非モテなわたしのストレンジ・デイズ 〜縁は異なもの味なもの〜

園村マリノ

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第一章 わたしと変身能力者(シェイプシフター)

07 思わぬ遭遇

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 船を降り、三笠公園に戻ると、わたしとレイジは戦艦三笠の前まで来た。

「じゃあ、さっき話した通り、先にお昼を食べに行きましょ。ちょっと歩くわよ」

「了解。あ、もしかして、ドブ板通りの方まで行く感じ?」

「ううん、そっちまでは行かないけど……ああ、せっかくだから、後で歩いてみる?」

「げっ!」

「げっ……?」

 え、何それ? レイジ今自分から行きたそうにしてたじゃない?
 と、訝しんだわたしだったけれど、どうやらレイジの反応は、別の事に対してのようだった。

「な、なあ、アイツ……」

 顔を引きつらせるレイジの視線の先には、戦艦三笠のすぐ目の前、小さな噴水の中心に立つ東郷平八郎の像……ではなく、そちらに向かって歩いて来る三人の男の人たち。一人はスキンヘッドで、他の二人も何か怖そうな外見をしている。あれ? 全員何処かで見覚えが──

「ああっ!」

「シーッ!」

 思わず大きな声を上げてしまったわたしの口元は、レイジの手によって塞がれた。

「気付かれたらヤバいって。特に俺が」

 そうだ……あの三人は、レイジに暴力を振るい、追い掛け回していた人たちだ!

「ど、どうしようか?」

 三人の男の人たちは、東郷平八郎の像の前まで来ると足を止めた。像を見上げて、笑いながら何か話している。今のところ、わたしたちに気付いている様子はない。

「よし、今のうちに行っちまおう。なるべく向こうと距離を取って歩くぞ」

「そ、そうね」

 わたしとレイジは、噴水を避け、外側をぐるりと回り込むようにして出入り口を目指した。その途中、男の人たちの会話が聞こえてきた。

「俺さあ、つい最近までこの像のおっさんの事、西郷隆盛だと思ってたんだよな! 郷しか合ってなかったわ!」

 ちょっと間の抜けた声でそう言ったのは、首元に刺青が入っている人だ。スキンヘッドの人ともう一人が笑い出し──

「ブフッッ!」

 ほぼ同時にレイジも盛大に噴き出してしまった……しかもその場に止まって腹を抱える始末!

「ちょ、ちょっとレイジッ!」

「ププッ……いやだってさ、アホだろ! 郷しか合ってないとか……ブフッ! ンフフフッ! ヒヒッ!」

 そ、そんなにツボに入る程笑えたかな、今の。……っていうか!

「シッ! 聞こえちゃうって!」

 恐る恐る三人の方を見ると……うん、全員とバッチリ目が合った。

「おい、あのスカジャン野郎、この間の……」

「あ、本当だ! 喧嘩売ってきたあの野郎だ!」

 うわあ、バレた! 完全にバレた!

「しかも見ろよ、隣の女! スカジャン野郎を探してる時に見掛けた女じゃねーか。グルだったっつー事だよな!?」

 三人はこっちを睨みながら、ジリジリと近付いて来る……あわわわわ……な、何か本当にヤバいよこれ!

「ど、どうすんのよレイジ! このお馬鹿っ!」

「ミトカ」

「何よ!」

 レイジは飛び切りの笑顔をわたしに向け、

「逃げるぞ!」

「うん、そりゃそうだっ!」

 わたしたちは全力疾走で三笠公園を後にした。「待ちやがれ!」とか「逃げんなリア充共が!」なんて聞こえてきたけれど、そんな言葉に従うわけがないじゃない!
 交差点まで来たものの、運悪く信号が赤に変わり、足止めを喰らってしまった。わたしは早くも息が切れそうなので、少しでも休めるのはいいんだけれど、いつあの三人に追い付かれるかと思うと気が気じゃない。

「えーっと、店はどっちだ?」

「待ってレイジ。あの人たちがお店の中まで追い掛けて来たらアウトだわ」

「じゃあどうする?」

「……今日はもう帰った方がいいかも?」

「えーっ! 戦艦三笠は? 海軍カレーにドブ板に、アワビ食べ放題は?」

「そんな事言ってられないでしょ! しかも何か増えてるし!」

 あの三人が、一体何処まで追い掛けて来るかはわからないけれど……とりあえず逃げ切ったとして、その後でここら辺を呑気に歩き回ったり、ましてや三笠公園に戻るのは得策じゃない。

「ええー……」レイジは心底ガッカリした様子で肩を落とした。「何だよ、せっかくのデートだってのに……あの馬鹿ハゲ共……」

 ……んんっ?
 レイジ、今……デ、デートって言った?
 こ、これってやっぱり、そうだったの? 単に横須賀の案内を頼んだわけじゃなかったの……?
 わたしが何も言えずにいると、レイジはようやく自分の発言に気付いたらしい。ハッとしたように上げたその顔は、見る見る間に赤くなってゆく。

「あ、いやその……ハハハ」

「ねえレイジ、別の日にまた来ようよ」

 断られるかもしれない、というちょっとした恐怖もあったけれど、わたしは思い切って言ってみた。

「リベンジだよ。今度は戦艦三笠とドブ板巡りして、海軍カレーとか、他にも美味しそうな料理とかデザートを沢山食べる。アワビ食べ放題はちょっと無理だけど……どう?」

「ミトカ……」レイジの赤い顔に、笑みが浮かんだ。「ああ。そうしよう」

「よし、決定ね。今日は残念だったけど」

「ていうか、ごめん。俺のせいでこうなった」

「そんな、気にしないでよ。一番悪いのは──」

 後ろの方からドタバタと足音が聞こえてくると、わたしとレイジは反射的に振り向いた。

「待てえええテメエらあああ!」

 き、来たっ! あの三人だ!
 丁度その時、信号が青に変わった。

堀ノ内ほりのうちで降りよう。俺と兄貴の事務所がある」

 レイジはわたしの耳元で言うなり、右手でわたしの左腕をガッチリと掴み、走り出した。
 は、速い! さっきも速いなとは思ったけれど! 足がもつれそう……こ、転ばないようにしなきゃ!
 あ、そういえば……。

「ねえレイジ、お兄さんと何の仕事してるの?」

 正面から歩いて来る通行人にぶつからないよう気を付けつつ、わたしは三笠公園に向かう途中から気になっていた事を聞いてみた。

「事務所持ってるなんて凄いじゃない」

「何だと思う? 当ててみて」

「えーと……弁護士?」

 レイジはちょっと笑ってかぶりを振った。

「税理士、会計士……ま、まさか……ヤクザ!?」

「ハハハッ! 笑わせんなって! 転ぶかと思った」

 再び交差点。今度はすんなり渡れたので、そのまま商店街の中へ。振り返って確認しても三人の姿は見えなかったので、わたしとレイジは走るのをやめ、息を整えた。

「つ、疲れた……」

「悪い、俺が引っ張らない方が良かったかな」

「ううん、平気平気」

 ほんの少しの休憩の後、わたしたちは今度は歩いて進んだ。もしまたあの三人が現れたら走らなきゃならないけれど、今は考えたくなかった。

「で、わかった?」

「えー、ごめん。ちょっとわかんないや」

「じゃあヒント。いやヒントっていうか、ほぼ答えかな」レイジは人差し指を立てた。「シャーロック・ホームズ、金田一耕助、マイク・ハマー、エルキュール・ポワロ……はい、答えは?」

 え、ちょっとビックリ。その四人全員、詳しくはないけれど、名前くらいは知っているもの。

「た、探偵……?」

 レイジは満足そうに頷いた。
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