闇をはらんだ妖しい笑みだった。

「死は肉体の枷から解放されるための救いである。寿命、事故死、病死どれにしても、それが神が定めた生命の期限なのでしょう。なら、他者に殺められるのも、生命の期限に入るのでは?良司さんもそう思ってあんな事を…… 」

「いや……ち……違っ……」

良司は否定しようとするが、喉が張り付いた様に上手く言葉が出てこない。

ああ、これが ”彼の本質” か

彼は以前に宗教学を学んでいると言っていた。だから、彼も自分と同じく神を信仰する同胞であると思い込んでいたが、根本が違う。個人解釈が強く、他者を排除する事に躊躇がない。

今までこの青年の上辺だけを見ていた事に気づいた良司は、力なく床に座り込んだ。
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