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第一章 驚異の少女(ガール・ワンダー)誕生?

#15 ゴネと説得

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 シャドウウォーカー。
 彼は他の三人のヴィラン──ニムロッド、フォーアイドゴブリン、キラーダンサーとは違い、自らそう名乗っているわけではなく、彼自身の特殊能力からいつの間にやらそう呼ばれるようになっていた。
 シャドウウォーカーの特殊能力とは、影との一体化だ。何らかの影に触れる事で彼自身も影そのものとなり、敵からの攻撃を無効にしたり、姿を隠したまま自由に動き回れるようになる。
 また、シャドウウォーカーは強力な闇魔法の使い手でもあり、この魔法で命を落とした者は少なくない。ただし、どうやら影と化している最中には使用不可能のようだ。

「影との一体化っていうのは、何となくわかりました。闇魔法ってのはどんな?」

「主に呪殺だ。その中でも一番強力な魔法は、触れた相手から直に魂を引っこ抜く」

「うへえ……」千穂実は顔をしかめた。

「闇魔法には、相手の怒りの感情や欲望を増幅させ、制御を効かなくさせるものもある。奴は元の世界でそれを乱用し、数多くの事件を引き起こして楽しんでいた」

「え……じゃあそれで、浜波と舞翔の犯罪件数が!?」 

 シルバーブレットは無言で頷いた。

「駒鳥神社で対峙した男がキレてナイフを取り出したのも……そっか!」千穂実は思わずローテーブルを叩いた。「あの時の二人の男に、シルバーブレットを狙うよう指示したのはシャドウウォーカーね! その際に魔法を使ったんだわ!」

「だろうな」

「そういえば、この間妊婦さんに絡んでたおっさん! 止めに入ったら手を出して来たから懲らしめてやったけど、そのおっさん、目がかなりヤバい感じだったの! あれも魔法のせいだったかも?」

 妊婦に絡んだ男の、異様に吊り上がり、血走った目。あれは普通の精神状態の人間が見せるものではなかった。

「て事は、あのおっさんもシャドウウォーカーと繋がりが……?」

「そうとは限らない。奴は大抵、適当に狙いを定めた人間に魔法を使っていた」

 千穂実はシルバーブレットに向き直り、

「そんな迷惑チート野郎が野放しって、相当まずいですよね!?」

「ああ、まずいな」

「ていうか、シンプルにおっかないです」

「だったら尚更、ヒーローごっこはやめるんだ」

「……っ!」

 シルバーブレットの鋭い視線を受け止め切れず、千穂実は目を逸らした。

「遊びではないんだ。奴は数多くのヴィランの中でも飛び抜けて残忍な男だ。奴にとって、君のように護身術に少々長けているだけの人間の命を奪う事など、造作ない。
 そもそもこれは、以前から続く奴と私の戦いの延長でもある。決着を付けるのはこの私だ。関係のない人間に首を突っ込まれたくはない」
 
 そう言い切ると、シルバーブレットは千穂実に背を向けた。

「……でも」千穂実は小さな声で言った。「一人より二人、でしょう」

 シルバーブレットが振り向く。

「ニムロッドって奴もいるんですよね。向こうは二人じゃないですか。シャドウウォーカーに雇われた人間だって、もっといるかもしれないし。だったらこっちだって二人の方がいいでしょう」

「君は自分が戦力になると思っているのか」

「まだまだ鍛錬が必要だとはわかっています。でも、いくら護身術を習っているとはいえ、わたし一人で鍛えるには限度があります」

 千穂実は立ち上がると、意を決して、以前からの自分の願いを口にした。

「シルバーブレット……わたしをあなたのサイドキックにしてください!!」


 ──今どんな感じだろ。

 里沙は離れに向かうと、ドアにくっ付くようにして聞き耳を立てた。

「嫌! 絶対に嫌!」

 叫ぶような千穂実の声に、里沙はギョッとした。

 ──何? 何が起こっているの……?

 直後、はっきりとは聞こえないが、シルバーブレットが何か咎めるような事を言うと、千穂実は再び嫌がる声を上げた。

「チホミン!?」里沙は慌てて離れの中に入った。「チホ……え?」

 里沙の目に最初に映ったのは、覆い被さるようにがっしりとローテーブルにしがみ付く千穂実だった。

「あ、里沙!」

 千穂実はローテーブルにしがみ付いたまま振り向いた。

「サイドキックにしてくださいって頼んでいるのにさ! シルバーブレットったら、駄目の一点張りなの! だからわたし、認めてくれるまで帰らないって言ったの!」

 里沙はシルバーブレットを見やった。千穂実から少々離れた位置に立つシルバーブレットは、仮面に右手を当てて僅かに俯いている。

 ──予想以上だった!

 里沙は思わず吹き出しそうになったが、今のこの状況では新たな火種となってしまうであろう可能性を考慮し、堪えた。

「あー、チホミン、落ち着いて」

「落ち着いてるよっ!」

 ──いや、どこが?

 再び笑いを堪え、誤魔化すように一つ咳払いすると、里沙は千穂実の右隣に片膝を突いた。

「あのねチホミン、そりゃあOKするわけないでしょ。一般人のチホミンを危険な目に遭わせられないんだから──」

「もう遭っとるわい!」千穂実は勢い良く体を起こした。「四つ目男に殺されかけたんだよ? しかもそいつの死体まで──」

 そこまで言うと、千穂実はハッとしたように固まった。

「……どしたのチホミン」

「そうよ……それよ……」

 千穂実は立ち上がると、シルバーブレットに振り返った。その顔には、悪魔めいた笑みが浮かんでいる。

「シルバーブレット……あなた、フォーアイドゴブリンを殺したわよね。わたしを助けてくれた事に関しては、本当に感謝しているわ。でもね、あなたの世界ではどうだか知りませんけど、この世界、この国では、たとえ人を助けるためだとしても、殺しはとってもまずい行いよ」

「……何が言いたい」

「あなたの殺しやこの住処を、わたしが警察に話したら……最悪活動出来なくなるんじゃないかしら」

「チ、チホミン!?」

 信じられないと言わんばかりに、里沙は千穂実を見上げた。

「私を脅すのか」

「そういう事になりますね」

「チホミン、何言っちゃってるのよう……」

 親友の嘆きは、千穂実の耳にはほとんど入っていなかった。今はただ、目の前の仮面の男をどう説得し、サイドキックを認めさせるかという事しか頭にない。

「わたしをサイドキックにしてくれれば、絶対に喋りません。警察は勿論、家族にも友人にも、そこら辺の人たちにも。というか喋れませんよ」

 千穂実はシルバーブレットの元に詰め寄った。

「わたし、こう見えても我慢強いですし、一度やると決めた事はそう簡単に諦めません。あなたの隣でまともに戦えるようになるためなら、どんな訓練だって受けます! 自分の身は自分で守ります!」

「何故君はそこまでして戦いたい?」

 シルバーブレットの鋭い視線。しかし千穂実は、今度は目を逸らさず、ぽつぽつと語り始めた。

「アメコミ……漫画の影響から、ヒーローやヴィジランテって存在が大好きでした。でもこの現実に、勇敢という意味でのヒーローはいても、漫画のように、コスチュームを纏って正体を隠しながら悪と戦う人間なんていないという事実は、残念だけどちゃんと理解していました。
 けどそんなある日、本物のヒーローが現れて、ナイフを持って暴れた男を倒した。わたしはすぐにファンになりました」

 事件が起こったその日の夕方。ニュース記事と、一般人が撮影した写真や動画を初めて目にした時の興奮は、一生忘れる事はないだろうと千穂実は思っている。

「いつか会いたいな、なんて思っていたら、会えるどころか直接命を助けてもらう事になって。その日のうちにわたしは、次に再会したらあなたのサイドキックになるんだって決心して、その後護身術を習ったり、自主的に体力作りを始めたんです。
 そう、最初は単に、あなたへの強い憧れと興味だけが理由でした。でも、舞翔や浜波で色んな事件が相次いで……ヤバそうな人間から妊婦さんを守ったりもして……放火魔なんて、通っている学校にまで現れて……だんだん、この状況をどうにかしたいなって、本気で考えるようになって……」

 今では里沙も、正座して真剣な表情で聞き入っている。

「わたし、絶対に強くなってみせます! あなたの足を引っ張らないように気を付けます! こいつ駄目だと思ったら、すぐクビにしてもらって構いません! だ、だから……だからお願いです! わたしをあなたのサイドキックにしてください!」千穂実は頭を下げた。

「本当は止めなきゃいけないんだけどね……」

 ややあってから、里沙がそう言いながら千穂実の横に並んだ。

「あたしからもお願い、シルバーブレット。チホミンは、あなたが思っている以上にしっかりしてるから、滅茶苦茶やって困らせるなんて事はないはずだよ」

「里沙……」

 顔を上げた千穂実に、里沙は微笑んだ。

 シルバーブレットが溜め息を吐くのが聞こえた。

 ──やっぱり駄目?

「衣装はこちらで用意する」

 千穂実はハッとしてシルバーブレットを見やり、それから同じように驚く里沙と顔を見合わせた。

「せいぜい、友人の信頼を裏切らないようにな」

 千穂実がシルバーブレットの言葉の意味を理解するのに、大した時間は掛からなかった。







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