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第二章 ライバルと放火魔と

#28 日曜日の覚悟②

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 朝食後、身だしなみを整え、少しでも気分を落ち着かせるために里沙が淹れてくれたホットティーを飲むと、千穂実は一人で離れへと向かった。
 ドアをノックすると、離れの現在の主から「開いている」と素っ気ない言葉が返ってきた。

「お待たせしましたー……」

 座椅子に座り新聞に目を通すシルバーブレットは、以前千穂実が放火未遂の現場付近で出くわした時と同じ姿に変装していた。

「その姿さ、なかなか素敵だと思うよ! なーんて……」

 予想通りシルバーブレットは無反応だ。

「あー……もしかして、これからまたシャドウウォーカーたちの痕跡を探しに行くの?」

「ああ」

「わたしは──」

「一人で行く」

「そ、そりゃそうだよね! もうクビなんだし」

 千穂実が無理に笑ってみせると、シルバーブレットが新聞から顔を上げた。

「誰が言った」

「へ?」

「誰がクビだと言った」

「ほえっ」少々間抜けな声が出た。「いや、だって……」

 沢田と対峙した際、うっかりドジを踏んでしまった。それだけでなく、命令はちゃんと聞くが態度は生意気だという自覚もあった。

「わたしを呼んだの……それが理由じゃないの?」

 シルバーブレットは僅かに眉をひそめた。

「え、いいの? ホントに? むしろクビにしなくていいの? だってわたし──」

「辞めたいのか」

「これからもよろしくお願いしまーす!」

 千穂実は勢い良く右手を上げて答えた。シルバーブレットは無言で小さく頷くと、再び新聞に向き直った。千穂実には一瞬──ほんの一瞬、彼の口元に僅かに笑みが浮かんだように見えたが、きっと気のせいだろう。

「えーっと、それじゃあ何で呼ばれたのでしょう」

「とりあえず座ったらどうだ」

 千穂実はシルバーブレットの正面に腰を下ろし、改めて目の前の男をまじまじと見やった。変装だとわかっていても、仮面が外され露わになった顔立ちには何だかドキドキしてしまう。

 ──今の姿の方がこの部屋には合ってるよなあ……。

 普段の黒ずくめに仮面という姿で座椅子に座り、ローテーブルを前にしているシルバーブレットを想像すると、違和感とちょっとした面白さに口元が緩みそうになった。

「どうした」

「いえ別に。で、お話とは」

「昨日の礼が言いたかった」

「……ああ。いや、そんな。あはは」

 千穂実はすっかり拍子抜けした。

「それともう一つ」

「……何でしょう」

 今度こそ失態に対する説教だろうと、千穂実は改めて覚悟を決めた。

「第二のヒーローには念のため気を付けておくように」

「え?」

「放火魔の所在を駐在に伝えバイクまで戻る途中、第二のヒーローが現れた」

「えっ!?」千穂実は前のめりになった。「え、マジ? 本物!?」

「サイドキックになりたいと言われた」

「……お?」

「以前から私のサイドキックになるのが夢だったと。握手とサインも求めら──」

「ぉおん!? 勿論全部断ったよなあ!?」

「ああ。……落ち着け。凄い顔になっているぞ」

 シルバーブレットが続けた話によると、第二のヒーローは、身長一七五センチ前後で黒色の短髪の、一〇代後半から二〇代の若い男性だった。以前報道されていたように黒いドミノマスクを装着していたが、服装はジャージではなくボディスーツで、頭部に布は巻いていなかったという。

「へえ、少しはバージョンアップしたのかな。武器は?」

「見たところ四尺棒のようだった」

「四尺ってだいたい一二〇センチだよね。それを使いこなせるのか……で、何で気を付けろと?」

「諦めの悪い奴だった。既に一人サイドキックがいると最後に伝えると、自分の方が強い、役に立つはずだと言い切った。そしていつかそれをはっきりさせてみせる、ともな」

「何それ!」千穂実は思わずローテーブルを平手で叩いた。「わたしに会った事もないくせに? 戦う姿を見た事もないくせに?」

 千穂実の中で、第二のヒーローに対する嫌悪感が一気に増した。コンビニ強盗や暴漢を倒したのは凄い事だ。しかし、ただでさえキャンディスターを差し置いて注目されている状況にモヤモヤするというのに、更に本人から喧嘩を売られて冷静でいられるわけがない。

「ケッ、勝手にほざいてろっつーの。実際に戦ってみれば……ああ、つまりわたしは今後、いつそいつに狙われてもおかしくないっていう?」

「可能性はある」

 千穂実は小さく溜め息を吐いた。

「今後第二のヒーローに遭遇し挑発される事があっても、乗るんじゃないぞ」

「わ、わかってるって」

「話は以上だ。戻っていい」

「……それじゃあ」

 千穂実は立ち上がりかけ、

「ねえ、今日のトレーニングは?」

「休みで構わない」

「えー、少しはやりたい。駄目? ほら、砂利道でも足音を立てない歩き方とか……」

「では夕方に」

「はーい」千穂実はニッと笑った。
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