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第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター)
08 不入斗賢一(いりやまずけんいち)
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堀ノ内駅は、横須賀中央駅から下り電車で二つ目。わたしは今まで数える程しか降りた事がないから、駅周辺がどんな様子なのかはあんまり詳しくないけれど、多分住宅街がメインだ。レイジとお兄さんの探偵事務所も、その中の一角にあるのかな。
堀ノ内駅改札を出ると、右に曲がった。それからちょっと進むとまた右に曲がり、道路から一本奥の路地へ。予想通り、ごく普通の住宅街の中を進んでゆく。
「あ、どうせなら先にコンビニ寄っときゃ良かったな。走ったせいで余計お腹減っちまったし」
「そうだね」
「でもまさか、あの三人組に遭遇しちまうとは思わなかったな」
それはもう本当に。でも……。
「あのまま静かに歩いて行けばバレなかったかもしれないのに、レイジが笑い出しちゃうもんだから!」
「だってよお、郷しか合ってないとか……プッ」
そんな会話をしていると、右手側に三階建ての小さなビルが現れ、その前でレイジが足を止めた。
「はい、到着。ここの二階ね」
「あ、本当だ」
明かりの点いている二階の窓に〈いりやまず探偵事務所〉とシンプルなウィンドウサイン。他の階はというと、一階は暗くて窓に不動産会社の貸店舗の張り紙。三階はカーテンが閉められていて、中がどうなっているのかわからないけれど、張り紙がないから使われているのかな。
レイジの後ろに続いて左端の階段を上り、二階へ。
「うーッス」
「お邪魔します」
ガラス窓付きの木製のドアから中へ入ると、そこにはドラマやアニメで観るような光景が。部屋の真ん中には木製の長テーブルと、挟むようにして黒いソファが二つ。壁際にはクローゼットや棚、トイレや別の部屋(給湯室かな?)へのドア。そして部屋の奥の左右に所長用とレイジ用のデスクと、その背後に分厚いファイルや本が詰まった一番大きな棚。
「あれ、兄貴は……トイレか?」
レイジがそう言った直後、もう一つの部屋のドアが開いて、男性が姿を現した。
「おっ、来たか」
一目見て、この男性がレイジのお兄さんなのだとすぐにわかった。ちょっとツンツンした感じの髪は黒いし、ピアスもしていなくてスーツ姿だけれど……くっきりした目鼻立ちがレイジにそっくり!
「兄上、ただ今帰還しました」
「やれやれ、何やら大変だったようだな……おっ」
レイジのお兄さんと目が合った。思わずニヤけそうになっていたけれど……バレなかったかな?
「そちらが今日、一緒に出掛けた?」
「ああ」
「はじめまして。桐島美十香です」
他に何か気の利いた言葉も口にするべきだったのかもしれないけれど、咄嗟に思い付かなかったから軽く頭を下げておいた。
「はじめまして。レイジの兄でここの所長の、不入斗賢一です」
賢一さんはわたしの前まで来ると、ご丁寧に名刺をくれた。
「有難うございます」
「さ、座って桐島さん。丁度今、お湯沸かしたところだから何か淹れますよ。コーヒー飲めます?」
お構いなく、と答えようとしたわたしより先にレイジが、
「兄貴ー、俺ら腹減ってんだけど、何かない?」
「レトルトカレーかカップ麺しかないぞ」
「ミトカ、どっちがいい?」
「コラ、お客様にそんなモン食わす気か」
「え、大丈夫ですよ! わたしどちらも好きですよ!」
これは本心。両方一緒に食べたいくらい好きだし、何よりもとにかくお腹が減っている!
「何も買って来なかったのか? 駅前のコンビニとかで」
「うっかりしてた。今からまた買いに行くのしんどいし、ミトカもいいって言ってくれてんだからカレーにするよ。海軍カレーじゃねえけどさ」
わたしとレイジがソファで食事を取っている間、先に済ませていた賢一さんは、自分のデスクで書類に目を通しながらパソコンやスマホをいじったりと、忙しそうにしていた。
「お兄さん、仕事中よね。いつも忙しいの?」
わたしは少し小さめの声でレイジに聞いてみた。
「波があるな。暇な時はマジで暇過ぎて収入もほとんどなくなるから単発のバイトしたりさ」
「そうなんだ……」
まあ、漫画みたいに次から次へと難事件が舞い込んで……とはいかないだろうとは思っていたけれど。
全て食べ終わってコーヒーで一息吐いていると、賢一さんがこっちにやって来てレイジの隣に腰を下ろした。
「桐島さん。遅くなりましたが、今日は弟のために有難うございました」
「いえ、とんでもないです!」
「大まかな話は弟からのメールで知りました。猿島の帰りに、弟と因縁のある困った連中と出くわしてしまったとか」
「あはは、そうなんですよ……」
「郷しか……プフフッ」
レイジってば思い出す度に……。笑いの沸点低いのかな。
「ん? ゴウシカって?」
「いや、それがさあ……」
レイジは賢一さんに、三笠公園の東郷平八郎像の前で起こった出来事を話した。そんなにウケないと思うけど──……
「だははははっ! 馬鹿じゃねえのそいつ! 郷しか合って……ぶはははははっ!」
大ウケしてる……賢一さん、手を打って大笑いしてる!
「だろ? だろ? 俺もう笑い堪えるの難しくってさ!」
「俺だって無理だわ~!」
この二人……顔だけじゃなくて中身もそっくりみたいね。
わたしはちょっぴり呆れつつも、目の前で楽しそうに笑い合う兄弟を微笑ましく感じたのだった。
堀ノ内駅改札を出ると、右に曲がった。それからちょっと進むとまた右に曲がり、道路から一本奥の路地へ。予想通り、ごく普通の住宅街の中を進んでゆく。
「あ、どうせなら先にコンビニ寄っときゃ良かったな。走ったせいで余計お腹減っちまったし」
「そうだね」
「でもまさか、あの三人組に遭遇しちまうとは思わなかったな」
それはもう本当に。でも……。
「あのまま静かに歩いて行けばバレなかったかもしれないのに、レイジが笑い出しちゃうもんだから!」
「だってよお、郷しか合ってないとか……プッ」
そんな会話をしていると、右手側に三階建ての小さなビルが現れ、その前でレイジが足を止めた。
「はい、到着。ここの二階ね」
「あ、本当だ」
明かりの点いている二階の窓に〈いりやまず探偵事務所〉とシンプルなウィンドウサイン。他の階はというと、一階は暗くて窓に不動産会社の貸店舗の張り紙。三階はカーテンが閉められていて、中がどうなっているのかわからないけれど、張り紙がないから使われているのかな。
レイジの後ろに続いて左端の階段を上り、二階へ。
「うーッス」
「お邪魔します」
ガラス窓付きの木製のドアから中へ入ると、そこにはドラマやアニメで観るような光景が。部屋の真ん中には木製の長テーブルと、挟むようにして黒いソファが二つ。壁際にはクローゼットや棚、トイレや別の部屋(給湯室かな?)へのドア。そして部屋の奥の左右に所長用とレイジ用のデスクと、その背後に分厚いファイルや本が詰まった一番大きな棚。
「あれ、兄貴は……トイレか?」
レイジがそう言った直後、もう一つの部屋のドアが開いて、男性が姿を現した。
「おっ、来たか」
一目見て、この男性がレイジのお兄さんなのだとすぐにわかった。ちょっとツンツンした感じの髪は黒いし、ピアスもしていなくてスーツ姿だけれど……くっきりした目鼻立ちがレイジにそっくり!
「兄上、ただ今帰還しました」
「やれやれ、何やら大変だったようだな……おっ」
レイジのお兄さんと目が合った。思わずニヤけそうになっていたけれど……バレなかったかな?
「そちらが今日、一緒に出掛けた?」
「ああ」
「はじめまして。桐島美十香です」
他に何か気の利いた言葉も口にするべきだったのかもしれないけれど、咄嗟に思い付かなかったから軽く頭を下げておいた。
「はじめまして。レイジの兄でここの所長の、不入斗賢一です」
賢一さんはわたしの前まで来ると、ご丁寧に名刺をくれた。
「有難うございます」
「さ、座って桐島さん。丁度今、お湯沸かしたところだから何か淹れますよ。コーヒー飲めます?」
お構いなく、と答えようとしたわたしより先にレイジが、
「兄貴ー、俺ら腹減ってんだけど、何かない?」
「レトルトカレーかカップ麺しかないぞ」
「ミトカ、どっちがいい?」
「コラ、お客様にそんなモン食わす気か」
「え、大丈夫ですよ! わたしどちらも好きですよ!」
これは本心。両方一緒に食べたいくらい好きだし、何よりもとにかくお腹が減っている!
「何も買って来なかったのか? 駅前のコンビニとかで」
「うっかりしてた。今からまた買いに行くのしんどいし、ミトカもいいって言ってくれてんだからカレーにするよ。海軍カレーじゃねえけどさ」
わたしとレイジがソファで食事を取っている間、先に済ませていた賢一さんは、自分のデスクで書類に目を通しながらパソコンやスマホをいじったりと、忙しそうにしていた。
「お兄さん、仕事中よね。いつも忙しいの?」
わたしは少し小さめの声でレイジに聞いてみた。
「波があるな。暇な時はマジで暇過ぎて収入もほとんどなくなるから単発のバイトしたりさ」
「そうなんだ……」
まあ、漫画みたいに次から次へと難事件が舞い込んで……とはいかないだろうとは思っていたけれど。
全て食べ終わってコーヒーで一息吐いていると、賢一さんがこっちにやって来てレイジの隣に腰を下ろした。
「桐島さん。遅くなりましたが、今日は弟のために有難うございました」
「いえ、とんでもないです!」
「大まかな話は弟からのメールで知りました。猿島の帰りに、弟と因縁のある困った連中と出くわしてしまったとか」
「あはは、そうなんですよ……」
「郷しか……プフフッ」
レイジってば思い出す度に……。笑いの沸点低いのかな。
「ん? ゴウシカって?」
「いや、それがさあ……」
レイジは賢一さんに、三笠公園の東郷平八郎像の前で起こった出来事を話した。そんなにウケないと思うけど──……
「だははははっ! 馬鹿じゃねえのそいつ! 郷しか合って……ぶはははははっ!」
大ウケしてる……賢一さん、手を打って大笑いしてる!
「だろ? だろ? 俺もう笑い堪えるの難しくってさ!」
「俺だって無理だわ~!」
この二人……顔だけじゃなくて中身もそっくりみたいね。
わたしはちょっぴり呆れつつも、目の前で楽しそうに笑い合う兄弟を微笑ましく感じたのだった。
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