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第二章 わたしと全然忍んでいない忍者

02 報国寺で竹と抹茶と

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 九時四五分。
 JR線鎌倉駅に到着したわたしは驚いた。
 お、多い……老若男女、人が多いっっ!!
 そりゃあ日曜日の鎌倉だもの、いているわけがないって事はわかってたつもりだよ?
 けど! 予想以上に多かった! 
 まだ朝だよ? 一〇時前だよ?
 鎌倉……恐ろしい観光地っ!

「や~ん、人多い~っ!」

「大丈夫か? 掴まりな」

「きゃんっ! ヤダ転びそうだったぁ~」

「やれやれ、ドジ臭いヤツだな」

「何よーもう! えいえいっ!」

「ハハハッ、くすぐったいっつの」

 すぐ隣でイチャつく(バ)カップルを脳内でランチャーの一撃で吹っ飛ばすと、わたしは京急けいきゅう線のバス停まで移動した。
 わたしの最初の目的地は、大塚さんにお薦めされた、報国寺ほうこくじ
 一三〇〇年代に開山かいさんされたこのお寺の一番の見所は、約二〇〇〇本の孟宗竹林もうそうちくりん。更にその奥には休耕庵きゅうこうあんという茶席があって、竹林を眺めながらお抹茶と干菓子をいただけるらしい。他にも敷地内では、四季折々の植物や、足利氏一族の墓なども拝めるとか。
 バスはすぐに来た。既にそこそこの乗客がいたし、先に並んでいた人たちが次々に座っていったけれど、わたしも後方の二人掛けの席の通路側に座れた。
 発車してからまもなく、車両前方のロングシートに座ってお喋りする、おばちゃん三人組の大声が聞こえてきた。

「八幡宮もいいけど、やっぱりその周りのお寺を見ないとねえ」

「そうそう。小町通りを歩いて八幡宮に行っただけで、鎌倉を知った気になる人間もいるけど、そうじゃないのよね!」

「そうよぉ~。特に若い女の子なんかに多いのよねえ、スイーツ食べに来ただけって感じの。SNSに写真載せて目立ちたいからってさ」

「今はそういう時代なのよねえ~! 私たちの若い頃なんてさ──」

 うわあ、何かヤな感じ。どう楽しもうが勝手じゃないの? あと若い娘に対するその偏見もどうなんだ。確かにそういう子も少なくないだろうけれど、購入した食べ物を粗末にさえしなけりゃ、それでいいじゃないの。

「あたし、一条恵観山荘いちじょうえかんさんそうにも行きたいわ。あの重要文化財の!」

「ああ~、いいわね! 後で行きましょうよ!」

「ねえねえ、それじゃあさ、お昼は──」

 おばちゃんたちのお喋りは、静かなバス内によぉ~く響いていた。何かそれだけでちょっと疲れちゃったような。やれやれ……。


 乗車から十数分後、報国寺の最寄りのバス停である浄明寺に着いた。おばちゃん三人組も一緒だったからげんなりしかけたけれど、彼女たちの目的地は別のお寺らしく、違う方向へ去って行ったから、思わずホッと溜め息。
 さ、気を取り直して報国寺へ!
 横断歩道を渡ると、ちょっと歩いて山門から敷地内へ。
 うわあ、綺麗……!
 参道沿いに、しっかり手入れされた庭が続いている。本堂や竹林に辿り着く前から感動しちゃった! 他の観光客たち(早い時間帯のためか、駅周辺に比べれば少ない方かな)も立ち止まって眺めながら、口々に称賛している。
 せっかくだから、スマホで写真を撮っておこう。後で京ちゃんに送ろうかな。ああ、一緒に来て、この感動を分かち合いたかったなあ。
 鐘楼や迦葉かしょう堂という坐禅堂を見たりしながら本堂へ行ってお参り。その後にお抹茶代込みの拝観料を払い、引換券を貰うと、いよいよ竹林へ。
 ……うひゃあ、凄い! 圧巻!
 とにかく、竹、竹、竹! 
 そりゃあ約二〇〇〇本だもの、当然なんだけれども、それでもやっぱり驚いてあちこち見回しちゃう。一本一本の高さもあって、そのおかげで強めの日差しを程良く遮ってくれている。
 竹林の外側を回るように細い小径を進んでゆくと、分かれ道が。片方は本堂へと戻り、もう片方は茶席に続いているので後者を選ぶと、すぐに木造の建物が見えてきた。

「美味しかったね、落雁とお抹茶」

「うん。景色も良かったし、また来よう」

 三〇代半ばくらいの女性二人の会話が、すれ違いざまに耳に入って来た。期待が益々高まってきた!
 建物の中で係の女性に引換券を渡し、番号札を貰ったら、先に席を取っておく。横長のテーブルが、真ん中の出入口を挟んで左右二箇所にあるので、左側の一番奥にした。わたし以外の客は、右側のテーブルの奥に座っている老夫婦だけだ。
 すぐ目の前が竹林で、小さな滝から聞こえてくる音以外はほとんど静か。ああ、癒されるな~。都会の喧騒や仕事のストレスは一旦忘れよう。
 すぐに番号を呼ばれたので、取りに行く。丸いお盆には、抹茶と、竹の墨絵が描かれた白い紙の上にぽつんと置かれた可愛い落雁が二つ。
 席に戻り、では早速……いただきます!
 ……ああ、抹茶のこの程好い苦さと落雁の甘さが絶妙!
 おっと、これも写真撮っておけば良かったかな。ああそうだ、折角だから、この位置からの竹林も。
 なんて考えながらバッグの中でスマホを漁っていたら、小径から新しい客がやって来るのが視界の端に映ったので、何気なく顔を上げて見やった。まだ若そうな男性が一人。連れはいなそうだ。
 ……って、うんっ?
 わたしは思わず男性を二度見した。

「そろそろ行こうか」

「そうねえ。ごちそうさま」
 
 老夫婦はお盆一式を下げ、係の女性に会釈すると、後から来た男性の事を気にする様子は見せず、ゆっくりとした足取りで茶室を去って行った。
 あ、あれ? 何であの男性が気にならないの? それとも気付かなかった? いやまさかそんな。
 男性は番号札を貰うと、わたしと同じテーブルの出入り口側の端に腰を下ろした。係の女性にも、男性のを気にした様子はない。
 あれ、わたしが気にし過ぎなの? 
 いや、でもねえ……だって……
 だってあの男の人……忍び装束着てるんだよ?


 



 
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