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第二章 ライバルと放火魔と

ある少年の記憶②

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「ジェイド、起きて。おーきーてっ!」

 少々不快な体への刺激に、ジェイドはまどろみの世界から覚醒した。ゆっくり目を開けると、声の主であるダスティンが、ジェイドの左肩を掴んだまま覗き込んでいた。

「……今何時だ」

「六時三八分。ちょっとだけ寝坊だよ。皆もうご飯食べてるよ。早く早く」

「……今日は土曜か」

「そうだよ」

 ジェイドはダスティンに手をひかれて階段を下りると、洗面所で顔を洗ってから食堂へ向かった。年下の子供たちはジェイドに気付くと、次々に元気良く挨拶した。

「あらおはようジェイド。珍しいわね、あなたが一番遅いなんて」

 エプロン姿のウィリアムスがキッチンからやって来た。五〇代半ばの女性職員で、この児童養護施設では子供たちの母親のような存在だ。

「夜遅くまで勉強していたの? ま、いいわ。食べちゃいなさい」

 ミーシャが焼き立てのトーストに齧り付く音に、ジェイドの腹が反応した。サラダのミニトマトを勢い良くフォークで刺し、行儀が悪いと注意されるヨンファン。今日も嫌いなレタスを残そうとしてまた叱られるのだろうか。
 ジェイドは窓側左端の自分の席に腰を下ろした。

「おはようジェイド」

 ジェイドの右隣に座る黒髪の少年は、トーストの上半分にストロベリージャムを塗りたくっている。

「いい夢見られた?」

「覚えていない」

「ふーん。あ、君のパンにも塗ろうか」

「自分でやる」

「ああ、マーガリン派だったね」

 黒髪の少年は上半分の作業を終えると、今度は下半分をブルーベリージャムで塗りたくり始めた。

「あー、またりょうほうぬってるー!」

「ぼくもやりたーい! ジャムかしてかしてー!」

 黒髪の少年の斜め前とその隣に座る、アイカとショーンの六歳コンビが騒ぎ出した。

「いいよ、ほら」

 黒髪の少年がジャムの瓶をショーンの方へ差し出した時だった。

「ほらお前たち、静かにしろ。食べる時は集中しろと何度言わせるんだ」

 新しい施設長のパウエルがピシャリと言うと、賑やかだった子供たちはしんと静まり返り、パーティー会場が葬式会場へと様変わりした。パウエルは副施設長だった頃からいちいち口うるさく嫌味っぽいので、子供たちは皆嫌っていた。どうやらパウエルの方も子供は好きではないらしく、だったら何故、児童養護施設の職員なんてやっているのか、ジェイドには疑問だった。

「あいつ嫌いだ」

 食事後の片付けの最中、黒髪の少年がジェイドの隣で言った。

「前の施設長の方が良かった。怒ると怖いけど、優しかったよね。ぼくたちに対する愛情が感じられた。病気で辞めちゃってさ、凄く残念。あいつも何か病気になれば、いや、いっそ死んでしまえばいいんだ」

「…… そういう事は言うもんじゃないぞ」

「冗談だよ」

 黒髪の少年はジェイドをチラリと見やってそう言うと、ニッと笑ってみせた。

「あ、ダスティン待って、こっちにもあるよ!」

 空の食器を手にキッチンへと向かう黒髪の少年の後ろ姿を見やりながら、ジェイドは思った──今の黒髪の少年あいつの目は笑っていなかった、と。
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