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プロローグ
02 謎の老人
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わたしは鳥居をくぐると、決して広くはない境内に足を踏み入れた。
おっと、ちゃんと身を清めなきゃ駄目かな? 鳥居近くの手水舎で、作法が書かれた小さな看板を参考にしながら手を洗い、口をすすぐ。それから改めて奥へ進み、拝殿の前で足を止めると周囲を見回した。
どうやらここ、無人みたいだ。お守りなんかを扱う社務所とかいう建物がないし、わたし以外の人の気配もない。木々の葉擦れの音と、何処かで鳥の囀りが聞こえる以外は静かで、このままボーッとしていたら眠くなっちゃいそう。
一通り見回すと、わたしは改めて拝殿に向き直り、財布を取り出した。五円玉があればいいんだけれど……あら嫌だ、小銭は五〇〇円玉一枚しかない。仕方ない、たまには奮発するか。
わたしは五〇〇円玉を賽銭箱に入れると、太い綱を引っ張って揺らした。ガランガランガラン! と、予想以上に大きな鈴の音が響いた。ちょっとうるさかったかな? まあいいや、誰もいないんだし。
えーと……二礼二拍手、と。そしてお願い事を。
……何を願おう?
やっぱここは〝彼氏が出来ますように〟……かな。うん、それだ。それしかない!
人がいないんだし、声を出して──
「モテたい! モテモテのモテ子になりたいっ! 男が欲しいっ!」
……後半ちょっと下品な言い方になっちゃった。テヘッ。
そして最後に一礼し、身を翻そうとした時だった。
「ちょいとそこのお嬢さん」
後ろから聞こえてきた声に、わたしの心臓は跳ね上がった。
振り返るとそこには、両手を腰の後ろで組んで立っているおじいさんが一人。わたしよりもずっと小柄で、薄い髪と眉毛と長く伸ばした顎髭は真っ白。山伏が着るような装束と下駄という出で立ちで、まるで仙人みたい。
……ていうか一体いつからいたの? え、もしかして、さっきのお願い聞かれてたって事? だとしたらちょっと、いやだいぶ恥ずかしいんだけれど!?
「ここら辺に水晶玉が落ちていなかったかね?」
……え?
「ここいらに落としたはずなんだが……さっきから探しているのになかなか見付からんのだよ……」
「えっと……」
「水晶玉。それ程大きくはない。あんたのその小さな掌サイズかな」
そう答えると、おじいさんは拝殿の周辺を探し始めた。
……仕方ない、手伝うか。
「わたしも探しますね」
「ん、すまないねえ」
わたしはおじいさんの反対側に回ると、同じように拝殿の周辺を中心に探す事にした。うっかり踏ん付けたり蹴飛ばさないよう、足元には気を付けなきゃ。しかしまあ、何で水晶玉なんか持ってるんだろう? 後で聞いてみようかな。
しばらく探してみたけれど、水晶玉はなかなか見付からず、本当にこの辺に落としたの? いやそもそも本当に落としたの? なんて疑問が湧いてきたその時だった。視界の端で、何かがキラリと光ったような気がして、わたしはそちらに目をやった。
「あ……!」
拝殿よりちょっと離れた位置にそびえ立つ木の根元に、お目当ての品は見付かった。
わたしは早歩きで根元まで向かうと、水晶玉を手に取った。おじいさんの言った通り、わたしの掌サイズで……ああ良かった、表面が少し汚れてはいるけれど、目立つ大きな傷は見当たらない。細かくて小さな傷の数々は、多分以前からのものだろう。
「ありましたよー!」
わたしは振り返って、この位置からは死角になっているおじいさんを呼んだ。するとおじいさんは、高齢者とは思えない、なかなか速いスピードで走り寄って来た。
「おお! これだよこれ!」おじいさんの顔に、ぱあっと笑みが広がった。「これ失くすと色んな意味で大変だったんだ!」
ここでわたしは、さっき感じた疑問を口にしてみる事にした。
「あの、どうして水晶玉なんて持っていらっしゃるんですか?」
「ん? おお、これはな、探し物をしたり、ちょいと先の未来を覗いたりするのに役立つんだ。探し物をするための道具を落としているようじゃどうしようもないな、わははは!」
「もしかして、占い師さん……なんですか?」
「いいや。でもあたしゃ、自分で言うのも何だけど、そこそこ位の高い精霊だからね」
……は?
「これ失くしたってあたしのカミさんに知られたら、またどやされるところだったよ。いやあ、あんたのおかげで本当に助かった。親切に有難うね」
「い、いえとんでもない……」
精霊って……。このおじいさん、ちょっと変な人だったみたいだ。あ、それとも認知症とか? いや、それはちょっと違うかな。まあとにかく、落とし物は見付かったし、参拝も済んだのだから、そろそろ行こう……。
「それじゃ、わたしはここで……」
「ああ、ちょっと」
げ、引き留められた。
「あんたに是非ともお礼がしたい」
「いえいえそんな!」
そんなつもりで助けたわけじゃないし、この自称精霊さん、失礼ながら、またどんな変な事を言い出すかわかったもんじゃない。
おじいさんは、両手に持った水晶玉をじっと見つめると、ボソボソと何やら呟いた。うん、やっぱり変な人なんだろうな。
ややあってから、おじいさんはゆっくり顔を上げた。目が合った瞬間、わたしはちょっとドキリとした(トキメキではなく)。
おじいさんのその真剣な表情には、こう、何と表現したらいいのかわからないけれど……決して怒っているわけじゃないのに、どんな相手でも一瞬で黙らせてしまうような妙な迫力があった。
「今まで男との縁がなかったようだね」
「うっ!」
「モテモテのモテ子になりたい、と」
「うわああああやっぱ聞かれてたあああ!!」
穴があったら入りたいどころか、そのまま地球の裏側まで掘って逃げ出したい!
「お礼にあんたの人生をガラリと変えてあげるよ」
「……へっ?」
「退屈でちょっと寂しい人生だと感じているようだけれど、もう大丈夫」
あれ? そこまでは言っていなかったはずなのに……何で知っているの?
わたしがその疑問を口にするよりも先に、おじいさんの言葉が続く。
「今、あたしがちょっとした術を使ったからね。あんたの周り、これから賑やかになるよ。モテモテのモテ子になれるかもねえ」
変な人どころかヤバい奴だ──普通ならそう判断しただろう。でも、何故かこの時のわたしは、ドン引くどころか、このおじいさん、何だかとてつもなく凄い人(いや精霊?)なんじゃないかと感じたのだ。
「おっと、もうそろそろ行かなきゃならない。カミさんを待たせているからね」おじいさんは水晶玉を懐にしまった。「それじゃ親切なお嬢さん、縁があればまた」
「あ、はい……!」
おじいさんが鳥居の方へ歩き出した直後、急に強い風が吹き付けた。砂埃が舞い、容赦なく顔に叩き付けられる。わたしは思わずギュッと目を閉じた。
「……っ」
風が収まり、ゆっくり目を開いた時にはもう、おじいさんの姿は見えなくなっていた。足速いなあ。何だかまるで、一瞬で姿を消したみたいに……。
やがて、わたしも神社を出て、再び品川方面へと歩き出した。
〝お礼にあんたの人生をガラリと変えてあげるよ〟
おじいさんの言葉に関しては半信半疑だった。いや、普通だったら全く信じられないだろうけれど……でも不思議と、ただの変人の戯言だとは思えなかったのだ。
そして後日、わたしはおじいさんの言葉が戯言ではなかったのだと理解する事になる……。
おっと、ちゃんと身を清めなきゃ駄目かな? 鳥居近くの手水舎で、作法が書かれた小さな看板を参考にしながら手を洗い、口をすすぐ。それから改めて奥へ進み、拝殿の前で足を止めると周囲を見回した。
どうやらここ、無人みたいだ。お守りなんかを扱う社務所とかいう建物がないし、わたし以外の人の気配もない。木々の葉擦れの音と、何処かで鳥の囀りが聞こえる以外は静かで、このままボーッとしていたら眠くなっちゃいそう。
一通り見回すと、わたしは改めて拝殿に向き直り、財布を取り出した。五円玉があればいいんだけれど……あら嫌だ、小銭は五〇〇円玉一枚しかない。仕方ない、たまには奮発するか。
わたしは五〇〇円玉を賽銭箱に入れると、太い綱を引っ張って揺らした。ガランガランガラン! と、予想以上に大きな鈴の音が響いた。ちょっとうるさかったかな? まあいいや、誰もいないんだし。
えーと……二礼二拍手、と。そしてお願い事を。
……何を願おう?
やっぱここは〝彼氏が出来ますように〟……かな。うん、それだ。それしかない!
人がいないんだし、声を出して──
「モテたい! モテモテのモテ子になりたいっ! 男が欲しいっ!」
……後半ちょっと下品な言い方になっちゃった。テヘッ。
そして最後に一礼し、身を翻そうとした時だった。
「ちょいとそこのお嬢さん」
後ろから聞こえてきた声に、わたしの心臓は跳ね上がった。
振り返るとそこには、両手を腰の後ろで組んで立っているおじいさんが一人。わたしよりもずっと小柄で、薄い髪と眉毛と長く伸ばした顎髭は真っ白。山伏が着るような装束と下駄という出で立ちで、まるで仙人みたい。
……ていうか一体いつからいたの? え、もしかして、さっきのお願い聞かれてたって事? だとしたらちょっと、いやだいぶ恥ずかしいんだけれど!?
「ここら辺に水晶玉が落ちていなかったかね?」
……え?
「ここいらに落としたはずなんだが……さっきから探しているのになかなか見付からんのだよ……」
「えっと……」
「水晶玉。それ程大きくはない。あんたのその小さな掌サイズかな」
そう答えると、おじいさんは拝殿の周辺を探し始めた。
……仕方ない、手伝うか。
「わたしも探しますね」
「ん、すまないねえ」
わたしはおじいさんの反対側に回ると、同じように拝殿の周辺を中心に探す事にした。うっかり踏ん付けたり蹴飛ばさないよう、足元には気を付けなきゃ。しかしまあ、何で水晶玉なんか持ってるんだろう? 後で聞いてみようかな。
しばらく探してみたけれど、水晶玉はなかなか見付からず、本当にこの辺に落としたの? いやそもそも本当に落としたの? なんて疑問が湧いてきたその時だった。視界の端で、何かがキラリと光ったような気がして、わたしはそちらに目をやった。
「あ……!」
拝殿よりちょっと離れた位置にそびえ立つ木の根元に、お目当ての品は見付かった。
わたしは早歩きで根元まで向かうと、水晶玉を手に取った。おじいさんの言った通り、わたしの掌サイズで……ああ良かった、表面が少し汚れてはいるけれど、目立つ大きな傷は見当たらない。細かくて小さな傷の数々は、多分以前からのものだろう。
「ありましたよー!」
わたしは振り返って、この位置からは死角になっているおじいさんを呼んだ。するとおじいさんは、高齢者とは思えない、なかなか速いスピードで走り寄って来た。
「おお! これだよこれ!」おじいさんの顔に、ぱあっと笑みが広がった。「これ失くすと色んな意味で大変だったんだ!」
ここでわたしは、さっき感じた疑問を口にしてみる事にした。
「あの、どうして水晶玉なんて持っていらっしゃるんですか?」
「ん? おお、これはな、探し物をしたり、ちょいと先の未来を覗いたりするのに役立つんだ。探し物をするための道具を落としているようじゃどうしようもないな、わははは!」
「もしかして、占い師さん……なんですか?」
「いいや。でもあたしゃ、自分で言うのも何だけど、そこそこ位の高い精霊だからね」
……は?
「これ失くしたってあたしのカミさんに知られたら、またどやされるところだったよ。いやあ、あんたのおかげで本当に助かった。親切に有難うね」
「い、いえとんでもない……」
精霊って……。このおじいさん、ちょっと変な人だったみたいだ。あ、それとも認知症とか? いや、それはちょっと違うかな。まあとにかく、落とし物は見付かったし、参拝も済んだのだから、そろそろ行こう……。
「それじゃ、わたしはここで……」
「ああ、ちょっと」
げ、引き留められた。
「あんたに是非ともお礼がしたい」
「いえいえそんな!」
そんなつもりで助けたわけじゃないし、この自称精霊さん、失礼ながら、またどんな変な事を言い出すかわかったもんじゃない。
おじいさんは、両手に持った水晶玉をじっと見つめると、ボソボソと何やら呟いた。うん、やっぱり変な人なんだろうな。
ややあってから、おじいさんはゆっくり顔を上げた。目が合った瞬間、わたしはちょっとドキリとした(トキメキではなく)。
おじいさんのその真剣な表情には、こう、何と表現したらいいのかわからないけれど……決して怒っているわけじゃないのに、どんな相手でも一瞬で黙らせてしまうような妙な迫力があった。
「今まで男との縁がなかったようだね」
「うっ!」
「モテモテのモテ子になりたい、と」
「うわああああやっぱ聞かれてたあああ!!」
穴があったら入りたいどころか、そのまま地球の裏側まで掘って逃げ出したい!
「お礼にあんたの人生をガラリと変えてあげるよ」
「……へっ?」
「退屈でちょっと寂しい人生だと感じているようだけれど、もう大丈夫」
あれ? そこまでは言っていなかったはずなのに……何で知っているの?
わたしがその疑問を口にするよりも先に、おじいさんの言葉が続く。
「今、あたしがちょっとした術を使ったからね。あんたの周り、これから賑やかになるよ。モテモテのモテ子になれるかもねえ」
変な人どころかヤバい奴だ──普通ならそう判断しただろう。でも、何故かこの時のわたしは、ドン引くどころか、このおじいさん、何だかとてつもなく凄い人(いや精霊?)なんじゃないかと感じたのだ。
「おっと、もうそろそろ行かなきゃならない。カミさんを待たせているからね」おじいさんは水晶玉を懐にしまった。「それじゃ親切なお嬢さん、縁があればまた」
「あ、はい……!」
おじいさんが鳥居の方へ歩き出した直後、急に強い風が吹き付けた。砂埃が舞い、容赦なく顔に叩き付けられる。わたしは思わずギュッと目を閉じた。
「……っ」
風が収まり、ゆっくり目を開いた時にはもう、おじいさんの姿は見えなくなっていた。足速いなあ。何だかまるで、一瞬で姿を消したみたいに……。
やがて、わたしも神社を出て、再び品川方面へと歩き出した。
〝お礼にあんたの人生をガラリと変えてあげるよ〟
おじいさんの言葉に関しては半信半疑だった。いや、普通だったら全く信じられないだろうけれど……でも不思議と、ただの変人の戯言だとは思えなかったのだ。
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