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Ⅰ - 傲慢の檻 -

明暗の道

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至極達が立ち去った後、良司は緊張の糸が切れたのか、ゆっくりと床にへたり込んだ。

正直、あの男に対面してからずっと生きた心地がしなかった。
自らの死をハッキリと意識したのは何十年ぶりだろうか。
幼い頃に初めて体感した飼い犬や肉親の死、そこから自らも行き着く先は死だと悟った。
思えば私は、死や死後の事を内心で、極端に怖がっていた子供だった。
だからその先に救いを求め、神にすがるようになった。そして、自分と同じ弱い心を持つ人々に少しの救いをと、死を説く側の人間へと成っていったのだ。

「ああ、今のがいわゆるヤクザ者っていうやつですか。いかにも多くの罪を抱えてそうだ 」 

シンと静まり返った教会内に、明るいトーンのイルの声が響く。

(一番当てはまる罪状としては“強欲”でしょうか。マノンさんに推奨してみてもいいかもしれませんね。ああ、いや。多くの人間を殺し、食い物にしてると言えば“暴食”であるとも言えるか…… )

イルもといルシフィードは、幾重にも罪の因果が絡む至極を見て、次の標的を品定めしていた。
どの罪にせよ、罪が重ければ重いほど罪火の価値は上がり、仕事の成果も上がるのだ。
至極が出ていった扉を見つめてフフと笑うイルに、良司は恐る恐る声をかけた。

「あの、イルさん。巻き込んでしまって本当に申し訳ない。……話は聞いてしまっただろうが、この教会はもう今の人達に……」

言葉を詰まらせる良司に、イルは黙って首をふる。
そして床に座り込んでいる良司に近づき、伏せられた顔を覗き込む様にして目の前にしゃがみこんだ。

「大丈夫ですよ。ミツル君の力は本物です。これで財源が確保できれば、執拗に強請られることも無いはずです。微力ではありますが、私にもこの素晴らしい教会を取り戻すお手伝いをさせて下さい 」

スッと目の前に差し出された綺麗な手に、良司はゆっくりと顔を上げる。

良司の瞳に映るイルは、あの日初めて出会った時の様に、天井から降り注ぐステンドグラスの光に包まれ、その姿はまさに天使と形容する他なかった。
瞬間、良司の目には前日の夜に出会った、あの美しい天使とイルが重なって見えた気がした。

「……おかしな事を言うと思われるかもしれませんが、私は以前、この教会で天使と対話した記憶があるのです。けれど今、その天使こそがイルさんなのではないかと強くそう思ってしまいました 」

イルは良司のその言葉を否定も肯定もする事なく、少し戯けた様にこう応えた。

「うーん。そうなると、協力者は全員もれなく“天使様”になってしまいますね。なら、ミツルくんは大天使様って事になるのかな 」

先程の緊張からか、ずっと俯いて固まっていたミツルは、イルの言葉に驚き「えっ……」と声を漏らし、イルに視線を移した。
イルはふわりと笑顔を向けると手招きをして、恐る恐る近づくミツルの手を取る。

「怖かったでしょう。でも安心して下さい。近いうちには先程の男達はあなたの前に現れることはなくなります。それもあなたの協力次第ですが 」

「……ぼくにできることがあれば、なんでもする。この場所が無くなるのも、お父さんやイルさんが怖い目に合うのもイヤだ 」

言葉を絞り出しボロボロと涙をこぼすミツルに、イルはそっと頭を撫でた。
良司は床から腰を上げて立ち上がると、イルへと向き直り、頭を下げる。

「イルさんに協力して頂けるのは、大変有り難いです。ご迷惑でなければ、これからもご助力をお願い致します 」

「はい。まずは、できる範囲の事からやって行きましょう 」

その後、ミツルは良司の付き添いの下、出来る限り相談者を“視る”事を始めた。
最初は曖昧な表現だったが、ミツルは直ぐに7歳とは思えない言葉遣いで喋れるようになっていった。

そして噂が噂を呼び、全国から良司の教会には人が押し寄せて来るようになる。
これは名実ともに神の御使いとしての務めであり、相談料等と金を取ることはないが、どうしても受け取ってほしいと受けた謝礼や寄付金は早くも億単位に昇った。

今やこの教会の現状は、神の教えを説く場所と言うより”神の仔”と持て囃されるミツルを崇拝する別の宗教の本拠地と成り果てていた。

だが、今や信者と成り果てた人々から渡って来る献金で、現実とは思えない程に大金が廻る。
この歳まで慎ましく生きてきた良司にとっては、必要以上の金を手にする事など俗物的でしか無かったが、なんの金の心配の要らない何不自由無い生活は、良司の自制心を大きく壊してしまうには実に簡単だった。
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