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Ⅰ - 傲慢の檻 -

誘い

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一月も経たない間に、多くの信者を抱える団体の立ち上げに成功した良司は、集会や講演という名目で昼夜を問わずミツルを連れ出すようになっていった。

「ちょっと!また、どこに出かけるの?」

午後7時。
ミツルを連れて外に出ていく準備をしている良司に、妻の架帆はいい顔をしない。

「今日は夜に集会があるんだ。私とミツルは遅くなるから、夕飯は外で食べてくるよ 」

「……ねえ、あなた。ミツルはまだ7歳なのよ?そんなに遅くまで子供を連れ回してどうするのよ。この子も疲れてるじゃない 」

架帆はミツルを心配し、良司を咎めるように引き止める。

「まだ信じられないのか?ミツルには奇跡の力がある。この子の導きを待っている人々は沢山いるんだ。分かるだろう?それが私達の務めなんだよ、なぁミツル  」

「……」 

ミツルは俯き、外に行きたくない素振りを見せるが良司はミツルの手を引き、外へと連れ出す。

「お母さん……」

ミツルは架帆の顔色を伺いながら少し寂しそうな顔をしたが、そのまま良司に手を引かれて外に停められた高級外車へと乗せられる。

「もう、明日はミツルとミハルの誕生日なのに……」

架帆は車に乗り込む夫の後ろ姿を見て、深い溜息をついた。



「本日は、講演会の参加者が180名。その後、個別の神託の希望者が、8名居ます 」

ノートパソコンを触りながら、車の助手席からそう良司に報告したのはイルだった。

「いやあ、イルさんが手伝ってくれて助かるよ。信徒の数が急激に増えて、もう覚えきれないからね 」

「いえ、任せて下さい。こういう仕事は得意なので 」

信者のリストアップや献金の管理等を受け持つイルは、良司とミツルの秘書の様な仕事を引き受けている。

「お父さん、明日は僕とミハルの誕生日だよ 」

「ああ、分かってる。プレゼントを買いに行こう。好きなものを買うといい 」

今までの誕生日は、慎まやかなながらも、父や母が手作りの料理やプレゼントを用意してくれていた。余りある金がある今、良司はよかれと思い欲しいものを買って良いと言ったが、ミツルはそれを不満に感じていた。

そうしているうちに、講演会が行われるホテルの前に車が止まった。
良司達は車を降りると、エントランスから講演会に使われる広間へと歩き出す。
講演まではまだ1時間半程の余裕があるが、事前の打ち合わせが必要だ。

その時、イルが持っている携帯電話が振動し、イルは直ぐ様に電話を取った。

「……はい。ええ、大変お世話になっております。……はい、分かりました。直ぐに代わります 」

そう返事をして、イルは良司に電話を差し出す。

「良司さん。至極様からです 」

イルがそう小声で伝えると、良司は嫌な予感にビクリと身体を震わせた。

「あっ、ああ。ありがとう 」

良司は震える手で電話を受け取り、そそくさとその場を離れていく。
焦る良司の後ろ姿を、イルは目を細めて眺めていた。

「では、お父さんが戻って来るまで座って待っていましょうか 」

イルは隣にいたミツルに目線を合わせ、廊下に置かれた椅子に座る様に促す。言われるがままにミツルが椅子に腰を下ろした瞬間、ミツルの身体は突然気を失ったかの様に椅子へガクンと持たれかかった。
それを横目にイルも平然と隣の椅子へと腰をかける。

しばらくの間、廊下の隅で頭を下げる良司を眺めていると、電話を切り二人の元へ戻って来た良司の顔は青ざめていた。

「大丈夫ですか?どうやら、ミツル君は疲れて寝てしまったみたいなのですが 」

「ああ……いや……ちょっと不味いことになっていて」

明らかに平常心を保てていない良司は、言葉を濁して口ごもる。
二人の間に沈黙が流れ、良司もどう切り出そうかと思い悩んでいる様子だ。

「それは、私が聞いても?」

優しげな落ち着いたトーンで問いかけるイルに、良司はゆっくりと息を吐き、覚悟を決めた様にイルを見据えた。
かなり歳上の大人として情けなくはあるが、イルなら何か良い助言をしてくれるのではないかと言う、絶対的な安心感を良司は持ちつつあった。
イルは普通の大学生であり、年の頃も20歳前後位だろう。だが、妙に達観しているというか何にも動じない冷静さは、底しれない頼もしさと同時に人を惹き込む魔性さを孕んでいる。加えてこの美しい容姿だ。彼はどんな人生を歩んできたのか、イルへの良司の興味は尽きない。
それに今に至るまで、イルの助言や行動に窮地を救われてきた。その実績が良司の心の安寧を支えているとも言える。

良司は咄嗟に口を開きかけたが、同時に廊下の椅子で眠るミツルをチラリと気にかけた。

「ああ、ではそちらの空き室へ行きましょうか 」

イルは気を利かせて、良司を直ぐ側の会議室と思わしき部屋へと誘導する。
月明かりが差し込み、暗闇を蒼白く照らす部屋はどこか、教会で天使と邂逅した夜を思い出す。良司はぼんやりとあの日の光景を思い浮かべていた。

「何を思い悩んでいるのか、お伺いしましょうか 」

ドアをガチャリと閉める音が室内に響き、イルは良司の横をすり抜け、目の前の机に静かに腰を掛けた。
ハッとし顔を上げた良司の目に映るイルの姿は、あの夜、月明かりを受けながら司教台に座っていた天使の姿と完全に重なっていた。

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