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第一章 驚異の少女(ガール・ワンダー)誕生?
#9 我慢出来ない
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千穂実が里沙と共に学校の正門から出た直後、スマホに俊也からメッセージが届いた。
〝これから東京に戻る。またな( ´∀`)ノ〟
──はいよ、っと。
〝またね! 彼女さんと仲良くね(´ー`)ノ〟
「ん? 誰かから連絡?」
「うん、兄貴。昨日泊まりに来たんだ。今帰るって」
次は冬休みに帰って来るのだろうか。果たしてその時まで、恋人との仲は続いているだろうか。千穂実は、兄のために祈ってやる事にした。
「そういえばさ、チホミン。これ知ってる?」
里沙がスマホの画面を千穂実に見せた。そこに表示されているのは、昨日千穂実が読んだ第二のヒーローの記事だった。
「うん、もう読んだ。先越された感があって悔しいよ」
「先越されたって……」里沙の歩みが止まった。「チホミン、護身術習ってるのは変質者対策とか言ってたけど……まさか、ヒーロー目指してるの……?」
「あ、バレた?」
千穂実は笑ってみせたが、里沙は明らかに戸惑っている。
「だってさ、冊子や画面の向こうにしかいないと思っていた存在が現れたんだよ? しかも自分が暮らす街と通っている高校のある舞翔と、そのお隣の浜波に! その活躍をただ見ているだけ?」
最大の理由は、仮面のヒーローことシルバーブレットに命を救われた事なのだが、たとえ相手が親友であっても、ベラベラと喋ってしまうつもりはなかった。
「里沙だって、浜波市民として興奮しない? 仮面のヒーローは浜波を中心に現れているんだし、ひょっとしたら会えるかもしれないんだよ。それこそさ、緑川家はお金持ちなんだから、仮面のヒーローをバックアップしたりとかさ!」
里沙は何故か体をギクリとさせた。
「……里沙?」千穂実は親友の顔を覗き込んだ。「どしたの。何か変だよ」
「え、あ、いや、その……ほら、だって危険じゃん!!」
二人の後から歩いて来た数人の生徒たちが、里沙の大声に反応してこちらをチラリと見やった。その中には、友人と一緒に歩く詩音もいた。
「先輩たちお疲れ様でーす。どうしたんですか、緑川先輩」
「お、お疲れ様! いや、ちょっと──」
「グリズリーと人喰いザメの戦いを目の前で見てみたいねって話したの。そしたら里沙が危険だって」
千穂実の咄嗟の出任せに、里沙もうんうんと頷いて同意した。
「アハハハッ! 何ですかーそれ!」
詩音は全く疑う様子を見せず、挨拶すると友人と去って行った。
「グリズリーと人喰いザメって……」里沙は苦笑した。
「すぐに思い付いたのがそれだったの!」
二人は再び歩き出した。
「危険だってのはわかってるし、心配してくれるのは有難いけどさ」千穂実から続きを話し始める。「やらなかったら一生後悔すると思う。わたしは、いつか仮面のヒーローの隣で戦いたい。あの人のサイドキックになりたいの」
「……本気……なんだね?」
「本気。もっと体力作りして、もっと護身術を覚えたら、衣装も揃えて本格的に動き出すんだから。仮面のヒーローと第二のヒーローが浜波中心なら、わたしは舞翔中心に……ああでも、それじゃあなかなか会えないかな……第二のヒーローが先にサイドキックになっちゃったらショックだしさ……」
里沙の真剣な眼差しに、今度は千穂実が戸惑った。
「え……何、わたしそんなに変な事言ってる?」
「チホミン、一つ約束して」里沙は周囲を見回し、近距離に誰もいない事を確認すると、少々強めの口調で続けた。「活動開始するなら、その時は先にあたしに言って。絶対、忘れずに。いい?」
「それはいいけど……でも何でそこまで」
「そりゃそうでしょ! 親友が危険な事やろうとしてるんだから、それなりに把握しておかないと! ね? 約束して!」
「う、うん……わかった」
──本当にそれだけ?
身を案じてくれるその気持ちは本当に有難い。しかし千穂実は、漠然とではあるが、スッキリしない引っ掛かるものを感じていた。
「あ、何かきた」里沙はスカートのポケットからスマホを取り出した。「チカちゃんだ。駅の近くにいるから、途中まで一緒に帰らないかって。どうする?」
「ん……じゃあ行こう」
「走ろ!」
「え、走るの?」
「待たせちゃうじゃん! 行くよ!」
言うや否や走り出した里沙を追いながら、千穂実はぼんやり考えた──里沙もまた千穂実と同じで、誰にも話していない秘密があるのではないか、と。
「全国ニュースになってら……」
一八時二五分。
今朝の扇高校内の放火事件が、全国放送の人気報道番組にて取り上げられていた。警察は、最近舞翔市内で相次いで起こっている不審火と同一犯の可能性が高いとして、捜査を行っているという。
千穂実の母が、味噌汁を口に持っていく手を止め、
「え、ちょっと千穂実、学校でこんな事件あったの!?」
「あー、うん、話すの忘れてた」
千穂実はカレーコロッケを箸で摘んだ。
「朝、先に着いていた里沙が写真付きで教えてくれたんだ。わたしが着いた時にはもう、先生たちが誰も校庭に入らせないようにしていたから、燃やされた実物は見てないけど」
「ちょっとー、大問題じゃないの! 何で忘れるかしらね……」
母は呆れたような目で千穂実を見やった。
「こういう犯罪者はね、いずれ物を燃やすだけじゃ物足りなくなってきて、そのうち野良猫あたりを、そしていずれは建物を狙うようになるわよ。早く捕まってほしいわね、まったく」
千穂実は全身に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。カレーコロッケが箸から皿に落ちる。
──そうだ、それがあったじゃん!
夕食を食べ終わると、千穂実は早速部屋に戻り、カーペットの上に寝転がりながら里沙にメッセージを送った。
〝早速だけど、今日の夜中から少しずつ動いてみる!〟
千穂実は通販サイトで、ヒーローもののコスプレ衣装を検索した。いかにもちゃっちい作りのものから、それなりに丈夫そうに見えなくもないものまで様々だが、後者はそれなりの値段がする。
──自分で作るしかないかな。
とはいっても、千穂実は授業以外で裁縫をした事がほとんどなく、服の作り方どころかボタンの付け方ですら怪しかった。
里沙からの返信はすぐに届いた。
〝もう!? もっと鍛えるんじゃなかったの!?〟
文章の最後に、青ざめた表情の絵文字がいくつも付けられている。
〝放火魔だよ。舞翔市内で好き勝手やってる放火魔を捕まえてやろうと思って。衣装とかウィッグは近いうちに何とか用意するから、最初は目立たない服でも着て、髪型も変えてみる。それとも、ドミノマスクくらい先に用意してからの方がいいかな〟
そう返信しながらも、千穂実は既にやる気満々であり、何日も待つつもりはなかった。
──護身術だけじゃ厳しいかな。何か武器になりそうなものも用意して……。
着信を告げるメロディーが鳴り響いた。千穂実が好きな格ゲーの、一番気に入っているBGMだ。発信者は、今までやり取りしていた親友だ。千穂実は体を起こし、胡座を掻いた。
「あ、里沙? メッセ──」
「チホミン!? 駄目、一旦落ち着いて!!」
千穂実は顔をしかめ、スマホを耳元から離した。耳の奥がジンジンする。
「ほんとに危ないって! 仮に放火魔に遭遇したとしてさ、そんなアメコミみたいに簡単に倒せると思う!?」
「ちょ、ちょっ──わかったから、里沙こそ落ち着いて!」
里沙はいくらか声を落とし、いかに千穂実の考えが危険であるか、また自分はそんな千穂実をどれだけ心配しているのかを熱く語った。
「──だからねチホミン。頼むから無茶しないで。何かあったら、悔やんでも悔やみきれないよ」
「里沙……」
「あ、体を鍛えたり護身術を習うのはいい事だと思うよ。そっちまで止める気は全然ないから」
「うん……わかったよ、里沙」千穂実は努めて明るく答えた。「わざわざ電話までくれて有難う」
「ううん、あたしこそいきなりごめん! じゃあね、また明日!」
「うん、明日ね」
電話を切ると、千穂実は大きく息を吐いた。
──ごめん里沙。わたしはやるよ。
千穂実は再び通販サイトに目を通し、先程よりも丁寧にコスプレ衣装を探した。
「あ、これって……!」
それは千穂実が好きなアメコミ作品『キック・ラブ』のヒロイン、〝クリーンヒットガール〟の実写版のコスプレ衣装一式だった。数枚の写真を見る限り、作りは雑ではなく、値段もそれなりにする。販売会社を検索したところ、東京に二箇所の実店舗があり、様々なアメコミグッズの正規品を取り扱っているようだった。
──これに決めた!
千穂実は早速購入手続きをし、到着を二日後の夜に指定した。
──確かに今日からじゃ急過ぎた……明後日からが本番よ……!
しかし、闇雲に舞翔市内をうろつき回るだけでは、そう簡単に放火魔には遭遇しないだろう。
──頭も使わなきゃ。
千穂実は、一〇月下旬から舞翔市内で起こっている放火事件全ての詳細を調べる事にした。
緑川家、里沙の部屋。
里沙が千穂実との通話を終えると、部屋のドアがノックされた。
「どうだった、里沙。電話は終わったんだよな?」
「うん」
ドアが開くと、声の主である男性と、その斜め後ろに立つ、里沙によく似た女性──里沙の両親が姿を現した。
「どうだった」
「うーん……多分……諦めてないと思う。『わかった』とは言ってたけど、『やめる』とは一言も言ってなかったし……」
「そうか」里沙の父、隆は苦笑した。
「本気なのね、千穂実ちゃん」
里沙の母、明菜が神妙な表情でそう言うと、里沙もよく似た表情で頷いた。
「うん、やはり彼には報告しよう」隆はきっぱり言った。「第二のヒーローとやらの件もあるが、向こうは成人済みかもしれないし、男だ。しかし千穂実ちゃんは違う。未成年で、それも女の子だ」
「そうね、その方がいいわよ」明菜は隆を見やり頷いた。「相手が女性、それも若い子だと、舐めてかかって強気に出る人間は多いもの。何かあってからでは遅いわ」
「そういうわけだから里沙、パパが後で彼に連絡しておく。もしかすると、彼から直接やめるように言って貰う事になるかもしれない。お前の方も、引き続き注意して千穂実ちゃんを見ていてくれな」
「うん、わかった」
両親が去った後、里沙はベッドの上に大の字になった。
〝やらなかったら一生後悔すると思う。わたしは、いつか仮面のヒーローの隣で戦いたい。あの人のサイドキックになりたいの〟
あの発言の時点で、誰がどんなに説得しようが怒ろうが、止めるのはほぼ無理だとわかっていた。しかし、だからといって「じゃあ頑張って!」なんて軽々しく言えるわけがない。
千穂実の仮面のヒーローに対する憧れは、ちょっとやそっとではない。彼の話題を口にする時、比喩ではなく本当に目が輝いているように見える。スマホに大量に写真画像を保存しているのも知っている。以前、ある男子生徒が仮面のヒーローを小馬鹿にするような発言をした際なんて、まるで仁王像のような形相で睨み付けていた。
里沙が千穂実を止めるのは、本気で親友を心配しているからだ。ましてや、仮面のヒーローがこちら側の世界に現れた理由を知っているからこそ余計に。
「本当に、色んな意味で危険なんだよ、チホミン」里沙は親友の笑顔を思い浮かべながら独りごちた。「やっぱり直接言って貰うのが一番なのかなあ……シルバーブレット本人から」
〝これから東京に戻る。またな( ´∀`)ノ〟
──はいよ、っと。
〝またね! 彼女さんと仲良くね(´ー`)ノ〟
「ん? 誰かから連絡?」
「うん、兄貴。昨日泊まりに来たんだ。今帰るって」
次は冬休みに帰って来るのだろうか。果たしてその時まで、恋人との仲は続いているだろうか。千穂実は、兄のために祈ってやる事にした。
「そういえばさ、チホミン。これ知ってる?」
里沙がスマホの画面を千穂実に見せた。そこに表示されているのは、昨日千穂実が読んだ第二のヒーローの記事だった。
「うん、もう読んだ。先越された感があって悔しいよ」
「先越されたって……」里沙の歩みが止まった。「チホミン、護身術習ってるのは変質者対策とか言ってたけど……まさか、ヒーロー目指してるの……?」
「あ、バレた?」
千穂実は笑ってみせたが、里沙は明らかに戸惑っている。
「だってさ、冊子や画面の向こうにしかいないと思っていた存在が現れたんだよ? しかも自分が暮らす街と通っている高校のある舞翔と、そのお隣の浜波に! その活躍をただ見ているだけ?」
最大の理由は、仮面のヒーローことシルバーブレットに命を救われた事なのだが、たとえ相手が親友であっても、ベラベラと喋ってしまうつもりはなかった。
「里沙だって、浜波市民として興奮しない? 仮面のヒーローは浜波を中心に現れているんだし、ひょっとしたら会えるかもしれないんだよ。それこそさ、緑川家はお金持ちなんだから、仮面のヒーローをバックアップしたりとかさ!」
里沙は何故か体をギクリとさせた。
「……里沙?」千穂実は親友の顔を覗き込んだ。「どしたの。何か変だよ」
「え、あ、いや、その……ほら、だって危険じゃん!!」
二人の後から歩いて来た数人の生徒たちが、里沙の大声に反応してこちらをチラリと見やった。その中には、友人と一緒に歩く詩音もいた。
「先輩たちお疲れ様でーす。どうしたんですか、緑川先輩」
「お、お疲れ様! いや、ちょっと──」
「グリズリーと人喰いザメの戦いを目の前で見てみたいねって話したの。そしたら里沙が危険だって」
千穂実の咄嗟の出任せに、里沙もうんうんと頷いて同意した。
「アハハハッ! 何ですかーそれ!」
詩音は全く疑う様子を見せず、挨拶すると友人と去って行った。
「グリズリーと人喰いザメって……」里沙は苦笑した。
「すぐに思い付いたのがそれだったの!」
二人は再び歩き出した。
「危険だってのはわかってるし、心配してくれるのは有難いけどさ」千穂実から続きを話し始める。「やらなかったら一生後悔すると思う。わたしは、いつか仮面のヒーローの隣で戦いたい。あの人のサイドキックになりたいの」
「……本気……なんだね?」
「本気。もっと体力作りして、もっと護身術を覚えたら、衣装も揃えて本格的に動き出すんだから。仮面のヒーローと第二のヒーローが浜波中心なら、わたしは舞翔中心に……ああでも、それじゃあなかなか会えないかな……第二のヒーローが先にサイドキックになっちゃったらショックだしさ……」
里沙の真剣な眼差しに、今度は千穂実が戸惑った。
「え……何、わたしそんなに変な事言ってる?」
「チホミン、一つ約束して」里沙は周囲を見回し、近距離に誰もいない事を確認すると、少々強めの口調で続けた。「活動開始するなら、その時は先にあたしに言って。絶対、忘れずに。いい?」
「それはいいけど……でも何でそこまで」
「そりゃそうでしょ! 親友が危険な事やろうとしてるんだから、それなりに把握しておかないと! ね? 約束して!」
「う、うん……わかった」
──本当にそれだけ?
身を案じてくれるその気持ちは本当に有難い。しかし千穂実は、漠然とではあるが、スッキリしない引っ掛かるものを感じていた。
「あ、何かきた」里沙はスカートのポケットからスマホを取り出した。「チカちゃんだ。駅の近くにいるから、途中まで一緒に帰らないかって。どうする?」
「ん……じゃあ行こう」
「走ろ!」
「え、走るの?」
「待たせちゃうじゃん! 行くよ!」
言うや否や走り出した里沙を追いながら、千穂実はぼんやり考えた──里沙もまた千穂実と同じで、誰にも話していない秘密があるのではないか、と。
「全国ニュースになってら……」
一八時二五分。
今朝の扇高校内の放火事件が、全国放送の人気報道番組にて取り上げられていた。警察は、最近舞翔市内で相次いで起こっている不審火と同一犯の可能性が高いとして、捜査を行っているという。
千穂実の母が、味噌汁を口に持っていく手を止め、
「え、ちょっと千穂実、学校でこんな事件あったの!?」
「あー、うん、話すの忘れてた」
千穂実はカレーコロッケを箸で摘んだ。
「朝、先に着いていた里沙が写真付きで教えてくれたんだ。わたしが着いた時にはもう、先生たちが誰も校庭に入らせないようにしていたから、燃やされた実物は見てないけど」
「ちょっとー、大問題じゃないの! 何で忘れるかしらね……」
母は呆れたような目で千穂実を見やった。
「こういう犯罪者はね、いずれ物を燃やすだけじゃ物足りなくなってきて、そのうち野良猫あたりを、そしていずれは建物を狙うようになるわよ。早く捕まってほしいわね、まったく」
千穂実は全身に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。カレーコロッケが箸から皿に落ちる。
──そうだ、それがあったじゃん!
夕食を食べ終わると、千穂実は早速部屋に戻り、カーペットの上に寝転がりながら里沙にメッセージを送った。
〝早速だけど、今日の夜中から少しずつ動いてみる!〟
千穂実は通販サイトで、ヒーローもののコスプレ衣装を検索した。いかにもちゃっちい作りのものから、それなりに丈夫そうに見えなくもないものまで様々だが、後者はそれなりの値段がする。
──自分で作るしかないかな。
とはいっても、千穂実は授業以外で裁縫をした事がほとんどなく、服の作り方どころかボタンの付け方ですら怪しかった。
里沙からの返信はすぐに届いた。
〝もう!? もっと鍛えるんじゃなかったの!?〟
文章の最後に、青ざめた表情の絵文字がいくつも付けられている。
〝放火魔だよ。舞翔市内で好き勝手やってる放火魔を捕まえてやろうと思って。衣装とかウィッグは近いうちに何とか用意するから、最初は目立たない服でも着て、髪型も変えてみる。それとも、ドミノマスクくらい先に用意してからの方がいいかな〟
そう返信しながらも、千穂実は既にやる気満々であり、何日も待つつもりはなかった。
──護身術だけじゃ厳しいかな。何か武器になりそうなものも用意して……。
着信を告げるメロディーが鳴り響いた。千穂実が好きな格ゲーの、一番気に入っているBGMだ。発信者は、今までやり取りしていた親友だ。千穂実は体を起こし、胡座を掻いた。
「あ、里沙? メッセ──」
「チホミン!? 駄目、一旦落ち着いて!!」
千穂実は顔をしかめ、スマホを耳元から離した。耳の奥がジンジンする。
「ほんとに危ないって! 仮に放火魔に遭遇したとしてさ、そんなアメコミみたいに簡単に倒せると思う!?」
「ちょ、ちょっ──わかったから、里沙こそ落ち着いて!」
里沙はいくらか声を落とし、いかに千穂実の考えが危険であるか、また自分はそんな千穂実をどれだけ心配しているのかを熱く語った。
「──だからねチホミン。頼むから無茶しないで。何かあったら、悔やんでも悔やみきれないよ」
「里沙……」
「あ、体を鍛えたり護身術を習うのはいい事だと思うよ。そっちまで止める気は全然ないから」
「うん……わかったよ、里沙」千穂実は努めて明るく答えた。「わざわざ電話までくれて有難う」
「ううん、あたしこそいきなりごめん! じゃあね、また明日!」
「うん、明日ね」
電話を切ると、千穂実は大きく息を吐いた。
──ごめん里沙。わたしはやるよ。
千穂実は再び通販サイトに目を通し、先程よりも丁寧にコスプレ衣装を探した。
「あ、これって……!」
それは千穂実が好きなアメコミ作品『キック・ラブ』のヒロイン、〝クリーンヒットガール〟の実写版のコスプレ衣装一式だった。数枚の写真を見る限り、作りは雑ではなく、値段もそれなりにする。販売会社を検索したところ、東京に二箇所の実店舗があり、様々なアメコミグッズの正規品を取り扱っているようだった。
──これに決めた!
千穂実は早速購入手続きをし、到着を二日後の夜に指定した。
──確かに今日からじゃ急過ぎた……明後日からが本番よ……!
しかし、闇雲に舞翔市内をうろつき回るだけでは、そう簡単に放火魔には遭遇しないだろう。
──頭も使わなきゃ。
千穂実は、一〇月下旬から舞翔市内で起こっている放火事件全ての詳細を調べる事にした。
緑川家、里沙の部屋。
里沙が千穂実との通話を終えると、部屋のドアがノックされた。
「どうだった、里沙。電話は終わったんだよな?」
「うん」
ドアが開くと、声の主である男性と、その斜め後ろに立つ、里沙によく似た女性──里沙の両親が姿を現した。
「どうだった」
「うーん……多分……諦めてないと思う。『わかった』とは言ってたけど、『やめる』とは一言も言ってなかったし……」
「そうか」里沙の父、隆は苦笑した。
「本気なのね、千穂実ちゃん」
里沙の母、明菜が神妙な表情でそう言うと、里沙もよく似た表情で頷いた。
「うん、やはり彼には報告しよう」隆はきっぱり言った。「第二のヒーローとやらの件もあるが、向こうは成人済みかもしれないし、男だ。しかし千穂実ちゃんは違う。未成年で、それも女の子だ」
「そうね、その方がいいわよ」明菜は隆を見やり頷いた。「相手が女性、それも若い子だと、舐めてかかって強気に出る人間は多いもの。何かあってからでは遅いわ」
「そういうわけだから里沙、パパが後で彼に連絡しておく。もしかすると、彼から直接やめるように言って貰う事になるかもしれない。お前の方も、引き続き注意して千穂実ちゃんを見ていてくれな」
「うん、わかった」
両親が去った後、里沙はベッドの上に大の字になった。
〝やらなかったら一生後悔すると思う。わたしは、いつか仮面のヒーローの隣で戦いたい。あの人のサイドキックになりたいの〟
あの発言の時点で、誰がどんなに説得しようが怒ろうが、止めるのはほぼ無理だとわかっていた。しかし、だからといって「じゃあ頑張って!」なんて軽々しく言えるわけがない。
千穂実の仮面のヒーローに対する憧れは、ちょっとやそっとではない。彼の話題を口にする時、比喩ではなく本当に目が輝いているように見える。スマホに大量に写真画像を保存しているのも知っている。以前、ある男子生徒が仮面のヒーローを小馬鹿にするような発言をした際なんて、まるで仁王像のような形相で睨み付けていた。
里沙が千穂実を止めるのは、本気で親友を心配しているからだ。ましてや、仮面のヒーローがこちら側の世界に現れた理由を知っているからこそ余計に。
「本当に、色んな意味で危険なんだよ、チホミン」里沙は親友の笑顔を思い浮かべながら独りごちた。「やっぱり直接言って貰うのが一番なのかなあ……シルバーブレット本人から」
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