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キジトラ
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マサエとサブロウが夫婦になり、数年が経った。
店はそれなりに繁盛し、最近になり子供も授かったが、マサエには拭い切れない不安と不満があった。
一緒になってしばらくしてからわかった事だが、サブロウは気分屋で、少々怠け癖があった。また、酒を飲むと怒りっぽくなり、物に当たる事もあった。
それでも根は優しい人だ。子供が生まれたら少しずつ変わってくれるだろう。マサエはそう信じた。
夏の終わり、マサエのお腹がだいぶ目立つようになってきた頃。
サブロウが、嘘の儲け話にすっかり騙されてしまい、少ない貯蓄を使い切るだけでなく、借金まで作ってしまった。更には、返済のために一発逆転を狙って賭け事に手を出した結果大損し、借金は減るどころか数倍に膨れ上がってしまった。
サブロウは実家に泣き付いたが、けんもほろろに突き放された。マサエには自分から家を出たと話していたがそれは嘘で、実際は、目に余る放蕩ぶりから勘当されていたのだった。
マサエは両親から受け継いだ店と家を泣く泣く手放した。そして近所の老夫婦の伝手で、山沿いの小さな村の古い家に引っ越すと、出産間近まで、サブロウと共に村の地主が所有する野菜畑で働いた。
秋になり、マサエは元気な男の赤ん坊を産んだ。
肝心のサブロウはというと、また怠け癖が顔を出すようになった。子供の分も食い扶持を稼がなくてはならないというのに、何かと理由を付けては畑に行かず、酒を呑んでばかりいるようになった。
「お前さん、頼むから真面目に働いてちょうだい」
サブロウは懇願するマサエの頬を張り、怒鳴り散らした。それ以来、何か気に食わない事があると、すぐに手を上げるようになった。
貧しいながらも何とか冬を越し、春になったばかりのある日の朝。
赤ん坊を背負ったマサエが家の前で洗濯をしていると、猫の鳴き声が聞こえた。
「あら!」
周囲を見回すと、家の隣の竹が生い茂る雑木林の手前に、一匹のキジトラ猫が座っていた。村に来てから、何匹か野良猫を見掛ける事はあったが、キジトラは初めてだった。
「おいで」
マサエが呼ぶと、キジトラは小走りで寄って来て、しっぽを立てながら甘えるように体を擦り付けた。頭を撫でてやれば、目を細め、小さく喉を鳴らした。
「いい子ね」
キジトラはメスで、だいぶ年老いている。そして何処となく、かつての愛猫に似ているような気がした。
──まさかね。もうとっくに死んじゃってるに違いないわ。
背中の赤ん坊が喃語を発し、キジトラに向かって手を伸ばした。キジトラも赤ん坊に興味を示したようだった。
「わたしの子よ。ふふっ、仲良くしてね」
何か餌になるようなものはなかったかと考えていたマサエだったが、家の中から自分を呼ぶサブロウの声に邪魔された。
「はあい、今行きますよ」
マサエは家の方を向いて大きな声で答えると、小さく溜め息を吐いた。
「……あら?」
目を離していたのはほんの僅かな間だったが、キジトラは姿を消していた。
店はそれなりに繁盛し、最近になり子供も授かったが、マサエには拭い切れない不安と不満があった。
一緒になってしばらくしてからわかった事だが、サブロウは気分屋で、少々怠け癖があった。また、酒を飲むと怒りっぽくなり、物に当たる事もあった。
それでも根は優しい人だ。子供が生まれたら少しずつ変わってくれるだろう。マサエはそう信じた。
夏の終わり、マサエのお腹がだいぶ目立つようになってきた頃。
サブロウが、嘘の儲け話にすっかり騙されてしまい、少ない貯蓄を使い切るだけでなく、借金まで作ってしまった。更には、返済のために一発逆転を狙って賭け事に手を出した結果大損し、借金は減るどころか数倍に膨れ上がってしまった。
サブロウは実家に泣き付いたが、けんもほろろに突き放された。マサエには自分から家を出たと話していたがそれは嘘で、実際は、目に余る放蕩ぶりから勘当されていたのだった。
マサエは両親から受け継いだ店と家を泣く泣く手放した。そして近所の老夫婦の伝手で、山沿いの小さな村の古い家に引っ越すと、出産間近まで、サブロウと共に村の地主が所有する野菜畑で働いた。
秋になり、マサエは元気な男の赤ん坊を産んだ。
肝心のサブロウはというと、また怠け癖が顔を出すようになった。子供の分も食い扶持を稼がなくてはならないというのに、何かと理由を付けては畑に行かず、酒を呑んでばかりいるようになった。
「お前さん、頼むから真面目に働いてちょうだい」
サブロウは懇願するマサエの頬を張り、怒鳴り散らした。それ以来、何か気に食わない事があると、すぐに手を上げるようになった。
貧しいながらも何とか冬を越し、春になったばかりのある日の朝。
赤ん坊を背負ったマサエが家の前で洗濯をしていると、猫の鳴き声が聞こえた。
「あら!」
周囲を見回すと、家の隣の竹が生い茂る雑木林の手前に、一匹のキジトラ猫が座っていた。村に来てから、何匹か野良猫を見掛ける事はあったが、キジトラは初めてだった。
「おいで」
マサエが呼ぶと、キジトラは小走りで寄って来て、しっぽを立てながら甘えるように体を擦り付けた。頭を撫でてやれば、目を細め、小さく喉を鳴らした。
「いい子ね」
キジトラはメスで、だいぶ年老いている。そして何処となく、かつての愛猫に似ているような気がした。
──まさかね。もうとっくに死んじゃってるに違いないわ。
背中の赤ん坊が喃語を発し、キジトラに向かって手を伸ばした。キジトラも赤ん坊に興味を示したようだった。
「わたしの子よ。ふふっ、仲良くしてね」
何か餌になるようなものはなかったかと考えていたマサエだったが、家の中から自分を呼ぶサブロウの声に邪魔された。
「はあい、今行きますよ」
マサエは家の方を向いて大きな声で答えると、小さく溜め息を吐いた。
「……あら?」
目を離していたのはほんの僅かな間だったが、キジトラは姿を消していた。
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