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第三章 その女、凶暴につき

#33 新たな強敵?

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 一一月二七日、期末試験最終日。

「終わったああああ!」

「お疲れーっ!」

 最後のテストが終了し、クラスメートたちが束の間の解放感を味わっている中、千穂実は頭を抱えた。

 ──数学どころか全体的にヤバい……!

 進路に関しては、まだこれっぽっちも考え付いていないが、両親は娘が大学に進学するものだと考えているようだし、特にやりたい事がないのであれば自然と受験の流れになるのだろう。悔しいが、シルバーブレットの言っていた通り、もう少し危機感を持った方がいいのかもしれない。
 監督役の教師が出て行ってから数分で担任がやって来て、SHRショートホームルームが始まった。担任は生徒たちを簡単に労うと、最近浜波はまなみ舞翔まいしょう市内で夜遅くに相次いで起こっているという暴力事件に関して、注意喚起を促した。

 ──これもシャドウウォーカーの影響なのかな……。

 そうぼんやりと考えていた千穂実は、ふと視線を感じ、そちらの方へ振り向いた。礼人と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。


 一五時四〇分、美晴ヶ丘みはらしがおか駅。
 電車を逃してしまった千穂実と里沙は、人気ひとけもまばらなホームのベンチで談笑していた。

「あーあ、それにしても今回のテストは全体的に難しかったなあ……」

「チホミン、今回も数学は壊滅的?」

「数学どころじゃなかったよ。あ、また勝手にシルバーブレットに話さないでよ?」

「わかってる。もうあの関節技はこりごりだもん」

 苦笑しながらそう答えた里沙は、ふと何かを思い出したように口を噤むと、用心深く周囲を見回した。

「ん、どしたの」

「あのね、シルバーブレットの事なんだけど。……レイトン君いないよね?」

 千穂実も周囲を確認し、

「うん、大丈夫そう。で、シルバーブレットがどうしたの」

「父さんが言うには、怪我してたみたいって」

「怪我?」

「うん。昨日の夜から深夜の間くらいに、外で何かあったみたい。話を聞こうとしたけど、いつものあの調子でちゃんと答えてくれなかったし、重傷でもなさそうだったから、それ以上は詮索しないでおくつもりみたいだけど」

 ──あの人が怪我……。

 千穂実は不安に駆られた。

 ──そりゃああの人だって人間なんだし、完全無敵じゃないだろうけど……。

「どうする、これから来る?」里沙は千穂実を気遣うように優しく尋ねた。

「うん」千穂実は頷いた。


 数十分後、緑川家の離れ。

「本当に? 本当に擦り傷だったの?」

「ああ」

 里沙から話を聞いてやって来たという千穂実に対し、シルバーブレットはこれといった反応は見せなかった。しかし千穂実は、師が無表情の仮面の向こうで、こちらからは見えない口元をどんな風に歪ませたのか、何となく想像出来るような気がした。

「ならいいけどさ……。で、何があったの?」

「せめてチホミンには話すべきじゃない? サイドキックなんだから。あたしが邪魔なら席外すよ?」

「話してくれないなら、最近覚えた関節技でハアハア言わせるからね!」

「あたし一回喰らったけど、結構キツかったよ! ……そこはヒイヒイじゃない?」

「別に隠すつもりはなかったのだが」ややあってからシルバーブレットが答えた。「とりあえず座ったらどうだ」

 千穂実と里沙は、促された通り座椅子に腰を下ろした。

「で……改めて聞くけど、何があったの?」

「ニムロッドを発見した」

 千穂実と里沙は息を呑んだ。
 今日の深夜一時頃、シルバーブレットが手に入れた情報を元に浜波市内某所の廃ビルに向かうと、ニムロッドと、報酬目当てで集ったと思われるガラの悪い連中の〝出迎え〟があった。
 ガラの悪い連中に関しては、これといった問題もなく撃退する事が出来た。しかし問題はその後だった。

「先に逃亡したニムロッドを追跡中、新たな集団の襲撃を受けたのだが……その内の一人の女に少々手こずった」

「え、女!?」

 千穂実は思わず声を上げ、同じく驚きの表情を浮かべる里沙と顔を見合わせてからシルバーブレットを見やった。

「敵に女がいたの? マジで?」

「私がいた世界では女のヴィランも決して少なくはなかった。こちらの世界でも犯罪者は男だけではないだろう」

「そうだけど、それでもちょっと意外だったよ。そいつのせいで怪我したんだ?」

 シルバーブレットは無言で小さく頷いた。

「えーと、それでその……ニムロッドは逃げちゃった?」里沙は遠慮がちに尋ねた。

「奴だけでなく女もな。とんだ失態だ」

「まあまあ、大きな怪我なく済んで良かったじゃん。ねえチホミン」

「そうそう、今度また現れたらボッコボコにしてやりゃいいのよ! 何だったらわたしがそうしたいんだけど」

「それは無理だろうな」

 千穂実の顔が引きつった。「……無理って?」

「今の君の実力では、到底あの女には勝てないだろう」

 一瞬でその場の空気が凍り付いた。
 里沙は恐る恐る親友を見やり、その顔に浮かぶ不動明王のような表情に震えた。

 ──あわわ……チホミンどうかブチ切れないで……!

「……あっそ」

 千穂実は意外にも冷静にそう言うと、ローテーブルに手を突きながらゆっくりと立ち上がった。

「チホミン?」

「……だったら」千穂実はシルバーブレットを睨んだ。「もっと強くなりゃいいんでしょ」

 シルバーブレットが何も答えなかったので、千穂実は踵を返した。里沙は二人のヒーローを交互に見やっていたが、慌てて千穂実の後に続いた。

「ところで」 

 千穂実がドアに手を掛けると同時に、シルバーブレットは静かに口を開いた。

「期末試験はどうだったんだ」

「いやそれ今聞く!? 最悪だったよこん畜生!!」

「あたしは……どうだろなあ、あはは」

 離れから出ると、千穂実は迷わず母屋の方へ歩き出した。

「里沙、トレーニングルーム使わせて」

「う、うんいいよ。……ついでに夕飯食べてく? 今日は中華メインだって」

 丁度その時、まるでタイミングを見計らったかのように、母屋からいい香りが漂ってきた。

「ごちそうさまでっす!」

「うん、わかった。ママに言っておくね。せっかくだし、あたしたちが食べ終わった後でいいから、シルバーブレットの所にも何品が持って行ってあげない? どうせ呼んだって来ないし」

「えー、別にいいじゃん」

「まあまあ」

「まったく、何か心配して損した! あのコミュ症仮面!」

 千穂実は大声で鬱憤をぶちまけた。原因となった男に聞かれても構わないし、何だったら聞こえればいいとさえ思った。

「それにしても、仮にもヒーローだとか自警団員ヴィジランテとして戦っているシルバーブレットを手こずらせるなんて、どんな女だろうね」

「さあ。ゴリラみたいな奴なんじゃない?」

「やっぱり、他の集団みたいにこっちの世界の人間で、報酬を餌に雇われたんだよね……うーん、でも何だかまた厄介な事になりそう……」

 そこまで言うと、里沙は考え込むような素振りを見せた。

「厄介って」

「ひょっとしたら、その女はシャドウウォーカーやニムロッド並の強敵かも。元々強力なヴィラン二人に、同じくらい強力な味方が出来ちゃったんだとしたら……ね?」

「まさか、魔法か特殊能力持ち? ていうかシルバーブレットはどんな攻撃喰らったんだろ」

「改めて本人から話を聞かなきゃ駄目だね。緑川うちの方でも調べる都合があるんだし」

「え、調べるって」千穂実は目をパチクリさせた。「何、緑川一族はそういう、探偵みたいな事もしてるの?」

「そりゃそうだよ、バックアップしてるんだから。ちなみに、一族じゃないけど信頼出来る警察関係者もいるから、シルバーブレットの正体や居場所を捜査で暴かれないように、何とか上手くやってもらってたりもするんだよ」

「へえ……!」

 千穂実は素直に感心したが、同時に緑川一族に対するちょっとした畏怖の念も覚えていた。
 
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